お姉ちゃん、って呼んで? 1
「本当に柚鈴ちゃん、行っちゃうのね」
拗ねるような声で呟いたのは、私の義理のお姉さん。
柔らかそうで白い肌、今にも泣き出しそうな潤んだ眼差し、長い睫毛、桃色の頬と唇。ふんわりした長い髪の毛はウェーブを描き、天使の輪が見えそうなほどキラキラしている。どこに出しても文句なし美人さんだ。
なんの因果か。
この人、小鳥遊志奈さんのお父さんと、私、柚鈴のお母さんは。
子持ちバツイチ同士でこの春、入籍をした。
そうして私はお母さんと2人、ずっと住んでいた小さなアパートから、4人で住むには広々としすぎた小鳥遊に引っ越してきたのだ。
世間的に、どう考えても平均的容姿の私と『義理の姉妹になる』と言う現実を、とても前向きに受け入れた志奈さんは、私と仲良くなろうとしてくれてる。
ちょっとびっくりするくらいに。
そして志奈さんをこうも拗ねさせてまで、私が行こうとしているのは、この春から入学する常葉学園高等部の寮ー清葉寮 だ。
常葉学園は、元々、中等部から大学までの一貫教育をしている、歴史あるカトリック系の女子校だった。
何年か前に理事が代わり、勉学・スポーツ・芸術、各方面での特待生を募り、都内有数の名門校に変化を遂げている。
遠方からの通学希望の生徒用に、寮も完備され、私はそこに入ることになっていた。
実は志奈さんも常葉学園高等部のこの春の卒業生。しかもまさに寮から通っていた寮生でもあった。小鳥遊家から常葉学園は通うには少々遠いのだ。
4月からは常葉学園大学部に通うことになっている。
つまりは入れ違い。
この点もとても不満らしい。
ちなみに常葉学園大学部は、都外の実家からも比較的通いやすい立地にあって、志奈さんも家からの通学だ。
「結局、一度も私のことを『お姉ちゃん』って呼んでくれなかったし」
不満そうに頬を膨らませた、その姿でさえ絵になる志奈さんに、私は曖昧な笑みを返した。
お姉ちゃん、と言われても。
ひょろりとした少年のような体型の私は、肩に掛かる長さで切りそろえた髪でようやく女の子だと気づいてもらえるくらいで。
顔もさして特徴もない平面。
ひいき目に言っても、一般的で平均的な容姿だ。
どうしてもこの華やかな生き物に懐いて「お姉ちゃん」と呼ぶには役者不足な感じがする。
もちろん『美人のお姉さんに懐く』ことに憧れないわけではなかったが。
善良な一少女には荷が重い、と思う。
馴染むのにも充分な時間がなかったのも確かだった。
敢えて短い時間しか作れないようにしたのは私だけど。
両親の結婚には同意しつつ、複雑な気持ちもある。
人の良さそうなオトウサンの兼久さんだからこそ、認めたけれど、小さな頃に女の人と浮気して本当のお父さんが出て行ってからは、ずっとお母さんとの二人暮らし。
お母さんは自分が守ると思って生きてきたのだ。
お母さんを守る自分は、きっと最強だとも思っていた。
2人の結婚を認めることは、まるで「強い自分」からも卒業しなきゃいけないみたいで、上手く言えないけど辛かった。
母親の結婚を祝う気持ちと寂しいと感じる心が同居しちゃってた。
正直にその気持ちを伝えて、高校3年間は親元から離れることを結婚の交換条件にしてお願いして、どうにか気持ちを落ち着けたのだ。
母親の結婚を祝わない娘にはなりたくなくて。
でも『結婚するのを待ってもらう』のもなんだか嫌で。
色んな気持ちを納得させるために選んだ、私の我がまま。本当に我がまま。
だから。
寮付きの学校を捜した時、授業料免除の特待生制度のある常葉学園は、とても理想的だった。
私の我がままの為に使ってもらうお金を減らすことが出来る!
元々良いとこ育ち、今も大きな会社の役職についているオトウサンはお金は気にしないとは言ってくれた。
だけど私の我がままの為だけに、大きなお金が動くのは嫌だったし、恥ずかしかった。
だから、どうしても常葉学園の特待生になりたいと思った。
常葉学園の特待生になれるのは、特進クラスの限られた数名。
特進クラスに入れれば、最低限入学金免除になるが、「特待生」は授業料免除までつく。
目指したのはそこだった。
おかげで昨年の夏からずっと勉強詰め。
私は、クリスマスやお正月みを新しい家族との時間をほとんど作ってこなかった。
本末転倒な気もするけど、私にはその選択肢しかなかった。
色んな気持ちがごちゃ混ぜで、どこかに一直線に向かってないと、自分が分からなくなりそうだったから。
そうして一心不乱に受験勉強したおかげで、特待生の枠にも入れて、受験合格!
しかも制服や教科書などは、一部、志奈さんのお下がりを使うことも出来ることが分かって、かなり倹約した進学が出来た。
本当に本当に嬉しかった。
その喜びこそが不満と感じている志奈さんを目の前にして。
今日この日がいよいよ入寮日。