始まりの前
Speranzaのアリーナツアー最後の横浜公演を終えた綾子は休む暇なくfateのレコーディングが始まった。
サポートメンバーには清雅の仕事でいつも一緒になるドラムの直則とナゴミのソロの時にサポートをしているベースの和樹、ボレロやSperanzaのサポートでキーボードとマニュピュレートを担当している奏太が入った。
和と綾子が公私ともに付き合いがあり、好きな音楽が似ていたりそれぞれの楽器の技術も日本を代表すると言っても過言では無いメンバーだった。
それぞれ他のミュージシャンのサポートもしているが、二人のサポートをして欲しいと伝えるとみんな快く引き受けてくれた。
「他の仕事を断ってでもお前たちの仕事を優先してやるよ」
と和と同い年の和樹が言うと
「だよな。ライブもテレビも世界の裏側だって一緒に行くからな」
とこちらも同い年の直則も言った。
「俺、英語出来ないけど地球の裏側なんて大丈夫かな?」
と綾子と同い年の奏太が言うと
「大丈夫だって。和と綾子が通訳してくれるだろ。俺だって英語なんて出来ないけど、音楽に国境は無いんだ。大事なのはハートだよ」
と直則が真面目な顔で言ったので、和と綾子と和樹は笑いを堪えるのに必死だった。
「な…何だよ。人が真面目に話してるのに笑うなよ」
と直則が言うと
「だってさ、のりちゃん真面目に語るから…」
と和が言うと
「だよな。それも言うことがクサイって言うか…」
と和樹も言った。
「うるせぇ。俺だってたまには真面目に話す時あるって。こら、綾子。お前まで笑うなよ」
と直則が言うと
「だって、のりちゃんが…」
と綾子が笑いを堪えてると
「本当に失礼な奴らばかりだな。俺、奏太と初対面なのに変な印象与えちゃうじゃん。これから長い付き合いになるかもしれないのにやめてくれよ」
と直則は言った。
レコーディングではheavenと自動車のCMに起用されることが決まったspiritの録音をした。
さすがに日本を代表すると言っても過言じゃないサポートメンバーの演奏は和と綾子の理想以上のものだった。
レコーディングが終わると綾子はSperanzaのワールドツアーのリハーサルを連日行っていた。
一方、和はレコード会社のスタッフと一緒にPVやCDジャケットの打ち合わせに参加したり、CD発売日に決定したライブハウスでのCD発売スペシャルライブの演出について舞台監督たちと話し合いをしていた。
「それまで誰も知らない状態で1000人も入るの?」
と和が言うと
「1000全部埋めるつもりは無いけど、2階のスタンド席はマスコミやアニメ製作会社やスポンサー、自動車メーカーや広告代理店の人も招待するしな」
とスタッフが言うと
「じゃ、2階は関係席にするってこと?」
と和は聞いた。
「そうだな。芸能関係も2階で一般人は立ち入り禁止にするよ」
と言ったあと
「そういえば、1階のスタンディングでエンドレスが視聴者プレゼントで100組200人、自動車メーカーも100組200人招待キャンペーンに使うらしよ」
とスタッフは言った。
「そんなに?って言うか、200人も応募してくるの?」
と和が言うと
「どうだろ?ダメだった時は向こうでさばくんじゃないか?」
とスタッフは言った。
「ふーん…。で?残りはどうするの?」
と和が聞くと
「あとは、アニメ制作会社が声優やスタッフ連れてくるからって60席買ってくれたし、広告代理店はその日に社員教育で全国から若手社員が集まるからっての社長企画のサプライズ社員交流会でライブ見に来るらしくて105席買ってくれたよ」
とスタッフは言った。
「社員交流?ライブ見に来て交流になるの?」
と和が驚くと
「さぁ?どうだろ?」
とスタッフは笑った。
「じゃ、400と60と105で565は埋まるけど、残りはどうするの?」
と和が聞くと
「とりあえず騒ぎが起きたら困るから芸能人は関係者以外立ち入り禁止のスタンド席に招待するけど、事務所やレコード会社の関係者とお前たちやサポートメンバーが一般人で招待したい人を入れるつもり」
とスタッフが言うと
「一番前にカメラを設置するから柵の位置も後ろになるしギュウギュウに入るよりも少し余裕ある方が安全面を考えても安心だろ?」
と舞台監督は言った。
「まぁね。で?ライブの様子を生配信するって言うのはどうなってるの?」
と和が聞くとfateの公式サイトの運営スタッフが
「公式サイトがオープンするまで限定のスタッフが更新するTwitterとエンドレスのサイトで一週間前から告知してもらう事が決まってるから」
と言った。
「それにしても、和は良いとしても綾子は忙しいよな?再来週はシンガポール公演だろ?次の週はインドネシアだっけ?」
と舞台監督が言うと
「大丈夫だよ。曲もともと出来てるんだしインドネシア終わったらfateのライブまでスケジュールを一切入れてないって結城さん言ってたから、1ヶ月こっちのリハーサルを集中して出来るしね」
と和は言った。
1ヶ月後、綾子がシンガポール公演で日本を離れている日、エンドレスの初回の放送が始まった。
人気マンガのアニメ化と言うこともあり深夜の時間帯でありながら視聴率は15%を超え、タイムシフト視聴率も予想よりも遥かに高いものになった。
エンドレスの公式サイトへのアクセス数も多数あり、オープニングテーマソングのheavenへの関心も高まった。
奏のまわりでもエンドレスの漫画のファンが多いのでアニメ放送は多くの人が見ていた。
「何かさ…想像してた声とはちょっと違う感じはしたけど、面白かったよな」
と琳が言うと
「オープニングの曲が良かったよな?何かさナゴミさんに声が似てたけど英語の歌詞だったし海外のミュージシャンなのかな?」
と勇次郎は言った。
「確かに洋楽っぽいよな。で、どんなバンドかと思ってエンドレスのサイトからバンド名は分かって調べたけどどこにも情報無いんだよ」
と琳が言うと
「俺も。レコード会社だけしか情報なくてレコード会社のサイト見たけどそこにも情報無いんだよ」
とさっちゃんも言った。
「へぇ…そんなにいい曲だったの?」
と奏が言うと
「お前、見なかったの?」
と琳が言った。
「うん。うたた寝してたら始まってて途中から見たから」
と奏が言うと
「マジ?来週は初めから見てみろよ。って言うかYouTubeで見れないかな?」
と琳は言った。
次の週の放送日には、エンドレスのサイトでfateのスタッフによる期間限定のTwitterが始まったと言う情報が公開された。
Twitterでは3日後から流れるfateの曲が使われる自動車のCMの告知をした。
「今まで名前さえも聞いたこと無かったのに次々とタイアップつくなんて、どんだけ力入れてるミュージシャンなんだよ」
「アニメ見たけど、今までどうして話題にならなかったのか不思議なぐらい良い曲だったよ。それに、ボーカルはナゴミに似てる。まぁ、本人ならもっと大々的に宣伝するだろうし、一昨日ボレロの取材したときも何も言ってなかったから多分違うとは思うけど」
とマスコミでもfateの事が話題に上がるようになったのと同時にレコード会社や事務所への問い合わせも増えてきたが、メンバーについてはCM発売日までノーコメントで、取材についても発売日までは一切受け付けないと言う姿勢を通した上で、出来上がったばかりのCDと和と綾子が一切出演していないPVと発売日に予定している赤坂のライブハウスでのライブの招待チケットをマスコミに配布した。
「ライブか…。その日、校了なんだよね」
とミュージンと言う音楽雑誌の編集者向井が言うと
「そうですか…。ぜひ向井さんにはカメラマン連れて来て頂いてfateを売り出す手助けをして頂きたいと思ったのですが…」
とレコード会社の営業マンは言った。
「だったらさ、発売前に取材させてくれるように事務所に言ってよ。独占でさせてくれたら無理して行ってもいいよ」
と向井が言うと
「それは他の方々にも納得して頂いているのでミュージンさんだけ特別にって言うことは…。それにfateは楽曲で勝負してますから一度曲を聴いてライブに足を運んで頂いてからって事でお願いします」
と営業マンは言った。
「あっそ。分かったよ。まぁ、カメラマンはどうするか分からないけど誰か行かせるよ。ジェネシスさんとは仲良くしておかないといけないしね。後々ボレロやSperanzaの取材断られたら困るし」
と言うと向井は若い編集者を呼んで
「お前さ、来月の15日空けとけよ。ジェネシス様が今度売り出すfateってバンドのライブあるからさ」
と言ってCDとチケットを渡した。
「fateって今ネットでスゴい話題になってるfateですよね?僕が取材に行ってもいいんですか?」
と若い編集者が言うと
「あぁ、俺はこの日校了上がりだから適当に暇そうなカメラマン連れて行ってこい」
と向井は言った。
「すみませんが、よろしくお願いします」
と担当者がすまなそうに頭を下げると
「いえいえ。僕、エンドレス見てスゴい曲作るミュージシャン出てきたなって思ってたんですよ。それにCMの曲もカッコいいし。スゴく興味があったので生でライブ見るの楽しみです」
と若い編集者は言ったが
「俺も聞いたけど、そんなにカッコいい訳じゃ無かったな。長年やってきた経験から言わせてもらうと一発屋で終わらないように頑張ってくださいね」
と向井は言った。




