奏の告白
次の日の放課後、奏は琳たちをカラオケに誘った。
「本当におまえの奢りで良いの?」
と勇次郎が言うと
「うん。実は話を聞いて欲しくて…。でも、誰にも聞かれたくなくて…ここなら誰にも聞かれないかと…」
と奏は言った。
琳は曲を選ぶのをやめて
「話?何?」
と奏に聞いた。
「いや、実は…何から話せばいいか…」
と奏が迷ってると
「奏、落ち着け。ゆっくりで良いから話せよ」
と琳は笑った。
「…俺さ、幼稚園から中学まで国立通ってたの言ったよね?」
と奏が言うと
「ああ、で?知り合いいない高校に行きたくてうちの高校受験したって話だろ?」
と勇次郎は言った。
「うん…。俺さ…」
と言うと奏は深呼吸をしてから
「少し長くなるけど聞いてくれる?」
と聞いた。
「今、心の準備してたのに!早く話せよ」
と勇次郎が言うと
「ごめん…」
と言って奏はもう一度深呼吸をした。
「俺、ボ…ボレロのナゴミとSperanzaの綾子の子どもなんだよ」
と奏は緊張で震えながら言うと話を続けた。
「中学まで、学校ではナゴミの子どもなら勉強出来て当たり前、ナゴミと綾子の子どもなら音楽出来て当たり前、何でも出来て当たり前って先生に思われてて…。クラスのやつからは親が芸能人で羨ましいとか言われて…仲良くなるとボレロに会わせて欲しいとかSperanzaに会わせて欲しいとか言われたり、親が芸能人だからなかなか取れないアイドルとかのチケット簡単に取れるだろって頼まれたり…。親と一緒にいるとそれがどんな場所でも…学校でもスマホやカメラ向けられて写真撮られて、ライブ行けばこの前みたいにナゴミと綾子の子どもだってヒソヒソ言われて…。みんな俺のことをナゴミと綾子の子どもとしてしか見てないって言うか、まわりは俺のことを若狭奏としては見てくれなかったんだよ。それから…」
と言うと奏は涙を浮かべて
「母さん、大学卒業してすぐに俺のことを産んだから、俺が幼稚園入るまでは仕事も家で出来る作曲の仕事ばかりでSperanzaの仕事はあんまりしてなくて…それからも行事の度に二人とも仕事休んで参加してくれたり、どんなに遅く帰ってきても朝は母さんがご飯作って送り出して…。本当は大学卒業してSperanzaもこれからって時に俺が出来たから父さんと母さんは結婚して…。俺がデキなかったらもっとやりたいこと出来たんじゃないかって…父さんは母さんが音楽やってるのが好きだから…父さんも母さんも俺が産まれたことを後悔してるんじゃないかって思って…。そのうち、父さんと母さんに後悔させて、自分も嫌な思いしながら生活するなら生まれて来なきゃ良かったって思うようになって…」
と言うと奏は涙を流して泣いた。
「それで、ナゴミと綾子の子どもって事から逃げるように知ってる人が誰もいない高校に入って…由岐ちゃん…母さんの兄さんに父さんと母さんが後悔してるって思うのは間違ってるって昔の話を聞かされても信じられなくて…」
と奏が言うと
「俺さ…。綾子のスゲェファンだけど、もしもおまえが言うように奏を産んだこと後悔してるとか思ってるとしたら失望するわ」
と琳が言った。
「綾子やナゴミの何倍もおまえはツラい思いしてるじゃん。俺にはおまえの半分もわかってやれないかもしれないけど、親と比べられるのも絶対に嫌だし親が芸能人だからっておまえは芸能人じゃないんし関係ないじゃん。それなのに後悔してるとか…。だったら産むなよって話だろ?」
と琳が言うと
「でもさ、後悔してたら学校の行事に来たり誕生日に休みとったりしないんじゃない?ナゴミと綾子は自分たちの出来る限りのことをおまえにしてくれてるんじゃない?二人とも忙しいし、特に綾子なんてSperanzaだけじゃなくて他の人にも曲作ってさ。前に雑誌で読んだけど、曲を頼まれても半分以上は断ってるみたいなこと書いてあったよ。それだけ忙しくしてるなかで、おまえの誕生日だからって休みと取るとかさ。普通、出来ないだろ?」
と勇次郎は言った。
「俺はさ…。奏は中学までのやつらとは離れて正解だったと思うよ」
とさっちゃんはボソッと言った。
「だってさ、そいつら勉強は出来るかもしれないけどバカじゃん。何で奏のことをちゃんと見ないの?奏、スゲェいいやつなのにさ」
とさっちゃんが言うと
「だよな。俺、奏を傷付けたやつ殴ってやりたい」
と勇次郎も言った。
「だからさ、もう一人で悩むなよ。話せば楽になることもあるんだし、これからは一人で絶対に悩むなよ。俺たち仲間だろ?前にも言ったけど、奏が誰の子どもだろうと関係ないから」
と琳が言うと
「ありがとう…」
と奏は頭を下げた。
「ちなみにさ、こんな時に聞くのなんだけど…ナゴミの子どもなら勉強出来て当たり前って、そんなに頭良いの?」
と勇次郎が聞くと
「あ…まあ…。T大卒だから」
と奏は言った。
「え?T大?マジで?ナゴミ完璧過ぎるだろ…」
と勇次郎が言うと
「いや、そうでも無いんだ…。明日、会ったらわかると思うけど、普段は本当別人だから…」
と奏は言った。
「それとさ…。ついでに聞いちゃうと綾子って大学卒業してすぐにおまえを産んだって事は22に16足して38歳?マジ?めちゃくちゃ若く見えるんだけど」
と琳が驚いて言うと
「いや、普段はどう見ても38に見えるから…。…あっ、ごめん。歳の話は内緒になってるから、誰にも言わないで欲しいんだけど」
と奏は言いづらそうに言った。
「分かってるって。おまえが二人の子どもってことも誰にも言わないし、綾子の年齢も言わないから安心しろって」
と琳が笑うと
「じゃ、これで奏の話は終わりってことで…。時間も勿体ないし早く歌おうぜ」
とさっちゃんは曲を選びはじめた。
カラオケ店を出た奏たちは駅に向かって歩いていた。
「明日、いつ頃行けばいい?」
とさっちゃんが聞くと
「夕方かな?」
と奏が言った。
「夕方か、良かった」
とさっちゃんが言うので
「何で?」
と奏は聞き返した。
「実はさ、明日の2時からいつものスタジオ予約してあるからさ」
とさっちゃんは言ったあと
「奏も来れるよな?」
と言った。
「まぁ…どうせ予定無いし」
と奏が言うと
「あ…あのさ。奏もギター持って来いよ。見てるばかっかじゃなくて一緒にやってみようぜ」
と勇次郎が言った。
「でも俺、ボレロの曲とかやったこと無いから…上手く弾けるかどうかわかんないし」
と奏が言うと、勇次郎は通学カバンからスコアをコピーした紙を取り出して
「これ貸すからさ。とりあえず、今日練習してみて」
と奏に渡した。
琳たちと別れた奏は、久しぶりに帰る我が家の前で立ち止まった。
鍵開けて普通にただいまって帰ればいいだけ。普通に普通に…。
奏は自分の家に帰るのが久しぶり過ぎて、綾子がどんな反応すると考えると、鍵を開ける手も暗証番号を押す指も震えていた。
震える指で暗証番号を押し終わると、カチッと音がして玄関ドアが開いた。
奏は一度深呼吸をしてからドアを開けて
「ただいま」
と玄関の中に入った。
靴を脱いでいると、リビングのドアを開けて綾子がやってきた。
「おかえりなさい」
と綾子が笑顔で言うと
「ただいま…」
と奏も笑顔で言った。
「ご飯もうすぐ出来るから、少し待っててくれる?」
と綾子が涙を浮かべながらも笑顔で言うと
「分かった。…じゃ、部屋にいるから出来たら教えて」
と奏は言って階段を登ったが、途中で立ち止まり
「あ…。ごめん母さん。ご飯食べたらスタジオ貸してもらいたいんだけど借りてもいいかな?」
と奏は言った。
「いいわよ。好きに使って」
と綾子が言うと
「ありがとう。じゃ、借りるね」
と奏は言って階段を上がり自分の部屋に入った。
部屋に入り着替えをした奏は、昨日の夜のうちに、とりあえず運んできておいた荷物を片付けていた。机の上に起きっぱなしにして整理してなかった教科書を本棚に戻したり、洋服をクローゼットにしまったり、ギターを並べたりした。
カバンから勇次郎に渡されたコピー用紙を取り出してみると、その曲はボレロの最近出したdestinyと言う曲だった。
「あれ?どんな曲だったかな?」
と呟いた奏はメロディを鼻歌で歌ってみたが、いまいち思い出せなかったのでスマホの試聴サイトを開いて聴いてみた。
奏が曲を聞きながらスコアの音符を目で追ってると
、ドアをノックする音が聞こえた。
「奏、ご飯出来たよ」
とドアの向こう側から綾子の声がしたので
「あー、今行く」
とこたえると、奏はスマホの試聴サイトを閉じて部屋を出た。




