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序 昭和二十年八月十五日水曜日

 彼らは泣いていた。

 ラジオの前に並んで肩を震わせながら。

 ラジオに向かって頭を垂れながら。

 男たちはみな決まって襟章と肩章を失った軍服のような粗末な服を着ていて、まるで捕虜のようだった。汗が首筋を滑り落ち、詰襟に吸い取られる。

 ラジオが何を流しているのかはわからない。音がないのだ。涙を禁じえないほど美しい曲を流しているのかもしれないし、彼らが絶望するような物語を流しているのかもしれない。

 外はひどいものだった。

 何もない。黒く焦げた柱が黒く焦げた地面から生えていて、焼け爛れた馬の死骸が道に放置されていた。いつか腹にたまった腐敗ガスに腐った皮がもたず、ついに破裂するだろう。

 ここはどこだろう?

 彼らは泣いていた。

 柱の日めくりカレンダーには昭和二十年八月十五日水曜日とある。

 これで合点がいった。これは夢だ。

 夢と分かれば、不安はない。むしろ楽しむ余裕が出てきたくらいだ。

 ラジオの放送が終わったらしい。その場にへたりこむものや壁によりかかってまだ泣いているもの、あるいはラジオが何を流していたのか分からず、まわりの悲観的な空気に驚いているもの。

 事務用机から離れたところに軍人がいた。ラジオ放送のあいだ、ずっと無表情を通していた。捕虜のような連中と違って、キチンと肩章と襟章をつけ、軍帽をかぶり、軍刀をさげていた。手にはピストルを入れた革製のケース。二十歳を幾月も越えていない少年のような顔つき。軍人は泣いたり、驚いたり、分からない顔をした男たちに背を向け、事務室を出た。

 暑い。

 廊下では男たちが話し、女たちは動き、子どもたちは大人たちを振り仰いでいる。温い空気がかき混ぜられる。窓に貼った黒いテープが次々と剥がされていく。

 建物を出る。

 自動車が待っていた。

 運転手を勤める従卒がドアを開けたが、軍人は乗らずに首を振った。従卒は運転席に戻り、そのまま自動車を発進させた。

 軍人は目の前に広がる焼け野原を歩いていた。押しつぶされそうなくらい青い空。踏み潰された炭が靴の下でシャリシャリと鳴っているはずだが、その音もしない。

 軍人は宮城の見える空き地を見つけると、青い空を見上げてからいともたやすく腹を切り、介錯代わりにピストルで自分の頭を撃ちぬいた。

 銃声が聞こえない。蝉がいた。鳴き声が聞こえない。

 突っ伏した軍人の背中から軍刀が飛び出していた。

 切っ先から夏の光が輝きながら滑り落ちる。

 首筋を垂れる汗。刀身を滑り落ちる血。

 これは夢だ。

 どうということのない、昭和二十年八月十五日水曜日。


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