キスの代償
「ねぇ?何でキスしたの?」
と再び和は綾子に聞いた。
「…」
綾子は何て言っていいのかわからず、ダカダカと肩を震わせていた。
病室の外で渉と隼人が嘘だろ?と言う顔で誠を見ると、誠は慌てた顔をして病室のドアに手をかけたが
「誠、待て」
と由岐に腕をおさえられた。
「だってあれは俺が勝手にしたことで、綾子が責められる事は何もないんですよ」
と誠が言うと
「いいから待て。ここでおまえが行くと話が余計に拗れる。綾子の立場が悪くなるって事に気付け」
と由岐は言った。
「…」
少しの間誠は考えてから、ドアから手を離した。
「誠、和は今おまえが思ってる何倍も頭がいい。あいつは何か考えがあってあんな事を言ってるんだ。とりあえず見てろ」
と由岐が言うと
「分かりました。でも、これ以上我慢出来ないと思ったら行きますからね」
と誠は言った。
「俺、綾子と誠が話してるのをドアの向こうで聞いてたんだよ。家族になろうって言われたんだろ?で、キスしたんだろ?」
と和が言うと綾子は観念したように
「…ごめんなさい」
と頭を下げた。
和はため息をついてから
「きっと、誠が無理やりとかさ…綾子も弱ってたし流されてしちゃったんだとは思うよ」
と和は言った。
「ごめんなさい…」
ともう一度謝る綾子に
「別に謝る必要ないよね?だって俺たち別れたんだしさ。ただ、俺が勝手に綾子の事を諦められないで勝手に嫉妬してるだけのことだしさ」
と綾子に言ったあと
「それに俺は、綾子と付き合う前にはセフレもいたしね。…でも、俺に綾子が他の人のところに行かないでって付き合い始めた時に言われて、綾子がずっと嫌な思いをしてたんだとか悲しい思いをしてたけど、彼女じゃないから…止めれる立場じゃないから何も言わないで我慢してたんだって分かってさ。それからは、他の女を抱いたこともキスしたことも無いし、キスしなきゃいけない仕事なら断ってもきた」
と言った。
和はもう一度ため息をついたあと、うつむいて頭をかくと
「それから…あの日。俺と綾子が別れた日。綾子が自分と別れたら昔みたいに女遊びするのかな?って言ったのがずっと心に残ってて、別れても俺は生涯綾子以外の女とは寝ないしキスもしないって自分に誓ってるんだよ」
と言った。
「…」
綾子が黙ってると
「だから、本当に自分勝手なんだけど綾子も俺以外の男とはそうゆうことしないって思い込んでてさ。…ごめん…もうこの話はやめようか?捨てた男に今さらぐちゃぐちゃ言われても気分良くないよね?」
と和は言った。
「捨てたなんて…私はそんな風に思ったことない。ずっと、なっちゃんの事だけ…」
と綾子が言うと
「俺の事だけ?…何?」
と和は聞いた。
「それは…」
と綾子が言葉に困ってると
「そうだよね。何も言えないよね?って俺が言えなくしてるのか?…俺が綾子と誠の事をたった一度の間違いだって自分に言い聞かせて、綾子に何も知らないふりして何も言わないで綾子にもう一度やり直そうって言えばいいの?本当は簡単には納得出来ないし許せないのに、その気持ちを隠して綾子とやり直したらいいのか?」
と和は自分に言い聞かせるように言った。
「違うよ。…私は優しい言葉に流されて誠とキスしたわけじゃないし自分の意思とは関係なくキスされたけど…でもキスされてもおかしくない状況を作ったのは事実だし…私が悪いんだよ」
と綾子は言ったあと和の腕を掴んで
「勝手な事ばかり言ってるって分かってるんだけど…私、やっぱりなっちゃんと別れたくない。格好つけて一人で育てるなんて言ったけど無理。なっちゃんがいないと何も出来ないの。なっちゃん…ごめんなさい。許して」
と震えながら言った。
和は綾子の肩に頭を乗せて
「綾子はさ…ズルいよね」
と言った。
「昔から俺が綾子のお願いを断ることが出来なくて絶対に聞いてしまう事を知ってて、また言ってるんだろ?あの日だって綾子にお願いされたら別れる事を俺が断れないのを分かってて言っただろ?今回だって、これからだってそうやって俺を振り回していくんだろ?」
と和が言うと
「ごめんなさい…。でもこれで最後だから…許して」
と綾子は泣きながら言った。
「…綾子、どうしても俺とやり直したい?」
と和が綾子に聞くと綾子は頷いた。
「でもね。俺も今回だけは簡単には綾子のお願いを聞いてあげるわけにはいかないんだよ」
と和は言ったあと
「…綾子は2つの事で俺を傷付けたよね?俺を想って書いた作曲を一番初めに誠に聴かせたことと、誠とキスしたこと」
と言った。
綾子が頷くと
「だったらその代償に、俺の2つの願いをきいてくれたら綾子を許すよ」
と和は言って綾子の肩から頭をあげた。
和が綾子を見て
「俺の願いをきけると思う?」
と聞くと綾子は
「きけるよ」
と言った。
「そう。じゃ、もう綾子に拒否権は無いよ」
と和は言ったあと一息ついて
「1つめは…俺と結婚して二度と別れるなんて事を言わないこと」
と和は言った。
綾子が驚いた顔をしていると
「俺はこれからも綾子だけを愛していくし、頼りないかもしれないけど綾子を守って必ず幸せにする。それにもう二度と悲しい思いもツラい思いもさせない。だから、俺と結婚して俺の側に生涯いなさい」
と和は言ったあと
「2つめは、綾子も生涯俺だけを愛して俺を幸せにすること」
と言った。
綾子が泣き出すと
「俺の願いきけそう?」
と和は綾子に聞いた。
綾子は泣きながら頷くと
「もし、俺のお願いをきけるなら…キスして」
と和は恥ずかしそうに笑った。
綾子は和の首に腕をまわすと和にキスをして、涙でグシャグシャになった顔で和を見て
「なっちゃん、ありがとう」
と言った。
「あー、久しぶりに綾子とキスしたな…」
と和は言うと綾子の唇を優しく触りながら
「この柔らかさも俺だけが知ってるはずだったのになぁ…。誠のやつムカつくなぁ」
と言ってから唇に触れてる指を離して
「あいつさ、俺にキス上手いんですねとか聞いてきたんだよ。綾子がキス上手いのは俺が教えたからだって」
と言った。
「嘘?そんなキスしてないよ。誠、何でそんな嘘言うの」
と綾子が慌てると
「さぁね。…でも綾子の唇見てたら分かるんじゃない?キス上手いのは本当だしね。一晩中してても嫌にならないもんな…」
と言うと和は綾子にキスをした。
お互いの唇を…舌を…愛しそうに絡める深い深いキスをしてると、病室のドアが突撃開いて
「綾子、良かったな…」
と渉が泣きながら入ってきた。
和と綾子が慌てて離れると
「いやいや、今日だけは見なかった事にして許してやるから続けていいぞ」
と由岐が笑った。
「な…何なんだよ!おまえら、帰ったんじゃないのか?」
と和が慌てて言うと
「こんな面白そうな場面、滅多に見れないのに帰るわけないでしょう?って言うか、和さん。俺の事かなり嫌ってますよね?」
と誠は言った。
「当たり前だろ。綾子にキスするわ、俺の事殴るわ。おまえなんか大嫌いだよ」
と和が言うと
「俺は今日、綾子よりも和さんの方が大好きになりましたよ」
と誠は笑った。
「おまえに好かれても嬉しくないよ」
と和が言うと
「お…俺は中学の頃から和さんになら抱かれても良いってぐらい好きですから」
と済は泣きながら言った。
「おまえ、本当にしつこいよな」
と隼人が言うと
「だって、今日の和さんスゲェ格好良くてさ。惚れ直したって言うかさ…言わずにいれないよ」
と渉は言った。
「渉、申し訳ないけど今日の和は格好よくなんて無いよ。ただのズルい男だよ」
と由岐が言うと
「由岐、余計な事を言うなよ」
と和は言った。
「ま、綾子の前だからあんまり言いたく無いけど、こいつはこうなることを初めから計算してたんだよ」
と由岐が言うと
「初めから計算なんてしてないよ。途中からだよ」
と和は言ってから、しまったと言う顔をした。
「途中から計算してたってどうゆうこと?」
と綾子が不思議がると
「いや、何でも無いよ。俺だって計算とか言われても正直わかんないよ…」
と和はとぼけた顔をした。




