最高の時間
和が札幌に旅立った次の日、駅で待ち合わせした綾子と渉と隼人と健太はライブハウスに向かって歩いていた。
「緊張するね…」
と綾子と渉が話してると
「おい、まだリハもやってないうちから緊張するなよ」
と健太が言った。
「そうだよ。俺たちの出番まで長いんだからさ」
と隼人が笑った。
ライブハウスのドアを開けると、違うバンドのメンバーが来ていた。
「あれ?俺たち最初にリハだよな。時間間違えたか?」
と隼人が知り合いのバンドメンバーに聞くと
「違うよ。alienのリハ見たいって言うから早く来たんだよ」
と何度か一緒にライブやったことあるバンドのボーカルが隣に立ってるビデオカメラを持った男の事を見て言った。
「すみません…。ぼ…僕、alienのファンで。あと今日のライブを動画に撮って投稿したいと思ってるんですけど、いいですか?」
と恥ずかしそうに言った。
「あ…リハは嫌だけど邪魔にならないなら投稿してもらっても全然いいよ。けど、俺たちのライブの動画って誰が見る?」
と隼人は笑った。
「俺見るよ!ファンだもん」
とボーカルが言うと、まわりにいた他のバンドのメンバーも笑った。
他の対バンのメンバー達も早々と集まってきて客席で見ているなか、綾子たちalienのリハーサルは順調に進んだ。
「アイツら、化け物だな。リハからこんなにスゲェ演奏するなんて…」
「特に綾子。本番も男に負けない迫力あるけど、あれってライブの雰囲気だけじゃなくてやっぱりテクニックが半端ないんだな…」
「そういえば、曲も綾子が作ってるらしいよ」
「マジ?よくこんな曲作れるよな」
「本当…。でもさ、こんなスゲェ曲作る綾子もスゴいけど、それを演奏出来ちゃうアイツらも俺たちとはレベル違い過ぎるよな…。プロみたいだよ」
「って言うかさ、アイツらなら音楽も腕もルックスもって全部揃ってるしプロになれるんじゃない?」
と見ているバンドのメンバー達は話していた。
一方、札幌の和達もリハーサルを前にして客席からステージを見ていた。
「前に来たときまではライブハウスだったのに、こんなホールでやるとか信じらんないな」
とベースのタケが言うと
「何言ってんだよ。それだけお前達のステージを見たいって人がいるって事だろ?今回のツアーのチケットはラストの武道館まで全部完売してるし、次のツアーはもっと大きな所になるかもしれないぞ」
と村上が笑った。
「…でもさ。何か客席とステージが遠いよね。俺はもっと近くの方がいいなぁ」
と和が呟くと
「ツアー終わって東京帰ってたら、またシークレットでライブハウスでやればいいんじゃない?」
とギターのカンジが言った。
「まぁ、そうだな。って言うかさ」
と和はステージを見て
「想像してたより、セットがスゴいよね?村上さんずいぶんとお金かけ過ぎたんじゃない?」
と和は笑った。
17時過ぎ、綾子たちのライブは最初のバンドがステージに上がり始まった。
綾子達はステージ袖から様子を見ていたが、楽屋に帰ってきて緊張をほぐすかのようにたわいのない話をしていた。
「今日してる綾子のネックレスカッコいいよな。どこで買った?」
と渉が聞いた。
「あ…これ貰い物だから」
と綾子が言うと
「これってメンズ用のアクセサリーだろ?貰ったって事は、彼氏が身に付けているのを貰ったって事?」
と健太が言った。
「残念。彼氏じゃないんだよね」
と綾子は笑った。
「そうなの?でも、スゲェデザインがいいよね」
と健太が言うと
「でしょう?これね、お隣のなっちゃんがデザインした世界に2つしか無いお守りなんだって」
と綾子はチャームを触って言った。
「へぇ…あの人がデザインしたんだ。人は見かけによらないって言うかさ…意外だな」
と健太と隼人は、あの不審者のなっちゃんという男がデザインしたとは信じられないと言う顔をしたが、渉だけは少し面白くない顔をして
「3組目始まったみたいだな。俺、ちょっと見てくるわ」
と楽屋を出て行った。
渉が客席の後ろでステージを眺めていると、綾子が隣に来た。
「俺さ、中3の時にまだインディーズだったボレロのライブ見にここにきたんだよな」
と渉が言うと
「嘘!私も来てたよ。ファン人たちについていけなくていつもここら辺で見てたよ」
と綾子が驚いたように言った。
「マジ?俺も後ろで見てた。じゃ、会ってたかもしれないな」
と渉が言ったあと
「ナゴミが唄ってたあのステージに自分も立つなんてスゲェよな」
と渉は感慨深い顔をした。
綾子、渉、健太、隼人は円陣を組んだ。
「ヨシ!行くぞ!」
「オー!」
隼人の掛け声に合わせて綾子たちは気合いを入れた。
ベースを持った健太とスティックを回してる隼人はステージに出ると、綾子たちの前までのバンドでボルテージが最高潮に上がってる客席から声が上がった。
ステージ袖でギターを持ったまま緊張で震えてる綾子は
「渉、いつものやって」
と言った。
「遠慮無しにいくからな」
と言った渉はパンパン!と両手で綾子の肩を叩いた。
綾子は目を瞑り和に貰ったネックレスをギュッと握ると渉と一緒にステージに出た。
演奏の準備が終わると隼人がステージの始まりを合図するドラムを叩きはじめた。
綾子は目を閉じてドラムの音に耳を澄ましていたが、次の瞬間まるで別人のような鋭い目をしてギターを弾きはじめた。
図太い声援と黄色い声援。
拳を高く上げる客席。
会場は異様なほど盛り上がっていた。
客席の後ろで見ている他のバンドのメンバーたちは
「やっぱりスゲェな。アイツらただ者じゃねぇよ」
と自分が出演者だという事さえも忘れてしまったかのように拳を突き出して盛り上がっていた。
ステージに立つ綾子たちと客席とが1つになる、そんな夢のようなライブだった。
ラストの新曲を終えて、4人で手を繋ぎ客席に頭を下げると
「アンコール」
「アンコール」
と客席から声が上がったが綾子たちは舞台袖に向かった。
「おい!アンコール行ってこいよ!」
と他のバンドのメンバーたちが綾子たちの背中を押した。
「でも、もう時間も無いし…」
と隼人が言うと、いつも無愛想なライブハウスの店長がやったきて
「今日は特別だ。行ってこい!」
と言った。
綾子たちは店長に礼を言うと
「じゃ、今日出た奴みんなで行こうぜ」
と健太が他のバンドのメンバーにも声をかけて、出演者全員でステージに出た。
マイクの前に立った渉は話をはじめた。
「えー、アンコールありがとうございます。今日出演者した全員が高3でこれから受験や就職と忙しいなるので暫くは集まる事が出来なくなります」
「おい!真面目に語ってるんじゃねぇよ」
と他のバンドのメンバーが野次を飛ばすと、みんなが笑った。
「まぁ、そんな訳で次回のライブは卒業ライブって事で店長さんよろしくお願いします」
と渉は言ったあと、
「アンコールって考えて無かったんでどうする?」
と綾子たちに聞いた。
「お前たちが初めてのライブでやったボレロの曲やれよ」
と野次を飛ばした男が言うと
「じゃあ、revolutionでいいかな?覚えてる?」
と渉は綾子たちに聞いた。
「大丈夫」
と綾子たちは頷いて演奏の準備を始めた。
「じゃあ、今夜最後の曲全員で歌いまーす!」
と渉が言うと綾子たち演奏を始めた。
ステージにいる20人以上と観客が一緒になって唄って暴れるrevolutionは一生忘れる事の出来ない最高に楽しい1曲だった。
ライブが終わり、出演者みんなで打ち上げにカラオケに行こうと言う話になって、カラオケ店まで集団で移動していた。
ギターやベースを背負った派手な集団にまわりの通行人は少し引いたような目で見ていたが、綾子たちはそんなことはお構い無しに大騒ぎしながら歩いていた。
カラオケ店についた集団は、いろんなメニューを頼んで唄ってと楽しく過ごしていたが、綾子はスマホが鳴ると慌てて部屋の外へ出て行った。
「なぁ、あれって彼氏からの電話か?」
と和樹と言う名前の男が言うと
「いや、アイツ彼氏いないと思うよ」
と渉が言った。
「マジ?俺なんてどうだろう?」
と和樹が言うと
「いやいや、お前みたいな女好きに綾子は勿体無いわ」
と健太が言った。
「そうか?でもさ、俺たち渉と綾子がデキてるって結構長い間思ってたよな」
と和樹が言うと
「いやいや、それ無いから。綾子は俺の事なんて男友達としか見てないし」
と渉は寂しく笑って
「ジュース取ってくるわ」
と部屋を出て行った。