奏と音楽
相変わらず、奏は自分の家には帰らない日々が続いた。
自分の心の中で引っ掛かり続けていた自分のせいで両親が結婚したのでは無いかと言うと疑問のこたえは間違っていたのだと知ったし、綾子も和も自分の事は大切にしてくれているのも分かった。
両親の仕事が、自分たちのエゴだけでどうにかなるものではなくて、たくさんの人の人生も背負っていることも分かった。
でも、もう何ヵ月も家に帰ってないのにどんな顔をして家に帰れば良いのかと考えると奏は帰ることが出来なかった。
最近は、ボレロとSperanzaの所属する事務所の30周年記念のボレロとSperanzaの対バンイベントのために、和も綾子も夜遅くまでリハーサルをしていて帰りが遅いのでどちらにしても家に帰っても誰もいないから帰らないと言う言い訳が出来るのも奏にとっては好都合だった。
「おまえ、関係者席に座るの嫌なんだろ?だったら一般席を確保してやるから久しぶりにおまえも見に来いよ」
と誠に誘われた時、何年かぶりに両親のライブを見てみたいと言う気持ちが沸いたのと、琳たちがチケットと取れなかったことを悔やんでいたのもあり
「ありがとうございます。出来れば友人と一緒に行きたいんですけど…」
と奏は言った。
「そうか。じゃあ、何席確保する?」
と誠がとても嬉しそうに言うと
「出来れば4席…。あと、出来れば両親には行くことを内緒に欲しいんですけど」
と奏は恥ずかしそうに言った。
奏は琳に誘われたバンドの練習をたまに見に行くようになった。
正直、どの楽器も自分がやった方が上手い。
でも、下手くそなくせに楽しそうに演奏してる琳たちを見てると幼い頃、両親の真似をして喜んでいた自分のように思えて懐かしくなった。
「やっぱりさ、ボーカル欲しいよな…。なぁ、奏さ。試しに歌ってくれない?ボレロの曲知ってるだろ?」
とドラムのさっちゃんが言った。
「え?でも、俺下手だし…」
と奏が言うと
「下手でも良いんだよ。歌は心だよ」
と琳はマイクを奏に渡した。
「え?いや、ちょっと…」
と奏が慌ててるうちに琳たちは曲を演奏し始めた。
まぁ、一回だけならいいか…別に誰に聞かせる訳でも無いし…と奏が歌い出すと、琳たちは一斉に驚いた。
奏の歌声はとても音量があり音域も広くキレイで音程もしっかりしていて…まるでこの曲が奏のためにあるのでは無いかと思うほどの歌唱力だった。
奏はずっと自分の両親の曲なんて死んでも歌いたくないと思っていたにも関わらずスゴく楽しい気持ちで歌を歌った。
曲が終わると
「おまえ、スゴいな!いい声してるとは思ってたけどめちゃめちゃ歌上手いじゃん!」
と琳が言った。
「本当だよ。まるでこの曲が奏のためにある曲みたいだったよ。もしかしたら、ナゴミより上手いかも…」
とさっちゃんが言うと
「おまえ、今バンド組んで無いって本当?絶対にもったいないよ。こんなに上手いのに」
と勇次郎も言った。
「俺、人と比べられたり目立つの嫌いだから。それに一人で楽しむのが好きだし…。それにおまえたちを見てる方が楽しい」
と奏が言うと
「一人で楽しむってもったいないじゃん。ライブやったらスゲェ楽しいぞ。なぁ、一緒にやろうぜ」
と琳は言った。
「でも…」
と奏が言うと
「一人で楽しむって言ってたけど、おまえさ、もしかして何か楽器も出来るの?」
と勇次郎は言った。
「あ…りょ…両親が音楽好きだったから、俺もギターやった事があって…」
と奏が言うと
「もしかして、曲とかも作れちゃうの?」
とさっちゃんが聞いた。
「…うん。まぁ…。でも、人に聞かせれるような曲じゃないよ。本当に暇潰しで一人で作ってるだけで…」
と奏が言うと
「おまえ、完璧じゃん!絶対に一緒にやっ方が良いって。…って言うか一緒にやりたい。おまえの作った曲を聴いてみたいし演奏もしてみたい。ついでにギターも弾けるならおまえはボーカル兼ギターでさ。ツインギターのバンドにしようぜ。めちゃめちゃ格好いいバンドになるよ」
と勇次郎は興奮気味に言った。
「でもさ、俺は本当に目立つの嫌いだから…」
と奏が言うと
「何で目立つの嫌いなの?…って言うか、俺たち楽しいからやってて目立つためにはやってないよ。それならいいだろ?」
と勇次郎は言った。
「そうだよな…。音楽って楽しいからやるんだよな…」
と奏が呟くと
「そうだよ。音楽って楽しいからやるんだよ。それに一人でやるより仲間とやるのって何倍も楽しいぞ。おまえはイケメンだし確かに目立つけどそんなこと考えないで、まずさ俺たちと一緒にやってみてバンドの楽しさを知って、それでもやっぱりライブとかするの嫌だなって思ったらその時断ってくれて全然OKだよ。俺たちも次のボーカル見つかるまでの繋ぎでって思うようにするからお試しで。とりあえず、明日おまえが作った曲聴かせてよ」
と笑った。
次の日、奏は自分が最近作った曲を音楽好きプレーヤーに入れて高校に持って行くと、校門の前にさっちゃんと勇次郎が立っていた。
「おはよう」
と奏が声をかけると、二人は嬉しそうに
「なぁ、おまえの作った曲持ってきた?」
と目を輝かせて言った。
「うん。持って来たけど、本当に聴かせれるような曲じゃないよ」
と奏が言うと
「でもさ、高1のおまえが曲作るってだけでもスゴいじゃん。なぁ、早く聴かせろよ」
とさっちゃんが言うと、奏はカバンから音楽プレーヤーを取り出して
「はい」
と言ってさっちゃんと勇次郎に片方ずつイヤホンを渡して自分の作った曲を探していた。
「何々?タイトルは…無題1?」
と勇次郎が言うと
「歌詞が無い曲はタイトルもつけて無いから、無題なんだよ」
と言って奏が音楽を流すと、さっちゃんと勇次郎は目を丸くして奏の顔を見た。
奏がやっぱり自分が作った曲なんて可笑しいんだ…と思って
「やっぱり、聴かなくていいよ」
と勇次郎のイヤホンを取ろうとすると
「バカ!やめろよ」
と勇次郎は奏の手を払いのけて
「これって本当におまえの作った曲なの?」
と奏に聞いた。
「え?ごめん、やっぱり人に聴かせるような曲じゃないよな」
と奏がすまなそうにしてると
「何言ってるんだよ!めちゃめちゃ良いじゃん。って言うかさ、素人が作った曲だなんて信じられないよ」
と勇次郎は言い
「本当。このギターもおまえが弾いてるんだろ?歌も上手いしギターも上手いし作った曲もプロが作った曲みたいって、おまえさ絶対にプロのミュージシャンになった方がいいよ」
とさっちゃんは言った。
「プロって…そんな訳無いじゃん」
と奏が信じられないと言う顔をして笑うと
「本当スゴいって。おまえの曲、神レベルだよ」
と勇次郎は言った。
さっちゃんと勇次郎は奏の作った曲を全部聴いてみたいからと言って、奏から音楽プレーヤーを借りると休み時間の度に奏が作った曲を聴いていた。
昼休み、奏の教室に来たさっちゃんたちは、琳にも曲を聴かせたが琳は奏が作ったとは信じられないと言って驚いた。
奏は自分の曲がスゴいと言われるのが信じられなかったが、それ以上に自分の作った曲を評価してくれる人がいることが嬉しいと初めて知った。
「もしかして、まだ曲ってあるの?」
と琳が聞くと
「まぁパソコンの中にはまだまだあるけど…。でも中学の時に作った曲とか本当にひどいよ」
と奏は言った。
「ひどいとか言っても俺たちとレベル違うんだろうな。…そうだ、今日さおまえの家に行ってもいい?」
と琳が言うと
「え?家?何で?」
と奏は言った。
「おまえの作った曲をもっと聴いてみたいんだけどさ。やっぱり、じいちゃん家だし俺たち行くと迷惑かな?」
と琳が言うと
奏は今日は綾子は大阪で仕事があり泊まってくることと和と由岐は雑誌の撮影で遅くなることを思いだし、じいちゃん家なら怪しまれないかな?と思い
「いや、友達呼んだことが無いから分かんないけど…。多分大丈夫だとは思うけど」
と言った。
「マジ?じゃあ、俺も行きたい」
と勇次郎が言うと
「俺も行く!」
とさっちゃんも言った。
放課後、奏たちは電車に乗り綾子の両親の家に向かった。
行く途中コンビニに寄るとSperanzaが表紙になってる音楽雑誌を琳は手に取った。
「おぉ、Speranzaが表紙とか珍しいよな」
と琳はページをパラパラとめりながら
「俺さ、綾子に憧れてるんだよね」
と琳は言った。
「えっ?だっておばさんだろ?それに何か男だか女だか一瞬分かんないじゃん」
と奏が言うと
「そりゃ、うちの母さんの方が年近いけどさ。全然年取らないし、男だか女だか分かんないのが綾子の魅力だよ。それにギターも多分日本で一番上手いんじゃない?」
と琳は言った。
「そうか?」
と奏が言うと
「そうだよ。で、旦那があのナゴミだなんて本当にスゴいよ。あぁ、ジェネシスの30周年ライブ行きたかったなぁ。何で3人して抽選にハズレるんだよ」
と残念そうに言うと琳は雑誌を持ってレジに行った。
「そんなに行きたいかな?」
と奏が言うと
「そりゃさ。ボレロもSperanzaもアルバム聴くよりライブの方がスゴい良いってよく言うじゃん。俺、ライブのアルバム持ってるけど本当にスゴいよ。さすが、どっちも発売開始1分でチケット売り切れるだけの事あるよ」
と勇次郎が言うと
「え?1分で売り切れるの?」
と奏は驚いた。
「そうだよ。ファンクラブ入っててもチケットは抽選になるしさ。それでもジェネシス30周年ライブはSperanzaとボレロが対バンするなんて多分一生に一度の事だからどうしても行きたくて、ファンクラブの先行発売と一般発売どっちも頑張ったけど無理だったよ」
と勇次郎が言うと
「へぇ…」
と奏は言いながら、先日由紀が言っていたSperanzaもボレロも巨大な船になってると言う話を思い出し
「巨大な船か…」
と呟いた。




