帰り道 4
改札を通り、ホームに向かって歩いていると奏は
「どこか泊まってく?」
と聞いた。
「泊まる?…なんで?」
とナナが聞くと
「ん?んー…明日休みだし。帰るの面倒だし。戻って泊まるとこ探そうか?」
と奏は言った。
「そんなことにお金使ったら石井さんに怒られるんじゃないの?」
とナナが嫌みっぽく言うと
「石井さん?」
と聞いた奏は少し考えてから
「ああ、ゴールデンウィーク」
と困った顔をした。
「綾子さんが言ってたなんて嘘ついて。だいたい、何でそんなこと石井さんに相談するの?おかしくない?」
とナナが言うと
「それは違う…違わないけど違うんだよ」
と奏が言ってるとホームに電車が入ってきたので
「ほら、電車来たよ。泊まるお金があれば買い物も出来るし北海道にも行けるんでしょ?」
とナナは言った。
「…超嫌みっぽい」
と奏が呟くと
「嫌みも言いたくなるよ」
とナナは言った。
金曜の夜と言うこともあり、とても混んでいる電車の中は立っているだけで精一杯で二人は特に会話もすることなかった。
ナナが怒っているとわかっている奏は、機嫌をとろうと握ってる手の甲を指先で擦ったりしてみたがナナは奏の方を見ようともしなかった。
「チッ」
と奏が舌打ちするとナナはジロッと奏を見て親指と人差し指で奏の手の甲をつねった。
「痛っ」
と奏が小さな声で言うと
「舌打ち止めて」
とナナは言った。
「…はい」
と奏が言ったあとは会話が続かないまま電車は奏の最寄り駅に着いた。
駅を出て歩いているとナナはスーパーの前で
「ピーマン安売りしてる。買っていこうかな」
と言いながら奏を見た。
「ごめん。悪かったって」
と奏が言うとナナは
「なにが?」
と聞いた。
「ピーマン嫌いなの黙ってたこと」
と奏が言うと
「いいんじゃない。別に気にしてないし」
とナナは歩き始めた。
「気にしてるでしょ。…でも、ナナの作ってくれたのは美味しかったよ」
と奏が言うと
「別にいいよ。無理して食べてくれたんでしょ?ごめんね、無理させて。私、奏君の嫌いなの食べ物知らないからさ。…好きな食べ物も知らないけど」
とナナは呟いた。
自分が悪いのはわかっているけど、みんながいなくなった途端にあれこれと責めてくるナナにムカついてきた奏は
「そんなの聞かれたことないし。…それに俺だって枝豆好きなのなんて初めて知ったよ」
と言った。
「枝豆なんて誰が好きなのよ。石井さんが枝豆嫌いの間違いじゃないの?」
とナナが言うと
「なんでそこで石井さんが出てくるんだよ」
と奏は言った。
「そんなの知らないよ」
と言うとナナは繋いでる手を離し、一人で歩き始めた。
村上の言う通り、石井と奏に何かあるわけじゃないとは思うし、一緒にいる時間が短いから知らないことも多いのもわかってるけど…けど、どうしてもイライラが止まらなくて次々と嫌なことを言ってしまう。
奏だって初めは申し訳なさそうな顔をしていたけど、今は呆れるを通り越して怒ってる。
「はぁ…」
ナナはそんな自分が嫌になってため息をついた。
一方の奏はナナの後ろを歩きながら、ナナが本気で怒ってると思い込みどうしたらいいだろうかと悩んでいた。
ナナの方から繋いだ手を離すことなんて今まで無かったし、きっと相当怒ってるに違いない。
村上の言う通り、渡辺がも自分がいなかったらナナの彼氏に立候補すると言った時にナナが反論するわけでもなく平然としていたのが頭にきたからと言って、石井と比べてナナのことを恥ずかしいと言ったのは言い過ぎたと思う。
それに自分から話したわけでもないのに二人の初体験のことを笑い話みたいにされた時、自分もその場から立ち去りたい気分だったし、その時のナナが動揺のあまり間違えて村上のグラスに口をつけてしまったことも理解できる。
けど、自分ばかりが悪いのだろうか?
ナナだって他の男と楽しそうに話をしていたじゃないか。
自分の前ではあまり使わない北海道弁で話をして…。
ずいぶんと気を許してる様子じゃないか。
なにのなんで、自分ばかりが悪いみたいに言われなきゃならないんだろう。
…自分の前でため息をつき、肩を落とすナナは今なにを思っているんだろう?
まさか、別れたいとか…それはさすがに無いとは思うけど。
…でも、もしかしたら。
いいや、そんなことはない。
きっと、謝るタイミングを探してるに違いない。
「仕方ないな…」
と呟いた奏はナナに追い付くと
「悪かったって」
と手を繋いだ。
「何が?何について悪かったって思ってるの?」
とナナが聞くと
「石井さんと比べたこと。あと、ゴールデンウィークの話とか。でも、マジで俺が話した訳じゃないから」
と奏は言った。
「そうなんだ。…あとは?」
とナナが聞くと
「あと?…あとは…」
と奏は言葉に困った。
「思い付かないならいいや」
とナナがため息をついたが
「あとは…」
と奏は考えていた。
「もういいよ。元々怒ってる訳じゃないし。」
とナナが言うと
「怒ってるじゃん」
と奏は言った。
「怒ってないって。ただ、自分がバカだなって思うだけで奏君のことはなんとも思ってないから」
とナナは言った。
「…じゃあ、なんで自分がバカだなって思うの?」
と奏が聞くと
「それは」
とナナは言ったあと黙ってしまった。
すると奏はナナの顔を覗き込んで
「ナナさ、前に言ったよね?言いたい事があるなら言うのも大事だって。それなのに、自分は言わないの?」
と奏は聞いた。
「そうだけど…」
とナナが言うと
「このまま話を終わらせてもいいけど、それじゃ何も解決しないって言ったの忘れた?」
と奏は更に聞いた。
するとナナは苦笑いをして
「話すよ。でも、本当にバカだなって思うよ」
と言った。
「いいよ。その時はバカだなって言うから」
と奏が笑うと
「奏君が石井さんと仲良いのが嫌だったの」
とナナは言った。
「仲良かった?」
と奏が驚いた顔をすると
「私は奏君がピーマン嫌いなの知らないのに石井さんはそれを知ってて、飲み物はウーロン茶が好きなことも私は知らなくてキャラメルマキュアートとか甘い飲み物が好きだって思い込んでて。私が知らないこと石井さんはなんでも知ってて悔しかったの」
とナナは言った。
「ピーマンは悪かったよ。でも、ナナの作ってくれたのは美味しかったよ」
と奏が言うと
「でも、ピーマン嫌いでしょ?言ってくれたら肉詰めなんて作らなかったのに。なんで石井さんには言えるのに私には言えないの?」
とナナは言った。
「それは…ピーマン嫌いだなんて子どもっぽいって思われるかなって思って言えなかった」
と奏が言うと
「子どもっぽい?」
とナナは言った。
「好き嫌いあるって格好わるいじゃん。それもピーマンなんて、子どもの嫌いな野菜の代表みたいなもんじゃん。だから言えなかった」
と奏が言うと
「ウーロン茶は?」
とナナは聞いた。
「ウーロン茶は…好きだよ。けど、それは俺が話した訳じゃなくて仕事してるときとかにいつも飲むから石井さんも覚えただけだと思うよ」
と奏が言うと
「じゃあ…ゴールデンウィークのことは?綾子さんが家に泊まれって言ってるって何で嘘ついたの?」
とナナは聞いた。
「母さんが泊まれって言ったのは別に嘘じゃないけど。でも、石井さんには相談したよ」
と奏が言うと
「なんで?」
とナナは聞いた。
「なんでって言うか。石井さんは仕事柄いろいろ知ってるし、ゴールデンウィークに宿がとるとどのくらいかかるかとか今から予約できるかとか相談したよ。別に石井さんに言われたから家に泊まれって言ったわけじゃないよ」
と奏が言うと
「…それに石井さんみたいな美人と比べられたら私は何も言えなくなる」
とナナは呟いた。
「比べたのは悪かったよ。本気で思ってるわけじゃないけど、言っちゃいけないことを言ったって思うし、みんなの前であんなこと言うのも間違ってたと思うよ。本当にごめん」
と奏が頭を下げると
「…でも、実際にはそう思ってたんじゃない?石井さんは私と違って酔って失敗なんてしないし。奏君、女の人が苦手とか言いながらも石井さんは特別みたいだし。ふざけたり笑ったりって楽しそうだったよね?」
とナナは言った。
「それは…」
と言ったあと奏はハッとした顔をしたあとニヤッと笑い
「もしかして焼きもち?」
と聞いた。
するとナナは慌てたような顔をして
「そんなわけないでしょ?」
と言うと
「ほら、もう家に着いたしこの話はおしまい」
と言った。




