お姉さまの欲しかったもの 2
明くる日の放課後。
柚鈴は授業が終わると幸に引きずられるようにしてクラスを飛び出した。
靴に履き替え、校門が良く見える校舎の影で、遥先輩と薫を待ち伏せる。
結局、遥先輩が今日、どこに向かうのかを聞けなかったので、跡をつけることになってしまったのだ。
主に幸の提案で。
「良いのかな?こんなことして」
どちらかというと及び腰の柚鈴に対して、幸は迷いなく頷いた。
「だって心配じゃない。遥先輩も上手くいくかは分からないって言ってたのも気になるし」
そう、昨日別口で動いてみると言った遥先輩は、自分も凛子も上手く事を運べるかは分からないと言ったのだ。
それでも最大限努力すると言った遥先輩が、気にならないといえば嘘になる。
しかし、付いて行っても何か出来るというわけでもないのに。しかも跡を付けるなんていいんだろうか。
「柚鈴ちゃん。何かあった時に、どうなってるのか分からないよりも分かっていた方が出来ることはあるんだよ」
「それはそうなんだけど、何か間違っている気が」
そうこうしてる間に、薫と遥先輩が校門の外へと一緒に進んでいくのが見えた。
「一人で行ってきてもいいけど、柚鈴ちゃんどうする?」
迷っている柚鈴に幸が振り返って聞いた。
というか、この段階で意見を聞いてくるってずるくない?と思ってしまう。
とは言え、幸は決して他人の意見を聞かない子ではない。
ここまで来たということは、なんだかんだで柚鈴だって、薫が心配なのだ。
「あーもう。行くわよ、行きます!」
悲鳴のような声を上げて、結局幸の共犯になることにした。
遥先輩と薫の2人は、学校の最寄り駅に向かってから、電車に乗る。
これにはバスでなくて良かったと安心した。
電車は車両が違えば、どうにか跡を付けることも可能だが、バスは格段と難易度があがる。
どこで降りるか分からなければ尚更だ。
特に制服姿では、すぐにばれてしまうだろう。
なんとか気付かれずに2人の隣の車両に乗り込むと、駅のホームに着くたびに様子を伺い、降車しないか確認した。
運の良いことに2人が乗り換えの為に降りようとすることもない。
そのまましばらくすると、ふと行き先に思い当たる所が出てきた。
「もしかして」
「ん?どうしたの?」
「ねぇ、行き先ってもしかして、あそこじゃないかな?」
「え?」
柚鈴の言葉に考えこむが答えが出ない幸を見て、そういえばそうかと思う。
元々この辺りに住んでいた柚鈴と違って、幸は高等部に通う為に長野から出て来たのだ。
だから気づかなくても仕方ない。
電車に乗っている時間も結構長くなっていた。これはもう目的地も近いことということを確信して、柚鈴は言った。
「多分、目的地は常葉学園大学部だと思う」
「ええ?!」
幸は驚いたように目を見開いた。
「でも、元陸上部部長の緋村楓さんって、常葉学園の大学部にはいないんでしょう?」
「誰か他に会いたい人がいるとか」
考えられる可能性を上げると、幸ははっとしたように言った。
「まさか、柚鈴ちゃんのお姉さん?」
え?
あ、そういや、大学部には志奈さんがいるんだった。
そこまで考えていなかった。幸に言われて、その可能性があり得るのか考えてみる。
それからプルプルと首を横に振った。
「緋村楓さんは、生徒会と因縁があるって言ってたし、志奈さんじゃないんじゃないかな」
では誰なのか、と問われても答えることは出来ないのだけど。
幸と顔を見合わせて2人で困惑している間に、電車はとうとう常葉学園の近くの駅に到着する。
二人の様子を見ていると、やはり電車を降りていく。それを確認してから慌てて、だが気付かれないように電車を降りた。
常葉学園は最寄りの駅から徒歩5分程の所にある。
柚鈴も実際大学の前まで行くのは初めてだ。
外装は高等部と似ているが、門は高等部よりも高く作られていて、敷居の高さを感じてしまう。
遥先輩は薫を連れて、迷うことなく制服のまま進んでいく。
「だ、大丈夫かな?制服のままで」
「遥先輩も進んで行ったし大丈夫じゃないかな?」
二人とも戸惑いながら、校門までは勢いで入ったものの、やっぱり立ち止まってしまう。
同じ常葉学園とは言え、迷いなく進んで行くには躊躇いがあった。
だが、そのうち先を進んでいく二人の姿が消えてしまう。仕方なく進むことにした。
慌てて追ったものの消えた二人の姿を発見することは出来ず、それ以上の道がわからなくなってしまった。
「どうしよう」
どこへ向かえば良いのか、全く見当が付かずきょろきょろと見回していると、幸が唸ってから提案してくる。
「柚鈴ちゃん、志奈さんに連絡してみるというのはどうだろう」
「え?」
「行き先の心当たりくらいは聞けるかも知れないよ」
いや、心当たりなんてないでしょう?
こんなことで頼れるほどの間柄でもないし。
あ、いや。志奈さんは確かに喜びそうだけど。
戸惑いつつ中々うんと言えない柚鈴の気持ちは幸には説明のしようもなかった。
自分でもよく分からないけど、お願いなんて出来ないと思ってしまうのだ。
それでも促されて一応は携帯を取り出したものの、そのまま固まってしまう。
こんな勢いで電話してしまっていいのだろうか?迷惑だと思われないだろうか。
そもそも、なんて言って電話したものか、さっぱり分からない。
電話番号を検索せずに悩んでいると。
「なあに?柚鈴ちゃん、どこに電話するの?もし私にだったら電話しなくても話せるわよ」
「ふぇ!?」
すぐ後ろからご機嫌な声が響く。のびやかで柔らかい優しく聞こえる声。
突然のことに驚いて振り向くと、そこには我が義理の姉の志奈さんがにっこりと笑っていた。
「こ、こんな所で何してるんですか?」
「あら柚鈴ちゃん。この状況だったらそれは私のセリフじゃないかしら?」
聞き返されて確かにと思う。
ここは志奈さんの通っている大学なのだから、志奈さんがいるのはごく自然な話だ。
しかし、タイミングが良すぎないだろうか?
思い切り困った顔をしてしまっているのに、志奈さんは全く気にしない様子で手を合わせて聞いてくる。
「それで柚鈴ちゃんは何しに来たの?もしかして私に会いに来てくれたの?」
「し、志奈さんに会いに来たわけじゃありませんよ。そんなわけないじゃないですか」
思わず反抗の言葉が口についてしまう。
「そうよね」
志奈さんはとくに残念がる様子は見せずに頷いた。ニコニコとしたままで、当たり前よね、と付け足す。
この妙な余裕が、柚鈴の調子を狂わせるのだ。
こんなこと言いたいわけじゃなかったのにと思って、引き攣った顔が元に戻らなかった。
いつも可愛いことは言えてないのだけど、ここ最近色々あったので、自分の言葉が急に気になってきてしまったのかもしれない。
でも、この人に何をどんな風に言えばいいのかわからないのだ。
「柚鈴ちゃん」
幸が柚鈴の様子に心配して声がかけてくるが、気持ちが静まることがない。
分かっている。今は特に、薫のことを片付けなきゃいけない。
分かっているんだけど。
「でも、何か私に言いたいことがあるって顔をしているわよ」
そう言われてしまうと、言いたいことはなかったと思っていたのに、なんだか急激にモヤモヤしたものが生まれてきた。
どうして、そんなに余裕なんですか。
どうして、そんなに不安にならないんですか。
柚鈴自身が不安だったり混乱していた気持ちが集結して、志奈さんにぶつかろうとするみたいにグルグルしてしまう。
あぁ、いけない。これは八つ当たりだ。
そう思ったのに、志奈さんのにこやかな笑顔を見ていたら柚鈴は口火を切っていた。




