ヘゲモニーケイパビリティ勇者
二木谷ゆうすけ(23歳)はスペックこそ低いものの極めて意識の高い青年だった。
なまじ矮小なだけに、自分を大きく見せる事だけを考えて生きていた。
・意味も解らず連発する横文字ビジネス用語。
・カフェで広げるのはプレジテントだったが、自宅では異世界ラノベを愛読。
・SNSでは『偉人の言葉』と『皆様への感謝』を連発。
・人脈を広げようと大業な交流会を主催するも参加希望者は0名。
・「知り合い」は多いが、その知り合い達からは存在を認識されていない。
・孫子を愛読しつつも、その著者の名を「そんし」と読む事を知らなかった。
それらの振る舞いは周囲から見れば勿論卑小に映っているのだが、自分を客観し得るだけの知力をゆうすけは備えて居なかった。
二木谷ゆうすけの能力を数値化した場合、地球人の中でも下から数えた方が早い位なのだが、拗らせた自意識はいつしか自身に人類最高の自己評価点(乖離率部門人類1位)を付ける様になっていた。
その是非はともかく、これは中々の偉業である。
不幸な事に、優秀な地球人を物色していた異世界のサーチシステムがゆうすけに反応してしまう。
丁度、異世界は更なる外部世界『四次元帝国』からの侵略に苦しんでおり、隣接世界である地球との共同戦線を望んでいた。
本来ならば、異世界政府が地球に対して正式な使節団を派遣するべきだったのだが、世界間移動は使用エネルギーが膨大過ぎる。
現状、使えるエネルギーは一人分が限界なのである。
ならば。
異世界人は考える。
「ならば、地球からこっそり一人だけ代表者を招こう。
勿論、招くからには地球で最も優秀な人間が望ましい。
ん?
この二木谷ゆうすけ氏と云う人物が地球人で最も能力点が高いみたいぞ!」
絶望的な事に、滅亡寸前の異世界は残された貴重なリソースをゆうすけ召還に割いてしまう。
「我々の存亡を二木谷ゆうすけ氏に賭けるッ!!」
信じ難い事に、これは異世界統一議会の正式決定である。
度し難い愚挙ではあるが、ある意味仕方がない。
異世界では官僚制度と議会システムが高度化され過ぎているので、全ての政策が最も愚劣な形でアウトプットされる様になっていたのだ。
一方、四次元帝国は皇帝の完全独裁。
帝国全土から選抜された秀才官僚群と数えきれない侵略戦争を勝ち抜いた歴戦将校団が、皇帝の幼稚な思いつきを極めて洗練した手法で実現し続けていた。
その上、神速と恐れられる侵略速度は、皇帝が怒鳴り散らす度に際限なく加速した。
もはや、異世界の命運など風前の灯に過ぎない。
そんな状況下、異世界統一議会の議場に二木谷ゆうすけは召還される。
カフェで優雅にドヤリングしている最中に強制ワープさせられたので、姿勢は優雅に足を組んでストローを咥えたままの姿である。
机には斜めに広げられたプレジデント最新号。
固唾を呑んで様子を見守る異世界議員達の注視にも、ゆうすけは全く動じない。
何故なら、丁度『もしも自分が異世界に突然飛ばされたら』と云う妄想をしていた(この日に限った事ではないが)からである。
ニッコリ笑って議員一同に会釈するゆうすけに、議場の熱気が爆発し歓呼の叫びが鳴り響く。
突然の大歓声にもゆうすけは全く動じない。
何故なら、ゆうすけにとって天下万民の歓呼を受けるのは当然の事だからである。
この大物然としたゆうすけの態度に異世界議会は確信する。
『勝った』と。
異世界議会はこの日の為に異世界三セクが天文学的な費用と20年もの歳月を掛けて制作した地球言語翻訳装置をゆうすけに差し出した。
民間ベンチャーに発注していれば半年で納品可能だったのだが、そこは大人の事情。
余程、適応能力が高いのか一周回ってるのか、二木谷ゆうすけは状況を何となく悟った。
そして、口角を不自然に上げた意識の高い微笑みを崩さずスピーチを開始した。
「え~ 皆様。
私は甚だオーソライズな世界の外側で大幅にアウトパフォームする所存であります。
端的に申し上げますと、皆様にイシューな点を認めて頂ける事によってレコナイズウォンツを満たしたいと愚考します。
私の現在のコンペティターには皆様にとってのクリティカルなバリューが起こりうると言っても過言ではないでしょう!
皆様、御安心下さい。
私はオルタナティブのディシジョンのマターにブルー・オーシャン、つまり新型のコモディティだけを並べる事にエビデンスを感じるつもりはないのです!
定量的には、イシュークリアのベネフィットに相互シェアを基調としたPDCAサイクルの構築に挑む事を提唱します。
限りなくフリーダムでアジャイル、そしてイノベーティブな異世界交流をクリエイトしましょう!
私の提唱するスキームでのオポチュニティマネージメントは必ずやインタラクティブなデファクトスタンダードを産み出し得るに違いないのです!
御清聴、ありがとうございました(ドヤ)。」
別に議会に呼ばれたから、こんな馬鹿げた演説をした訳では無い。
どうせ貴方は信じてくれないだろうが、ゆうすけは普段からこんな喋り方をする男なのである。
そして、当然の事だが異世界間翻訳装置は作動しなかった。
勿論、翻訳装置は英語や日本語であれば十二分に対応可能である。
「opportunity」とか「機会」とか言ってくれれば、対応する異世界語に訳す事が出来たのだが…
「おぽちゅにてぃ」を翻訳する機能までは残念ながら備わっていなかった。
翻訳装置には生物の思考を電波化して読み取る機能も備わっていた。
だが、ゆうすけは自分が使用した全ての語彙の意味を理解していなかった上に、綴りや漢語表記を知らなかったので、これにも機械は反応出来なかった。
議会は紛糾した。
それはそうだろう。
翻訳装置の開発には巨額の公費が投入されているのだ。
まもなく議場は、派閥間の責任追及合戦の舞台となった。
幾人かの良心派官僚(後に彼らは更迭される)がゆうすけを実務的な部署に連れて行き、事情説明を試みた。
異世界官僚達は以下の様に考える。
『確かに翻訳装置は不調だった。
だが、我々と二木谷ゆうすけは同じ知的生命体である。
必死で伝達を試みれば何とかなるだろう。』
と。
無論、何ともならない。
せめて標準的な知的レベルを持つ地球人が相手であれば何とかなったのだが…
その後、異世界外務部は辞書の編纂プロジェクトを起ち上げたり、テレパシー研究の天下り団体を設立するなど的外れながらも真摯な努力を試みるも、ゆうすけとの意思の疎通は成功しなかった。
このようにして丸2年もの時間を無駄にしていると、四次元帝国軍の主力が攻めて来た。
戦い慣れた軍国国家だけあって恐ろしく手際がいい。
全領土から選りすぐった精鋭師団による電撃侵攻作戦で、本格攻撃の初日に首都を焼き滅ぼしてしまった。
勿論、異世界議会も外務部も壊滅である。
首都からの脱出成功者は無し。
その後、徹底的な殲滅戦が行われ異世界人種は絶滅した。
異世界の財宝は戦利品として全て皇帝に献上され、記録・文書類は参謀本部の解析班に委ねられた。
滅び去った異世界を分析していた解析班は直近の議事録から、とんでもない発見をする。
何と地球と云う次元に済む連中が異世界に援軍を送っているではないか。
それも最優秀の人物を派遣している。
参謀長が皇帝にその事実を言上すると、当然皇帝は激怒した。
皇帝が足をドタドタ踏み鳴らして咆哮したので、群臣たちは恐懼し即座の対応を宣誓した。、
直ちに地球討伐軍が編成され、地球人は僅か数日で異世界と同様の命運を辿った。
かなり後になって判明することだが。
実は地球の軍備は四次元帝国のそれを遥かに凌駕しており、こと核兵器や毒ガスや細菌兵器に関しては当時の四次元帝国はその概念すら持っていなかった。
「もしも異世界政府と地球政府が結託していれば、帝国は滅ぼされてしまっていた事だろう。
彼らの間にまともな連絡態勢が無かった事は我々にとって幸運極まりないことである。」
これが現代帝国軍部による地球殲滅戦に対しての公式見解である。