支えてくれる人
朝、目が覚めると綾子の側には由岐が椅子に腰かけて眠っていた。
綾子は天井から吊るされてる点滴を見て
「そういえば…」
と昨日の事を思い出していた。
昨日、事務所で和と別れた事がみんなに知られてしまった。
みんなが二人の事を心配していた。
和のところに戻るように説得された。
…違う。
和のところに戻って欲しいと言われたんだ。
和を救って欲しいと言われたんだ。
その時、私は複雑な気持ちだった。
和の事が心配だったけど、ボレロの事をしてることは思うと戻れない。
和を傷付けて今さら戻れない。
でも…もう1つ、自分自身に吐き気がするほどの醜い感情も生まれた。
その感情の天罰はすぐに落ちた。
今まで経験したことがないほどのおなかの痛みが襲ってきた。
「お腹の…痛み…。…赤ちゃん!」
綾子は言ってから慌てて自分のお腹を触った。
綾子は背筋が凍るような恐怖に襲われ震えた。
「綾子、大丈夫か?」
綾子の声に目を覚ました由岐が震える綾子の身体を押さえて言った。
「赤ちゃん…。赤ちゃん…」
綾子は呪文のように何度も呟いた。
「綾子、大丈夫だ。赤ちゃんは元気だ!何も心配ない!」
由岐が言うと
「赤ちゃん…大丈夫なの?」
と綾子は由岐に聞いた。
由岐が頷くと、やっと綾子は落ち着きを取り戻した。
「…」
「…」
沈黙が続くなか、綾子は窓の外を眺めた。
綾子の心のなかとはまるで違い、雲一つ無い真っ青な青空。
「お兄ちゃん…私が妊娠してること知ってるの?」
と綾子は聞いた。
「あぁ。昨日知ったよ」
と由岐が言うと
「お父さんとお母さんは?」
と綾子が聞くと
「知ってるよ」
と由岐は言った。
「事務所は?メンバーは?」
と綾子が聞くと
「知ってる」
と由岐は言った。
「…なっちゃんは?」
と綾子はとても小さな声で聞いた。
「和は…知らない」
と由岐は嘘をついた。
「…そっかぁ。良かった」
と言う綾子の目に涙が浮かんだ。
由岐はなぜ綾子が涙を浮かべてる姿を見て、昨夜の和との話を思い出した。
「きっと俺が妊娠を知ってると分かったら綾子はまた悩むかもしれない。それに俺は子どもが出来たからじゃなくて、綾子と結婚したいからプロポーズする。だから、俺が知ってる事は黙ってて欲しい」
と和が言うと
「分かった。俺もその方がいいと思うし、みんなには口止めしておく」
と由岐は言った。
「綾子、お腹の子なんだけど大丈夫だと言っても流産しそうになったんだ。切迫流産って言うらしいんだけど、今は心も身体も安静にしてなきゃダメらしい」
と由岐が言うと
「そっか…。私が無理するとお腹の子にも無理させてる事になるんだね。…そうだよね。だって私とお腹の子は繋がってるんだもんね」
と綾子は言った。
「…お兄ちゃん黙っててごめんね。お父さんとお母さんにも悪いことしたよね」
と綾子が言うと、由岐は目頭が熱くなってきたがそれを必死に堪えて
「謝るなよ。正直叔父さんとか呼ばれるのはまだ若いし抵抗あるけど家族が増えるのはスゴく嬉しいよ。それに親父とお袋なんて俺たちみたいにチャラチャラした仕事に着いたら困るから、綾子の代わりに自分たちが育てるって張り切ってるよ。あの二人に育てられたから二人してこんな仕事してるのにな」
と笑った。
その後、由岐が仕事に行ったあと、母親が病室に来て
「何も心配する事ないよ。綾子が仕事で忙しい時は私が面倒みるからね」
と言った。
綾子は母親の優しさに嬉しくなった。
その後、病室に主治医の産婦人科医がきて、超音波の検査をした。
前回の検診の時はまだ小さな腕が出来てるだけで、まるでクリオネみたいだったのに、今回は腕も足もはっきりわかり、小さい身体を動かしてる姿も見れた。
「…」
綾子は言葉に出さなかったけど、お腹の子の成長に感動し嬉しくなった。
その後、お腹の子の心音も調べた。
ドクッドクッとしっかりとした音は綾子に母親になることを実感させた。
夕方には仕事の合間を見て渉と隼人が病室に来た。
渉が持ってるフルーツの盛り籠を見て
「それどうしたの?」
と綾子は驚いた。
「だから言ったろ?」
と隼人が言うと
「お見舞いって言ったらフルーツだろ?」
と渉は言った。
「でも、多すぎじゃない?」
と綾子が言うと
「大丈夫。俺たちも食べるから」
と渉は言った。
病室に備え付けてあるキッチンで隼人が林檎とオレンジを剥いたのを3人は食べていた。
「お腹の子はどうなの?」
と隼人が聞くと
「順調だって。…そうだ。これ見て」
と綾子はさっき撮った超音波写真を見せた。
「…何?」
と渉が聞くと
「お腹の子の写真だろ」
と隼人が言った。
「嘘、マジ?」
と渉は言うと写真を見て
「スゲェ。人間の形してる…」
と言った。
「本当スゲェな。綾子、本当にママになったんだな」
と隼人が言うと
「今日赤ちゃんの心臓の音を聞かせてもらったんだけだど、すごい力強くて小さくても一生懸命生きてるんだな。…もう私だけの身体じゃないんだなって思った」
と綾子は言った。
「何か、綾子がスゴく強くなったみたいに見えるよ」
と渉が言うと
「そりゃそうだよ。だってママになるんだもん」
と綾子は笑った。
「綾子は何も心配しなくていいから。綾子の子どもは俺たちの子ども同然だから、俺たちに出来ることは何でもするからさ」
と隼人が言うと
「そうだぞ。俺、姉ちゃんの子のオムツ替えたり風呂入れたりしたことあるから、そうゆうの上手いよ」
と渉は笑った。
「ところで、産まれてくるのは男と女どっちだろ?」
と隼人が言うと
「そりゃ女だろ?綾子の子は女の子だな。絶対女の子がいい」
と渉は言った。
「そうか?俺は男がいいと思うけど。綾子に似た男なら超モテるよ」
と隼人が言うと
「いやいや、可愛い女の子だって。で、将来俺と結婚」
と渉が言うと
「私、渉にお母さんとか言われるの嫌だよ」
と綾子が言った。
「だよな。だったら誠の方がまだましだよな」
と隼人が笑うと
「何で誠の方がましなんだよ。俺、絶対に幸せにするし」
と渉がふてくされた顔をしたので、綾子と隼人はまた笑った。
渉と隼人が帰ったあと、綾子が転た寝をしていると誠が来た。
目を覚ました綾子が
「ごめん。ちょっと寝てた」
と言うと
「いいよ。寝なよ。元気そうな顔見て安心したから帰るよ」
と誠は言った。
「誠、実は話があるんだけど」
と綾子は誠を引き留めた。
「…なに?俺が全部バラしたこと怒ってるの?」
と誠が聞くと
「違う。むしろ逆。誠が言ってくれなかったら、私は今もこれからもみんなに嘘ついてく事になったと思う」
と綾子は言った。
「私、本当は一人で産んで育ててく自信無かったんだ。けど、自分で決めた事だから誰にも言えなくて…って誠は知ってたけどね」
と綾子が笑うと
「俺、エスパーだから何でも分かるんだよ」
と誠が言うので
「そうだね。誠はエスパーだよね。ほら、このスプーン曲げてみて」
と綾子は笑った。
誠が綾子に渡されたスプーンを曲げようとしていると
「今日、お兄ちゃんとお母さんも来たんだ。二人に怒られるかと思ったら喜んでくれて…。渉も隼人もだけど、みんなが私を支えるって言ってくれて嬉しかった」
と綾子は言ったあと
「私ね。ずっとみんなに嘘ついて自分にも嘘ついて本当嘘ばかりだった」
と綾子は言った。
「まあ、嘘しかつけない状況だったんだから仕方ないよ」
と誠が言うと綾子は
「あの夜のことなんだけど…」
と綾子は言った。
「あの夜?」
と誠が聞き返すと
「うん。あの夜、誠が私を守るって家族になろうって言ってくれてスゴく嬉しかった。でも勢いと言うか…同情で」
と言う綾子を遮って
「同情なんかじゃ無いよ」
と誠は言った。
「え?」
と綾子が言うと
「同情や勢いで言える事じゃないよ。それに…」
と誠は言ってから
「俺はずっと綾子が好きだったから家族になろうって言ったしキスもした」
と言った。




