帰り道 2
「何が俺もだ。誰のせいで泣いてると思ってるんだ?」
と言った村上はナナを見て
「たぐっちゃん、相川さんはたぐっちゃんのことをとても評価していたよ。営業だって明るく前向きに取り組むし雑用だって嫌な顔1つしないでこなすって。特にすぐにいろんな人と打ち解けることが出来る性格は誉めてたし、俺も君はこの業界に向いてると思うよ。君がコネでインターンシップ受けてるって思ってるみたいだって相川さんが気にしてたけど、最終選考以外は俺たちは選考には関わってなかったし、そこまで残ったのは君の実力だろ?そりゃ、レーベルになったのは相川さんの力が大きいよ。でも、それはそれで相川さんなりの考えがあったからだと思うし公私混同はしてないと思うよ」
と言った。
「…」
ナナが黙って話を聞いてると
「それにきっかけはコネだろうとなんだろうと良いじゃない。それでも嫌だって言うならコネで入ったと言われないぐらいい頑張って成果を出せばいいだけの話だろ?Speranzaの綾子を見てみな。彼女はコネでデビューしたと思われたくないと言ってずっと自分の兄貴のことを隠していたけど、それがバレたからって誰も兄貴のコネで活躍してるなんて言わないだろ?たぐっちゃんだって、綾子みたいに頑張ればいいだけの話。違うか?」
と村上は言った。
「でも、私は綾子さんと違って何も出来ないし何も持ってないですし…」
とナナが言うと
「そんなことはないだろ?さっきも言ったけど君は明るく前向きだし、今日だって初めて会うこんな柄の悪そうな奴らとでもすぐに打ち解けて話が出来ただろ?それに君は女の子のわりに…と言っちゃ悪いけど、とても我慢強い。それは立派な能力だよ」
と村上は言ったあと
「でも、たぐっちゃんは奏と付き合ってるんだろ?あんな個人的な話までされてあの場にいたくないと思えば席を立つことをしてもいいんだし、さっきだって石井と比べられてまで何も言わないで我慢する必要はないんだよ」
と言った。
「たぐっちゃんって奏の彼女のナナちゃんなの?」
と大川が驚いた顔をすると
「奏が気にしてるとか北海道から来てるって聞いた時点でもしかしたらって普通は思うだろ?石井も含めて鈍感にも程があるだろ」
と村上は言った。
「…」
大川と富樫が飲みの席で奏にナナのことでからかったことを思いだし気まずそうな顔をしてると
「…別に大丈夫ですよ。あの話は場の流れで冗談で話してるだけだって言うのもわかってましたし。…今、皆さんに心配かけて迷惑かけてるのは本当のことですし…恥ずかしいのも本当なので」
とナナは苦笑いをした。
「たぐっちゃん…」
と村上が言うと
「私、我慢強いなんて初めて言われました。それにこの業界向いてるってお世辞でも言ってもらえて嬉しいです。ありがとうございます」
とナナは笑いながら言っていたが、また瞳から涙がボロボロと流れてきた。
「ごめんなさい。誉めてもらえたのが嬉しくて涙出てきちゃいました。本当にごめんなさい…」
とナナが言うと
「今日、奏を見てて思ったけどたぐっちゃんが他の人と話してるとすぐに面白くないような顔をしてたよな?誰だって自分の女が他の男と楽しそうにしてるのは面白くないと思うよ。けど、さっきのはなんだ?渡辺君がたぐっちゃんのことを彼女にしたいとかって冗談言ったのを真に受けて…。石井みたいな女の方が好感持てる?酔っぱらいは恥ずかしい?他の女と比べられてたぐっちゃんがどう思うか考えてみろ」
と村上は言った。
「…」
奏が何も言えず黙ってしまうと
「たぐっちゃん、ごめんな。俺たちも何も知らなかったとは言え余計なこと言って。今さら何を言ってもフォローにならないかもしれないけど、さっきの話だって奏はそうゆう話を嫌がるんだけど俺たちが面白がって話してただけで、ほとんど奏から聞いた話なんて無いんだよ」
と大川は言った。
「そうだよ。それに奏は本当にたぐっちゃんのこと大事に思ってるんだよ。それだけはわかってやってよ」
と富樫が言うと
「…はい。わかります。スゴく大事にされてるのも知ってます。ただ…自分が情けなくて」
とナナは呟いた。
「情けない?何も情けないことなんてないだろ?」
と村上が聞くと
「いいんです。なんでもありません」
と言ってナナは涙を拭うと
「村上さん。私、奏君と帰ります。ご迷惑かけてすみませんでした」
と頭を下げた。
「…そう?本当に大丈夫?ケンカになったりしない?」
と大川が心配そうに聞くと
「大丈夫です。ケンカになんてなりませんよ」
とナナは笑った。
ナナが無理して笑ってると気付いた村上が
「水欲しいって言ってたよね?とりあえず水買ってくるから少し待ってて」
と言うと
「いえ、大丈夫です。自分で買えますから」
とナナは言った。
「…そう?じゃ、俺も欲しいし一緒に行く?」
と村上が言うと
「はい」
とナナは言った。
「じゃ、俺たちも…」
と大川が言うと村上は落ち込んでいる様子の奏を見て
「大川君たちは奏とここで待ってて。すぐに戻ってくるから」
と言った。
ナナと村上がコンビニに入っていくと大川が
「たぐっちゃんがナナちゃんだったなんてな。最初から言ってくれればあんなことならなかったのに」
と言うと
「さっき、コネがどうとか言ってたし奏のコネで入ったと思われたくなくて言えなかったんじゃない?」
と富樫は言った。
「…」
何も言わずコンビニの方を見てる奏に富樫は
「奏、彼女だって落ち着いてきたみたいだし気にするな。一緒にいれる時間は限られてるんだから大事にしないと」
と言った。
「はい…」
と奏がこたえると
「そうだよ。たぐっちゃん、いい子じゃないか。一生懸命奏のこと庇って…。。こうゆう時は男の方から折れてやるって決まってるんだよ。たぐっちゃん来たら、キチンと謝って仲直りしろよ」
と大川も言った。
一方、コンビニに入ったナナはミネラルウォーターを手に取るとため息をついた。
「どうした?」
と後ろに並んでる村上が声をかけると
「なんでもありません」
と笑った。
「なんでもないことないだろ?たぐっちゃんのことは和や綾子からも頼まれてるし、何か言いたいことあるなら言っていいんだよ」
と村上が言うと
「村上さん、とても優しいんですね。…村上さんだけじゃなくて相川さんも石井さんも大川さんたちもみんな優しい人ばかりですね。奏君、いい人に囲まれてるんだなって思いました」
とナナは笑った。
「たぐっちゃん、そんな無理して笑う必要ないんだよ。そんな顔してたら、和たちが帰ってきたら心配するぞ。話すだけでもスッキリすることってあるんだし、部下の話を聞くのも上司の仕事だから話してごらん」
と村上は言った。
するとナナはペットボトルを握りしめ
「私、バカなんです」
とナナは笑った。
「ん?どうゆうこと?」
と村上が聞くと
「私、遠距離って言ってもマメに連絡取り合ってるしいろいろ話もしてるから奏君のことなんでも知ってるつもりになってたんです。奏君も私にしか見せない自分があるって言うから調子に乗ってて…。でも、私は奏君がピーマンやパクチーが嫌いなこともボンダってブランドが好きなこともウーロン茶が好きなことも…みんなが知ってるようなことを何も知らなくて」
とナナは笑った。
「別にそれは奏が言った訳じゃなくて、…こう言っちゃ悪いけど一緒にいる時間が長いから気付くって言うか」
と村上が言うと
「そうなんですよね…。それはわかってるんです。それに私が作ったからピーマンだって我慢して食べてくれたんだって言うのも奏君の優しさだし嬉しいことなんです。…けど私はバカでひねくれてるから、石井さんさんにピーマン嫌いだって言えるのに、私には気を使って言えないのかな?って考えちゃって。そう思っちゃったら、なんかいろいろ気になっちゃって…。奏君、女の人苦手なのに石井さんとは普通にふざけたり出来るんだなぁとか、飲み物無くなったらどうして石井さんに頼むんだろうとか、なんでゴールデンウィークのことを石井さんに相談してたんだろうって…。考えても仕方ないのにバカですよね」
とナナは笑った。
「まぁ、ゴールデンウィークのことは俺は知らないけど飲み物とかはね。奏の世話をするのも石井の仕事だし、いつもの癖で奏もやったんだと思うけど…。難しいなぁ…ミュージシャンとマネージャーは信頼関係が築けないと上手くいかないから、俺としては石井と奏がなんだかんだ言っても信頼しあってるのを喜んでいたんだけど。けど、奏と石井がどうとかってことは絶対に無いから。石井だって彼女の存在は知ってるし、どうにか奏とたぐっちゃんの時間を作ってやろうとあれこれ考えて、ゴールデンウィーク前には俺にスケジュール調整を頼んできたぐらいだし」
と村上が言うと
「わかってます。…ただ、私がバカでひねくれてワガママなんです。こんなんじゃ、奏君に呆れられちゃいますよね?村上さん、黙ってて下さいね」
とナナは笑った。
「まぁ、奏には言わないけど。けど、奏には今話したことキチンと伝えて話をした方がいいよ。呆れられたっていいじゃない。自分の中にその気持ちを押し込んだままモヤモヤしてたって何も解決しないよ」
と村上が言うと
「はい。…あっ、早く戻らないと皆さん待ってますよね?お会計してきますね」
とナナはレジに向かって歩いて言った。




