1 目覚め
気がついた時、俺は空を見上げて寝転がっていた。
青空だ。快晴といって良い。
なんとなく体はダルいが意識ははっきりとしている。
あれ? ここは…… …… 何処だ?
背中に土の感触がある。屋外だろうことは分かる。
とりあえず起き上がりたいと思ったが…… なぜか、体に力が入らない。
体が動かない?
ものすごく疲れているのか、思うように動かすことが出来ない。
手に意識を集中してみる…… 動き…… そうだ。
足は…… こちらも動かせそうだ。
感覚が戻ってきたのか徐々に動かせるようになってきた。
体に力を込め、なんとか座るとこまでは起き上がれた。
周りを見てみると、草原なのだろうか10cmほどの高さの青々とした草が一面に生えている。
草原は山で囲まれていて山には沢山の葉を付けた背の高い木々が生い茂っている。前方の山の真上辺りには雨雲らしき黒っぽい雲が若干見えている。地面は水浸し。雨が降った後なのだろう。
疲れが取れてきたのか、体は動きそうだ。立ち上がって見るも、ふらふらするような感じが続く。暫くするとそれも無くなり落ち着いた。
もう一度周りを見渡す。やっぱり草原のようだ。
すぐ横を見るとそこだけは草が無く黒い土がむき出で、小さな隕石でも衝突したかのように幅3mほどのクレータ状に深くエグれている。その周りには土が放射状に散乱している。
土がむき出しになっているのはここだけでないようで、何カ所か同じような有り様になっているところが見える。
草原が台無しだな。
草原といっても学校の運動場4面程度の広さの丸い形をしており、周りは完全に山に囲まれている。まるで火口のような形だ。
俺はというと雨の後のためか服は濡れており、しかもぼろぼろで泥まみれ。ところどころ焼け焦げているような感じだ。
靴は履いている。これも泥だらけだけど一応破れてたりはしてなさそうだ。
腕や足も泥で汚れている。
何があった?
ほんとに隕石でも落ちたのか?
隕石の衝撃で吹っ飛ばされたか? 体を触ってみるが特に痛いところもない。
怪我などもしていないようだ。
それどころか、そよ風が気持ち良く、今は気分がいいくらいだ。
いったいここは何処なんだろうか?
ここまで来たはずの最後の記憶を探るが、思い出せない。
見たことも無い場所だ。
そうだ、スマホを見れば何か分かるかも、と思いポケットを探るが何も持っていない。
というか、この服自体俺のじゃ無い。なんだこの服? いわゆる村人の服みたいな簡素なものだ。
どうなってる?
記憶喪失?
いや、記憶はある。
昨日は金曜日、朝からカレーを食って、会社に行った。
職業はプログラマーだ。
名前も年齢も覚えている。
うん、記憶はある。
で、昨日は何してたっけ?
……
……
あれ?
……
……
そうだ、思い出した。
確か俺はあの時……
死んだ? …… はず……。
……
死んだ時の感覚が蘇ってきた。
顔から血の気が引き、鼓動が速くなる。ような気がしたが、そんなことも無く意外と冷静だ。
……
で、ここで寝ていた?
誰かがここに運んだ?
どう見ても病院ではないし、天国か?
……
こんな荒れた草原、イメージ的に天国とは違う気がする……
もう一度見渡すが、荒れた草原と山しか無い。
「ここは何処なんだ……」
誰も居ない中、思わず声に出しつぶやいた。
その言葉に反応したかのように、目の前に文字らしきものが突如として浮び上がった。
【××××××××××××××××××××】
「えっ?」
なんだこれ?
見たことも無いものなので読めないが、たぶん文字だ。文字が空中に浮いている。
さわろうと一歩近寄るが俺とは一定の距離のままで近寄れない。
距離は一定だが首を上下左右に振ると同じように動き、常に目の前に浮かんでいるようだ。
目だけを動かすと文字は動かず、目で追える。まるでヘッドマウントディスプレイでも付けて見ているようだ。
顔を触るが、もちろんそんなものはつけていない。
石を拾って文字に向かって投げてみるが、予想通りすり抜ける。物理的にそこにあるわけではなさそうだ。
……
その内にすーっと消えたと思ったら、また同じような文字が表示されて暫くしたらまた消えてを数回繰り返している。
次に、表示されたメッセージを見て驚いた!
【共通語をロードしました。理解できますか?】
先ほどと同じような知らない文字の羅列だが、なぜか読める。理解できる。
いや、先ほどまでは知らなかったというべきか。今は知っているし読める。
このメッセージの意味がそのままの意味だとすると、このメッセージで使われている言語をロードし俺が学習たということになるのだが……
先ほどから出ていた読めなかった文字を思い出すと、次のような内容だったと今は分かる。
【言葉が理解できません。共通語を使用してください】
【言葉が理解できません。共通語を使用してください】
【言葉が理解できません。共通語を使用してください】
【共通語をロードしますか?】
【共通語をロードしますか?】
【共通語をロードしますか?】
【共通語をロードします。よろしいですか?】
【共通語をロードします。よろしいですか?】
【共通語をロードします。よろしいですか?】
【共通語を強制的にロードします。よろしいですか?】
【共通語をロード中です】
【共通語をロードしました。理解できますか?】
暫く呆然とした後、たった今覚えた言語で声に出して返事をする。
「はい」
その言葉に反応するようにメッセージは消えた。
……
ぼーっとした後、先ほどの質問をもう一度今覚えた言語で言ってみる。
「ここは何処だ?」
周りに人はいないが、独り言を堂々と声にだして言うのはなんか恥ずかしい。
しかし、以前からずっと使っていた言葉かのようにスムーズに喋れる。
【現在地はランスベルから東に向かった山の中です】
おおー出た! 読めるし。
やっぱり俺の言葉に反応するみたいだ。
「メッセージ消去」
すると消えた。
「メッセージ再表示」
【現在地はランスベルから東に向かった山の中です】
おおー。なんか凄いねー。
って、これってどういう仕組みなんだ?
しかもランスベルって何だよ。現在地ってでてるから地名か。
ふと思い、『メッセージ消去』と声を出さずに念じてみる。
……
消えない。当たりまえか。
でも、試しにもう一度。『メッセージ消去』と強く念じてみる…… 消えた!
おっ!
『メッセージ再表示』と強く念じてみる。
【現在地はランスベルから東に向かった山の中です】
おおーー!
なるほど。
って、意味わからん。
強く念じるのは意外と面倒だな……
【私も慣れてきましたので、今の感じで心の中で語りかけてくれるだけで良さそうですよ】
え? 私? 今度は私ときたか。しかも話言葉だ。
……
えっと、こんな感じでいいのかな?
【はい。それで大丈夫です】
……
なんか良く分からんけど、これなら楽だな。
あと、メッセージ表示じゃなくて喋るとかはできないのか?
《こんな感じで喋れます》
!? びっくりしたー!
《驚かせてしまいましたね。すみません》
明るい感じの女性の声だ。
いや、いいんだ。喋れるとは思ってなかったんで、ちょっと驚いただけだ。もう大丈夫だ。
しかし、なんだ喋れるじゃないか。これからはメッセージじゃなく喋ってくれるか?
《はい。承知しました》
女性の声で聞き取りやすい。適度に明るい感じで、話し方も俺からすると理想的な感じだし、心地良い。
メッセージ表示の方がいいと思った時は、適当に使い分けてくれると助かるが、できるか?
《はい、可能です》
できるのか。それならさらに楽だな。
じゃあ改めて質問だ。ランスベルって何処だ?
《ランスベルはルーン大陸の中央から南西に位置します》
ルーン大陸?
聞いたことが無い。ますます分からん。
……
それよりも気になることが有るんだが。
《何でしょうか?》
こうやって喋ったり回答が返ってきたりしているが、その仕組みをまず教えてくれるか? もしかして神様か?
《神様ではありません。この回答を行っている私はAI、つまり人口知能です。知っている事は回答できますが、必要最低限の知識しかインプットされていないため知らないことも多いいはずです。なお、脳に直結するように埋め込まれているため、念話での会話が可能になっています。私の声も周りの人はに聞こえることはありません》
人工知能? しかも頭に埋め込まれているって。
いったい俺は何されたんだ? 宇宙人にでも攫われたのだろうか。
まあ、何れにしろ神様じゃ無かったってことだな。名前は有るのか?
《名前はありません》
そうか……名前が無いと呼びずらいな。とりあえずAIさんと呼ぶことにするか。AIさんは学習が可能なのか?
《はい。学習が可能です。他にも情報収集や解析も可能で、日々成長することができます》
次の質問だが、俺はいったいどうなったんだ? 何故ここにいるのか分かるか? ここが何処だかも分からないんだが。
《元々がどこに居たのかを私は知りませんが、ここは今までとは異なった世界のはずです》
世界が違う? 日本、いや地球じゃ無いということか?
《日本や地球といった地名は知りません》
……
まあ、そう云うことか。だいたい分かってきたぞ。俺だってバカじゃない。
じゃあ、ズバリの質問だ。
俺は死んだはずなのに、ここで生きている。ということは、俺は死んだ後ここに転生したということか?
《その解釈で概ね合っています》
やっぱりそういうことだったか。
前世の記憶を持ったまま転生か。まあ、特にパニックにもならなかったのは救いだな。
釈然としない部分も有るが、おいおい解るだろう。
ところで、転生した理由というか、俺には何か使命があるのか?
《特に無いと思います。少なくとも私は知りません》
理由も無く転生か……
まあ、考えても仕方が無いか。
さて、気を取り直してこれからどうするかを考えるか。
転生したのなら、まずはお約束のあれが有るんじゃないだろうか。
AIさんに、ステータス表示を頼んでみた。
<ステータス>
・名前:(なし)
・種族:人間/クォーターエルフ
・性別:男
・年齢:21歳
・職業:(なし)
・レベル:1
・HP:2/2
・MP:1/1
・スキル:(なし)
・魔法:(なし)
出たー!
ほんとに有った! 別世界に転生したのは本当らしい。
……
ていうか、低っくーーー。HPとか低すぎ!
もしかして俺って、弱い? とか?
21歳という年齢はまあいいとして、HP2ってあり?
魔物とかがいる世界だったら、一撃喰らっただけで死ぬんじゃないか? また死ぬのか? しかもスキルも魔法もなしって、絶望的?
AIさん、このレベルとか少し低くないか? ひどすぎる気がするんだけど。
《一般的な21歳の人間の場合の平均レベルは16です。21歳であれば、どれだけ最低でもレベル8、HP16はあります。通常は、12歳くらいまでは年齢とレベルが同じように上がっていき、12歳を超えたあたりから上がり方が緩やかになっていくのが普通です。その後、戦闘訓練などを行わない一般人では生涯を通しても概ねレベル18辺りで頭打ちになります》
戦闘訓練って…… もしかして魔物とかもいるのか?
《この世界にはゴブリンやオークなどの魔物がいます》
不安的中。
とにかく、このレベルはあり得ないほど低いってことか。
……
ま、考えても仕方がないので、とにかく人がいるところに移動してまずは安全を確保するか。
AIさん、地図は表示できるか?
《表示します》
予想通り地図もあったか。拡大、縮小もできるようだ。生前?にやってたいろいろなゲームと同じような感じだな。
地図には町の位置が表示されている。というか、この草原内と、町の位置しか地図には表示されていないじゃないか。
《私が知っている全てです。その町がランスベルです》
全てって、町までの道すら表示されていないし、ほぼ真っ黒だ。町のある方角が分かる程度で、近いのか遠いのかも分からない。
《ここから町までは歩いて14日ほどです》
歩くのか? しかも遠すぎる。
腹減って倒れて辿り着けない気がする。町に向かうにはそれなりの準備が必要ってことか。
もうすぐ日も沈みそうだが、取り敢えずこの草原付近を散策してみるか。
気持ちを切り替えて少し歩きだした。
《レベルが2に上がりました》
へっ?
思わずステータスを見る。
<ステータス>
・名前:(なし)
・種族:人間/クォーターエルフ
・性別:男
・年齢:21歳
・職業:(なし)
・レベル:2
・HP:4/4
・MP:2/2
・スキル:(なし)
・魔法:(なし)
上がった。なぜか上がった。歩いたから? 確かにここに来てから初めてまともに歩いた気がするが。
少し走ってみる。
《レベルが3に上がりました》
ダッシュで走ってみる。
《レベルが4に上がりました》
腕立て伏せをしてみる。
《レベルが5に上がりました》
走り幅跳びをしてみる。
《レベルが6に上がりました》
三段跳びをしてみる。
《レベルが7に上がりました》
調子にのって体操選手のように前方宙返り、後方宙返りをやってみる。失敗しておもいっきり頭から落ちた。
《レベルが8に上がりました》
おおおー、何かする度にレベルが上がる。AIさんの言っていた21歳の最低レベル8にイキナリ到達したーっ。
<ステータス>
・名前:(なし)
・種族:人間/クォーターエルフ
・性別:男
・年齢:21歳
・職業:(なし)
・レベル:8
・HP:16/16
・MP:8/8
・スキル:(なし)
・魔法:(なし)
HPも最低をクリアしたし、すごいかも俺っ。
それ以降も、いろいろ体を動かしレベルがもう1つ上がり9になったが、それ以上は上がることはなかった。
ん~。これ以上はもう少しレベルの高いことをしないとダメなのかもしれないな。
そうこうしているうちに、日が暮れそうだ。どうするかな。




