渉の失恋
「ねぇねぇ、村上さん。俺帰りたいんですけどダメですか?」
とテレビ局の楽屋で和は言った。
「はぁ?明日には帰れるだろ」
と村上が言うと
「だって綾子に会いたいんだもん。もう2週間も会わないどころか声さえも聞いてないんだよ。もう限界。明日まで待てないよ」
と和が言うと
「テスト近いから勉強してるって一昨日言ってたけど」
と由岐が言った。
「何で由岐とは連絡取ってるんだよ!もう我慢の限界!今日はもう仕事無いんだし帰る!」
と和が言うと
「今日はテレビ局の人に誘われてるだろ」
と村上は言った。
「体調が悪くてホテルで寝てるって事にしといてよ。村上さん、面倒な時によく言うでしょ?」
と和が言うと
「…じゃあ、由岐が良いって言ったら帰って良いよ」
と村上は言った。
由岐は妹の事が大事だし、そうゆうわがままは嫌いだからダメだと言うと思って村上は言ったのだが
「和がいなくても大丈夫じゃないの?」
と由岐が言った。
「由岐、オマエ止めろよ」
と村上が頭を抱えると
「まぁ、これからチケット取れたらの話だけどね」
と由岐は言った。
夕方、図書館でテスト勉強をしていた綾子と渉は閉館時間になったので、図書館を出た。
「もう少しで分かりそうな気がするんだけどなぁ」
と言ったあと綾子は
「ねぇ、もう少し勉強してかない?」
と渉に言った。
二人は前に和と偶然会ったファミレスに入って軽くご飯を食べて勉強をしていた。
「そういえば、その後なっちゃんとはどう?」
と渉が聞くと
「あー、なっちゃん出張に行ってて明日帰って来るんだ」
と綾子が言うと
「帰ってきたよ」
と和の声がした。
「え?」
と綾子と渉が顔をあげると和が立っていた。
「なっちゃん!どうしたの?明日帰って来るんじゃなかったの?」
と綾子が驚くと綾子の隣に座った和は
「綾子に会いたくて俺だけ先に帰ってきちゃった」
と言った。
「帰ってきて綾子の家に行ったら、おじさんが男と一緒に勉強しててまだ帰って来てないって泣いてたからさ。もしかしたらこのファミレスにいるんじゃないかな?って思って来ちゃった」
と和は言った。
渉は、前とは違い普通の格好してるけどやっぱり目元が髪で見えないうえに眼鏡をしている和を見て、何で綾子はこんな奴がいいんだろうと思った。
渉の視線に気付いた和は
「こちらは?綾子の彼氏?」
と聞いた。
「違うよ。一緒にバンドやってる友達。大山渉君」
と綾子が言うと
「若狭でーす。初めまして。渉君」
と和は笑った。
「あ…こちらこそ初めまして」
と和は言うと
「渉君、カッコいいね。バンドやってるしモテるでしょ?」
と和は言った。
「いや、そんな事は…」
と和が言うと
「またまた~。俺が女なら惚れちゃうかも~」
と和は笑った。
「バカじゃないの?」
と綾子はあきれた顔をしたあと
「なっちゃん。来週テストなんだけどさ、どうしても解けない問題があるんだよね」
と綾子が教科書を見せた。
「どこ?」
と和は綾子に顔を寄せて
「あー、これね。ちょっとノート貸して」
と和は綾子にノートを借りると
「これは…こうなって…。で、ここでこうして…」
とスラスラと問題を解いて説明をした。
「そっかぁ。やっと分かったね渉」
と綾子が言うと
「な…若狭さんてスゴいですね」
と感心したように言った。
「いや、たまたま分かっただけだし」
と和が言うと
「何言ってるのよ。なっちゃん、T大出てるくせに」
と綾子が言った。
「T大?」
と渉が驚くと
「いや、たまたま受かっただけだし。由岐はK大法学科だし、あっちの方がスゴいよ」
と和は言った。
「由岐?」
と渉が聞くと
「あ、うちのお兄ちゃん。なっちゃんもお兄ちゃんは頭いいんだけど私はダメなんだよね」
と綾子は笑ったあと
「なっちゃん、次はこれなんだけど」
と綾子は和に教科書を見せて言った。
渉はずっと綾子が可愛いと思っていたが、今目の前にいる綾子は今まで見た中でも一番可愛く見えた。
綾子は好きな奴の前ではこんな顔をするんだと思うと悲しい気持ちになり、和のシャツの合間から綾子が着けてるのと同じネックレスが見えてますます悲しくなった。
何でこんな男…と和をじっと見てると、何気なく眼鏡を直しているときに一瞬だけ顔が見えた。
『あれ?以外と整った顔してる?って言うか、キチンとすればスタイルも良いしかなりイケメンかもしれない』
と渉は思った。
「渉君、僕の顔に何か付いてるかなぁ?」
と渉は渉を見て言った。
「え?あ…」
と渉が我にかえると
「そんな熱い視線を送られたら恥ずかしくなっちゃうよ~。あー、でもゴメンね。俺は男には興味無いからさ~」
と和は笑った。
「俺だって興味無いですよ」
と席を立った渉は
「ジュース取ってくる」
と言ってドリンクバーの方へ歩いて行った。
ドリンクバーでジュースを入れた渉が綾子たちの方を見ると、和が綾子の頭を撫でて耳元で何か言うと、綾子は和の頭を叩いたけど顔はスゴく嬉しそうで、渉は今日何度目か分からない悲しみに胸が痛くなり泣きそうになっていた。
ファミレスを出た綾子たちと渉は帰り道の方向が逆なのでその場で別れた。
「じゃ、明日」
と渉が綾子たちとは逆方向に歩き出そうとすると
、和が近付いてきて耳元で
「綾子だけは誰にも渡せないんだ。悪いけど諦めて」
とまるで別人のような口調で言った。
「え?あの…」
と渉が驚くと
「じゃ、渉君またね~」
と和はいつものふにゃふにゃと力の入ってない口調で手を振ると綾子の手を握って和は歩いて行った。
「渉と何話してたの?」
「えー、ナイショ~」
綾子と和が仲良く手を繋いで話ながら去って行く後ろ姿を見ながら渉は、綾子の前の和と自分に牽制してきた時の和のあまりにも違い過ぎて驚いた。
「やっぱり若狭さんも綾子の事が好きなんだ…。俺が入り込む隙なんてないじゃん」
と呟いた渉はスマホをポケットから取りだし隼人に電話して
「隼人?勉強してた?…健太と一緒なんだ。……え?綾子?…うん一緒にいたけどさ、実は失恋しちゃったよ…。そう、綾子。いや告った訳じゃないけど、アイツめっちゃ好きな奴いるんだよ…。でさ、相手も綾子事が好きみたいで…。完全に負け」
と笑って言ったあと
「俺…泣いてもいいかな?」
と涙を浮かべた。
その後、隼人と健太と合流したカラオケに行った。
空元気って言葉が似合う男は他にいないと言うほど弾けて歌う渉を見て、隼人と健太は顔を合わせたが何も言わず渉のと一緒に大騒ぎしていた。
2時間ほどノンストップで熱唱した渉はガラガラ声になってしまい
「オマエ、歌いすぎ。俺も歌いたかった」
と言う健太に
「ゴメンゴメン。でも、本当にスゲー歌ったなぁ」
と渉は笑ったあと
「あースッキリした!俺、もう浮上してきた気がする。彼女欲しいなぁ…ってまずは受験だな」
と言ったが言葉とは裏腹に肩をガクッと落として今にも泣きそうな顔をしていた。
隼人と健太が肩を優しくポンと叩くと
「悪りぃ。今日で終わりにするからさ。明日から仲間として普通にやってくからさ…」
と渉は泣いた。