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拝啓、お姉さまへ  作者: 一華
4月
19/52

お姉さま、事件です 3

話を聞いた遥先輩は、なんとも言えない表情で肩を竦めた。

「それで、あなた帰ってきたの?」

薫は気まずそうに顔を歪めて、軽く頷いた。

「有沢部長と前田先輩、どちらとペアになっても、解決する段階でもないし。その気もないから、逃げました。あの場にいて出来ることが思いつかなかったもので」


遥先輩は少し黙ってから、薫の顔をみると安心させるように、ふふっと笑った。

「私は中々好ましく感じるけど。確かに問題は解決していないけれど、なりたくないのにその場しのぎにペアになってもねぇ」

そう言って意見を問うように凛子先輩に目線をずらす。

凛子先輩は苦笑してみせた。

「そうね。そこで距離を取れる勇気は、私にもないだろうから尊敬に値する気がするわ」

「そんな偉いもんでもないですが」

薫は疲れたようにため息をついた。

「女性に泣かれるのは苦手なんですよね。そこまで思い詰めるような話だとも思ってなかったんで」

そういって薫は物憂げにテーブルで頬杖をついた。

助言者(メンター)制度って、なんか怖いですね」

思わず柚鈴が言うと、幸はその意見には納得いかないという風に唸った。

助言者(メンター)制度が怖いわけじゃないと思うんだよ。本来は先輩に一対一で相談に乗ってもらったり、教えてもらったりする制度だもの。なんていうか結局はペアの2人が一緒に成長しましょうってことでしょう」

何を言い出すのかと、凛子先輩や遥先輩まで幸を見る。

「幸さんは、今回のことどう思っているということ?」

「私はただ、前田先輩が今スランプなんだったら、有沢部長はとことん付き合って2人で問題を解決した方が良かったと思うんです。それが助言者(メンター)制度ですよね?」

幸の真っ直ぐな目は迷いがなく、遥先輩も柔らかく微笑んだ。


幸の言うことには一理ある、と思った。

助言者(メンター)は指導する側だが、指導することでの学びも当然あるだろう。

一緒に成長しましょう、とは言い方は幼く聞こえるかもしれないが、そもそもの目的に合ってるような気がする。

有沢部長の立場からすれば、悩みに悩んだ結論だったのかもしれないが、その判断が正解だったか。

そういう風に考えることも必要なのかもしれない。


凛子先輩も一度頷いてみせた。

「陸上部の部長も、ペアの2年生も大分行き詰まっているみたいね。とすると明日には、顧問の先生が出てきて仲裁でしょうね」

「陸上部の顧問の先生?」

「そう。そして2年生の前田さんと薫さんがペアになるように指導されるんじゃないかしら?」

「なるほど。あり得るわね」

遥先輩は頷いた。

先生が出てくると、余計薫の主張は通らなくなるということらしい。


「それで?どうするの」

「一先ず、少しでも有沢さんと前田さんの2人が冷静になる時間が欲しいわね。そして、少なくともその期間は、陸上部顧問の先生にも指導はせず、見守ってもらわないと」

凛子先輩の提案は問題解決をしようというもので、遥先輩も当然のようにそれを受け止めている。


な、なんか頼もしい。

一年生のトラブルのために、こんなにも上級生が真面目に考えてくれることが、なんだか嬉しくも思えた。

そして。

志奈さんも、こんな上級生だったのかな?

そんなことを考えが一瞬よぎって、今はそんなことを考えている場合じゃないと頭を振った。

そう、今は薫の話だ。

志奈さんなんて今はどうでもいい。

と言い聞かせる。

「で、一番大切な解決策はどうしましょうか?」

遥先輩が問うと、凛子先輩は目を一度伏せてから、ゆっくり開いた。

「前年度の陸上部部長に、うまく収めて貰えると一番良いのでしょうね」

「前年度の?緋村(ひむら)先輩ってこと?」

遥先輩はその人物がすぐ思い当たったようで露骨に顔をしかめた。

「何よ、遥。その顔」

「緋村先輩は無理でしょう」

「難しいのは分かっているわ。でも緋村先輩を説得するのがやっぱり一番確実なのよ。まあ緋村先輩は常葉大学にはいらっしゃらなかったはずだから、すぐに連絡がつくかも分からないけど」

遥先輩は多少不安を感じたように肩を竦めた。


「色々、前途多難ね。じゃあ凛子はその方向で頑張ってちょうだい」

それから少しだけ悪戯めいて笑う。

「連絡がつかなかったら、凛子が同級生に心を込めて説得にあたるという、珍しい光景を見れるというわけね」

「遥…」

その表情に困ったような顔をすると、遥先輩は少しだけ真面目な顔をした。

「有沢さんみたいな運動部の方が相手じゃ、私の説得は逆効果だもの。緋村先輩がダメだった時のことも私は考えるから、まず凛子は凛子で動いてみて」

「もちろん、精一杯頑張るわ」

凛子先輩は肩を竦めてみせた。

なんだかんだで信頼しあっているのだろう。そのことが見てとれて、ほっとしてしまった。


遥先輩はそれじゃあと薫を見た。


「薫さん、寮長として貴女の部活動を三日間禁じます。貴女は部活でトラブルを起こし、寮の雰囲気を著しく損ないました。よって放課後は明日から三日間、寮での清掃活動をし、寮の風紀向上に努めなさい。よろしくて?」

ツインテールを揺らして宣言すると、凛子先輩は苦笑した。

寮長権限。ほとんど実施されることがない形だけの決まりの一つを持ち出した遥先輩の取って付けた言い方のせいだろう。

だが頷いて承諾してみせる。

「多少無理があるけど、まあいいわ」

「無理は承知よ。でも寮長権限は確かに存在するんだから使えるでしょう?」

「ええ。部活動禁止については私が明日、陸上部顧問の先生と話をしておくわ」

それから、改めて薫を見る。


「この件はどうにか収めるように努力するわ。精一杯ね。だから一つ、言っておかなければならないことがあるの」

「はい」

薫が神妙に返事をすると凛子先輩ははっきりと言った。

「そもそもは貴女自身にも原因の一端はある、とも私は思っているわ」

「原因の一端?」

薫は一度呟いてから凛子先輩を見つめた。

「それはなんだと思われますか?」

「そうね。物事をシンプルに考えすぎたことかしら。それは良いことだとも思うけれど、こうしてあなたを困らせることもあるわ。だから今回みたいに気付くことがあれば、今後同じことにならないように工夫していってちょうだい」

「工夫ですか」

「ええ。今回のように誰かを頼ったり、何か起こった時には、一度立ち止まって考えてみたりしても良いかもしれない。なんでも良いから変化を起こしてみるの。必要ないと思うのなら、別にそれでも良いと思うわ」

薫は少し考えてから頷いた。

そして2人の先輩に頭を下げた。

「ご迷惑おかけしますが、よろしくお願いします」



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