ナナたちのミーティング2
「君たちさえ良かったら、内々定を出したいと俺たちは考えているんだけど」
と相川が渡辺を見ると、渡辺は首を縦にふった。
「本当ですか!」
とナナと石川が顔を合わせて喜んでいると
「ただし」
と相川は言った。
「ただし、ジェネラインで内々定出すのは石川。君だけだ」
と相川が言うと
「俺だけ…ですか?」
と石川は気まずそうな顔でナナを見た。
するとナナは
「大丈夫だよ、ほらジェネシスに入れるだけでも奇跡みたいなことだし」
と笑ったが
「すまないが、たぐっちゃんはジェネシスでは採用しないんだ」
と相川は言った。
「えっ…」
と言ったナナの顔がくもると
「たぐっちゃんには、僕のところに来てもらいたいんだ」
と渡辺は言った。
「僕のところ?それって…」
と石川が驚いた顔でナナを見ると
「そう、ゾロレコード。まぁ、ゾロと言っても僕の下だからジェネシスより待遇はよくないよ」
と渡辺は言ったあと、ナナをまっすぐに見つめ
「一人でいろんな仕事をこなさなきゃならないからマジで大変だと思うけど、やりがいは保証する。どう、僕のところに来てみるつもりない?」
と聞いた。
状況が飲み込めない…という顔をナナがしていると相川は
「まあ、石川にしてもたぐっちゃんにしてもインターンシップ終わるまでに返事しろって言ってる訳じゃない落ち着いて考えてみてくれればいいから」
と相川は言ったあと
「じゃ、ここからは明日のライブ会場の見学について話をするから」
と言ってナナたちに資料を渡した。
「とりあえず、基本的なことを守ってもらえばいいんだけど…」
と相川がチラッと渡辺を見ると
「そうですね。スタッフもメンバーもベテランだし、基本的なことさえ守ってもらえれば大丈夫なんだけど…」
と言って渡部は資料をパラパラとめくり
「ただ一つだけ、俺たちの間では当たり前のことになってることなんだけど、開演前のメンバーはとてもナーバスになってるから、どんなことがあっても話しかけないで欲しいんだ」
と言った。
すると相川は相槌を打ちながら
「そうだな。メンバーそれぞれがそれぞれのやり方でボルテージを上げてるからな」
と言ったあと話を進めた。
「特に、本番前の綾子には絶対に話しかけないで欲しいんだ。彼女は、独特の方法でボルテージを上げるから、何があっても話しかけないで欲しい」
と相川が言うと
「まあ、本番前の綾子さんに話しかけれる根性ある奴は、今まで見たこと無いですけどね。去年一緒にツアー回ったクリスたちも、ナゴミさんでさえも声なんてかけないですから」
と渡辺は笑った。
「そうなんですね…」
とナナが呟くと
「ゲネプロの時とはまた違った一面を知ることになると思うよ」
と渡辺は言った。
「ゲネプロの時ってどんな感じだったの?」
と石川がナナに聞くと、相川は
「例えばだけど、石川はライブに行くときチケットを買うだろ?」
と聞いた。
「はい」
と石川がこたえると
「もし、そのライブがめちゃくちゃつまんなかったとしたら、どう思う?」
と相川は更に聞いた。
「そうですね…。金払ってまで来る必要なかったって思うかもしれませんし、次は行かないと思います」
と石川がこたえると
「だろ?それなりの金額を払って観に来てるとしたら、なおさら次に繋がることはほぼ無いわけだ。だから、ミュージシャンは金額以上のも満足を観客に提供しなくてはいけないし、常に進化を続けなきゃいけないんだ」
と相川は言ったあと話を続けた。
「ライブは生き物だから全く同じことは二度とできない。メンバーもスタッフも毎日が真剣勝負、甘えなんてものは許されない現場だし甘えるような奴はチームから外される。和と綾子はその権限を持ってる。だから、他では見られないほどの厳しい一面も明日は見れると思うし、それを間近で見ることは、これから社会に出る君たちの何かしら役に立つんじゃないかと俺は思ってる」
と相川は言った。
ナナたちが真剣な顔で話を聞いてると
「まあまあ、相川さん。そんなに、脅さなくてもいいじゃないですか。二人とも、相川さんの話は半分で聞いてるぐらいがちょうどいいから」
と渡辺は言った。
「でも…」
とナナと石川が顔を見合わせていると
「fateに関しては、相川さんより俺の方が一緒に仕事してる時間長いんだし、俺の言うこと聞いた方がいいよ」
と渡辺は笑ったあと
「まずは、メンバーやスタッフがどんな思いを持ってライブを作ってるかを肌で感じることが大事だし、肌で感じた上で更に何かを感じることができたら、それで充分なんじゃないかって俺は思うんだ。まずは知ること、感じること、何でもそうだけどそれが基本で一番大事なことだから」
と言った。
「なんだ、素性をバラした途端に偉そうになったな」
と相川が笑うと
「そんなことはないですよ。俺はただ、思ってることを言っただけですから」
よ渡辺も笑った。
すると相川が
「まあ、実際に渡辺はfateの中心的存在だし、去年も今年もワールドツアーの同行スタッフにも含まれてるからな」
といったので石川は
「同行スタッフなんですか?」
と驚いた顔をした。
「そうだよ。バスに乗ってアメリカもヨーロッパも回ってきたんだよな?」
と相川が言うと
「そうなの?…いえ、そうなんですか?」
とナナは渡辺に聞いた。
「別にタメ口でいいよ。急に敬語使われると距離感じちゃうんだよね。石川も今までタメ口な」
と渡辺が言うと
「でも…」
とナナと石川は困った顔をした。
「そりゃ、年齢差はあるかもしれないけど、ここで研修してるってことには3人とも変わらないわけだし、言って見れば渡辺も石川もたぐっちゃんも同期なんだよ。この業界で大事なのは年齢とか立場とかじゃ無いんだ。大切なのは、やる気と根性と才能。そして仲間。これまでインターンシップで仲間の大切さ、仲間と協力することの大切さを俺は感じてもらってきたと思ってたんだけど」
と相川が言うと
「そですね。営業にまわったり飯を一緒に食ったりして、俺たちはいろんな話をしてお互いのことを知って仲間になったはずだと、俺も思ってたけど」
と渡辺も言った。
「それはそうだけど、本当にタメ口でいいの…か?」
と石川が聞くと
「いいに決まってるだろ。今は同じインターンシップ受けてる仲間なんだから」
と渡辺は笑った。
その日の研修が終わり家に戻ったナナは、奏に今日の出来事を話した。
「渡辺君がね、ゾロの社員で、私に内々定を出したいって言ってくれたの。奏君、この話どう思う?」
とナナが聞くと
「どうって。いいんじゃない、ナナはこの業界で働きたいんだろ?」
と奏は言った。
「そうだけど…」
とナナが言うと
「なにか問題でもあるの?例えば、内々定出す代わりに俺と別れろとか言われたりした?」
と奏は聞いた。
「そんなこと言われないよ」
とナナは笑ったあと
「渡辺君がしてる仕事って、とても責任が重い仕事でしょ?それが私にできるかなって…」
と言った。
「なんだ、そんなこと?」
と奏が笑うと
「そんなことじゃないよ。だって、渡辺君はfateとかナカデ君を担当してるんだよ」
とナナは言った。
「そりゃ、fateはスゴいのかもしれないけど、俺はたいした仕事してない新人だし…」
と奏は言ったあと
「俺も事務所に入らないかって言われた時に色々考えたけど、結局はやりたいか、やりたくないかのどっちかしかないんじゃない。俺はやってみたいと思ったから、契約したし」
と言った。
「やりたいか、やりたくないか?」
とナナが聞くと
「そうでしょ?まだ何も始めてないんだし、先のことなんてわかんないでしょ?それだったら、それ以外ないじゃん」
と奏は笑った。
「そっかぁ…そうだよね」
とナナも笑うと
「そうだよ。ナナがやりたいか、やりたくないか。それで決めればいいんじゃない」
と奏は言ったあと
「ねぇ、生理は終わったの?」
と聞いた。
「えっ、うん、まぁ…終わったけど」
とナナが言うと
「じゃ、今日は俺の部屋で寝れるよね?」
と奏は更に聞いた。
「まぁ、そうだね」
とナナが少し恥ずかしそうに言うと
「そうだねって…。一緒に寝るの嫌?」
と奏は少し寂しそうな顔をした。
「そんなことないよ」
とナナが言うと奏は嬉しそうな顔をして
「マジ?じゃ、今日の洗い物は俺がやっておくから、先に風呂入っておいでよ」
と言った。




