9 バイト
夜明けだ。さーて、今日は何をしようかな。って、やっぱり暇人か。
《重力魔法陣と土魔法の代替機能の構築が完了しました。重力操作と土操作のパッケージ化が可能です》
いいタイミングだ。
《パッケージ化にはEP最大容量をそれぞれ400と100を使用します。パッケージ化しますか?》
EP最大容量を使うのか、まあ仕方がないな。
今のEP最大容量を確認する。
EP最大容量:2670
大丈夫だろう。パッケージ化を頼む。
《ではパッケージ化します》
《完了しました》
早いな。
《ロードしますか?》
ああ。
《ロードしました》
お、なんとなくだが覚えた感覚があるな。
<重力操作:1>
・重力障壁で包むことでその物体を重力から解放します。
・物の重さを無くすことは可能ですが、物を浮かせるなどの反重力効果はありません。
・対象に触れていないと使えません。
・レベルにより包めるサイズが大きくなります。
<土操作:1>
・土を連結させ形を作ることが可能です。
・土に触れていないと使えません。
・レベルにより操作可能なサイズが大きくなります。
・平な物でも手に吸い付けるようにして掴むことが可能です。
・レベルにより掴める物のサイズが大きくなります。
朝食を食べたら村の外で試してみよう。まずは朝食だな。ということで食堂へ向かう。朝食は今日も一番乗りのようだ。
食べ終わる頃にはそろそろ村の門が開く時間になっていた。
部屋から木刀、剣、スコップを持ちだして、早速出掛ける。門を出て北側の山付近に歩いて向かった。
まずは、重力操作を試してみよう。
漬物石ほどの大きさの石を見つけ、それを触りながら重力操作を実行した。重力障壁が石の周りに形成されたのが感覚的に分かる。そのまま両手で石を持ち上げてみると、なるほど重みを全く感じない。石から手を離すと、一瞬にして重力障壁は解除され、ドスンという音とともに地面を直撃した。
どこまで大きなものを包めるのかと試してみたが、今の機能レベルだと大きさ的にはゴブリン一体ほどが限界のようだ。まあ、生き物を包めなるかは分からないので、ゴブリンはただの例えだ。
この機能で重力は無くせるが、重い物を簡単に振り回せるようになる訳ではない。重い物を振り回すには重力が有ろうが無かろうが、それ相応の力が必要なのは変わらない。慣性の法則というかニュートンの法則の通りだ。さすがだなニュートン。
《ニュートンが何か知りませんが、凄そうですね》
次は土操作を試してみよう。
まずは、土を山盛り両手で持つ。土操作で直径10cmの球形を指定し実行すると、手の上に綺麗な球形の土の塊が出来上がる。それをそのまま地面に置くが、崩れることは無い。手に取り地面に落とすと当然のようにその形は壊れる。適度に固まっているようだ。
先ほどの土の半分くらいを手に持ち、先程と同じ大きさの球形を指定して実行する。結果、左手の上には半球状の土がある。その状態で地面から土を拾い、その半球の上に振りかけるとだんだ球形に近づき、ついには先程の球が出来上がった。その後は、土を掛けても球に変化は無く、土が溢れるだけだ。土機能を実行している間は、その球が手から離れることは無い。例え掌を広げて下に向けても手にくっついているようだ。
今度は、手に土を持たない状態で先程と同じ大きさの球形を指定して実行する。当然のごとく何も出来上がらないが、その手で地面を触り持ち上げてみると、一瞬にして球が出来上がっている。それに使われた土の分だけ地面は凹んでいた。
そう言うことか。
今度は地面からの切り出しを試す。
地面に手を当てて、10cm四方の立方体を指定し実行する。立方体は手にくっついているので、そのまま引き上げる。手には立方体。地面はその立方体と同じ10cm四方の綺麗な穴が空いていた。
大きな土の塊も、重力操作を併用することで重さを無視して引き上げることが可能だ。
どこまで大きなものを切り出せるかを試したが、今の機能レベルでは70cm四方程度が限界のようだ。それより大きいと重力操作で包むことができなくなり、重力障壁が無ければ重過ぎて地面から引き上げられないという結果となった。土操作単独ではもう少し大きくても指定できるのだが、実質的には重力障壁で包める限界のサイズが今の土操作の限界と考えるのが妥当だろう。
切り出す回数は特に制限は無いため、討伐した魔物を埋める用途であれば何回かに分けて切り出せば全く問題は無い。その内、重力操作と土操作の機能レベルが上がり一発で切り出せる日も来るだろう。
これでスコップはもう必要無さそうだ。
時間を忘れて没頭していたせいで、空を見上げると日がだいぶ傾いている。今日はこの辺で切り上げるか。
試行錯誤と練習のおかげで、重力操作も土操作もレベル2になっていた。
練習で空けた穴を丁寧に埋める。そのついでに、役目を終えたスコップもいっしょに埋めた。
穴を全て埋めたのを確認し、村へと戻って行った。
§
そうだ、バイトを探さないとお金が無くなりそうだったんだ。
既に夕方だが職業斡旋所に行ってみる。
ちょっと大きめの建物だ。駐車場も完備されていて、車やバイクが何台か停めてある。
まだ開いているようだ。
窓口の前に行くと窓口の女性に挨拶される。
「こんにちは。今日はどのようなご用件でしょうか?」
「こんにちは。何か仕事を斡旋してもらいたいんですけど」
「はい。それでしたら、こちらに現在募集している仕事の一覧が載っております。これをお貸し致しますのでご覧頂きお決まりになりましたらお知らせ下さい」
渡されたものを見ると、身分証を3倍くらいにした大きさの薄っぺらいデバイスだった。使い方を教えてもらったところ、タッチすることで検索などができるようだ。周りにあるテーブルに持って行って内容を確認してみる。
正規雇用やバイト、長期や短期、日雇いなど、絞り込みもできる。
工場の仕事が多いな。これといったものが無い。
ん? 土木関係の覧に壁建造がある。
作業内容:壁の建造の補佐
・日払い可能
・経験:不問
・スキル:不問
・魔法:不問
・時給:1400エル(危険手当て込み)
・最低契約期間:5日
・作業時間:9時~16時(昼休憩あり)
・作業場所:村の外
・募集人員:1名
もしやと思い聞いてみると、やはり昨日見ていた壁作りの仕事で、その補佐らしい。
「これは村の外での土木作業になります。経験やスキルは特に無くても大丈夫ですよ。契約期間は5日間からです。時給は危険手当を含めて1400エルです。途中で辞めるなどの契約違反時は当日も含めてそれ以降の報酬は無しとなるのと、違約金も発生します」
村の外での仕事は人気が無いらしい。ゴブリンなどがたまにでるので危険なためだ。
しかし、この時給は他のバイトに比べると破格だと言う。短期のバイトだと一般的には800エルだそうな。
「これをお願いします」
石板に身分証を当てて契約成立。あすの朝9時までに村の外の現場に行けば良いとのこと。
作業着は貸与されたものを着用し、最終日に返却とのこと。
バイト代は働いた後であれば、その日でも数日後でもこの職業斡旋所に来れば受け取れるという。
ゴブリンが出るかもとのことなので、剣を持っていこう。
次の日、宿で作業着を着て8時半ごろに現場に行ったが、まだ依頼主は来ていなかった。
暫く待ち8時45分頃、依頼主がやってきた。一昨日に作業していた人だったのですぐに分かった。
「アースです。よろしくお願いします」
「ドーケンだ」
言葉少な目の人なのか、すぐに作業の内容を軽く説明され仕事にとりかかる。
「じゃあ、早速だが、板を立てるのを手伝ってくれ。重機で板を吊り上げるので溝に合わせてくれ」
一人だと重機で持ち上げても綺麗に溝に合わせるのが難しく時間がかかって仕方がなかったそうな。
板と言っているのは壁のことで、幅1m厚さ25cm長さ4mのガラス状の板状のパーツになっている。板は数枚単位で積み上げられたものが壁になる予定の箇所付近に均等に置かれている。工事の途中で補充されるのだろうが既に何百枚もありそうだ。
重機で吊り上げると、一旦降りてきて吊り上げられている壁の側面に勢い良く水を噴射しその後に風を吹き付けて乾燥させて表面を綺麗にする。一昨日に遠くから見ていた水魔法と風魔法だ。初めて目の前で魔法を見た。どこからか分からないが、水と風が出現し壁に噴射されていて不思議だ。
砂などが付着していると接合時に汚くなるらしく、この壁の掃除も重要なのだそうだ。ただ、その結果として地面は当然のごとく水浸しだ。
その後、再度重機に乗り込み壁を溝にはめていく、俺は溝に合わせるのを手伝うだけ。
簡単な仕事だ。これで時給1400エルだと申し訳無いくらいだ。
溝が出来ている分を全てはめ終ると今度は壁と壁の隙間を処理し接合していく。
接合部は綺麗で、つなぎ目が全く分からなくなった。つなぎ目となる表面を一旦溶かして合わせることで綺麗に接合できるらしい。
下手に行うとつなぎ目が見えて汚くなるとのこと。まさに職人技か。
次に板を立てるための穴、幅1m奥行き25cm深さ1mを掘る。板は左右に僅かに湾曲しているので、穴もそれに合わせて微妙に湾曲している。
板を立てるのは重機を使っているが、穴堀は手作業というか土魔法だ。俺と違って土に触っている必要は無いようだ。さっきの水魔法、風魔法の時も思ったが両手を広げて操作している様はカッコいい。
板を正確に立てるには穴を正確に掘り、掘った側から固めて行く必要があるらしく、25cmの細い幅で正確に掘ることは重機ではできないらしい。ただ、魔法であっても一瞬で切り出すという訳にはいかずそれなりの時間がかかるようだ。
板5枚分の穴を掘って、固めて、板を重機で吊って、表面を掃除して、板を溝に合わせてはめて、繋ぐ。
5枚単位でこれの繰り返しだ。
俺の出番は溝に合わせる時だけだ。あまりにも暇すぎる。
ドーケンさんは全てを起用に行えるのだが、重機に乗ったり降りたりのタイムロスが意外と大きい。重機に乗ったままでも魔法は使えるそうだが、それだと正確なコントロールが難しく慎重になる分、返って時間が掛かってしまうとのこと。
ドーケンさんが次の穴を掘ろうかという時に申し出てみた。
「ドーケンさん。穴を堀るのを俺にやらせて貰えないでしょうか?」
「なんだ土魔法が使えるのか? そうだな……」
そう言いながらドーケンさんは俺をじっと見る。この若造が何言ってんだって感じかも。
「じゃあ試しにやってみな。正確にな」
今朝覚えた土操作を使ってみる。
地面に手を当てて、25cm四方の深さ1mの土の塊をイメージして形を決定する。形が決まったらすーっと引き抜く。土操作と重力操作により正確に切り出すことができた。板は厳密には微妙に湾曲しているが、見た目には湾曲は分からないレベルだ。25cmずつなら直線でも問題無いだろう。次の25cmを抜く時に角度を微調整することで板の湾曲分を考慮すればいけそうだ。ルナにも確認したが、それであればドーケンさんと比較しても遜色無い出来になると言うことだった。
最初の1本目は形の指定などで若干時間がかかったが、2本目からは形が決まっているためさくさく進む。4本引き抜くと壁1枚が建てられる分の溝が完成だ。
「おっ!綺麗に掘れているじゃないか。微妙な湾曲も完璧だな。しかも速い」
そう言うと、ドーケンさんが固める。
俺が穴を掘って、ドーケンさんが固めていく。
「固めるだけだから楽でいいや。これは作業スピードが上がるな」
5m行うと壁を立てていくためにドーケンさんが重機で壁を吊り上げる。
壁を掃除するために降りてきたところで、次の提案を行った。
「壁の掃除もやってみていいですか?」
そういうと、俺は壁に手を当ててクリーニングを実行した。一瞬で側面の砂などが下に落ちる。
ドーケンさんが確認したところ問題なく綺麗になっているとのこと。
ドーケンさんが壁を吊り上げて、俺がクリーニングした後、溝にはめ込んでいく。
「重機から一々降りる手間がなくなって助かるぜ」
全部嵌めこんだら接合して完成させていく。さすがに接合はドーケンさんしかできないし、他人には任せられないとのこと。
もうすぐ昼だという頃。
《アース、ゴブリン2体がこちらに向かって来ています》
俺もそちらを見る。まだ少し遠いが、確かにゴブリンがこちらに向かって来ている。
「ドーケンさん、ゴブリンがこちらに近づいて来ていますよ」
そう言って俺は指をさす。
暫くすると、ドーケンさんにも見える距離までゴブリンが近づいてきた。
「ちっ! またゴブリンか。おい村に避難するぞ。急げ! 門番に連絡して討伐隊に来てもらうんだ!」
「俺に任せてください」
そう言って、俺は横に置いてあった剣を取り、ゴブリンの方に走って向かう。
俺は剣を振るってあっさりと殲滅し、魔石を取り出していると、ドーケンさんが走り寄って来た。
「にいちゃん強いんだなぁ。助かるぜ。まあ初日にゴブリンとはツイてなかったけどな」
「いえいえ、臨時収入になるので俺にとっては逆にラッキーですよ」
ゴブリンを適当な場所で土操作機能で穴を掘り埋めようとしたところ、ドーケンさんに止められた。
「山奥ならまだしも、ここでそのまま埋めるのはまずいな」
「え、そうなんですか?」
「ああ、魔石を取るのは問題無いんだが、その後は村に引き渡して処理してもらうのが普通だぞ。仮に埋めるにしても完全に焼いてからだな。ただ、焼くと匂いが酷いし、今時は山奥だろうとそんな処分方法はまず選ばないだろうよ」
「このゴブリンを引きずって持っていくんですか?」
「マジックバッグに入れて持っていけばいいんだが、無ければ討伐隊に取りに来て貰えばいい。昼に門番に連絡しておこう」
とりあえず放置しておくことで決まった。ゴブリンが持っていた剣はどちらも貧素な鉄か何かの短剣だったが戦利品として貰っておく。もちろんその場で錆や汚れは落とした。
「ここらはゴブリンが出ることが多くてな。ゴブリンが出た次の日にはみんな来なくなるんだよ。だが、兄ちゃん、いやアースなら大丈夫だな」
ドーケンさんは嬉しそうに笑っていた。
「ここらで昼にするか」
俺たちは村に戻り、門番にゴブリンのことを連絡してから近くの食事処に入った。
中は食堂のような作りで、テーブルが4つとカウンターがある。
ドーケンさんと同じく500エルの日替わり定食を注文した。今日は焼き肉定食だった。
ドーケンさんと話をしながら食事をする。
「アースは、ハンターなのか?」
「え? ハンター?」
「ん? その様子だとハンターギルドも知らないか?」
「はい、知りません」
「ハンターでも無いのにゴブリンを仕留められるのか。恐れ入るぜ」
「ハンターギルドというのは、冒険者ギルドとは違うのですか?」
「冒険者ギルドか…… 同じ意味だな。ハンターギルドはかなり昔に冒険者ギルドと呼ばれていたらしいぞ。そんな古い言葉、良く知っているなぁ。いったい誰に教わったんだ?」
《私ですね。情報が古くてすみません》
「えっと…… 祖父からです」
《え! 私、おじいさんじゃ無いんですけど》
「爺さんか。でもアースの爺さんくらいだと既にハンターギルドって名称のはずだけどな」
「山に篭っていたので、世間には疎かったのだと思います」
《篭ってたんじゃなくて、停止してたんですけど》
「それでか。それで爺さんは元気か?」
「少し前に死にました」
《死んでませんけどー!》
「……そうか、悪いことを聞いたな。すまん」
「いえ、大丈夫です」
《死んでないのに》
ドーケンさんは話をしてみると結構気さくな人で、話易い。
今朝は、俺のことをまたすぐに辞めていく奴じゃないかと考えていたらしく、その警戒していた気持ちが無愛想となって出ていただけだったようだ。
食事を終え店を出た後、ドーケンさんは少し昼寝をするとのことで近くにある小さ公園にやって来た。
昼寝はドーケンさんの日課らしい。
「アースも昼寝した方がいいぞ? 疲れを取るには昼寝が一番だからな」
「大丈夫ですよ。俺は疲れ知らずなんで」
「そうか。若い奴は体力あるな」
そう言うと、ドーケンさんは公園の片隅にある芝生で横になった
俺もいっしょになって寝転ぶ。寝ることは有り得ないので、空でも眺めながら過ごす。
天気が良く青空が広がっている。ところどころに白い雲が浮かんでいて、鳥が時々通り過ぎていく。空が余りにも高すぎて、ずっと見ているとなんか空に吸い込まれそうな錯覚に陥る。本当に綺麗な空だ。なんか心が安らぐようだ。前世では空を見上げるなんて余裕は全く無かったけど、前世の空もここと同じように綺麗だったのだろう。もっとちゃんと見ておけば良かったなぁ。
そんなことを考えながら飽きずに空を眺めていると、ドーケンさんが起きたようだ。おおよそ15分ほどか。
午後からはゴブリンが出ることも無く順調に作業をこなし、終了の時間となった。
作業後にゴブリンが持って行かれているのを確認してから引き上げる。
「いやーしかし、アースのおかげで今日は相当進んだなー。明日も頼むぞ」
「はい。こちらこそよろしくです」
この壁は半径2kmの円状に作るとのことなので、計算だと一ヶ月はいっしょに作業することになりそうだ。
ドーケンさんとは宿が反対方向なため、村の門を入ったところで別れた。
帰りがけに職業斡旋所に寄り、今日のバイト代を受け取るために窓口で石板に身分証をかざす。
【入金:1万2千エル】
あれ? と思い、職員に尋ねてみた。
「なんかだいぶ多い気がしますが?」
「えーと…… ああ、ドーケンさんと契約された方ですね。さきほどドーケンさんから職業斡旋所に連絡がありまして、契約していた作業以外のことが行えるとのことで時給が2000エルに上がっています」
「あ、そうなんですか。ありがとうございます」
時給が上がるのはありがたい。
報酬はいいし、ドーケンさんもいい人だし、暫くはお金を稼げそうだ。毎日、土操作と重力操作をひたすら使うので、それらのレベルアップも望めるだろう。
いいバイトを紹介して貰ったもんだ。
昼はバイト、夜はプログラムの勉強、朝と夕方は自由時間という生活パターンが出来上がった。