誠の恋物語 3
その日を境に誠は女の子との縁を全て切った。
その代わり、今まで以上に音楽に力を入れるようになった。
今までも何曲か作曲したことはあったけど、女遊びをやめてからは暇があるとギターやバイト代をはたいて買ったPCで曲を作っていた。
「おまえ、変わったな」
とバンドのメンバーに言われた時、たまたま通りかかった楽器屋に置いてあったチラシを見て
「なぁ、これ。受けてみようよ」
と誠は言った。
それは清雅やボレロの所属するジェネシスのオーディションチラシ。
合格したら事務所と専属契約してデビューできると言うオーディションだった。
「マジ?無理だって」
と言うメンバーに
「大丈夫だって。記念にさ、気楽な気持ちで受けてみようよ」
と誠は笑ったが、心の中では本気でプロになりたいと思っていた。
綾子の好きな男は、綾子が認めるほどの才能があるらしい。
だったら自分はそれ以上にならなきゃ意味がない。
プロになったら、…その男を越えたら綾子も自分の事を意識してくれるかもしれない。
自分でも女のためにこんなにも必死になるなんて信じられなかったけど、そんな自分は今までの自分よりずっと好きだと誠は思った。
それから、誠は勢力的にライブにも参加したし、曲作りも頑張った。
隼人に誘われたそれなりに実力ある高校生バンドだけを集めた2カ月に一度定期的に行うライブにも参加した。
楽屋で見る綾子は、笑顔が絶えない女の子でまわりにはいろんな人が集まっていた。
いつも隣に渉がいたので、みんなは渉と綾子が付き合ってると勘違いしていたけど、誠だけは綾子が渉と付き合うような女じゃないと分かっていた。
渉じゃ、綾子に相応しくない。
もちろん今の自分も…。
ステージ袖にいる綾子は、楽屋とは違い緊張で震えてる小動物のような女の子だった。
だけど、渉に肩を叩かれていざステージに立ちライトを浴びると圧倒的な存在感とカリスマ性を発揮するカッコいいギタリストだった。
会えば会うほど綾子の魅力に惹かれる…。
10月の末、ジェネシスのオーディションの結果がきた。
…不合格だった。
けど、ボレロを発掘した相川と言う人が誠に声をかけてくれた。
「あのメンバーとは無理だけど、おまえはベースも上手いし曲も良いのを作れる。俺が集めたメンバーとプロにならないか?」
と言われた。
嬉しかった…けど、複雑な気持ちだった。
メンバーに俺だけプロになるなんて言えるだろうか?
隼人に相談しようと思い、会う約束をした。
けど…言えなかった。
きっと隼人だって言わないだけでプロになりたいと思ってるはず。
言えるわけないと誠は思ってくだらない話をしているとき
「そう言えば、おまえが前に聞いてた綾子の知り合いのなっちゃんって人にこの前会ったよ」
と突然隼人は言った。
誠は驚いた表情で
「嘘!で、どんな人だった」
と隼人に聞いたけど、隼人は黙って困った顔をした。
あぁ、そんなにいい男だったのか…。そりゃそうだよな…と誠が思ってると
「あのさ、なっちゃんって人…スゴい怪しい感じの人だったよ。夜なのにボサボサの寝癖髪だし、何かナヨナヨしてて一見不審者っぽい人。で、その人の連れがめちゃくちゃ怖そうな顔した人で、きっとあの人騙されて悪いことやってると思う」
と隼人は言った。
「ナヨナヨ?」
と誠は呟いた。
あれ?想像と全然違う。
あの綾子が好きになる才能溢れる男って、そんなやつのはずがないと誠は思い
「それ、人違いじゃない?」
と隼人に聞いた。
「いやいや、俺らが会う前に渉が一度会ったことあったらしいけど、その人だって言ってた。綾子にベタ惚れしてるみたいで、綾子もその人の事好きなんだろうな」
と隼人は言ったあと
「帰りなんて手を繋いで二人ともニコニコしててさ。あんな嬉しそうな綾子の顔を見たことないもん。まぁ、人の趣味もいろいろだからな」
と言った。
誠は胸が張り裂けそうに痛く感じたが、それを隠して平然を装った。
綾子の話だと才能溢れるモテ男のはずなのに…。
話が合わない誠はモヤモヤした気持ちで毎日過ごした。
2週間後、誠たちはalienなどと定期的に開催してるライブに出た。
楽屋で渉が綾子のしているネックレスを羨ましそうに見てた。
「これ、なっちゃんがデザインしたの。世界中で私となっちゃんしか持ってないお守りなんだって」
と綾子は嬉しそうに笑ってた。
誠はズキズキと胸が痛んだが、顔には出さず他のやつと話をしていた。
ライブの打ち上げで綾子はいつものようにスマホを持って、コソッと部屋を出て行った。
あー、またなっちゃんと電話か…。
と誠は思った。
ライブと打ち上げで興奮が収まらないみんなで朝日を見るために海へ行った。
隼人に押され冷たい海でべちゃべちゃになった誠は、少し離れた砂浜で笑いながらはしゃいでる仲間を見てる綾子に気付いた。
誠は綾子の側に行くと、隣に座り相川にスカウトされた話をした。
隼人にも言えなかった話を、綾子はまるで自分の事のように喜んでくれた。
「綾子ちゃんはプロ目指さないの?」
と誠が聞くと
「私は、今みたいに楽しくやってるのが一番だから」
と綾子は笑った。
謙虚で欲の無い綾子…。
綾子こそ、プロになるべき存在だと思った誠は
「じゃ、いつか俺と一緒に組んでよ」
と言ったあと誠は顔を真っ赤にして
「彼女でもいいよ。俺、こんな見た目だけど惚れた女には一途だからさ。今度誘いに行くよ」
と照れ隠しの笑いをして、海に向かって走った。
走りながら誠は、暗くて顔がはっきり見えなくて良かったと思った。
こんな顔を真っ赤にしてるのを見たら、冗談ぽくしか言えない本当の気持ちを綾子に知られてしまう。
まだ、綾子に好きだなんて言えない。
もっと大きくなって、プロになって誰にも負けない自信をつけてからじゃないと、なっちゃんから綾子は奪えない。
綾子に好きだって言える立場になれないと誠は思った。
それから、数ヶ月は受験勉強をしたりと音楽からは少し離れた生活をしていた。
無事合格した大学は学部は違うけど、綾子と一緒だった。
卒業ライブの前に、相川から連絡が来てスタジオに行った。
誠は思いきって相川をライブに誘ってみた。
自分のライブを見て欲しい気持ちとalienを…綾子を見て相川はきっとスカウトすると思ったから誠は誘った。
相川は快く承諾してくれると
「ところでさ、誠は好きな子いるの?」
と相川は言った。
「え?何でですか?」
と誠が聞くと
「いや、前々から思ってたけどおまえの作る曲が切なく聞こえるから結構ツラい恋愛してるのかな?
と思って」
と相川は言った。
「はい…。まぁ、絶望的な片思いしてます」
と誠がいうと
「そっか…。でもさ、恋はいい曲作るから。ボレロのloverって曲あるだろ?あれってナゴミが片思いしてる大好きな子に書いた曲なんだよ」
と相川は言った。
「そうなんですか?ナゴミさんでも切なくなるような片思いとかしたことあるんですね」
と誠が驚くと
「あいつはあんな風に見えてスゲエ一途だから。俺が知り合う前からずっと今も同じ女に片思いしてんだよ」
と相川は笑った。
あのナゴミがずっと一人の女に片思いしてるなんて誠は信じられなかった。
ナゴミを翻弄する女ってどんな女なんだろうと誠は思った。
卒業ライブが終わると誠は相川にalienのメンバーと食事をするから来ないかと誘われた。
きっとalienをスカウトするんだろうと思いながら食事に行くと、相川はalienの事をボレロ以上と言って化け物だと言った。
隼人と渉は驚いていたけど、なぜか綾子の顔は曇っていた。
「綾子ちゃん…」
と相川が綾子に話してるのを聞いて、誠は相川と綾子には元々接点があった事に気付いた。
そして、綾子は何らかの理由でプロを目指せないのも分かった。
その後、相川に誘われてボレロの武道館ライブに行ったとき、隼人と渉はプロを目指したいと言ったけど、綾子はやっぱり出来ないと言っていた。
アンコールの最後、ナゴミが泣いてるのを見て涙を浮かべた綾子は
「あのステージから見える景色はどんな景色ですか?」
と相川に聞いていた。
きっと綾子もプロを目指したいんだと誠は分かった。
けど、プロになりたいと絶対に言えない理由があることにも気付いた。
ライブ後にボレロの楽屋に行くと相川が言うと、綾子の顔色は突然悪くなった。
理由は相川さんと綾子にしか分からないけど、どうしても行けない事情があるんだと誠は思った。




