ライブの後
アンコール最後の曲が終わると、カンジとタケが楽器をスタッフに渡しユキがステージの中央にやってきた。
「Come on!Speranza!」
とナゴミがステージ袖を見て言うと、Speranzaのメンバーがステージにやってきた。
客席の大歓声が沸き上がるなかそれぞれのメンバーは笑顔で握手をしたりハグをしたりしていた。
今までもボレロとSperanzaの仲が良いのはファンの間では有名だったが、こうやって一緒にいるのを初めて見たファンは改めて2つのバンドの仲がいいのを確認した。
8人がステージ中央に整列し、顔を見合わせてから客席に深々と頭を下げると拍手と歓声が上がった。
8人が顔を上げて客席の四方に向けて手を振ってると和が隣で手を振ってる綾子の頬にキスをした。
その瞬間、悲鳴にも似た歓声が上がると同時にタケが和の頭を笑いながら叩いたので、今度は客席から笑い声が聞こえてきた。
手を振りながら一人二人とステージから去っていき、一人だけステージに残ったナゴミは
「また、会おうね…」
と言ってステージを降りた。
Speranzaとボレロのライブが全て終了したことを案内するアナウンスが聞こえるなか、奏たちは椅子に座ってステージを眺めていた。
次々と近くに座ってる観客がゲートの方に向かって歩いているのを見ながら、奏たちはさっきまで行われていたライブの余韻に浸っていた。
「奏、どうだった?」
と近くに座っていた相川が側にやってきて言った。
「あ…。相川さん」
と奏が言うと琳たちも相川に気付き
「今日はありがとうございました。一生忘れられない最高のライブでした」
と相川に言った。
「そうか、良かったな。そこまで言ってもらえるとボレロもSperanzaも嬉しいと思うよ」
と相川は言ったあと
「俺、これから会いに行くけどおまえはどうする?」
と奏に聞いた。
「俺は、友だちと帰ります」
と奏が言うと
「そうか。そうだよな。気を付けて帰れよ」
と相川は少し寂しそうな顔で笑いながら言って奏たちの側を去って行った。
スタジアムを出た奏たちは駅に向かう行列を歩き、満員の電車に揺られて都内に戻った4人はコンビニで買い物をして琳の家に寄った。
「いや、スゴい人だったな…」
と琳が言うと
「俺なんて何回足踏まれたか…」
と勇次郎がため息をついた。
「綾子、格好よかったな」
と琳が言うと
「最後にナゴミが綾子にキスするとかさ。めちゃくちゃ綾子の事が好きなんだな」
と勇次郎は言った。
「それでさ、タケがナゴミの頭を叩くとかさ…」
とさっちゃんが笑うと
「だよな。羨ましいぐらいボレロとSperanzaって仲いいよな」
と琳が言った。
「Speranzaがやったボレロの曲も良かったけど、ボレロがやった曲も良かったよな。俺、今日のライブで一番良かったと思うよ。あれって本当にボレロの曲じゃないのかな?」
とさっちゃんが言うと
「俺、あの曲入ってるCD持ってるけど、あれって18年ぐらい前のアルバムに入ってる曲だよ。ネットで見たことあるけど、あの曲って綾子とナゴミが付けてるお揃いのネックレスを題材に作ったらしいよ」
と琳は言った。
「だから、ナゴミはネックレスにキスしてたんだ」
と勇次郎が納得したように言うと
「じゃあ、あの歌詞はナゴミの事を歌ってるのかな?」
とさっちゃんは言った。
「きっとそうなんじゃない?…でもさ、ナゴミも綾子の事を想って曲作って綾子もナゴミの事を想って曲作るなんて、お互いにミュージシャンでないと出来ないよな。あの二人、どこまでも格好い過ぎるよ」
と琳は言った。
3人の話を聞きながら黙々とお菓子を食べてる奏に琳は
「奏さ、黙々と食べてるけど何か感想とかないの?」
と勇次郎は言った。
「あ?俺?俺は…」
と奏は言ってから
「スゴいなって思ったよ」
と一言だけ言った。
「何だよ。それだけ?」
と勇次郎が言うと
「何て言っていいかわかんないけど…。歌も曲も演奏も観客も全部がスゴいなって思った。チケットが1分で売り切れるとか意味がわかんなかったけど、ライブ行ってその意味がわかったし、初めて尊敬したって言うか誇りに思った」
と奏は言ったあと、余計な事を言ってしまったことに気付き
「日本を代表するバンドって意味で誇りに思ったんだよ」
と付け加えて言った。
琳たちは、奏の言葉にあれっ?と少し違和感を感じたが敢えて詮索はしないで
「そういえばさ、チケットくれた人も来てたよな。清雅と一緒じゃなかった?」
とさっちゃんが言った。
「そうだよな。親戚が事務所にいるって言ってたけど親戚って清雅なのかな?」
と琳は言った。
「…ごめん、黙ってたんだけどあの人Speranzaとボレロの音楽プロデューサーやってるんだよ」
と奏が言うと琳たちは驚いた顔をしてから
「マジ?すげぇな。何でそんな人と知り合いなの?」
とさっちゃんは奏に聞いた。
「両親がバンドやってた話したじゃん。で、その頃からの知り合いでさ。相川さん、結婚してないし、うちの親が忙しい人だったから俺のこと自分の子どもみたいに可愛がってくれてたんだよ」
と奏が言うと
「へぇ…スゴいな。じゃ、今までSperanzaやボレロのライブに連れてってもらった事あるの?」
と琳は乗り出して言った。
「…中1までは何度か。…でもさ、相川さんに連れられて行くと目立ってさ。今日みたいにナゴミや綾子の子どもじゃないかってスゴい言われて写真とかも撮られてさ…。俺は関係ないのに何でこんな思いしなきゃいけないんだってスゴい嫌な気分で、こんな思いをするなら二度とライブに行きたくないって思ってそれからは誘われても行かなくなった」
と奏は言うと
「だから今日、おまえらが庇ってくれてスゴい嬉しかったよ。目立つのは仕方ない事だから我慢しなきゃいけないんだってずっと思ってたからさ」
と笑った。
「…俺さ、今までおまえがイケメンだからって冗談で言ってきたけど、そんな理由で友だちになんてならないよ。おまえが一緒にいてスゴい楽しいやつだから友だちになっただけだしさ」
と琳が言うと
「俺だって、奏といると楽しいから一緒にバンドやったらもっと楽しいだろうなって思って誘ったんだよ。おまえのそのふわふわした暖かい雰囲気も、モテるくせに目立つの嫌いとかって謙虚なところもスゲェ好きだし」
と勇次郎は言った。
「そうだよ。俺たちは奏だから一緒にいるんだし、おまえがナゴミに似てるとかもしもナゴミの子どもだったとしても全然関係って言うか問題ないんだよ。それで友だちやめるとか、奏に媚び売るとかそんなこと絶対にないし。って言うか、俺はおまえがナゴミに似てるなんて今日まで一度も思ったこと無かったけど」
とさっちゃんが笑うと
「俺も無いわ。似てるなんて思うの奏の自惚れなんじゃね?」
と勇次郎と琳も笑った。
「そんな話はもうやめてさ。なぁ、ボレロがやったSperanzaのCD持ってるんだろ?聴かせろよ」
とさっちゃんが言うと
「そうだった」
と言って琳はCDのたくさん入ってるケースからAngle's featherが入ったCDを取り出してプレーヤーにセットしてると勇次郎は歌詞カードを取り出した。
歌詞カードに載ってる若い頃のSperanzaの写真を見て
「スゲェ、若い。今でも幾つなんだって思うほど若いけど、めちゃくちゃ若く見える」
と勇次郎は言った。
「でもさ、今の方がずっと格好いいよな。特に綾子なんて今の方が綺麗だし格好いい」
と琳が言うと
「年取るに連れて格好良くなるとかスゲェな」
と勇次郎は言ったが、スピーカーからAngle's featherのイントロが流れてくると
「ちょっと、俺この曲聴きたいから静かにして」
と勇次郎が言った。
同じ曲、同じ歌詞なのにまるで雰囲気が違うSperanzaの演奏にさっちゃんと勇次郎は驚いた。
ライブで聴いた時は切なくも力強く聴こえた曲が、とても優しく暖かく聴こえる。
曲が終わると
「ねぇ、もう一回聴いてもいい?」
と勇次郎は言った。
「いいけど」
と琳が言うと
「まるで別の歌みたいに聴こえたんだけど」
とさっちゃんは言った。
琳がもう一度Angle's featherを流すと
「どっちが良いって言われたら困るけど、やるバンドが違うだけでこんなに違うの?」
と勇次郎は言った。
「柔らかい羽根に包み込まれるような暖かい優しい気持ちになる曲なのに、ボレロがやってたのは愛の切なさと力強よさを感じる…羽根を身にまとって相手を包み込むような…何を言ってるか分かんないかもしれないけど…Speranzaは愛されること、ボレロは愛することって言う似てるけど逆の事を表現してる気がする」
と奏が言うと
「そっか。だから、まるで別の曲みたいに聴こえたんだ」
と勇次郎は言った。
その後も、琳が持ってるSperanzaとボレロの曲を聴きながら話をしていたが朝方には寝てしまい目が覚めた時には昼をとっくに過ぎていた。
「なぁ、カラオケ行かない?」
と琳が言うと
「え?今から?」
と勇次郎は言った。
「昨日のライブでやってた曲歌いたいじゃん。なぁ、行こうぜ」
と琳が奏たちをしつこく誘ったので、3人は渋々カラオケに行くことにした。




