17 パーティ
さて、これからどうするか。まだ11時前だ。
Cランクハンターはロウエスと王都間のゲートをいつでも何回でも無料で通れるという特権が付いているようで、いつ帰ろうが自由だ。
それでも、せっかくなのでロウエスに暫く滞在しようかと考えている。
Cランクとなった身分証を嬉しそうに眺めていると後ろから声が掛かった。
「アース!」
振り向くと先ほどの試験官のシルビアさんが立っていた。
「あ、先程はありがとうございました」
「ランクアップおめでとう。さっきの戦いは何回思い出してもみごとだったわ。ニックも絶賛してたわよ」
「ありがとうございます」
「あの腕ならすぐBランクになれそうね」
「そうなれるようにがんばります」
「うん。がんばってね。じゃあ、またね」
「はい」
ギルドの周りを少し散策してみる。基本的には食堂や武具屋、雑貨屋、宿屋が主だ。ゲートを使えば王都にすぐ行けるので、ここに全て揃っている必要は無いのだろう。ただ、ここの方が物価は安そうだ。
そうこうしている内に昼前だ。
ギルドで依頼でも見てみるか。
Cランク用の常時依頼は、C級魔物の討伐で、ポイズンスネーク、オーガ、マッドウルフだ。
Bランク用の常時依頼は、B級魔物の討伐で、キラータイガー、ストーンゴーレム、トロールだ。
ルナ、Bランクへの昇格条件はどうなってる?
《Bランク昇格試験の合格が条件です。ただし、試験を受けるためにはBランク以上のハンターの推薦が必須ですね。規約的には討伐数は関係無いです。ただ、討伐数が少ないと推薦を貰うのは困難だと思いますので、全くの無関係という訳ではないのでしょう》
つまり、パーティを組んで魔物を討伐するなどして、他人に認めてもらう必要があるということか。
《その通りですね》
パーティか…… めんどくさいな。一人の方が気楽でいいんだが。Bランクを目指すのは諦めよう。
とりあえずB級の魔物の討伐に挑戦してみるかな。
「おい、アースじゃないか」
振り向くと、そこには昨日の試験官のマルクさんが立っていた。
「あ、マルクさん。こんにちは」
「Cランク、合格したんだってな? おめでとう」
「ありがとうございます。良くご存知で」
「ああ、今日の試験官のニックとシルビアが俺のパーティメンバーでな。そいつらから聞いたんだよ」
「そうだったんですか」
「まあ、実践で合格しない奴を一次試験で合格させるとペナルティ食らうんで、合格してもらわないと俺が困る。といっても今回は一人駄目だったけどな」
「そうだった見たいですね」
「アースは余裕だったろ?」
「ええ、まあ。ゴブリン程度なら」
「まあ昨日の時点でそうだろうと思ってたよ」
「ありがとうございます」
「あ、そうだ! 今日は暇か?」
「え、まあ、暇ですが」
「俺達と狩に行かないか? B級のキラータイガー狙いだぜ? メンバー全員Bランクだが、アースならついてこれると思うぞ? アースの実力に興味が有るってのが本音なんだけどな。どうだ?」
「足手まといになりそうですけど」
「まあ、カバーはしてやるさ。一緒に行こうぜ」
「では、お願いします」
「よし、決まりだ。ただ、もう一人前衛が居ないと心許ないので、募集かけるからもうちょっと待っててくれ」
「はい」
・21番:Bランク依頼:Bランク前衛1名募集(B級魔物討伐パーティ)
マルクさんのパーティは、現在Bランク前衛1名、後衛3名の合計4名で、前衛を募集しに来たとのこと。
「アースはどの程度の魔物まで倒したことがあるんだ?」
「オーガを単独で倒したとがあります」
「え、オーガを単独? 冗談にしてはキツイな……」
「本当ですよ」
「本当って…… それがどういう意味か分かって言ってるのか?」
「え?」
「つまり、Bランクの俺と同格だって事だ」
「あ……」
「それが本当ならもう前衛の募集はいらないってことになるんだがな。しかし人がいないな。この時間じゃ無理ないか。まあ、あと15分だけ待ってみるか」
「はい」
「ニックとシルビアもいるし、アースを連れて行くと喜ぶかもな。ただ、Bランクパーティの戦力として見た時にどこまで評価されているかは分からないけどな」
昨日今日のCランクの試験官はギルドの依頼であり、それをパーティメンバー全員が受けたということらしい。通常はギルド職員が行うのだが、人の都合が付かない時にはギルドからの依頼として出されるらしい。
マルクさんと他愛もない話をしながら15分待ってみたが一人も受ける人は現れなかった。
「結局誰も来なかったな。募集を締め切ろう。じゃあ、向こうでパーティメンバーとの待ち合わせをしているので、行こうか」
「はい」
《よかったですね。初めてのパーティですね》
マルクさんは、防具装備の他、腰に短めの剣をぶらさげ、肩には巻物を斜め掛けしている。
《特大のマジックバッグですね》
ああ、でかいな。ギルドから借りている中型の巻物とは厚みが全然違う。仕留めようとしている魔物のサイズが巨大ってことか。
《ええ。B級の魔物になると中型の巻物では1体も入らないのでしょうね》
そうか。
集合場所には既に3名が集まっていた。ニックさんとシルビアさんもいる。みんなBランクらしい防具を身に着け、シルビアさんともう一人は巻物を肩に掛けている。
「マルク、遅いぞ」
「こんな時間じゃ、人が居ないんだよ! スティーブ」
「それで、そいつは?」
「ああ、こいつが参加することになったアースだ」
「アース。この3人がパーティメンバーで、パーティリーダーのスティーブに、あとニックとシルビアだ」
「アースです。よろしくお願いします」
ニックさんがニコニコしながら話しかけて来る。
「よう、アース。さっきぶりだな」
「ニックさん、シルビアさん、先程はありがとうございました」
「Cランク昇格おめでとう。アース」
「ありがとうございます」
「いきなりBランクパーティに入ろうとは気合い入ってるなぁ」
「はい。なんとか役に立てるようにがんばります」
その会話を聞いていたスティーブさんが口を開いた。
「なに? Cランク成り立てかよ? 募集は前衛だぜ? 無理じゃないのか? それにその革装備はなんだ。しかも短剣じゃないのかそれ!」
ニックさんとシルビアさんがフォローをいれてくれる。
「Cランクに成り立てでも、このアースなら問題ないと思うぞ。スティーブ」
「私も大丈夫だと思うわ」
「しかしなぁ……」
スティーブさんが俺を睨みつけてくる。
「まあ、お前たちがそう言うなら使ってみてやるが、ただし認めた訳じゃないからな。だめそうなら即引き上げるぞ」
砦の東の端の近くに人が通れるほどの扉がある。スティーブさんが身分証をかざすと鍵が開いたような音がする。その扉を開けると短い通路が有り、その突き当りに再び扉がある。扉にはガラスが嵌めこまれた小さな覗き穴が有り、そこから安全を確認した後、身分証をかざし鍵を解除し扉を開ける。
扉を出ると砦の外側だ。今朝、砦のの覗き穴から見た風景が目の前に現れる。何も無い平らな大地。右側には大きな山が有って森が広がっている。
森に入って間もなくスティーブさんから指令が出る。
「シルビア、探査を頼む」
「あら、すぐ向こうにトロールが一体いるわね」
「いるわねって…… いきなりトロールかよ!」
シルビアさんが指し示す方向に進むと、体長4mはあるだろう巨大なトロールを目視。右手には大きな棍棒らしきものをもっている。
スティーブさんから作戦指示が出る。戦闘時の作戦打ち合わせは森に入る前に終わっているので、再確認程度だ。
「ニック先行で右腕、すかさずアースが左腕、ニックの攻撃直前に援護のファイヤーを食らわせる。この繰り返しで削っていくぞ。援護は俺とマルクが交代で打つ。シルビアは温存。6ターンまでに仕留める。いいな? アースもいけるか? 気合い入れて行けよ!」
「はい!」
後衛の援護の準備が整い、俺とニックさんが飛び出す。武器は刀を選択した。トロールのような巨大な魔物を切り倒すには長い刀身とパワーが必要だ。
俺たちがトロールの前に着く直前に強烈な炎がトロールの顔面を直撃する。
巨大なトロールが仰け反っているところを、ニックさんが右腕に攻撃、右腕に大きな切れ込みが入り血が吹き出す。ニックさんの攻撃に続きすかさず俺が左腕を攻撃、肘から先が綺麗に飛ぶ。さらに俺は、トロールの左腕から出る血しぶきを避けながら隙だらけの左脚に攻撃。膝部分から切断。トロールは体制を維持できなくなり俺の方へ倒れ込んできた。目の前に顔が来たところで、首を切り飛ばした。3連続攻撃。トロールは大きな音を立ててそのまま沈んだ。
ニックさんの方を見ると、ニックさんは既に絶命したトロールを見ながら唖然としている。
暫くすると、後ろから他のメンバーも駆け寄ってきた。
「おいおい、一瞬でかよ」
《この様子だとやり過ぎたみたいですね》
ああ、そのようだ。もう少しエナを抑えた方が良さそうだな。
「トロールをあんなに簡単に切り飛ばせるってすげーな。お前たちが押す理由がやっとわかったぜ。シルビア」
「えっと、私もこれほどとは……」
暫しの沈黙の中、俺は刀を鞘に仕舞いこんだ。スティーブさんが俺の腰に刺さっている刀を見て何やら考え込んでいる。
「アース。その刀はいったいどうなってるんだ? その短い鞘に合わない長さの刀だったな。その刀は伸びたり縮んだりするのか?」
「鞘が特殊なんですよ。マジックバッグのように亜空間が使われているんです」
剣と刀と木刀を順番に抜き差しして見せる。
「面白いものを持っているなぁ。今までに見たことが無いぞ。売ってるのか、それ?」
「ええ、ランスベルで売ってましたよ」
ニックさんも興味津々のようで鞘を見ていたが、次に刀に目を移した。
「その刀を少し見せてくれないか? ダメなら諦めるが」
「いえ問題無いですよ」
そう言って刀を渡すと、ニックさんはまじまじと見て、少し素振りをした。
「失礼な言い方になってしまったら謝るが、トロールを切り飛ばせるほどの刀には見えないな。これは本当に刀なのか? なんか、柔らかいし、俺が使ったら直ぐに折ってしまいそうだ。アースの腕がよほどいいのだろうが」
確かに、エナを流さずに使うとあっという間に折れるだろうな。
「その木刀も武器なのか?」
「昔から使っていて手放せないだけで、どちらかと言えば飾りですね」
「そうか。今度、その鞘を売ってる店を教えてくれよ」
「はい」
マルクさんはトロールから魔石を取り出した後、肩に掛けていた巻物を地面に広げる。特大のマジックバッグだ。トロールと同じ程のサイズに広げられたマジックバッグ。魔石はまだセットされていないため一見ただのシート状の布だ。
その上にトロールを皆で運び乗せる。その後、魔石をセットするとトロールが布の中に沈んでいく。完全に沈んだのを見届けてからシートを折り畳み封をする。後はそれをクルクルと丸めて元の巻物に戻せば俺のリュックにも入るような大きさにまでなリ回収終了だ。マルクさんはその巻物を再び肩に掛けた。
《大きな魔物を収納する時は魔石をセットする前に広げるんですね》
そう見たいだな。そんな使い方知らなかったな。
その後、魔物を倒しながら進んで行く。ゴブリンやオークはスティーブさんかマルクさんが魔法で一撃で仕留めていった。続いてオーガが現れたのを見て、ニックさんが剣を抜く。
「次は俺が行くか」
それをマルクさんが制止する。
「ちょっと待った! ここはアースが行ってみるか? オーガを本当に単独で倒せるか見てみたい」
そう言うとマルクさんは少しニヤリとした。
「はい。行けます」
「え…… 冗談だよ。冗談。ニック行ってくれ」
「いえ、大丈夫です。行けます」
そう言って剣を片手に俺は飛び出した。
オーガの鋭い剣を3回かわした後、出来た隙を突き首を跳ね飛ばし一撃で仕留める。
駆け寄ってきたスティーブさんから賞賛された。
「すげーな、アース! とてもじゃないがCランクとは思えないぞ。なあ、マルクもそう思うだろ?」
「ああ、ほんとだぜ。なんか試すような事を言ってすまなかったな。アース」
「そんな、気にしないで下さい。実力を見て貰える機会を与えてくれて逆に感謝してるんですから」
魔石を回収し、スティーブさんのマジックバッグにオーガが放り込まれ、さらに奥へと向かう。
その後、ゴブリンの他、マッドウルフなども現れたが、難なく仕留めながら進んで行く。
トロール討伐から2時間ほど経った時、シルビアさんから報告が入る。
「キラータイガーを発見したわ。このまま真っ直ぐ進むと見えて来るわよ」
言われた通り真っ直ぐ進む。
「よし! 見えたぞ」
俺にも見えた。え、何あれ? 虎? 顔は虎っぽいが牙がでかい。サーベルタイガーといったところか。全体的に水色の毛で覆われていて所々黒い縞が有る。手足は長く機動力に優れていそうだ。虎というよりは大きな犬のように見える。顔を見なければ絶対に虎とは思わないだろう。
「ニック! アース!」
ニックさんと俺はキラータイガーに向かって勢い良く飛び出す。
キラータイガーもこちらを見つけたようだ。ものすごいスピードで迫ってくる。
強烈な両前足がニックさんと俺を同時に狙う。速い!これまでの魔物に無いスピードだ。ニックさんの剣がキラータイガーの腕にかする。俺は避けるので精一杯だ。キラータイガーはすれ違ったかと思うと急停止し反転後に再び前足で攻撃してくる。目が慣れてきた。避けつつ刀で狙う。かすった。攻撃に手こずっているとキラータイガーの動きが急に遅くなった。
《シルビアさんの魔法が掛かりましたね》
速度はオーガ並みとは言わないまでもかなり落ちた。これなら余裕だ。
毛皮を傷つけないよう、狙うのは腕、腹、喉だけだ。ニックさんが肘部分から腕を切り落とす。それによりできた隙。俺は喉に狙いを定め、一歩踏み込み刀を切り上げる。うまく直撃したようだ。キラータイガーは暫し暴れた後に絶命した。
「よーし、上出来だ!」
トロールの時と同じ方法でシルビアさんの持っていたマジックバッグに回収する。ニックさんが切り取った腕部分もマジックバッグにスティーブさんが放り込む。
「さて、今回の目的は果たせたので、ちと早いが引き上げるか」
キラータイガーは近場にはほとんどいないためラッキーだったらしい。
帰り道、俺は皆の後ろを歩きながら今日の戦闘を振り返って考えていた。
B級の魔物は単独では厳しそうだ。トロールもキラータイガーも援護やニックさんの攻撃で作った隙を付いただけだし。俺一人であの隙を生み出すのはまだ無理かもしれない。時間を掛ければなんとかなるかって感じか。
前を歩いているスティーブさんとシルビアさんの会話が小さいながらも耳に入ってきた。
「ねえ、スティーブ?」
「ん? なんだ?」
「最初、アースを認めないとかなんとか言ってたけど、今はどうかしら?」
「そんなこと言ってたか? 人を見る目が無いように言わないでほしいなぁ。俺は最初から認めてたさ。誰がなんと言おうと俺だけはアースを認めるさ」
「ふふ」
「ただ、パーティ経験が浅そうだし俺たちが鍛えてやるか?」
「それはいいわね」
暫くすると、シルビアさんが俺の方へと下がってきた。
「ねえ、アース」
「はい」
「明日以降も私達のパーティに入って見る気は無い? パーティでの連携スキルを鍛えてあげるわよ」
「いいんですか? 是非お願いしたいです。 あ、でも……」
「ん?」
「俺はいろいろと旅がしたいので一ヶ月ほど限定でっていう我儘になってしまいますが……」
「うん、それでも私達はいいわよ。一ヶ月くらいでもう一人のメンバーも復帰する予定だからちょうどいいかもね」
「では、是非お願いします」
シルビアさんは頷き、再び話し始める。
「ところでアース、いきなりだけどBランクの試験受けてみない?」
「え?」
「あの腕でCランクはどう考えてもおかしいわよ。さっきみんなで話し合ったんだけど、アースならBランク試験に十分合格できると思うのよ」
「そうですか?」
「ちょうど明後日がBランクの試験日なのよ。ここを逃すと次は三ヶ月後なのよねー。今からでも1人ぐらいなら追加できると思うし、受ける気があれば推薦したいのだけど。どう?」
「ん~、そうですね」
「無理にとは言わないけど、私はBランクになるべきだと思うけどね。試験って言ってもC級の魔物を倒すだけだからアースなら楽に通るはずよ?」
「あの、Cランクになったばかりで良くわかってないのですが、Bランクだと行動を縛られるのが増えるとか、なんかデメリットとか有りますか?」
「強制招集などの縛りはCランクもBランクもあまり変わらないわね。だからデメリットは無いと思うわ。それより、周りからの扱いが変わるのでメリットの方が大きいと思うわよ。実力も待遇もBランクとCランクじゃ天と地ほどの差があるのよね」
「そうなんですか。それでは受けてみようかと思います。推薦の方よろしくお願いします」
「うん。じゃあギルドについたら明後日の試験が受けれるように交渉してみるわね」
「はい。よろしくお願いします」
ギルドに到着し、別館で魔物を搬入する。指定された位置でマジックバッグを広げ魔石を取り外すと徐々に魔物が布から浮き上がってくる。
トロールとキラータイガーが横たわる景色は圧巻だ。
その後、ギルドのクレーンで運ばれて行き、暫くすると査定が出た。
スティーブさんが代表して受け取り、みんなに分配する。
一人あたり約14万エルだ。半日程度というのを考えると結構な額だ。
そうだルナ、特大の巻物って借りられるのか?
《Bランク以上なら無料で貸してくれるようですよ。Cランクだと大型までですね。購入するならランクに関係ないですけど》
そうか、Bランクからか。Bランク試験まで待つか。購入する必要性は無いしな。
とりあえず大型の巻物を借りておくか。
受付に行き、大型のマジックバッグの借用を申し出ると、中型のマジックバッグと引き換えにすぐに借りることができた。ランクに合った巻物を1本なら無料で借りられるってことだな。
《マジックバッグを入れるためのマジックバッグも売ってるようですよ。かなり高価ですが》
ほう。いくらだ?
《特大マジックバッグ3本収納可能な新品の物で、70万エルから有りますね》
高いな。それは当面いいだろう。今はリュックで十分だ。
その後本館に行き、シルビアさんは受付になにやら話をして奥に入っていった。
暫く待っているとシルビアさんが戻ってきた。
「試験受けれるって。今回は受ける人が少なくてあっさり了承されたわ。そこの受付で手続きを済ませましょう」
明日はみんなで試験の練習をしてくれるそうだ。
《いきなり推薦を貰えましたね》
ああ、このパーティに感謝だな。
レベル:29
EP:9042
試験当日。
受験者は俺を含めて3人だ。二人はハンター犬を連れている。
暫くすると試験方法と注意事項の説明が始まった。
「前衛職の試験内容は、オーガもしくはマッドウルフを自力で発見し2体倒せば良い。ただし、発見に手間取ったり、戦闘に時間が掛かったり、攻撃を食らったりした場合はその時点で失格になる。試験官2名と他の受験者2名は試験中の者の後ろをただついていくだけだ。助言することも無い」
砦の西側から出て、西側の山に入る。少し奥に入ったところで試験官から指示が出る。
「では、まずはアースからだ。始め!」
「はい」
《前方左方向320m先にオーガ1体、さらにその右後方170mにマッドウルフ1体を見つけました》
今度は単体で討伐できそうだ。
俺は前方左方向に向きを変えて進んで行く。
《あの大木の後ろです》
俺は剣を抜き大木の後ろから不用意に出てきたオーガに一撃を食らわせる。オーガは即死だ。魔石を取った後、オーガをマジックバッグに収納する。
次に右側に向きを変えて進む。
《真っ直ぐ前です》
前からマッドウルフがツッコんで来るが、牙をかわしたと同時に首を飛ばす。魔石を取ってマジックバッグに収納し終了だ。
「完了しました」
「うむ。見事だ」
残りの2名も時間はかかったが両者ともにオーガ2体を仕留めて完了だ。魔物を探すのもハンター犬がいたため問題なく探せたようだ。ハンター犬の能力も見せて貰った。こんな山の中でも二百メートル以上先にいる魔物を探し当てることが可能のようで、意外と侮れないというのも分かった。たぶん感知しているのは匂いと音だけでは無いのだろう。
「全員合格だな。ギルドに戻るぞ」
ギルドに到着すると、スティーブさんとシルビアさんが待っていてくれた。俺は右手を高く上げ合格したことを伝える。スティーブさんは頷き、シルビアさんは小さく拍手をしてくれる。
ギルドで身分証を更新し、Bランクが表示されるのを確認した。今日の合格者が全員更新できたことを持って解散となった。
ハンター:B
少し離れてこちらの様子を窺っていたスティーブさんとシルビアさんに報告に行く。
「合格できました」
「やったな、アース。おめでとう」
スティーブさんは満足気に頷いている。
「さすがね、アース。おめでとう」
シルビアさんはいつも通りの微笑みとやさしい声だ。
「ありがとうございます」
「アース、今日の夜はお祝いも兼ねてみんなで食事でもしようと思うんだけど、時間取れる?」
「はい、全然大丈夫です」
「それじゃあ、夕方5時にココに集合でいいかしら?」
「はい。分かりました」
二人と別れた後、町をぶらぶらと散策し、約束の5時が近づいた頃に集合場所に向かう。
集合場所には俺が一番乗りだ。
暫くするとニックさんとマルクさんがやって来た。
「合格したんだってな。おめでとう」
「ありがとうございます」
その後すぐにスティーブさんとシルビアさんが合流。
「何を食うかってことで皆で話し合ったんだが、今日はバーベキューでもしようことになってな。アースもそれでいいか?」
「バーベキューですか。いいですね」
皆で町の端に向かって歩いて行く。どこに向かっているのかよく分からないが付いて行く。
「ここらでいいか」
町の片隅にあるちょっとした公園が目的地だったようだ。ここは昼間でも人があまりいないが、夕方を過ぎているので人の姿は全く無い。ここならバーベキューするには最適に思える。
ニックさんがマジックバッグからごそごそと取り出し始めた。テーブルに椅子。コンロに炭。バーベキューセットのようだ。
皆でわいわい言いながら組み立てていく。いつも使っているのだろう、皆手際がいい。
組み立て終わると今度はスティーブさんが火を付ける。もちろん魔法でだ。お酒もあるようで、人数分のコップに注いでいく。ビールのようだ。
ビールを皆に配り終えると、スティーブさんの一言でバーベキューの始まりだ。
「よーし、今日はアースのBランク合格祝いだ。アース、おめでとう。乾杯!」
「「「おめでとう! 乾杯!」」」
「ありがとうございます!」
スティーブさんはビールをぐびぐびと一気に飲み干した。
「ぷはーっ! いやー、今日のビールは一段とうまいぞー!」
「アースのお祝いをしようって言い出したのはスティーブなのよ。アースに肩入れしすぎよね。最初は認めないとか言ってたくせに。 ね、マルク?」
「ああ、ほんとだぜ。俺が最初にアースを連れて来た時なんて、スティーブは俺を睨んで来たんだぜ。今となっちゃ、いったいあれは何だったんだろうって感じだぜ。ニックもそう思うだろ?」
「まあまあ、スティーブを苛めるのはそのぐらいにしてやりなよ」
「おう、ニックの言う通りだ。俺を苛めるんじゃねえ! わははっ!」
「よーし、肉が焼けたぞ! 腹減っただろ? ほらアース、食え食え!」
「うまそうですね! いただきます」
「私も頂くわ。もう、お腹ペコペコ」
何の肉かは知らないが、一口かぶりつく。
「うまい! うまいですね、この肉!」
「だろ? いい肉買ってきたんだぜ。遠慮せずに食えよ?」
「はい。遠慮無くいただきます! 何の肉ですか? これ!」
「マッドベアだ。A級魔物だが味はS級だぜ」
「へー。こんなにうまいんですか」
「ああ、高級肉だな。マッドベア以外にも色々買ってきたんで食べ比べて見るといいぞ!」
「はい!」
「シルビアはどうだ? うまいか?」
「ええ、美味しいわよ」
「今日はダイエットなんて忘れてどんどん食えよ?」
「そうね。そうしようかしら」
そう言えば、シルビアさんが美味しそうに食べているのを見たことがない。今日もどことなく寂しそうに食べている。上品と言えばそうかもしれないが。
「しかし、その若さでBランクとは恐れ入るぜ」
「全くだ。才能ってやつか。俺達もがんばらないとな」
「再来月のAランク試験だな」
「Aランクですか」
「ああ、Aランクだ。Aランクになると王宮騎士への道が開けるんだ。王宮騎士になるのが俺達の目標だからな。ま、シルビアだけは別で王宮騎士になる気は無いようだけどな」
「ええ、そうね。私はまだまだハンターのままでいいわ」
「王宮騎士って何ですか?」
「王宮騎士ってのは王宮所属のハンターというのが意味が近いか。ハンターのように魔物も狩るが、国の防衛なども行う。安定した収入が得られるので、家族を抱えている身としても安心だしな」
「結婚してるんですか?」
「ああ、シルビア以外の3人は結婚してるし子供もいるぜ」
「そうだったんですか。知りませんでした」
「まあそういうことなんで、再来月のAランク試験まではこのパーティに付き合ってくれるか?」
「はい」
「それはそうと、Bランクになったことだし、これからは呼び捨てにしてくれていいんだぜ?」
……
「えっと…… 無理ですね」
Bランク以上のハンター同士では呼び捨てで問題無いらしい。相手が例えSランクでもだ。これまでの歴史から、年齢などによる上下関係は討伐の作戦遂行に邪魔になるだけで、百害あって一利なしということだそうだ。あるのは指揮系統だけ。パーティであればパーティリーダーに最終決定権があるものの、それ以外は全員平等という立場で望む。説明された意味は理解できるが、俺の考え方が古いのか、これから王宮騎士になる人を呼び捨てなんて今の俺には絶対に無理だ。と訴えてみる。
「まあ、これ以上無理強いは止めるか。シルビアもそれでいいか?」
「私はアースに敬語を使われるのは非常に違和感があるのよね。というか仲間と思われていないようで物凄く嫌なんだけど……」
「まあ、本当は同じ歳ぐらいに見えるアースから敬語を使われるとショックらしいぞ。わははは」
「ちょっとスティーブ!」
「と、言う訳だ。Bランクになって丁度いいタイミングだし、シルビアだけでも呼び捨てにするってことでいいよな?」
……
「分かりました」
「お、分かってくれたか。さすがアースだな」
「ある意味、命令ですよね……」
「じゃあ、早速シルビアを呼び捨てで呼んでみな」
「……」
「ほれ、どうした」
……
「シル ビア? ……」
「なぁに? アース?」
「「「わっははははー」」」
3人は大爆笑している。人の気も知らないで……
「まあ、その調子で頼むぞ。直ぐに慣れるさ。あと、もう少し砕けたしゃべり方で頼むぞ」
その後、何度も呼ばせられたこともあり、確かに慣れた。シルビアが何歳か知らないが、見た感じは同じ歳っぽいので、確かに呼び捨ての方が他人から見て違和感は少ないように思えるな。
このパーティは5年前に結成されたそうで、リーダーはライデンという人らしい。3年前にシルビアが加わり今に至るという。そのライデンさんはAランクハンターで、つい最近魔物討伐の長期遠征に出たとのことで一ヶ月ぐらい戻って来ない。丁度俺と入れ替わった形だ。
「ところでその防具はどうするんだ? Bランクらしく変えるのか?」
「結構気に入ってるのでこのままでいいかと思ってるんですけど、ダメですかね?」
「まあ、ダメって訳じゃないが、この先魔物も強くなるし防具にも気を使った方がいいぞ?」
「確かにそうですね。ちょっと考えておきます。でも暫くはこのままで行きますよ」
俺は軽装備が好きだし、Bランクに相応しいデザインの軽装備が見つかるまではこのままだな。
「そうだ、アース! いい事を教えといてやろう。というか忠告だ。シルビアは一応後衛になっているんだが、実はオーガ程度なら単独でも狩れるぐらいは強いんだぜ?」
シルビアは回復などの支援魔法以外に、強力な体術魔法も持っているという。魔物に接近された場合でも手の平を向けるだけで、触れずして相手を投げたり、打撃を与えたりできるそうだ。ゴブリンなら簡単に吹っ飛ぶし、オーガを投げ飛ばすこともできる。体術魔法で魔物を拘束した後にレイピアで仕留める方法で単独での狩が可能という。ちなみにレイピアは刺突専用の武器だ。
「シルビアを怒らせるとあっという間に地面に這いつくばることになるからな? わはは」
話しながらもスティーブさんは肉をどんどん焼いていく。肉を焼くのはスティーブさんの係りと決まっているらしい。
「アース、肉のおかわりだ。ほれ」
「いただきます」
なんかマルクさんが俺を見て唖然としている。
「アース、お前よく食うなぁ。どれだけ食えるんだよ! 俺はアースを見てるだけで腹一杯になるぞ」
「俺の胃は底なしですからね」
「確かにそれだけ食えれば底なしと言っていいよなぁ」
「おお食え食え! 若いんだ、どんどん食ってくれ!」
「はい。ありがとうございます」
今後の予定は、3日ほどB級魔物を討伐し、その後は10日間ほどの遠征に出る。遠征ではAランク試験の準備としてA級の魔物討伐をメインで行う。A級魔物の討伐はこれまでにも何回か行っているため余裕は有るらしい。
その辺りでライデンさんが帰って来るので、Aランク試験に備えた最終調整を行うとのこと。
その後も、わいわいやって夜まで楽しく過ごした。




