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お隣のふにゃふにゃ王子様  作者: まあちゃん
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春から夏へ

ゴールデンウィーク最終日の夕方、ナナと空港で別れた時に奏は見送る立場を初めて知った。

隣に立ち手を繋ぎふざけたり笑いあったりと一緒の時間を共有していたナナが目の前から消えた時の虚しさは今まで感じたことがないほど切ないものだった。

ナナの乗っている飛行機を見送り、二人で乗ってきた電車に一人で乗り、一緒に歩いた家までの道のりを一人で歩く。

鍵を開け、家の中に入るとリビングのソファーにナナが座っていたことを思い出した。

自分の部屋に入ると微かにナナの優しい香りがした。

ナナの香りの残るベッドに横になるとナナがニコニコと笑いながら隣に寝転んでいるような錯覚さえも覚える。

「…勉強しなきゃな」

と呟いた奏はベッドから起き上がると机に向かい問題集を広げたが一向に問題は頭に入ってこなかった。

「…」

夢から覚めたかのように突然日常に戻されても、ナナが隣にいない寂しさ虚しさ悲しさで心が苦しくなる。

見送られる時も寂しさ虚しさ悲しさは感じたけど、見送る方の立場の方がずっとツラい。

…クリスマス、修学旅行と自分のことを見送った時にナナも同じ気持ちだったのだろうか?

こんなにツラい思いをさせていたのだろうか?と考えると奏はナナへの愛しさとともに、こんな自分と付き合わせてしまってることへの申し訳なさも感じた。


ゴールデンウィークが明け、奏には学校とスタジオや事務所との往復の日々が戻った。

学校が終わり仕事が終わり家に帰って勉強をして眠るとすぐに朝がやってきて、また昨日と同じような日常を過ごす。

そんな生活の中でも奏は仕事の帰り道など短い時間でも前よりも頻繁にナナに連絡を取るようになった。

離れて暮らすナナに寂しい思いをさせたくないと言うことを表向きの理由にしていたが、実際にはナナと会話をする時間が奏にとっては至福の時間で安らぎの時間になっていた。


「奏君、7月になったら東京行くからね。それも3週間ちょっと」

とスマホ越しにナナが嬉しそうに言うとベッドに横になっていた奏は

「3週間?なに、どうしたの?家出?」

と驚いて起き上がった。

「家出のわけないしょ。インターンシップ。インターンシップっで東京に行くの」

とナナが言うと

「インターンシップ?ああ、前に言ってた職場体験?」

と奏は聞いた。

「うん。どこもここも落ちたからもう無理だと思ってたら1ヶ所だけ受かったの!」

とナナが嬉しそうに言うと

「良かったじゃん。どこ受かったの?」

と奏は聞いた。

「…それが」

と急にナナの声のトーンが下がったので奏が

「どうしたの?言いづらいとこなの?それ、大丈夫な会社なの?」

と心配そうに聞くと

「実はね…ジ…ジェネシスのインターンシップなの」

とナナは言った。

「ジェネシス?」

と奏が驚きの声をあげると

「うん」

とナナは言った。

「ジェネシスって、うちの事務所のジェネシスでしょ?インターンシップって何するの?マネージャー?営業?それとも事務の手伝い?俺が思うにジェネシスはブラックだと思うし、どれにしてもめちゃくちゃ大変だと思うよ」

と奏が言うと

「そうかもしれないけど、でも音楽業界目指してるしこんなチャンス滅多にないもん。もしかしたら、インターンシップで気に入ってもらえて就職が有利になるかもしれないし…」

とナナは言った。

「…でもさ」

と奏が言うと

「それにさ、ジェネシスだとマネジメントだけじゃなくてコンサート製作も商品開発もレーベルもって幅広くいろんなことしてるじゃない?どこに配属になるかはわかんないけど、インターンシップ受けたら音楽業界って自分の想像してたのとちょっと違うかもと思うかもしれないし、逆にやっぱり音楽業界に就職したいとかって来年の就活の方向性も見えてくるじゃない?」

とナナは言った。

「…そうかもしれないけど。でも、ジェネシスでしょ」

と奏が言うと

「奏君はやっぱり反対?…どうしても嫌だって言うなら辞退も考えるけど」

と寂しそうな声で言ったので、奏はため息をついてから

「別に嫌じゃないよ。…どうせ、俺は7月から仕事ほとんど入ってないし事務所に行くこともないだろうし、父さんたちも仕事にプライベートは持ち込まない人たちだからばったり会っても気付かないふりしてくれるだろうし、気付かないふりするようにも話しておくから頑張ってみなよ」

と言った。

「ありがとう。頑張るね」

とナナが嬉しそうに言うと

「泊まる所は、俺ん家でいいよね?母さんたちに言っておくよ」

と奏は言った。

「いやいや、さすがに遊びに行く訳じゃないしお給料も出してくれるらしいから奏君の家にお世話にはなれないよ。うちの親もウィークリーマンションでも探しなさいって言ってるし」

とナナは言ったが

「この前来たときに母さんもインターンシップとか就活で来ることがあるならうちに泊まれって言ってたじゃん。それに、父さんたちとは家で会うこともあんまり無いから気兼ねする必要ないよ」

と奏は言った。

「でも…」

とナナが言うと

「大丈夫だって。まぁ、俺も勉強あるからナナの相手ばかり出来ないけどさ。使えるものは何でも使った方がいいよ」

と奏は言った。


奏が夏休みに入ると約2ヶ月ぶりにナナが東京にやって来た。

「お世話になります」

とナナが奏に頭を下げると

「どうしたの?そんなかしこまった挨拶しなくていいから」

と奏は笑った。

「そっか…」

とナナが恥ずかしそうに言うと

「荷物結構いっぱいあったよね?一応、前に使った部屋に置いといたけど」

と奏は言った。

「本当にごめんね。奏君だって受験勉強で忙しいのに…」

とナナが電車に乗りながら言うと

「別に迎えに来るぐらいの時間はあるよ」

と奏は笑ったあと

「明日からすぐにインターンシップ始まるんだよね?ジェネシスの行き方わかるの?」

と聞いた。

「うん。一応、調べてはきたから大丈夫だと思うよ。確か奏君の家から電車の乗り換えは無しだよね?駅出たら左に歩いて信号2本目を曲がって…」

とナナが聞くと

「…大丈夫?一応、下見しておく?」

と奏は不安そうに聞いた。

「大丈夫だよ。私、奏君と違って方向音痴じゃないから」

とナナが笑うと

「さすがに事務所の場所は間違わないし、俺は方向音痴じゃないから」

と奏はムッとした顔をした。

「はいはい。道を覚えるのが面倒で嫌いなだけだもんね」

とナナが言うと

「そうだよ。そうゆうのに頭使いたくないだけだよ」

と奏は言った。


ジェネシスの最寄り駅に着くとナナがジェネシスとは逆方向へ歩いて行こうとしたので

「そっちじゃなくて、こっちだよ」

と奏は言った。

「えっ?だって駅出たら左じゃないの?」

とナナが聞くと

「本当に地図調べたの?」

と奏は聞いた。

「調べたよ」

と言ってスマホの地図アプリを開いたナナは

「あっ、右って書いてある…」

と呟いた。

「だろ?まずさ、そのアプリだと出口が西口だけど東口の方が近いし分かりやすいから。東口出て右に向かってあのビルの方へ行くって覚えて」

と奏が言うと

「うん。東口出てあのビルに向かって右に進む…東口出て…」

とナナは何度も復唱していたので奏はクスッと笑った。。

駅を出て本目の信号のところで奏は

「ここの信号。駅から3本目信号あるこの牛丼屋のとこの横断歩道渡るんだよ」

と言って横断歩道を渡ると

「うん。3本目で牛丼屋のある信号。横断歩道渡るんだね…」

とナナは呟いた。

横断歩道を渡り終えると

「そのまま真っ直ぐ進んでいくと…ほら、英語でジェネシスって書いてある看板があるビル」

と奏は看板を指差した。

「うわぁ、なんかお洒落なビルだね」

とナナが呟くと

「去年建てたばかりらしいからね。父さんいわく、このビルを建てたせいで馬車馬のように働かされてるらしいよ」

と奏は笑った。

「馬車馬って…」

とナナも笑うと

「でも、案外嘘じゃないかも。俺も馬車馬のように働かされたもん」

と奏は言ったあと

「さっ、いつまでも見てて誰かに会ったら面倒だし戻ろう」

と言った。


奏の家へ向かう道を歩きながらナナは

「奏君は仕事ないの?」

と聞いた。

「うん。たまに生存確認に呼ばれることはあるけど」

と奏が言うと

「生存確認って」

と笑いながら

「ねぇ、芸能人の打ち合わせって言ったら、ちょっと高そうなお店でご飯囲みながらとかなの?」

とナナは聞いた。

「そんなわけないじゃん。他の人はどうかわかんないけど、俺は事務所でしかしないよ」

と奏が笑うと

「そうなんだ。じゃあ、もしかして事務所で会うこともある?」

とナナは聞いた。

「どうだろ?まぁ、会ったとしても俺は知らん顔するけどね」

と奏が笑うと

「そりゃそうだよね。私も知らん顔して挨拶するよ」

とナナも笑った。

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