4 防御力
そんなこんなで、あっという間に夜が明けた。
メモの確認の続きを行おうと思ったが、他のメモは後日にすることにしよう。
時間は山ほどありそうだし、慌てる必要は無い。
過去の俺は忙しさとプレッシャーに追われる日々だったし、せっかくの第二の人生だ、のんびりと自由きままに生きていこうか。
小屋を出て空を見上げてみる。天気は良く、昨日水浸しだった草原も、すっかり水も引きほぼ乾いている。
さて、今日はこの体の性能を確認しようと思う。
その前に、この世界に魔物がいるって言ってたな。
ルナ、どんな魔物がいるんだ?
《ゴブリンとオークしか辞書には登録されていませんね。
これらはメジャーな魔物で、そこら中にいます》
なんか聞いたことがあるな。どちらも二足歩行の亜人種じゃないのか?
《その通りです。良く知ってますね》
んと、生前の映画とかで見た気がする。
《映画が何か知りませんが、アースの世界にも居たと言うことですね?》
いや、架空の物語っていうことだ。
《ああ、そういう意味ですか》
そいつらはどの程度の強さなんだ?
《野山で人を襲う魔物の中で、最弱なのがゴブリンと言われています》
弱いのか?
《ゴブリンに負けるかどうかは微妙ですが、今のアースのレベルだと武器が有っても勝つのは無理だと言えます》
負けないかもしれないけど勝てないってことか?
《防御はエナを出し惜しみせず行いますので、エナが続く限り倒されることは無いと思われます。
ですが、攻撃はレベルに見合った力しか出せないため、致命傷を与えることができず勝てないということです》
《なお、群れている場合は、見た瞬間ダッシュで逃げた方がよさそうですね》
倒すのに必要なレベルはいくつだ?
《単独撃破にはレベル21は欲しいところです》
オークは?
《オークを単独撃破するにはレベル25は欲しいところですね》
とりあえずレベル21を目指すか。安全策をとるならレベル22が欲しいな。
当面の目標が決まったな。
ところで、スライムという魔物はいないのか?
《スライムはいますよ。ですが、スライムは魔物では無くただの軟体動物です》
動物?
《はい、動物です。それに、スライムは非常に弱く、人を襲うことも無いため討伐対象ではありません。
ですが、群れると邪魔なので、増えすぎると駆除対象になります。
ただし、亜種が存在し、ポイズンスライムなど、人の脅威となり得るものは討伐対象となります》
俺の今の強さでスライムには勝てるか?
《簡単な武器があれば倒すことができます。武器が無いとスライムの核を直接狙えないため倒すのに時間がかかると思います。この草原にも何匹かいますね》
なに? ほんとか? 見てみたいな。どこにいる?
ルナの案内でスライムを見に行く。
10cmほどの透明な生き物だ。なんかクラゲみたいだ。
観察していると体を器用に変形させて草に纏わりついている。草を食べている? いや、纏わりつくだけですぐに離し別の草に移動している。
《草に付いている虫を食べていますね》
ほー。
草からすると害虫を駆除してもらっているようなものか。
昨日は見かけなかったな。
《雨のせいで草原に虫がいなくなったためか、山にいるのを見ました》
ぷよぷよと動いていて、ずーっと見ていても飽きないな。
じゃーそろそろ、今日の目的である防御力を確認するか。
防御ではエナを使うらしいので、防御時のエナの減り具合いを見てみよう。
ルナ、いろいろやってみるからEPの残量をその都度教えてくれ。
《現在のEPは134で、満タンです》
お、夜中に見た時より増えてるな。
《表示レイアウトで常時表示すると便利ですよ》
ルナに表示レイアウトを変更してもらい、レベル、HP、MP、EPを常時表示にしてみる。
おー、目の前の邪魔にならないところに表示されている。これなら確認しやすそうだ。
まずは、そうだな…… 軽めのところから試してみるか。そう考えて地面に背中から倒れこんでみる。少しの衝撃はあるが痛くはない。
EPもHPも減らない。
まー、この程度で減ってもらっては困るんだけどね。
木に少し昇り、2mぐらいから飛び、背中から落ちる。
これもEPもHPも減らない。
ほんとか? メニュー壊れてるんじゃないのか? でも痛くないから本当か。そもそも俺は痛みを感じるんだろうか?
《そこにある大きめの石を思いっ切り頭にブツケてみてはどうでしょう?》
思いっ切りって……しかし怖いことを平気で言うなぁ。
それならばと、ルナの言うその自分の頭ほどの大きさの石を地面に置き、2mぐらい木を昇りそこから飛び、石の上に背中から落ちてみようと考えた。
人間だったら超激痛もんだけど。大丈夫そうかルナに確認する。
《全く問題ないでしょう》
やってみた。痛くないし、EPも減らない。ルナが言うには小数点以下まで見ると減っているらしいのだが。
5mくらいの高さから石の上に背中から落ちた時、ようやくEPが1減った。HP、MPは変化無し。
おおー。
防御と回復でエナを使うのだそうだ。
《レベルが10に上がりました》
なぜかレベルが上がった。鍛えられたってことか。まさか木登りか?
《木登りです》
さらに10mくらいから落ちてみると3減った。
《レベルが11に上がりました》
木登りの腕が上がったか。
《鍛えられたってことです》
いちいち紛らわしいなぁ。
調子にのって20mから落ちてみると15減った。HP、MPは変化無し。
《レベルが12に上がりました》
《鍛えられました》
いや、もうどっちでもいいから。
EPが減るような場合でも、衝撃はあるが痛みは無い。ルナが言うには、衝撃は攻撃されたことを気づかせるためのものだという。
HPが減っていないってことは、体に欠損などの異常が無いということか?
《瞬間的に減っていますが、すぐに回復していますので減ったことに気づかないだけですね》
普通、人間だったら背骨は粉砕、内臓は破裂という程の衝撃があったはずなのに気づかないだけって……
なかなか優秀な防御力だが、魔物との実戦でもこの防御力は有効なのだろうか? イマイチ不安だ。ルナ、この辺りに魔物はいないのか?
《周りの山を探知してみましたが、見える範囲には魔物はいないようです》
探知ができるのか。凄いな。
まあ、イキナリ襲われるということは無いということがわかっただけでも安心か。
ここは意外と安全地帯なのかも。
十分にレベルが上がったら魔物でも探しに行ってみるか。
今はまだ行きませんけど。
さんざん地面に体を叩きつけたせいで体が泥だらけだ。昨日の泥も乾いてこびりついていたりする。
《クリーニング機能で落ちますよ》
そういえばそんな機能があったな。
クリーニングを実行してみると、体にこびりついていたドロがポロポロときれいに落ちていく。
数秒でクリーニングが完了すると、なんか、風呂上がりのようなサッパリ感だ。いいねー。
しかし服は汚いままだ。服はクリーニングできないのか?
《残念ながらできませんね》
どうしても服を洗いたい。ボロボロの服だがやっぱ泥だらけは嫌だし。
綺麗な水溜まりを見つけたので、その水を使い自力で服と靴を洗うことにした。一生懸命洗っただけあって、それなりに綺麗になったんじゃないだろうか。
洗った服と靴を木に引っ掛けて乾くのを待つこととする。
ちなみに、水に映る自分の容姿は、夜にルナに見せてもらった通りのものだった。
夜が明けてからどのくらい経ったのだろうか?
ルナに確認したが、この世界には正確な時間という概念が無いことがわかった。
ルナに地球の時分秒の単位を教えて、日が一番高くなった時を12時と定義し、1日を24時間としたとき、今は何時かと質問した。
《9時27分54秒です》
おおー、計算速いなー。
まあ、この惑星の自転周期が何時間か解らないため仮に24時間としたが、試しにルナに10秒をカウントしてもらったところ体感的にも合っていたので、この惑星の自転周期はおおよそ24時間に近いのだろう。
これで正確な体内時計も手にいれることができた。
正確な距離の概念も無かった。
一番近い町までは歩いて14日ほどといっていたが、どの程度の距離だろうか。
ルナに地球の長さの単位を教えて、俺の身長を仮に170cmとして計算してもらうと、400kmほどと計算してくれた。
400kmを14日ということは、1日あたり28km、一日に10時間歩くとして平均時速2.8km 普通に歩くのが時速4kmぐらいだったはずなので計算としてはだいたい合っていそうだ。
しかし町は遠そうだな。
《遠いですね。平坦な道では無さそうなので馬車で移動することもできませんね》
馬車か。そもそも馬車なんて持ってないし。
また、実際に歩いてみて、その歩くスピードをルナに測定してもらうと時速はだいたい4kmで合っていた。
ルナに手伝って貰って地面に100mの目印をつけて、100m走のタイムを計った。14秒ジャストだった。微妙……
柔らかい地面とレベルの低さを考えると上出来なのかもしれないが。
なお、ルナによると一ヶ月は30日、1年は12ヶ月で360日としてこの世界では定義されているらしい。
結局のところ、この惑星の自転周期が24時間、公転周期が360日ということがわかった。
地動説、自転、公転、宇宙の概念もルナは知らなかったようで、教えてあげたらあっさりと理解した。
ルナにインプットされている情報になるが、この世界ではこれらを知っている人はいないはずとのこと。この世界はいわゆる天動説の考えらしい。よって、この惑星に名前はまだ無い。
でもおかしいなぁ、これだけ凄い体を作れる人が時間や距離、自転、公転なんかを知らないはずは無いんだが。
召喚される者の世界観が予想できないため意図的に伏せたと考えるのが妥当か。
これまでのルナからの情報から考えると、俺が知っている世界とはいろいろと文明の発展具合いが異なるようだ。その辺も含めてルナに確認したところ、おおよその文化水準は日本の江戸時代とかじゃないだろうか。
まあ、俺は歴史とかが苦手なため江戸時代がどのような文化だったのか詳しくは知らないが、とにかく近代日本の文明には遠く及ばないということだ。
ただし、魔法という概念があり、生活魔法が一般的に使用されているとか、生活圏から一歩外へ出ると魔物に遭遇する可能性があるとかなど明らかに概念的に異なる面があるようだ。
そんなことしている内に服も靴も乾いた。
周りに人はいないので裸でも困ることは無いが、なんとなく嫌なのでボロボロでも無いよりましと、乾いた服を再度着た。
次は攻撃力の確認だが、攻撃力はレベルが指標になっているってルナが言ってたし、試してみるまでもなく今は人間の12歳くらいってことか。
レベル上げしながら確認するのが良さそうだな。
スライムを倒すだけでも武器が必要そうだし、どうにかして武器を調達したい。まあ、スライムを倒す気は無いんだけど。
そう思い、武器に転用できるものが無いか、小屋の周りや草原の周りを探してみる。
……
石と木しか無い……
仕方が無い。まずは石を石で叩いて割ることでナイフのようなものを作って見るか。いわゆる石器ってやつだな。原始的な方法だが、今はこれしか手段が無さそうだ。
まずは材料となる石を探すか。なるべく硬いのがいいのだろう。草原の周りには石が結構あって、小さな石から、俺の倍ほどもありそうな石まで大小ごろごろしている。この分だと山や草原の土の中にもかなりの石があるのだろう。
周りの山はどれも頂上まで300mほどあるが、50mほど登ったところまで探しただけでも十分色々な種類の石があった。
その中でも手頃で硬そうな石を見つけては小屋に持ち帰る。何往復もした甲斐があって結構な数の石が集まった。それらを使い、何回もトライして鋭利で硬いナイフを目指す。
石と石をぶつけて割ってみるが、綺麗に割れるものや、単に砕けてしまうもの、簡単に割れるものや、なかなか割れないものなど様々だ。
石の中に恐ろしく硬いものが何個か混ざっていて、硬いおかげで割るのは苦労したが、割っただけでナイフっぽくなったものが何個か出来た。
それらをさらに石を擦りつけて、刃先をより鋭利なものにしていき、ナイフとして使えそうかを考えながら候補を絞っていく。
物凄く時間はかかったが、良さそうなナイフがなんとか2つできた。結局は2つとも同じ種類の石で、半透明の深緑色をしている。何かの結晶のようにも思える。
《レベルが13に上がりました》
ナイフは短いため武器には成り得ず、このナイフを使って木を削り武器を作ることになる。
はたして木を削ったりできるだけの性能があるだろうか? 実際に木を削ってみてナイフとしての性能を確かめようと思ったが、もう日が沈みそうだ。
暗視があるので夜でも問題無いが、明日にしよう。夜中に音で魔物が寄ってくるといやだし。
そう思い、小屋に入る。
ナイフと同じ材質の石をナイフに擦りつける方法で、刃先以外の部分も含めて時間を掛けて丁寧に仕上げていく。
そしてついに完成した。1つは刃が薄めで小ぶり、もう1つは厚めで少し大きい。自分で作ったにしては出来栄えは素晴らしい。まあ、他人が見たらどう思うかは知らないが俺的には大満足だ。刃先を触ってみても十分に鋭利だ。
出来上がった2つのナイフをほれぼれしながら眺めていると、ふと、このナイフで俺の体は傷つくのだろうか? という疑問が浮かんだ。
ナイフを左腕に当てて、ルナの意見を聞いてみた。
《自動修復がありますので、大丈夫だと思いますが》
ナイフの刃先を腕に当て、軽く引いてみた。
ナイフの鋭利さが足りないのか、それとも自動修復が効いているのか、傷はつかない。
今度はもう少し力を入れて引いてみた。
結果は同じだ。
さらに力を込めて引いて見る。引いてる途中で止めて観察すると、間違いなく皮膚を裂いていて肉にも絶対に届いているとしか思えないぐらい食い込んでいる。
これはヤバイかもと思いながらも、痛みが無いのをいい事にそのまま最後まで引いた。
……
あれ? 切れていたよな? ルナ。
《はい。確実に切れていました。ですが、即座に自動修復が働いて元通りになっています》
どう見ても何事も無かったかのように元のままだ。傷は塞がっており、傷跡も残っていない。
何それ。
血も出ないのか。
今度はさらに力を入れて切ってみる。先程と同じように途中で止めて確認すると、腕の半分くらいまでナイフが食い込んでいる。
これは流石にどうかと思ったが、結果的には何事も無かったかのように腕は元通りだ。傷跡も全く無いし、腕の機能にも支障はない。これが自動修復の威力か。凄いな。
なら、皮膚を削ぎ落とすとどうなるんだ?
怖すぎだけどやってみるか。試しておかなきゃならない気がする。
ルナ、どうなるか解るか?。
《検討もつきません》
思い切って、腕の皮膚を少し削いでみた。
削がれた皮膚は、ナイフの上にある。なんか気持ち悪い。
削がれた腕を見ると、削がれたまま治ってない。
これは治らないのか。
ナイフの上にある削いだ皮膚を、何気に腕に戻してみたら、なんと一瞬で同化し治った。
《すごー》
って、俺のセリフ取らないでくれる?
その後、泥だらけにした皮膚を戻してみたり、細切れにした皮膚を戻したりなど、いろいろ検証してみた。
結果、異物などは取り込まれず、戻した瞬間に綺麗に治ることもわかった。
《今までの実験結果を解析したところ、自動修復の性能のおおよそを理解しました。でも一つだけ解らないことがあるのですが》
なんだ?
《削いだ皮膚を戻さないとどうなるのか? って言うことです》
確かに。いったいどうなるんだろうか。
《ちょっとやって見て頂けませんか?》
軽く言ってくれるなー。なんか怖いんですけど。
とか思いながらも言われた通り再度皮膚を削いで、その皮膚を床に放置した。
削がれた腕と、床の皮膚を見比べていたが、何も起こらない。腕の削がれた部分はそのまま変化はなく、床に置いた皮膚もそのままだ。だめか? 自動修復されないのか?
何も起こらないまま10分が経とうとしていた時だった。
床の皮膚がゆっくりと消滅し、それに反して腕の傷もゆっくりと治っていった。
え、どういう事だ? 瞬間移動か?
《いえ、腕の傷は時間切れによって自動修復が動作し皮膚が徐々に復元されました。放置した皮膚は時間切れにより消滅したようです》
10分ほどは、失った組織が戻るのを待っているってことか。その10分の間に戻せば治りが早いってことだな。
《素晴らしい性能ですね》
ああ、怖いくらい素晴らしい。
《まあ、首が飛んでもくっつければ治るってことですね》
ほんとかよ。そりゃどんな化物なんだよ。




