昔話episode1
ちょっと昔の話になるけど
出逢いは突然だった。
ーーガラリッッ
高校生活最後の新学期、初々しい新一年生を一人でも多く自分の部へ引き入れようと、あっちこっちでシャーッと鳴きあっていたやつらがようやくしっぽをしまい終わって人の子に戻った頃、当時僕が所属していた動物愛護部の縄張りだった生物室のドアが、控えめと言うには少々語弊があるほど豪快に開かれた。
放課後にこんな所へやって来るのはせいぜい閑古鳥くらいだったから、平平凡凡に猫じゃらしと戯れていた僕達は、突然の来訪者に二人して跳び上がって驚いた。………本当に跳び上がった。
「……誰ですか?」
開けるなりバシッとそう言い放ったのは道場破りにやってきた歴戦の猛者なんかじゃなくて、色白で華奢な女の子だった。
「………ベタだけど、それ僕の台詞じゃない?」
ぴょんぴょん跳びはねる心臓の手綱を必死で握りしめていた僕には目もくれず、彼女はズカズカと部屋の中に入って来た。無視かい。
そのまま様子を伺ってジッとしていると、彼女は、しっぽを後ろ足の間に入れ、いきなりやって来た得体の知れないやつに向かって敵意のなさを必死にアピールしている少々ヘタレな僕の友人の前で足を止めた。
「びっくりさせてごめん。ほれ、今日はいつもよりいいご飯持ってきてやったんだからこっちおいでよ。」
手に下げたコンビニの袋をガサゴソ漁って高校生の小遣いでは少し手が出しにくいブランド物の猫缶を取り出すと、彼女は僕の友人に向かってそれを掲げて見せた。
自分を驚かせた正体がかわいい女の子(しかも美味しい餌のオプション付き)だと分かると直ぐ、彼はそれまでしまっていたしっぽををピンと真っ直ぐに立ててゴロゴロと喉を鳴らし始めた。
「猫、好きなの?」
僕だけ取り残されてたまるかと、とりあえず話しかけてみる。
「割と。」
彼女は漢らしくバキャっと猫缶の蓋を開け、すでに腹を見せて彼女と彼女の持ってきた猫缶にとろけた顔を見せていたそいつと戯れながら僕の質問に答えた。
「この子、あなたの飼い猫ですか?」
「いや、そいつはうちの大事な部員。」
「部員?猫なのに?」
「猫なのにです。」
僕が朝結んで来た制服のネクタイの色で先輩だと伝わったのか、彼女はようやくこっちを向きながら語尾を敬語に切り替えた。
この時、彼女に興味が湧いたのは、別に入学して早々我が校きってのマドンナだった先代からその地位を華麗に掻っ攫った彼女の容姿のせいじゃなくて、単純に猫好きの仲間が見つかって嬉しかったからだ。下心はなかった、はず。
「お名前は?」
「ネコ。」
「正気かっ、ですか?!」
「消化器内科?」
「カッカッ」
ごめんごめん、僕はこいつみたいに立派な耳が無いもんだから、ちょっとタイムラグがあるもんで。
「名が体を表す感じで?」
「うん。それに片仮名でね。」
動物愛語と言っても、愛護の対象が猫ばっかりだったのは完全に僕の趣味だ。そこら辺にいる弱った猫を見つけるたんびに片っ端から連れてきていたせいか、僕の救護技術は感染症からちょっとした骨折に至るまで幅広い。校門の前で車に跳ねられて死にかけだった子猫を死なせずに近所の動物病院へと送り届けた時は、危うく将来の就職先が決まるところだった。
その頃にはもう子猫を引いといて黙って逃げるような不届き者を取っつかまえられる警察官になろうと決めていたから、行きつけの動物病院の院長兼僕の歴代の友人達のかかりつけ医であった壮年の獣医の熱烈な勧誘をお断りするのに、大変苦労したのだった。
「他に部員は?」
「僕。」
以上。
「計二人ってことですか。よく部として認められましたね。」
おや、この子中々に…
どうやら彼女はもう目の前で美味そうに高級フードに舌鼓を打っているネコも部員の一員として勘定しているようだ。
その事が、僕にとっては思いがけず嬉しかった。
「見込みがありますなぁ……」
「え?」
「いや、君みたいな猫好きの友人ができるなんて、部長冥利に尽きるなって。」
守ってきた甲斐があるってもんだ。
「あなたと私はお友達になったんですか?」
「だって、友人の友人は友人って言うだろう?」
小学生ながら上手い事言うよなぁ。
僕はかの有名な国民的アニメのこれまた有名なオレンジ色のトレーナーを小粋に着こなす彼を思い浮かべた。
「どこの優しいジャイアニズムですか。」
やっぱり彼は有名ガキ大将か。
それから彼女は近場の椅子に腰掛けると、食後の昼寝に勤しもうと寝床の準備をし始めたネコをひょいと後ろから抱き上げて膝の上に乗せた。何処からともなく猫用の歯ブラシをとりだすと、彼女は慣れた手つきでウニャウニャ鳴いてるネコの口の端からそれを滑り込ませ、歯と歯茎の間で小刻みに動かし始めた。中々の腕前だ。僕をも凌ぐかもしれない。
「できるねぇ、君も。」
「ウエットフードは歯垢が溜まりやすいですからね。」
虫歯だめ、絶対と、彼女ははにかんだ。
「なるほど。でも3日に1度とかならわかるけど、毎回ご飯の後に歯を磨いてあげる人は中々に珍しいと思うよ?」
「そうですか?食事の後は歯を磨きたいものでしょ?」
「そりゃそうだ。」
僕だってそうだ。
「しっぽが生えていたって、身だしなみは必要です。」
ーーーこれはちょっとズルい。
聞き流したとあっては、猫の友人の名が廃る。
僕の中ではもう既に、彼女をそのまま逃すなんてのはこの世で一番愚かな考えだった。結局僕は周りの同級生達にならって、シャシャーッと有能な新入部員候補を狩りに行ったのだ。
「君、採用。」
努めて威厳たっぷりに言った。
「はい?」
「おめでとう。今日から君も晴れて僕の後輩です。ちなみに一人目はこいつね。」
ニャ、彼女の膝の上のネコが応えた。
「…友人の次は後輩ですか。」
忙しいなぁ、そう言いつつ歯ブラシを終えた後流れるような手つきで首回りのブラッシングをし始めた彼女は、迷惑がっているようには見えなかった。顔周りのブラッシングにコームタイプの繊細なブラシを使っているあたりなんてもうプロの犯行だ。哀れな被害者はされるがまま気持ちよさそうに喉を鳴らすばかりだ。
「僕の友人を誑かしたんだ。君にはその責任を取る義務がある。もうどの短毛種用のラバーブラシを使っても、僕じゃあそいつはもう満足させられない。」
ああ、可哀想に、彼女に向かって大袈裟にそう呟いた僕は、いつもじゃ考えられないくらい大胆で、かつ我ながら頓珍漢な事言ってたけど、そこが形振構うタイミングじゃないってことくらいはわかってた。
こう見えて僕は狩が上手いんだ、首根っこを掴まれると足をキュッとたたむイケてる猫と同じくらいにね。ちなみにそこにいるネコは、持ち上げると足がてれーんと伸びる草食系だ。
彼女は黒縁眼鏡に隠れた大きな目をこぼれそうになるほど見開くと、少し考える素振りをした後ニッコリと笑ってこう言った。………クソっ可愛いじゃないか。
「そこまで言うなら、私の高校生活全てをかけてその子を満足させてやりますよ。」
彼女はキリッとこう言った。
あの日車に引かれて痛そうに震えていた僕の友人を除いて、彼女みたいに素敵な賜り物を僕は知らない。
結局その時以上に僕の狩り欲を満たす子が現れることはなく、一人と一匹の部員を抱えて残りの高校生活はあっという間に過ぎた。彼女は僕の予想を遥かに超えるできた後輩で、おかげで僕は目標の国立大学合格に向けて否応にも受験に集中することができた。元々大学を卒業してから警察学校に入学しようと決めていたから、当然センター試験に向けてそれなりに勉強が必要だったのだが。
「………随分でっかくなったねぇ……。」
「そうですか?」
そうですよ。そこに御坐すは立派な成猫。
「腰が適度にくびれて、横からのアングルでお腹がへこんで見える…、薄く覆われた脂肪越しに肋骨が触れるなんて、全く理想体型だね。」
饒舌になっても仕方ない。育てた甲斐があるってもんだ。主に彼女が。
出会った頃は小さな身体全部をブルブル震えさせてばかりだったのに、今じゃ優雅にしっぽをフルフル右へ左へ震わせて、彼女への嬉しさアピールも板についている。
二人してアイコンタクトなんかとっちゃって、全く、部長の僕を差し置いていい度胸だなお前達。
成猫期から壮年期の猫は驚くほど成長が早い。一年で人間的に四年分歳をとるもんだから、ちょっと目を離した隙に可愛かったネコはイケメンのアメリカンショートヘアーへと変わった。友人贔屓目を除いても、シルバータビーのシュッとしたボディはかなりイカしてると思う。そんなナイスガイををメロメロにたらしこむなんて、彼女の猫タラシぶりも中々だ。でもこの時、僕の友人は幸せだ、ああよかったよかった大団円とは言えない事情が僕にはあった。
「………大丈夫ですか?」
「足りない。」
「……余計かも知れないですけど、買い忘れは無しです。」
「ニャー。」
「余計じゃ無いし、事実確認ありがとう。でもね……」
足りないんですよ、猫が。ネコが。
この頃僕は受験勉強の合間の息抜きにかこつけて、ちょっとだけ後輩たちの様子を見に行くくらいしかできなくなっていた。受験生ならそれが普通だ。
普通なんだけど、高校に入学したばかりの春、出逢ったばかりのケガ猫、かつ去勢前だった若かりし子ネコを抱え、しかしながらアルバイト禁止という絶望的な状況に置かれていた僕は、なんとかして治療費と手術費用を捻出しようと知恵を雑巾みたいに絞って考えた結果、動物愛護部なるものを作るから部費をくれと半泣きで当時の担任の教師に懇願したほど筋金入りの猫煩悩バカだった。
そんな僕の心身は共に極度のネコ不足癒し不足もふり不足にすっかり悲鳴を上げてお手上げだった。
簡単に言うところの受験のストレスに耐えられなくなった、的な感じで。
「じゃあとっとと帰って私はトイレの砂変えご飯の準備。先輩は受験勉強。」
数学苦手でしたよね?彼女は得意のニッコリ顔だ。そんな殺生な、可愛いは時に暴力だ。
「数学なんてできなくても、僕は全然生きていけますよ。」
「数学がお出来になるなんて先輩かっこいい〜。」
「おっと、そろそろフェルマーの奴が僕に提起して逝った定理でも証明してやるとするか。」
チョロくなんかない。先輩は後輩に甘いもんだ。僕の場合はちょっと後輩が可愛すぎるだけで。
僕と彼女の手には買ってきたばかりの猫用ドライフードが詰められたエコバックが一つずつぶら下がっていた。僕の反対側の腕の中にはしっぽをブンブン振り回し、さっさと降ろせとぶー垂れたネコ。総合栄養食兼カロリー50パーセントカットお買い得品、友人の健康と高校生のお財布両方に優しいキャットフードを取り扱っていた学校近くのスーパーへの買い出しは、人間でいうところの生活習慣病が気になり始めるお年頃に差し掛かっていた部員の健康寿命を延ばしたかった彼女と、もう猫ならば誰でもいいと言いながら通りすがる野良猫の頭の臭いを嗅ごうとする尻軽男に成り下がっていた僕と、双方の利害が一致した効率の良い日課だった。
「君の合理的な判断と豪快な購買技術のせいで僕はすぐにでも受験勉強という将来への投資活動に専念する事ができるよ。同輩だけでなく先輩の幸せまでプロデュースしてくれるなんて、全く君はできた後輩だ。先輩として鼻が高いよ。」
僕の舌はネコと違ってトゲが無い分滑りが良い。フラストレーションと相まって、いつもより舌が回る回る。
「顔と言動と心境が殴り合ってます。先輩。」
「気のせいだ。」
「カカカカ」
僕のトゲトゲした雰囲気に引っ張られたのか、腕の中のネコは窓の外に虫や鳥を見つけた時と同じ様に鳴いた。
「ところで、」
「はい?」
「君はこんな所でうつつを抜かしていていいのかい?」
「ニャーン。」
「我が校のマドンナの放課後デートをエスコートする相手として、僕は少々物足りないと思うんだけど。」
「ギャアー。」
出会って早々彼女が勇壮に約束したのは、ネコの幸せであって凡庸な先輩のお守りじゃない。第一、マドンナとマスコットという学園の絶対的な二枚看板をあまねく独占している僕はスクールゴシップ的に“かなり美味しい餌”だ。可愛い後輩が芋づる式にむしゃむしゃとそんなやつらに食い散らかされるのを考えただけで僕のしっぽのは毛を逆立てるもんだから、僕は断腸の思いで彼女を手放す事を決意した。断腸の思いで。
高校生活ももうすぐ終わる。すっかり日が短くなった冬の日の放課後、そこにいるのは僕と、彼女と、ネコ。通行人はなし。僕なりに精一杯にスマートに切り出すと、彼女は俯いて立ち止まった。
全然わかってない、彼女が呟く。
「私は……先輩のことが………」
彼女は大きく息を吸い込んだ。
「全然理解出来ないです!!」
「ええぇー」
「何一人でうじうじぐだぐだ考えてるんですか。そんな暇があるなら英単語の一つでも覚えてさっさと受験に合格してくれる方がよっぽど後輩孝行ってもんですよ。余計な事考えながら勉強とか、先輩そんな器用じゃないですし。」
ねぇ、と彼女。ナァ、とネコ。仲良しか。
「いや、僕は、」
「『僕は君のためを思って』とかどっかのベタベタな恋愛小説ですか?最近王様のブランチでやってましたよね恋愛小説特集。」
チェック済でしたかすいません。ついでに僕がチェックしている番組までバレてらっしゃる。さすが有能。
「……まぁ、僕がその主人公になるなんてあり得ないけどね。ヒロインの告白を受けるのはカッコいいヒーローって決まってるしね。」
僕はどっちかというと名無しのクラスメイトAかな。せめて猫好きだったら嬉しいけど。
「君が嫌な思いする前に、僕なんか放っといてさっさと君に相応しい相手見つけなきゃね。僕はネコがいれば寂しくないから。だから君は早く君に相応しい、」
「ーーーーーそんなんだから全然わかってないって言うんです!!」
「っ!?」
「ああもうこの猫バカは!!」
ギョッとして彼女の方を見やると、彼女は道の真ん中で頭を抱えていた。
ーーーーーーーーーーーーえ?
「先輩頭のまで猫まっしぐらなくせに。扱い方分かんないなら人間なんかに手出すなってんですよ!猫にしか興味ないと思ったら人の事強引に友達認定して大事に可愛がっておいて、今度は大事にし過ぎて私の気持ちなんかこれっぽっちも考えないで手前勝手に放り出そうとするなんて!先輩はアレですか、実は猫なんですか?!だから人間の感情に鈍感なの?!」
猫バカも極めると猫になれるわけ?!御見逸れ!!
そう叫ぶ彼女に最早マドンナの欠片はない。
ーーーーーーーーーーーーーやばい、わかんないけど何か間違えた。
「第一、そんな取るに足らない理由で先輩とネコを放っぽり出してトンズラする程私が義侠心に欠けた人間だとでも??それとも何ですか?先輩は実は酷い人間で、用済みな私は段ボールに突っ込んで橋の下にポイとか??私捨てられるの?!せめてエサと水は餞別で一緒に入れてくださいね?!」
???っと、僕はもう脳みそが大混乱だったけど、自分がとんでもなく彼女を誤解していた事だけは理解した。今出来るのは彼女の言葉を聴き逃さないよう両の耳をピンと立てることだけだ。
「同じ高校で大ベテランの猫飼いってだけで猫好きとしてはポイント高いのに、隠れイケメンで密かに女子人気ある割に警戒心強くて普段は中々人前で笑顔を見せない人が、自分と二人っきりの時に限って安心したみたいにダラけきった顔見せて………まぁネコにだけど。でも女子高校生はそういう特別感に弱いんですよ!マタタビ並みなんですよ!絆されちゃうんですよ!そっちにとってはただの気まぐれかもしれないけど!」
「てか、人たらしで女子ウケする顔引っさげて無自覚にフラグバンバン立ち上げるくせに、私より下心むき出しのメス猫どもが狩りに行ったフラグは片っ端からへし折って……本当あんたの陰でどんだけキャットファイト繰り広げられてると思ってんだ!かつ!そのメス猫どもに今まで私がどんだけやっかまれたと思ってんだ!」
「ちょ、ちょっと待って無理情報過多!こぼれるっ、海馬が足りない!!女子高生怖い!!」
シャーッ、ウー。気がつくと僕の腕の中にいたはずのネコは地面に降りていて、耳を横に向けてしっぽを地面に叩きつけながら、僕を非難することに余念がない。……こいつの瞳孔が狭まっているところなんか久しぶりに見た。
「僕イケメンなの!?」
「鏡見ろバカ!!」
「女子ウケ?猫ウケの間違いじゃなくて??」
「鈍感か!!」
「女の子とまともに話したことありませんが!?」
「観賞用!目の保養!!イケメンのくせに猫と戯れるとか女子の2大胸キュンポイントぶち抜いておいて自覚なしか!!」
「胸キュン?キモいじゃなくて??」
「そんなミステリアス猫王子が時たま気まぐれに人間に話しかけた時の破壊力舐めんな!心臓トキめくこと必須!そのまま恋に真っ逆さま!」
「僕童貞ですけど……」
「去勢しろ!」
「酷い!!」
「ギニャアー。」
「しかも這い上がろうとする絶妙なタイミングで更に餌ばら撒くもんだから居心地よくて居座っちゃって、あっという間に恋する乙女の一丁あがりですよ無自覚天然タラしバカ!」
「フンっ、フンっ。」
いつの間にか状況は二対一、二の方のうち一匹は既に戦闘態勢、対して一の僕は丸腰。戦況は最悪だ。
「そんなねぇ、メス同士の泥沼キャットファイトに比べたら、小学生レベルの冷やかしなんて痛くも痒くもありませんよ。むしろ今この瞬間今まで気づかれないよう大事に大事に隠してきたフラグへし折られる方がよっぽど痛いです。心臓が。」
ーーうわっ、やられた。これはクる、入りましたクリティカルヒット。
「それとも、やっぱり私じゃ先輩の“友人”の友人は勤まりませんか?」
ーーああそんな不安そうな顔をさせているのが僕ならば、自惚れたって仕方ない。
「……やっぱり先輩はネコがいればよくて、人間の私なんか居なくても寂しくなったりしませんよね。」
さっきまでの威勢は何処へやら。そこにいるのはしっぽの先を自信無さ気にくにゃっと曲げて、恐る恐る僕の出方を伺っている可愛い猫よりも数倍愛おしい女の子。
僕は身体の真ん中がポカポカと暖かくなるのを感じた。なぁネコ、事故以来初めてだもんな。お前が人間のために怒るなんて。
「………一つ質問してもよろしいですか。」
「………聞くだけ聞いてやろう。」
「…有難き幸せ。」
太っ腹な彼女に感謝だ。
「……最初から下心あった?」
「……割と。」
「それって僕にとって都合良すぎじゃない?」
「……一つだけと言いましたが?」
「ハーゲンダッツ。」
「…検討してやろう。」
3つ、と言いながら拗ねた様にそっぽを向くのを可愛いなぁと思いながら、僕は彼女の言葉を待った。
「……その子を、助けてくれたじゃないですか。」
彼女の視線の先には、彼女が大事に世話してきたネコ。
「探しても全然見つからなくて、帰っても来ないし家が嫌で出て行っちゃったんだと思って諦めてたら、『猫王子が怪我した子猫拾った』ってクラスの子達が話してて…」
「慌てて見に行ったらすっかり元気になって安心しきった顔してたから、何だか羨ましくなっちゃって。」
「あわよくば私もーなんて気軽に近寄ってったら真っ逆さまですよ。あードキドキし過ぎて疲れた!心臓疲れた!」
もう話は終わりだと言わんばかりに、コンビニ寄ってさっさと帰りましょー!と先を歩き始めた彼女がその疲れた心臓を更に働かせる事になると思うと申し訳なくなったけど、
僕はーーー
「ごめん。悪かった。許して。好き。君が居ないと寂しくて困る。」
言ってしまった後、しっぽがブワッと太くなった猫みたいに顔を赤くした彼女を見たらやっぱり心臓に大変申し訳なくなって、大丈夫だよ〜怖くないよ〜安心してこっちおいで〜と慌ててフォローしたら殴られた。
でも、その後に彼女が安心した様に笑ったから、
僕は、その笑顔を当たり前のようにずっと守れると思ってた。
僕は彼女曰く“猫まっしぐら”で、どうしようもなく人間の気持ちに鈍感だった。