前日の夜
篠田を無理やり説得した和は綾子と一緒にホテルに戻った。
「綾子、先にシャワー浴びる?」
と和が加湿器を出してスイッチを入れながら言うと
「うん。でも、私髪を濡らせないからシャワーキャップしなきゃいけないから…」
と言って綾子はカバンをごそごそと漁りながら
「なっちゃん、先に行ってきていいよ」
と言った。
「ふーん…。ねぇ、一緒に入る?」
と和が聞くと
「え?」
と綾子は驚いた顔をしたあと
「ごめんね。どうしても髪を崩したくないし、シャワーキャップした姿おばちゃんぽくて見られたくないし遠慮しておくね」
と言った。
「そっか…じゃ、俺先にシャワー浴びてくるよ」
と和が残念そうに言うと綾子は
「明日も遅くなるから家に帰るの大変だと思ってホテルを予約してあるの。だから、明日は一緒に入って背中流してあげるね」
と言った。
「マジ?良いの?」
と和が嬉しそうに言うと
「うん」
と綾子は頷いた。
ツインの部屋にはシングルベッドが二つあったが
「ねぇ、一緒に寝ようよ」
と和はベッドに入りながら綾子に言った。
「えー、でも狭いし熟睡出来ないよ」
と綾子が言うと
「大丈夫だって」
と和は言った。
「でも…」
と綾子が言うと和はふて腐れた顔をして
「あ…そ。わかったよ。寝るから電気消して」
と言って綾子に背を向けて目を閉じた。
綾子はため息をついて電気を消してベッドに入ると
「おやすみなさい」
と言ったが和の返事は無かった。
最近、時間が合わなくて一緒の時間も少なかったしライブ前で和がナーバスになってて綾子に甘えたがっているのも分かっていた綾子は、少しでも睡眠時間を取らせた方がいいのか?それとも少しでも甘えさせてあげた方がいいのか迷っていた。
「なっちゃん…寝た?」
と綾子が聞くと
「寝たよ」
と和は素っ気なく返事をした。
「なっちゃんが寝るまで膝枕しようか?」
と綾子が言うと
「…うん」
と和は小さな声で言った。
綾子が和のベッドに入り膝枕をしてると
「Speranzaはloverをやるんだ」
と和が言った。
「そうなの。インディーズの曲だしお客さんがわかりやすいもっと最近の曲をしようよって言ったんだけど渉がどうしてもやりたいって言うからさ」
と綾子が言うと
「そうなんだ。あの曲は俺が初めて綾子のために作った曲はだからさ、綾子が選んだのかと思った」
と和が笑うと
「ボレロが選んだ曲はなっちゃんが選んだの?」
と綾子が聞くと
「あれは…、何をやるって話になったときに全員がAngle's featherが良いって言ってすぐに決まったんだよ」
と和は言ったあと
「でもさ、歌ってみると結構難しいんだよな。よく渉歌えてるよ」
と言った。
「でも、相川さんが渉よりなっちゃんの方が上手いってほめてて、あの曲をボレロに譲ればいいって言ってたよ」
と綾子が笑うと
「マジ?じゃあ、loverと交換するか?」
と和も笑った。
綾子は和の髪を撫でながら
「渉も言ってたけど、私たちがボレロと同じステージに立つなんて信じられくて夢みたいだよ」
と言った。
「俺はさ、今回のイベントでボレロとSperanzaが一緒に演奏したら良いんじゃないかって提案したんだけど、お互いに時間にスケジュール合わせるのが難しくて練習出来ないから無理だって言われて、結局アンコールの最後にSperanzaにステージに出てもらって挨拶して終わるみたいな感じになったんだよね」
と和が言うと
「一緒に演奏するとか、メンバーを入れ換えてセッションするとか面白そうだよね」
と綾子も言った。
「だろ?今度はいつになるか分かんないけど、また一緒にイベントやるときとかにはそうゆうのやりたいよな…」
と和は言いながらあくびをして
「今日、Speranzaのリハーサル見てたけどすごい真面目にやってるんだなって思ったよ。…いや、真面目にやるのが普通だけど、スゴい妥協しないって言うの?メンバーもそうだしスタッフも言いたい事はバンバン言ってるし急遽演出が変更になる場面とかもあったじゃん。それでも、誰も文句言わないって言うかさ。もっともっと良いものを作ろうって姿勢が見えてスゴいと思ったよ」
と言った。
「ボレロは打ち合わせの段階でしっかりと構成が作れるから前日になって慌てる事が少ないんじゃない?私たちはそれが出来ないからリハーサルも長引くし時間を無駄にしちゃってるんだってボレロのリハーサルを見てて思ったよ」
と綾子が言うと
「そうかな?俺からしたら、Speranzaもスタッフも職人気質みたいのが強いんだなって思ったけどね」
と和は言ったあと和は綾子の腰に腕を回し抱きついて
「俺さ、奏に明日のチケット渡そうとしたんだけど、断られたんだよね」
と言ったあと
「どうせ、嫌な気分になって帰って来るだけだから行きたくないって言われた」
と寂しそうに言った。
「中学までの友達がみんな私立の高校に進学したのに、あの子だけ都立に行きたいって言ったじゃない?奏、自分の事を知ってる人が誰もいない高校に行きたいって言ったのよ。きっと小さい時から私たちの子どもだって言われてきたのが嫌だったのよね。…私もユキの妹って言われたくなくて、お兄ちゃんのこと隠してたから気持ちは分かるわ」
と綾子は言ったあと
「奏は小さい時から私たちの子どもって言われて写真撮られたり騒がれたりしてきたじゃない?きっと、ナゴミや綾子の子どもじゃなくて、若狭奏って普通の一人の人間として世間に見て欲しいんじゃない?だから、ライブに来て関係者席に座って昔みたいに他のファンの人たちにナゴミと綾子の子どもが来てるって騒がれるのが嫌なのよ」
と言った。
「そっか…」
と和は呟いたあと
「奏はさ、自分の親が他の家みたいに会社員だったら良かったって思ってるのかな?」
と綾子に聞いた。
「そうね。私たちが違う仕事をしていたら、奏が嫌な思いをすることも無かったし、もっと一緒にいてあげれる時間もあっただろうし…兄弟を作ってあげる事も出来たかもしれないよね」
と綾子は言ったあと
「奏には申し訳ないけど、私は仕事が好きだし天職だと思ってる。奏のためにって仕事を辞めてたら奏を産んだ事を後悔しながら生活してたかもしれないし、音楽をやってるなっちゃんの事を羨ましく思いながら生きていたかもしれない。きっとボレロやSperanzaの事を妬ましく思ってあの時奏を産まなければ良かったって奏のせいで音楽を辞めさせられたって奏の事を恨んでいたかもしれない。…私は、どっちにしても奏の良い母親にはなれなかったんだなって最近思うんだよね」
と言った。
「俺は、綾子は一生懸命やってると思うよ。時間が無くて会える時間が少なくても一緒にご飯食べようとしたりとかコミュニケーション取ろうと頑張ってるだろ?今は奏にはわからないかもしれないけど、もう少し大人になったら綾子がどんなに奏の事を考えてるか理解してくれると思うよ」
と和は言ったあと
「ライブ前なのに余計なこと考えさせるような事を言ってごめんな…」
と言って綾子に優しくキスをした。
「明日も長い1日になるし、もう寝よう」
と言うと和は枕に頭を乗せて目を閉じた。
その頃、奏は綾子の母親の家の部屋で琳が置いていったSperanzaが表紙になってる音楽雑誌を眺めていた。
ブレイズに金髪を編み込んでひとつにまとめてる髪型もグレーのカラコンもメイクも着ている服も…この写真を見る限り、綾子の性別も年齢も何もわからない。
前に綾子はSperanzaが紅一点バンドと思われたくないし性別ではなくて実力と才能で一人の人間として評価されたいから昔から中性的なイメージを守ってると渉から聞いた事がある。
確かに…格好いいと憧れる人はいても可愛いと言う人はいないだろ?
それに、綾子が中性的なイメージを持ってるために男女関わらずファンになる人が多いのだろうと言うのもわかる。
それに…。
奏は雑誌のページをめくりボレロの記事を見た。
ナゴミも年齢不詳の容姿をしてるし自信に満ち溢れてるのが写真を通しても感じる事が出来る。色気もあり綾子と同じようにグレーのカラコンが入った瞳は人を惹き付けて離さない独特の魅力的な瞳に見える。
この二人が夫婦だと言うことを悪く言う人がいないのは、二人がそれぞれに人を惹き付ける魅力に溢れていて、夫婦とかそんな事は誰も気にしてないのかもしれない。
…なのに、どうして二人の間に産まれた子どものことには興味を持つのだろう?
「明日、琳たちにバレたら何て言おう…」
と奏は呟いた。




