ずっとずっと
由岐たちが帰ったあと、病室には看護師が消灯前の見回りに来た。
「もし、お泊まりになるなら簡易ベッド準備しますけど…」
と看護師が言うと
「いえ、大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
と和は笑顔で言った。
その笑顔を見て看護師は顔を真っ赤にして
「実は私、ナゴミさんの大ファンでして…。その…お二人の関係にもスゴく憧れて…。雑誌とかテレビとかでもツーショットって見たことがなくて…こうやってお二人が一緒にいるのを見ると、やっぱりスゴいって言うか…嬉しくて…、二人が付けてるネックレスってAngle's featherのモチーフになったネックレスなんですよね?スゴいですね。…って、すみません。私、舞い上がって…」
と言ったあと
「でも大丈夫です。キチンと守秘義務は守りますから!」
と言った。
「そうして頂けると僕たちも嬉しいです」
と和が言うと
「絶対に守りますから。早坂さんも安心て下さいね」
と看護師は言った。
「大丈夫ですよ。私も看護師さん信じてますから」
と言って和に
「看護師さんには本当にいろいろお世話になったの。消灯時間過ぎてから見舞いに来てくれる人がいても大目に見てくれたり、ご飯運んでくれたり、赤ちゃんの心音聴かせてくれたり」
と言った。
「そうなんだ。綾子が大変お世話になりありがとうございました」
と和が微笑みながら頭を下げると
「いえいえ、それは私の仕事ですから」
と益々顔を真っ赤にして病室の電気を消して病室を出て行った。
「看護師さんが言ってたけど、赤ちゃんの心音て聴こえるの?」
と和が聞くと
「うん。何か機械つけると聴く事が出来るんだけど、ドクッドクッってスゴい力強い音がするんだよ」
と綾子は嬉しそうに言った。
「そうなんだ。スゴいな」
と和が言うと
「超音波の写真見る?」
と綾子は聞いた。
「超音波写真?」
と和が聞き返すと
「うん。今日の回診の時に超音波検査してその写真もらったんだ」
と綾子は言って机の中から母子手帳を取り出して、挟んである写真を和に渡した。
「身長は7.5センチぐらいで体重は50グラムだって」
と綾子が言うと
「そんな小さいのに手も足もあって…」
と和が感心した。
「検査してるときには元気に動いてる姿も見れるんだよ」
と綾子が言うと
「もう動くの?スゴいな…」
と和は嬉しそうに言ったあと
「ねぇ、性別っていつ頃分かるのかな?」
と綾子に聞いた。
「運が良ければそろそろ分かると思うけど…」
と綾子が言うと
「そっか。どっちかな?女の子もいいけど、女の子だと彼氏とか出来たら嫌だし、綾子よりも可愛がりそうだから綾子が焼きもち妬くだろうし…やっぱり男かな」
と和は笑った。
「俺さ、こどもの日頃に一人で家にいるのは寂しかったけど、仕事してる両親のこと嫌いでは無かったんだよ。小さい時に研究室に連れて行ってもらった事があったんだけど、その時に見た白衣を着た親父とお袋の姿がスゴく格好よく見えて憧れてたんだよね…」
と和は言ったあと
「きっと、生まれてくる子どもも俺と同じように、俺たちの仕事をしてる姿を見て憧れてを持ってくれると思うし誇りに思ってくれると思う。だから、綾子は子どもを産んでも仕事は続ければいい。そりゃ、綾子の両親やまわりには迷惑かける事がたくさんあると思うけど俺も協力出来る範囲でするし…。Speranzaも作曲家としてもやりたい事を我慢しないでやりたいようにやりなよ」
と言った。
「ありがとう」
と綾子が言うと
「綾子を家庭に縛ったらまわりから何を言われるかわからないしね。相川さんなんてお前が主夫になれって言いそうだし」
と和は笑ってから
「だから、どちらか片方だけ頑張るんじゃなくて、子育ても仕事も綾子なりの両立をすればいいよ」
と言った。
綾子は和の優しい言葉に泣きそうになりながら
「久しぶりに会ったらなっちゃん変わったね」
と言うと
「そりゃあ…いろいろあったからね」
と和は言った。
「ごめんね。私のせいで」
と綾子が言うと
「さっきも言ったけど、綾子のせいだとは思ってないから謝らなくていいんだよ」
と和は言った。
「…でも別れるとか寄りを戻したいとか本当に私のワガママに振り回して」
と綾子が言うと
「俺だっていつもはワガママ言って振り回してきてるんだからお互い様だろ」
と和は笑った。
綾子がベッドに横になると、綾子に優しく布団をかけて和は頭の上の電気を消した。
「おやすみ」
と和が言うと
「なっちゃん、帰るの?」
と綾子は聞いた。
「ん?…綾子が寝るまでいるよ。どうして?」
と和が聞くと
「朝起きてなっちゃんがいなかったら、全部夢だったのかもしれないから…」
と綾子は言った。
和はベッドに頭を伏せて
「綾子、めちゃくちゃ可愛いだけど」
と言ったあと
「…ねぇ、おやすみのキスしたい?」
と綾子に聞いた。
「え?」
と綾子が恥ずかしそうにして驚くと
「したい?したくない?」
と和は言った。
「…」
キスしようとかキスしてとかは言われた事があったけど、改めてキスしたい?って疑問文で聞かれた事が無かった綾子は恥ずかしくて返事が出来なかった。
綾子が返事を躊躇っていると、和はベッドから頭を上げて
「あ…そ。分かったよ。ごめんな、変な事を聞いて」
と言った。
「なっちゃん…」
と綾子が和に謝ろうとすると和は
「でも、俺はしたい」
と言って綾子にキスをした。
和は綾子の唇に何度も何度も唇を重ねてから、顎から首筋…鎖骨へと唇を移動してから、綾子の顔を見上げて
「綾子のこと…今、スゴい抱きたい」
と言ってから、急いで頭を上げて
「でも、病院だし我慢だな」
と自分に言い聞かせるように言ったあと
「ここに泊まるから、安心して寝な」
と微笑んだ。
「なっちゃん、一緒にベッドで寝る?」
と聞く綾子に
「いやいや、このベッドは無理でしょ?」
と和が笑うと
「大丈夫だよ。ほら」
と綾子は言った。
「大丈夫じゃないよ。俺の理性がどこまで持つかわからないし…」
と言ったあと
「じゃあ、頭だけ乗せさせてもらうよ」
と和はベッドに頭を乗せると顔を綾子の方に向けると目を閉じて
「綾子に膝枕してもらいたいな」
と言った。
「いいよ。する?」
と綾子が言うと
「んー。でも、もう眠いし退院したらいっぱいしてもらうから今日はいいや。おやすみ」
と和は言った。
綾子が宝物を触るかのように和の髪を優しく撫でていると、和は寝息をたてた。
和の寝顔を見ながら綾子は涙が出てきた。
結局、一人では何も出来ない自分は、この1ヶ月いろんな人に迷惑かけて仕事にも穴をあけた。
その上、こんなにも痩せてしまうほど和を傷つけて…苦しめて…。
「ごめんなさい…」
綾子は小さな声で呟いた。
痩せてしまった頬に貼られた絆創膏をそっと触りながら、自分のしてきた事が間違いだったと綾子は痛感していた。
なぜあの時、和を…和たちを信じなかったのだろう?
自分の存在がボレロの将来に影響するなんて、そんなの自惚れだった。
あんな言葉を鵜呑みにして、たくさんの人に迷惑をかけて、苦しめて傷つけて…。
結局、自分は何をしたかったのだろう?と綾子は思った。
寝ぼけて目を覚ました和が綾子に声をかけた。
「綾子、泣いてるの?」
と和が聞くと、綾子は首を横にふった。
「そっか…綾子は本当に意地っ張りだな」
と言うと和は綾子の涙を拭った。
「綾子、俺たちいろんな人を傷つけたし迷惑かけてきたよね?」
と和は言うと
「だからさ、これからは人の何倍も幸せにならなきゃいけないと思うんだ。そうやって幸せな姿を見せる事が恩返しだと思うから一緒に幸せな家庭作ろうな」
と言った。
綾子が頷くと
「でもね、きっとこの1ヶ月が無ければ、誰にも迷惑かけなかったとは思うけど、俺たち二人には必要な時間だったのかもしれないね」
と和は言った。
「俺には綾子の存在の大きさを再確認した1ヶ月だったからよ。に綾子がいないと生きていけないなんていつも軽く言ってたけど、本当にいないと生きていけないって実感したよ」
と和が言うと
「私も…」
と綾子は言った。
和は綾子の頬にキスをして
「これからはずっと…何があってもずっとずっと一緒に生きていこうな」
と言った。
次の日、昨夜の看護師がカーテンを開けて
「早坂さん、おはようございます。体温計って下さいね」
と綾子に言った。
綾子が目を覚ますと、側にある椅子に腰かけて和はまだ眠っていた。
「ナゴミさん、あのまま泊まったんですね。本当に仲が良くて羨ましいです」
と看護師は言ったあと
「それから指輪も…私もそんな素敵な指輪をくれる人と早く出会いたいです」
と綾子に言った。
「指輪?」
と綾子が両手を目の前に差し出すと、左薬指に和の用意していたあの婚約指輪が光っていた。




