16 王都
Dランクの常時依頼は、D級魔物のキラーウルフとオークの討伐だ。
報酬はどちらも600~800エルと少ない。
《キラーウルフは、毛皮や牙などの戦利品が結構な値段になるため人気があるみたいですよ。ただし、数が少ないので見つけるのは難しいみたいです》
出会ったらラッキーということか。
《あと、Dランクの依頼には特にノルマはありません。Cランクへランクアップするには実技試験が必要で、Dランク依頼の達成は全くの無関係です》
Dランク依頼はただの金儲けか、もしくは修行の意味しか無いということか。
《Cランクの試験は町では受けることができなくて、王都まで行く必要があります》
Fランク依頼を全て消化したら受けに行くことにするか。
そのうち受けることになる試験のために防具を自作しておこう。さすがに防具無しだと門前払いをくらいそうだ。試験はまだ先になるだろうから、その日までに完成させればいい。
重そうな防具でガチガチに固めるのは嫌なので、動きやすい軽装備、それも必要最小限でいいだろう。
防具屋で見た装備を参考に、肩防具、腰防具、指なしグローブ、ローブーツを作ることにする。
前に仕留めたキラーウルフの革が残っている。その革で防具を覆うと、鉄ベースの合金を内側に仕込んだ革製防具となる。エナも十分通る。
内側の仕込みとして、動きの邪魔にならないよう可動部にはリュックを作った時と同じようにバネ構造を使っている。
一見すると革装備だが、合金が仕込んであるので一般的な革装備と比べると重い。ただ、その分頑丈だ。
上半身の防具は肩部分だけだが、リュックを背負うことを考えると丁度いい。
防具でカバーしていない部分をどうするか。普通の服という訳にはいかないだろう。
体にピッタリとしたライダースーツのようなワンピースのものが良さそうか。材料も無いし良さそうなものが作れるかも分からない。取り敢えず店で購入してみるのが良さそうだ。
その日のFランク依頼を終えた後、服を探しに行く。何日かかけて防具屋や服屋を何軒か見て回った。なかなかいいのが無く、途中で自作に切り替えようかとも考えたが、最終的には形が良くエナの通りもいいものが見つかった。
革にも見える布製で、黒色を基調としたデザインに、ジッパーで首元まで覆うことができるピッタリとしたワンピースだ。そのままでも十分だが、これをベースにより使いやすいように改良する。改良というより再構築を行う。一度作っておけば今後の修復や作り直しがすぐできるようになるというメリットがある。。
改良点として、体の大きさ形に合わせ完全にフィットするよう調整する。合金を混ぜ込んだ生地に変更して強度を上げる。肘やスネなどの動きを阻害しないよう可動部の生地を調整する。胸や尻部分などの不要なポケットを無くす。お腹部分に脇から手を入れられるジッパー付きのポケットを追加する。縫い目部分を無くし見た目を良くする。革装備をワンタッチで固定できるように金具を取り付ける。
全体的な形やデザインはあまり変わっていないが俺仕様になった。
出来上がった服を着て防具一式を付けてみる。
《見た目ハンターらしくなりましたね》
これで門前払いも無いだろう。
Fランク依頼を行いながら、その日の余った時間は主に魔物討伐を行う。
D級魔物は近場にはおらず、少し山奥へ行く必要があるので移動に時間が結構取られる。それでも20日でオーク30体を見つけ討伐できた。ただ、キラーウルフを見ることは無かった。
後半は自作防具も出来上がり、具合いを確かめつつ調整する。Fランク依頼は普段着で行い、別館の更衣室で防具に着替えてから狩りに出て、狩りの後はまた別館で着替えるというのを繰り返す。十分に検証できたことで満足のいく防具が完成となった。
その間、他の討伐パーティを何回も見かけた。それらのパーティの邪魔にならないようなるべく避けて移動していたので、遠くから見かける程度だったのだが、近くを通る機会もあった。
印象に残っているパーティがある。
森を浅く入ったところ、俺が進む方向だったこともあり、そのパーティの直ぐ側を通った時の話だ。
そのパーティは6人組で犬を一匹連れている。
犬はハンター犬と呼ばれる訓練された犬で、主な役割は匂いや音で魔物を見つけることらしい。ハンター犬を連れるのは一般的だそうで、特に低ランクパーティの場合は必須とも言える存在になる。ハンター犬は、訓練次第で魔物と戦えるまでに至ることも多いみたいだが、このパーティの犬はまだそこまでの力は持っていないようで後衛に紛れている。
6人は俺よりも若いように見えることから低ランクパーティなのだろう。ちょうどゴブリン1体と戦っているところだった。
前衛3名が押している。ゴブリンには無数の傷が出来ており後一押しに見える。
しかし次の瞬間、前衛が油断したのだろうかゴブリンの一撃が炸裂。前衛1人が盾共々後衛の前まで吹っ飛ばされた。動けないようだ。
俺は慌てて駆け寄る。後衛の前で1人はぐったりしている。回復役のヒーラーが必至で「回復!」をかけている。
「火炎矢!」
後衛から炎の細い矢がゴブリン目掛けて飛んでいき、見事命中。ゴブリンはダメージを受ける。
「防御力強化!」
後衛の一人がなにやら魔法を前衛に向けて発射したようだ。
その後、ほどなくしてゴブリンは倒れた。
吹っ飛ばされた1人もヒールが効いてなんとか復活したようだ。
ただ、みんな疲れて座り込んでいる。
「大丈夫だったようだな」
ヒーラーが俺の顔をみて「ええ、なんとか」と頼りない声で答えた。
聞いたところ全員Eランクのパーティとのこと。皆が回復したのを確認し別れた。
普通、Eランクってあの程度なんだな。
《そのようですね》
やっぱ俺は特殊っぽいな。
《ところでアース》
ん?
《後衛が魔法を使ってましたね》
ああ、ヒールと、ファイヤーアローと、あとはディフェンスアップか。
《ええ、前衛の防御力が上がったようでしたね》
俺にも効くかな?
《絶対に効かないですね》
やっぱそうか。
まあ、人間じゃないから仕方がないか。魔法が効かないのは変なんだろうか?
《極少数ですが、体質的にあまり効かない人もいるようですよ》
へー、そういう人もいるのか。じゃあ隠す必要も無いな。
《ただ、そういう人はハンターに向いていないので、ハンターでは非常に珍しがられるとは思いますけど》
ん~、確かに攻撃食らってヒールが効かないと致命的そうだな。
そういう人は魔法も使えないのか?
《魔法を受け付けず、魔法も使えないって人は過去には記録が無いですね》
第一号か。特殊過ぎってことか。
《そんなことより、もっと魔法を見てみたいので、パーティを見かけたらこっそり近寄ってくださいね》
そんなことって、お前……
《お願いしますね》
あー、分かった分かった。
今日もFランク依頼を終えギルドに完了報告を行う。
「フローラさん。依頼完了報告です」
「はい。確認しました。これでFランク依頼も指名依頼も現時点で残っている依頼はありません。お疲れ様でした。Fランク依頼が溜まっていた時はほんとにどうしようかと思いましたが、アースさんのおかげで助かりました。本当にありがとうございました」
「いえいえ」
「今後はどうされますか? また少しすれば依頼も入って来ると思いますけど」
「えっと、この町での滞在も一ヶ月になったので、Cランクの試験を受けがてら暫く王都に行ってみようかと」
「ああ、そうでしたよね…… 寂しくなりますね。でも、アースさんなら絶対一発合格ですよ。がんばってください」
「ありがとうございます」
フローラさんの横に座っているヘレナさんも少し驚き顔だ。
「アースさん町を出ちゃうんですか?」
「ええ、元々そういう予定だったので」
「そうなんですか…… 残念です」
……
少し沈黙の後、フローラさんが話を進めてくれる。
「試験の予約をしますか? 試験は前衛と後衛に分かれています。前衛は主に剣などの武器による戦闘スタイル、後衛は主に魔法を使用しての戦闘スタイルです。どちらにしますか?」
「前衛で」
「試験は二十日に一度で、えーっと、直近だと三日後の試験に募集枠がまだ有りますね」
三日後か。明日出発すれば一日余裕があるし丁度いいかもな。
「なら、それでお願いします」
宿の予約もできるとのことで、三泊分を取ってもらった。試験は二日間連続らしい。初日は模擬戦でそれに合格すれば翌日に実践がある。実践で合格すれば晴れてCランクだ。
《実践はゴブリンの単独討伐ですね》
ゴブリン相手なら問題無いだろう。
王都へはゲートで直接行ける。お金はかかるがせっかくなのでゲートを使ってみようか。ゲートは、ゲートハウスと呼ばれる建物内に設置されていて、24時間いつでも利用可能だ。バスのように時間が決まっている訳では無いので好きな時間に出発できる。
王都に行ったら暫く王都に居座るつもりだ。まあ、Fランクの依頼が溜まったらたまには戻って来ようか。
「明日出発なので、これでお別れになります」
「アースさんのおかげで本当に助かりました。試験がんばってくださいね。それと、たまには戻って来てくださいね」
「はい。お世話になりました。フローラさんも、ヘレナさんもお元気で」
挨拶を終え、ギルドを後にする。
レベル:28
EP:8184
翌朝、朝食を終えゲートハウスに行く。
駅のような作りになっている。改札のようなものが2箇所に設置されていて、王都入口と、出口に分かれている、入口側も出口側も自動改札のようなものが2台ずつあって、皆改札上の石板に身分証をかざして通っている。
その先はトンネル状になっていて何処に繋がっているのかはここからでは分からないが、皆トンネルの中に歩いて入っていく。出口の方は、入口とは別のトンネルから人が出てきて石板をかざして改札を通りこの町に到着ということのようだ。トンネルの中に実際のゲートがあるのだろう。
《利用料は片道で4400エルですね。バスの丁度2倍です》
バスだと1往復できる値段か。絶妙な価格設定だな。
《身分証からの支払いであればそのまま石板に身分証をかざせば通れますよ》
ほう。人の流れに乗り身分証をかざして改札を通る。そのまま進みトンネルに入る。少し進むと霧がかったゲートが見える。
ゲートをくぐると同じようにトンネルが続き、少し歩くとトンネルを抜けて改札があった。王都側の改札だ。身分証をかざして通過し王都に到着した。
改札を出て周りを見ると、いくつものゲートが有るのが見える。いろいろな方面用にゲートがあるようだ。しかも広い。町のゲートハウスの何倍も有って、その敷地内にお土産屋や食堂など沢山の店もあり繁華街のように人で溢れかえっている。さながら都会の大きな駅といったところか。
着飾った人が大半だが、その中に武器防具で武装したハンターが入りじ混じっている。これが普通なのだろうか、俺には異様な光景に見える。
店を見るよりもまずは外に出てみようと、ゲートハウスから出てみる。
《わー。綺麗な街ですねー》
そこには広く綺麗な道に綺麗な建物、多くの人が行き通っている。
《真っ白なお城がありますよ。王宮ですね》
そう言われて目線を少し上げると少し先に大きな城が見えている。
ここが王都か。
暫し見とれていたが、まずはギルドの場所を確認しておこう。
地図はルナが覚えているので迷うことは無いだろう。
試験は明後日なので、今日、明日は王都見物でもするか。
ルナの案内でギルドに到着する。ゲートハウスから10分ほどだ。外から見た感じも中に入った感じも町のものと変わらない。町のギルドは王都のギルドを真似て作ったのだろう。ただ、ギルドの建屋の中やギルドの周りにいるハンターの身なりは異なっている。町にいたハンターはほとんどがDランク以下だったが、ここにいるハンターは最低でもCランクのように見える。
《王都の周りには強力な魔物はいないのですが、ゲートが使えるので王都を拠点にしているハンターは多いみたいですよ》
そうか、ゲートを使えばどこを拠点にしてもいいって事か。便利だな。
ギルドの中を暫し見渡していたが、勝手は町のギルドと同じようで試験当日に困ることは無さそうだ。
次に行くか。王都といえばやっぱり王宮だろう。王宮を近くで見てみよう。
《王宮は王都の中心に位置しますね》
他の土地よりも一段高い場所に立っている王宮は、その大きさもあり王都のどこからでも見ることができるようだ。
近づくに従い、その大きさに驚かされる。大きな王宮の周りには広い敷地があり、その周りを壁が取り囲んでいる。壁は5mほどで下3mが不透明になっているので敷地の中を窺い知ることは出来ない。壁に近づき過ぎると壁しか見えなくなるので少し離れて見てみる。壁で囲まれているとはいえ王宮は高さがあるため上部は十分視認できる。
《とんがり帽子が何個もあって可愛いお城ですね。真ん中の一番高いとんがり帽子からなら王都を一望できそうですよ》
なるほど、展望台になっていそうだ。
《敷地は直径300mの円形ですね。その敷地の中央にある建物も円形で直径100mほどのようです》
でかいな。
《中を見てみたいですね》
一般人には入る機会は無いんだろうな。
《ドローンを飛ばして敷地だけでも見てみますか?》
そうだな…… 少し見させてもらうか。一応、敷地内には入るなよ。
《空中はセーフですよね?》
……
ドローンで見ながら壁に添って一周してみるが、敷地は広く一周するだけでも時間がかかる。壁の外側は一般の公園になっており、子供が遊んでいたり、ジョギングをしている人がいたりと、多くの人がいるので俺が怪しい者に間違われることもないだろう。
壁の中は芝生が敷き詰められていて、花壇や大きな木も多い。他には池やプールなどもあるようだ。王族だろうか綺麗な服装をした人や、使用人、庭師、騎士のような者の姿もちらほら見える。この壁の中は別世界のような感じだ。
地図を見ていると王都には見る所が多くある。それこそ古い建造物から今時の遊園地まで。一ヶ月程度で見きれるものではない。ましてや二日間では見れるのは極一部だろう。その中から絞り込んで観光しよう。
さて、どれにするか。
《そうですね、歴史的建造物や、美術館、ショッピングモールも捨てがたいですが、私としてはまずは都立図書館に行ってみたいです》
図書館か…… そうだな観光はいつでもできるし、まずは情報収集がいいか。
《そうですよ。情報収集です》
じゃあ図書館に行ってみるか。
大きいな。町の図書館の十倍はあるんじゃないか?
中は広々とした作りで、本を読むための専用の部屋も何個もある。人も多く、本の数も膨大だ。
町で見た本を除いてもかなりの量がありそうだ。さすが王都だな。
例によって、まずは全ての通路を歩いてみる。
《ダメですね。人が多いので本を取り込むのが容易ではありません。それに監視カメラも多く有るようです》
そうか…… どうするか。
場所を覚えたんだし夜中にドローンで来るのはどうだ?
《監視カメラは避けられそうにありません》
棚から本を一冊手に取ってみる。表紙は残したまま中だけを取り込めないのか?
《やってみます》
本を見ていると、中だけが一瞬消えてまた現れた。
《できますね。ですが、取り込み中は異空間が開きっぱなしになるためEPをかなり消費します》
どの程度だ?
《本の大きさにもよりますが、一冊でおおよそ5を消費します。何万冊もあるので相当な消費になります》
確かに相当な量になるな。EPを全部使っても1600冊程しか取り込めないのか。EP5を自動回復するには何秒掛かるんだ?
《今の自動回復能力では約50秒です》
なら決まりだな。自動回復の範囲内で取り込むことにしてくれ。今の能力なら50秒に一冊ずつってことだ。
《はい、分かりました。全て取り込み終えるのは一ヶ月半ほど後になります》
結構かかるが仕方が無いか。
スリープ機能を使うと短縮できるか? 確かスリープ中はEPの回復効率が上がるんだよな?
《短縮できます。毎日7時間スリープしてもらえると、期間は半分の22日で可能です》
そうか…… しかし、スリープを使うのはどう考えても嫌だ。なので快眠機能が出来上がってからにしよう。
快眠機能は無くても困らない機能なのであまり気合いを入れずに開発を続けているが、既に実験段階に入っているので完成も近いだろう。
次の日、数か所の名所を見て回って二日間は過ぎた。
試験当日の朝7時前、防具を着込んだ俺はギルドに到着し試験専用の窓口で受験登録を行う。登録と言っても身分証を提示するだけだ。登録すると1階にある練習場で待つよう促される。
定刻近く、受験者は10名のようだ。皆、思い思いの装備をしている。防具は俺も含めて全員が革装備だ。盾を持っている者もいる。武器はほとんどが片手剣を腰からぶら下げているが、中には両手剣を背に担いでいる者もいる。
定刻の7時になった時、試験官らしき人がやって来て、皆を集めて試験方法の説明を始めた。
「今日の試験を担当するBランクハンターのマルクだ。
早速だがCランク昇格試験について説明する。知っているとは思うが、試験は今日の模擬戦と明日の実践の二回に分けて行う。
今日の模擬戦はこの練習場で俺と打ち合ってもらい実力を確認する。まあ、ゴブリンを単独撃破する実力があるかを見るだけだ。これに合格すると明日の試験を受けることができる。
明日は実際にゴブリンを単独で倒す実践での試験になる。ゴブリンを3体、傷を負うことなく倒せれば合格となり、Cランク昇格となる。
それでは10分後から順番に試験を始める。武器は自前の武器でも、ギルドで用意した木刀でもどちらでも好きな物を使ってくれて結構。ただし、自前の武器の破損は自己責任となるのでそのつもりで」
そう言い終わると、試験管はウォームアップを始める。それを見た他の受験者もウォームアップを開始する。
《アースはウォームアップしないのですか?》
必要無いな。というか、この体のウォームアップのやり方が分からない。
試験官はマルクさん1人だけで、受験者と順番に模擬戦を行うようだ。俺は7番目で、順番が来るまで他の受験者の模擬戦を観戦することになる。
時間が来て一人目の模擬戦が始まるようだ。武器はオーソドックスな片手剣を使用するようで、盾持ちだ。試験官のマルクさんも剣を手に取る。
「始め!」
試験官の号令で模擬戦が始まった。
受験者が剣を振るうが、試験官は軽くかわす。
「俺をゴブリンだと思って掛かって来い! 本気を出さないと合格できないぞ!」
試験官の一言で受験者の剣が鋭くなった。なかなかのスピードだ。
試験官はその後も何回かかわした後、今度は剣で受けたり受け流したり。防御のみだった試験官が今度は一転して攻撃に転じる。試験官の鋭い一振りが受験者を襲う。なんとか盾で受け反撃するもうまくかわされかすりもしない。
そんな攻防を10分ほど行い終了となった。
俺が見る限りゴブリン程度なら問題ないレベルだと思う。残念ながら試験官がそれを遥かに上回っていただけだ。
「よし、合格だ」
おっ、合格がでたね。
その後、5人が受けて合格二名、不合格三名だった。俺が試験官だったとしても同じ判定をしていたと思う結果だ。
ここまでの6人に対する試験官の試験方法はほぼ同じだ。最初はかわして、次に受けて、その次は攻撃と打ち合いを行い、概ね10分ほどで終了するというパターンだった。
ようやく俺の番だ。
俺はギルドが用意した木刀を選んだ。鉄の芯が埋め込まれているのだろうか、一般的な木刀よりも遥かに重く、重量はそこいらの剣と変わらない。たぶん訓練用に重くしてあるのだろう。木刀を保護する程度の微量のEPを流し準備完了だ。
試験官のマルクさんも木刀を手に取る。ここまで木刀を選んだ者は3名いるが、合格一名、不合格二名だ。
俺が木刀を構えると、試験官も構えて号令がかかる。
「始め!」
俺は木刀をかるく振り抜く。試験官は木刀で受ける。もう一度振り抜くと、またもや木刀で受ける。あれ? これまでとパターンが違うな。
《かわす余裕が無いのだと思いますよ》
そう思っていると今度は攻撃が来る。すかさずかわす。またもやパターンを変えてきたようだ。もう一度攻撃が来る。今度はかなりスピードが上がってる。これもかわす。それじゃあ、ということで反撃しようとしたところ、試験官が手の平を俺に向けて待ったをかけた。
「合格だ」
「え?」
まだ1分も経ってないんだけど。
「動きはいいし、体のブレも無い。パワーもある。驚いたことに本気を出していないときている。これ以上は無意味だ。文句なく合格だ」
本気を出していないのを見抜かれていたか。
「ありがとうございます」
全員の試験が終了し、合格は6名だった。合格者のみが残され明日の予定が淡々と説明される。
「明日の試験はロウエス町で行う。今日合格した6名は、明日7時にロウエスのギルド支部に集合すること。ここでは無くロウエスなので間違わないように。ゲートでの往復の通行料はギルドから支払われるので金の心配は無用だ。
明日は実践になるので怠ることなく準備してくれ。あと、今日の報酬と明日のゲート通行料を窓口で支払うので各自受け取ってから帰るように。それでは解散」
窓口で報酬とゲート代を受け取りギルドを後にする。報酬は一万エルで、これは不合格者も同じく貰えるらしい。
時間はまだ10時と早かったので、名所を一つ見て、その後、武具屋や雑貨屋などを見てまわった。
夜の内に、ロウエスのガイドブックを見て予習をしておく。観光に行く訳ではないが、新しい土地はわくわくする。
地図を見ると、ロウエスの南側と北側に砦がある。北側の砦は魔物の領域との防衛線である。つまりロウエスは最前線基地ということだ。
《南砦は、昔のテーラ国相手の砦だったものです。なので、今は砦としては機能していません。ただ、北砦が破られた場合は南砦が文字通り最後の砦となりますね。北砦はテーラ国が作ったもので、フィンプラス相手の砦だったものです。テーラ国が消滅した際、フィンプラスが自国の砦に作り変え、それを機に砦に挟まれた土地がロウエスとして発展したようですね》
広さ的には村のようだが、町なのか?
《今は王都に続くゲートの有無が町と村の差になっています》
あー、なるほど。それは理にかなっているな。
朝5時半、朝食を終えた俺は防具を身に着けちょっと早いがゲートハウスに向かう。普段着で行ってロウエスのギルドで着替えようかとも思ったが、王都に来た時に防具を着込んだハンターがゲート前に結構いたのを思い出し防具装備でも問題無いだろうと考え直した。
宿からゲートハウスまでは歩いて15分ほどだ。ゲートハウスに近づくに連れて防具を装備したハンターが多くなってきた。ゲートハウスまで来るとさらに多くのハンターが集っている。待ち合わせなのだろう、ゲート前は混雑しているがゲート待ちと言うわけでは無さそうだ。
ゲート自体はスムーズに流れているため、待つことも無く通ることが出来た。朝早いこともあり一般人はちらほらいるだけのようだ。勝手に一般人と思っているが、普段着を着たハンターという可能性はある。
ゲートの作りは、ランスベルから王都へのゲートと同じだ。ゲートを出るとロウエスのゲートハウスに到着だ。
周りを見てみると、王都やランスベルのゲートハウスとは異なり敷地は狭く色合いも暗い感じで飾り気も無く、お土産屋などの店も全く無い。どちらかと言うと小さめの倉庫に近いだろう。
ロウエスからのゲートの行き先は2つ有って、一つは王都行きで、もう一つはダンジョン行きとなっている。
ゲートハウスを出てみると北砦が目の前に見える。
《ゲートハウスから砦までは100m程ですね》
昨晩見たガイドブックによると、高さ10mの壁が東西の山まで続いていて全長1km程だったか、知っていたとは言え、実際に見ると壮観だな。
周りを見渡す。町並みはいかにもハンターの町って感じだ。ハンターだらけで一見すると戦場だ。
ここには下はCランクから上はSSランクまでいるらしい。
最前線基地を兼ねているがちゃんとした町でもある。魔物との距離は近いが、屈強なハンターが多く下手な町よりも安全とも言えるか。
ギルド支部はゲートハウスのすぐ横にある。
まだ6時前で集合時間にはまだ早いので壁の近くまで行ってみよう。
壁は下に行くほど分厚くなっている。人の目の高さほどの所に所々覗き穴のように穴が開いていて壁の向こうが見えるようになっている。その穴から見える風景は雑草が生い茂る荒れ地で、ハンターが数名いるのが見える程度だった。
壁の色は全面グレーで飾りっけなど全く無い。
むき出しの階段がついていて、ここから上に登れるようだ。壁の上には見張りだろうか、人が歩いているのが見える。歩けるくらいの広さになっているようだ。
《集合時間が近づいていますよ》
7時前、ギルドに入り試験専用の窓口で受験登録を行う。
7時丁度、ギルドに集まったのは昨日の合格者6名だ。今日はマルクさんではなく別の試験官のようだ。皆を集めて説明を始める。
「時間通り集まったようだな。
今日の試験内容はゴブリン討伐の実践を行ってもらう。単純にゴブリンを単独で3体倒せば良い。ゴブリンと1体1での戦闘を3回行う訳だ。ただし、攻撃を食らって少しでも傷つけられると失格となるので注意するように。
ゴブリンの討伐はハンターとしてやっていくための最低条件になっている。今日は前衛だけだが、たとえ後衛のそれもヒーラーであってもゴブリン程度を倒せないとハンターは務まらない。心して戦うように。
今日は人数の関係で3名ずつの2組に分けて、それぞれ試験官2名ずつで対応する。試験開始は30分後だ。その間に力を出せる状態にすべく準備をしておくように」
そういうとギルドの奥に戻っていった。
俺には特に準備はないので、時間が来るのをただ待つだけだ。
試験開始時間。各組に分かれた後、各組2名ずつのBランクの試験官が付き試験官の紹介から始まった。この組の試験官はニックさんとシルビアさんというらしい。
ニックさんは、ガッシリとした体格の男で重厚な鎧を身に着け、大きな剣を背中に挿している。身長は高く180cmは超えていそうだ。見るからに戦士タイプだ。俺よりも15~20歳くらい上だろう。前世の年齢で考えても俺よりはだいぶ上だろう。
一方、シルビアさんは女性で、背丈は俺よりも若干低めの160cmってところか。スラっとした痩せ型で、耳が尖っており一見してエルフと分かる。エルフに美人が多いのかどうかは知らないが、シルビアさんはかなりの美人だ。軽量装備で、細そうな剣を腰にぶら下げている。戦士タイプじゃなさそうなので、回復役などの魔法士なのだろう。年齢は俺と同じくらいに見える。
《アースと同じ歳でBランクだと相当優秀ですね》
試験官に連れられて町の東側の山へと向かう。ロウエスの南北には砦があり、東西は高さ3mの壁で囲まれている。壁には一部が門となっている箇所が有り、そこを通り山に入ることができる。山から砦の北側に出ることは出来ない。
この組の試験は俺からだ。山を少し進むと試験官のニックさんから指示が出た。
「あそこにゴブリンが1体いる。あれを倒せ」
「はい」
100mほど先に見えるゴブリンに向かって俺は迷うこと無く走ってツッコんで行く。後ろでシルビアさんが声を上げるのが聞こえた。「ちょっと! ニック!」 その声と同時にシルビアさんが俺を追って走って来ているようだ。シルビアさんの意図はよく分からないが兎に角俺はゴブリンに集中しよう。
《ゴブリンの右後方にあと2体のゴブリンがいます》
わかった。
ゴブリンに接近するとゴブリンもこちらにツッコんでくる。死角となっていた右後方からさらに2体もつづき同時に3体を相手することとなった。俺は走りながら剣を抜くとすれ違いざまにゴブリン3体の首を一瞬にして刎ねて終了。ちょうど3体目が崩れ落ちた時、シルビアさんが到着した。
「ああ、大丈夫だったようね。良かった。ニックの迂闊さにもほどがあるわよね。もーびっくりしちゃったわ」
「あ、それで俺を追ってたんですか」
「でも、凄いわね。アースって言ったかしら、3体を一瞬で倒すなんて凄すぎね」
「ありがとうございます」
ゴブリン2体が死角から現れたのを見て慌てて駈け出してきたのだろうニックさんもようやく到着し、俺に謝る。
「すまない。迂闊にも後ろの2体に気づかなかった」
「いえ、大丈夫ですよ」
そう言いながら、俺は慣れた手つきで3体から魔石を取り出す。巻物を広げてゴブリン3体を放り込み回収する。
「まあ、とにかく3体討伐により合格とする」
「合格?」
「ああ、今この瞬間から君はCランクハンターだ。おめでとう」
「ありがとうございます!」
3体相手なら戦闘一回だけでもいいと言うことか。
他の2名も時間は掛かったが問題なく合格した。
「これで試験は終了になる。3名ともに合格だな。よくやった。おめでとう。
一言だけ言わせてくれ。Cランクというのはベテランという意味になる。一般人も含めた皆からの期待を背負い、信頼を寄せられ、大きな責任も伴う。ひよっこハンターのような行動は慎み、Cランクの名に恥じる事のないようこれからの活躍を期待する。
以上だ。それでは、ギルドに戻ることにする」
試験開始前とは打って変わって和やかな雰囲気でギルドに戻っていく。ギルドに着くと窓口で身分証を更新し、同時に報酬の一万エルも受け取った。
ハンター:C
「よし、みんな更新できたようだな。さっきも言ったがCランクハンターらしく行動してくれよ。それでは解散」
「「「ありがとうございました!」」」
もう一方の組は少し前に終了したとのことで、結果は受験者3名の内2名が合格だったとのこと。不合格の1名はゴブリンの攻撃によりかなりの重症を負ったらしいが、ヒーラーによる回復で命に別状は無かったようだ。
今回の合格者は5名だった。




