誠の愛
Speranzaのアルバム製作も残り少なくなってきて、最近は渉のボーカル録りなどや、レコーディングの最終作業などをしていた。
「じゃあ、今日はこのくらいにしてまた明日にするか。お疲れさん」
と相川が言うとスタッフもメンバーも帰る準備を始めたが、綾子は相川の側に行って
「あの…清雅さんの曲作りしたいのでこのままスタジオ借りてもいいですか?」
と聞いた。
「いいけど。じゃ俺も付き合うか?」
と相川が言うと
「一人で考えたいので…」
と綾子は言った。
「でも、最近毎日残ってるし…息詰まってるなら相談にのるぞ」
と相川が言うと
「大丈夫です。もしダメだって思った時は相談しますから」
と綾子は笑った。
「…でも、最近、顔色もまた悪いし疲れてるんじゃないか?少しは息抜きして…」
と相川が言うと
「心配かけてすみません。でも、本当に大丈夫ですから。何となく頭には浮かんでるんで、作業を進みたいんです」
と綾子は言った。
「そうか?でも、無理はするなよ。無理して倒れたりしたら和が心配するからな」
と相川は綾子の頭を撫でてスタジオを出て行った。
廊下で一緒になった誠に相川は
「綾子、どうしたんだ?何か聞いてるか?」
と聞いた。
「いや…別に何も…」
と言う誠に
「最近、朝方までスタジオに籠って一人で作業してるらしくて全然寝てないみたいなんだよな…。熱中するのはいいけど、そこまでムキになって曲を作るのって綾子らしくないって言うか…。無理してやってる感じでさ。やっぱり、清雅に指名されてるプレッシャーとかあるんかな?」
と相川は言った。
「どうなんですかね…。でも、スゴいやつれてる感じするし俺も他の二人も心配してるんですよ」
と誠が言うと
「実は綾子、一曲作ってあるんだけど、和を思って書いた曲たがらやっぱり使うわけにはいかないって10日ぐらい前に突然言い出してさ」
と相川はため息をついた。
「和さんに書いた曲?」
と誠が聞くと
「あぁ、Angle featherの頃より綾子の腕が上がったのもあるけど、綾子の和への愛情の深さが伝わってくるような…心が暖かくなるような曲だよ。あれなら清雅も間違いなく喜ぶと思うんだけど」
と相川は言った。
相川と別れ、スタジオの廊下にあるベンチに座る誠は綾子の事を考えていた。
1週間前、綾子の決意を思い止まらせようと転がるように走った誠は、その日綾子と和に出会える事は無かった。
二人がどうなったか気になり眠る事が出来ないまま仕事に来ると、綾子はいつも以上に明るく仕事にも熱が入ってい。
アルバムと清雅の仕事が終わったら、充電期間に入ると言って休みをもらってる綾子が、最後の仕事に気合いが入るのもみんな分かってたし、そんな綾子に引っ張られてみんなも気合いを入れ最高以上の物を作ろうとしていた。
けど、精力的に仕事をしている綾子とは裏腹に、時折一瞬だけ見せる表情はこの世の終わりがくるかのような絶望と悲しみに満ちた顔で、それを見ると誠は胸が痛くなった。
仕事に没頭するのはいいけど、睡眠も食事もろくに取らないせいで、日に日に綾子が小さくなっていくのが分かりメンバーもスタッフも心配になってきてはいたが、綾子の気迫に負けて何も言えなかった。
誠も、綾子の様子から無理してるのは分かっていたが、無理してでも仕事に没頭して和を忘れようとしている綾子に、何て声をかけていいのか分からず気付かないふりしか出来なかった。
本当は、お腹の子どものためにも無理はしない方がいいとは思うけど、それを誠が言っていいのか悪いのかさえ分からなくなっていた。
誠はスタジオの扉をすこし開けてなかの様子を見た。
綾子はシンセサイザーの前に座り肩を落として手のひらで顔を覆っていた。
今日も泣いてる…。
綾子が和と別れてからSperanzaの仕事が終わった後、一人でスタジオに籠ってる綾子は毎日泣いてる…。
綾子の泣いてる姿が胸が締め付けられるように痛々しく見ていられなかった誠は今日もドアを閉めてスタジオを出て行た。
深夜営業もしているスタジオ近くのカフェに入った誠は、珈琲を飲みながらため息をついた。
そんなに後悔してるなら和のところに戻ればいいのに。
お腹の子ども為にも、和のところに戻った方がいいのは明らかだし、和も綾子が戻ってくるのを待ってるはず。
きっと今まで以上に強い絆で結ばれて幸せになれる。
なのに何故、綾子は意固地になってるんだろう?
そんなにボレロの世界進出が大事なんだろうか?
メンバー、スタッフ、ファンみんなの夢?
それのために、なぜ綾子一人が犠牲になって毎日毎日泣いて過ごさなきゃいけないんだろう?
「…」
誠はフッと鼻で笑った。
ただ、綾子の姿を見てるだけで、何も言えないしてあげない傍観者が勝手に可愛そうだと哀れんでる事に笑えてきた。
「…」
和と綾子が元に戻ればいいなんて綺麗事なんてどうでもいい。
和なんてどうでもいい。
綾子と綾子のお腹の子どもが幸せになれればそれで充分。
もし叶うのなら、自分が綾子と綾子の子どもを支えて幸せにしてあげたい。
たとえ、綾子の愛情が自分に向けられる事が無くても、自分を利用してでもいいから綾子には前を向いて歩いて欲しいと誠は思った。
次の日からの、誠はSperanzaの作業の後に曲作りをしている綾子と一緒にスタジオに残るようになった。
一緒にいなくても大丈夫だと言う綾子に、一緒にいたいからいるだけだと言って誠は残るようになった。
「もう少しで出来上がるんだけど、どうしても納得いかない部分があって…」
と曲作りをしていた綾子は
「完成するまでは恥ずかしいから聴かせられない」
と言ってかたくなにパソコンに入ってる未完成の曲を聴かせてくれなかったが、誠が綾子とスタジオに残るようになってから1週間過ぎた時に
「感想を聞かせて欲しい」
と言ってデモを流した。
ピアノの旋律で始まる綾子の曲はとても切なくて悲しくて…美しい。
昔好きだった映画のラストシーンの情景が頭に浮かぶような…。
曲を聞きながら誠は涙を流した。
歌を聴いて感情移入して泣いた事はあったけど、楽曲だけで泣いた事は初めてだった。
美しくて切なくて悲しいメロディーなのに最後にとても愛の強さを感じる曲は、綾子の和への深い愛が感じられる。
Angle featherなんて比較の対象にも出来ないほどのバラード。
昔、綾子を化け物だと言っていた相川の言葉が今なら分かる、自分には一生かかっても作る事が出来ないと誠は思った。
誠が、曲の完成祝いをしようと近くのコンビニでお菓子やジュースなどを買ってきてスタジオに戻ると綾子が泣いていた。
今まで綾子の曲の余韻に浸っていた誠は奈落に突き落とされたような気持ちになった。
「…」
綾子が一人で泣くのを止めたくて、綾子を支えたいと一緒にいるのに、結局綾子は一人で隠れて泣いてる。
切なさと悲しさと自分の無力さを痛感した誠の目にも涙が浮かんだ。
「綾子…」
誠は綾子に駆け寄り抱き締めた。
震える身体で涙を流してる綾子の顔をを自分の胸に押し当てて
「もういい。…もう我慢するな。一人で泣くな」
と震える声で言う誠の頬に涙が流れた。
長い時間、誠の胸で泣いた綾子はカバンの中からポーチを取り出して一枚のエコー写真を見せた。
「これ…」
と誠がいうと
「赤ちゃんの写真、何か勾玉みたいだよね」
と綾子は笑った。
「赤ちゃんってお腹の中で進化していくんだって…。単細胞から多細胞、魚、両生類…そして最後に人間…スゴいよね。生命の奇跡を感じる」
と綾子は言った。
「それから…これ」
と言ってカバンの中から母子手帳を取り出し
「区役所に行ってもらってきたんだ。これもらったらママになるんだって実感しちゃった」
と綾子は笑った。
「…清雅さんのレコーディン終わったら事務所にも親にも妊娠のこと話すつもり。休みもらって引っ越しして、この子と二人でゆっくり暮らしていこうかなって思ってるんだ」
と綾子が言うと
「本当に大丈夫なの?和さんのところに戻りたいんじゃないの?」
と誠は言った。
「…今は大丈夫じゃないし戻れるなら戻りたいよ」
と綾子が言うと
「じゃあ、もう一度和さんに会って」
と誠が言いかけると
「私、なっちゃんの事スゴく傷付けて…今更戻れないよ。それに時間が経てば全てがいい思い出になると思うし…何よりも大切な宝物もらったし…」
と綾子はお腹を触った。
「だったらさ…。和さんの代わりに俺が綾子の側にいて、綾子と綾子の子ども守るよ」
と誠は言った。
「ありがとう。冗談でも嬉しいよ」
と綾子が笑うと
「冗談なんかじゃないよ。俺が二人を守って支えていくよ。綾子が和さんを忘れられなくても、俺と一緒になってよかったって思うぐらい綾子を愛してくから家族になろう」
と誠は言った。




