二人の距離
レストランで綾子が来るのを待っている和は、平然を装っていたが心の中はドキドキしていた。
今日、休みだった和は知り合いに頼み大きな花束を用意した。
綾子の好きな向日葵を買った。
部屋に来た綾子を驚かそうとリビングのテーブルいっぱいの向日葵。
綾子は驚いて「こんなにどうするの?」って言いながらも喜ぶだろうな。。
寝室に隠してある大きなダイヤが輝くガーネットが散りばめられたエンゲージリングは綾子が寝てる間に左薬指にはめよう。
朝、目が覚めたら綾子はなんて言うかな?
もしも先に目が覚めても綾子の驚く顔が見たいから、寝たふりしてようかな?
和はこれから綾子に仕掛けるサプライズの事を考えると楽しくもあり幸せな気持ちにもなった。
「なっちゃん、お待たせ」
綾子はいつものように笑顔で和の側にきた。
「綾子、その服…」
と和が言うと
「この前、なっちゃんが買ってくれた服。あんまりスカート履かないからちょっと恥ずかしいんだけど…」
と綾子は笑った。
「やっぱり綾子はスカートも似合うね」
と和が言うと綾子は嬉しそうな顔をした。
食事をしながら二人は香港の話をした。
「テレビで見たけど、空港にもスゴいファンの人が来てたよね?」
「本当、スゴいよ。…何だろ?日本とはパワーが違うんだよね。ライブだけじゃなくてイベントとかでもちょっと怖くなるぐらいパワーがあって倒れる人が出るんじゃないかって心配になったよ」
「それだけボレロが好きで、香港来るのを待っていたんだね」
「確かにそう考えると嬉しいよね」
「スゴいね…。そんなスゴい人とご飯食べてるとかバチが当たりそうだな」
と綾子は笑った。
「綾子は具合どうなの?良くなった?」
と和が聞くと
「みんな心配してるし病院で診てもらったんだけど、疲れがたまってるって言われたから、無理やりでも寝るようにしたら治ったよ。やっぱり睡眠って大事なんだね」
と綾子は言った。
「そっか。安心した。でもこれからは無理しないでよ。綾子は頑張り過ぎるからさ」
と和が言うと
「大丈夫だよ。…そういえば、なっちゃんに頼まれてた曲。実は出来たんだよね」
と綾子は言った。
「え?もう?」
と和が驚くと
「うん。なっちゃんの事を考えてたらイメージ浮かんできて、相川さんに手伝ってもらってデモは出来たんだ」
と綾子は嬉しそうに言ってから
「でも、今まで作ってきた曲と全然違うから相川さんに驚かれた。本当は今日持って来たかったんだけど、相川さんに渡したままになってて…。今度渡すね」
と綾子は笑った。
二人は食事を終えてレストランを出た。
「もう部屋に帰る?それともどこか寄ってく?」
と和が聞くと
「…たまにはちょっと歩きたいかな」
と綾子は言った。
「歩く?」
と和が聞き返すと
「うん。昔みたいに二人で歩きたい」
と綾子が言ったので、二人はホテルを出て手を繋ぎ歩き始めた。
「高校生の頃さ。渉たちに始めて会った日なっちゃん不審者って言われて落ち込んでモデルの人のところに慰めてもらいに行こうとしたよね」
と綾子が言うと
「あれは綾子がユキのファンだって言ったから…。って言うか、慰めてもらいに行こうなんてした?」
と和は言った。
「したよ。村上さんの車の中で電話してたじゃない」
と綾子が言うと
「あー、あれは綾子が心配して俺のところに来るのが分かってたから、焼きもち妬かせようと電話してるふりをしたんだよ」
と和は言った。
「ふーん…」
と綾子が言うと
「何?信用出来ないの?」
と和は言った。
「信用出来ないってわけ言うか…」
と綾子は言ってから
「私と別れたら、なっちゃんまた女遊びするのかな?って思っただけ」
と言った。
「何それ?俺は綾子だけだもん。他の女になんて興味ないし…」
と和が言うと
「なっちゃん…ごめん」
と綾子は突然言った。
「別に謝る事じゃないよ。実際、綾子が好きなのに女遊びしてた最低な男だったし…」
と和が言うと
「違うの。…私と別れて欲しいの」
と綾子は言った。
「…」
和は突然の出来事に頭が真っ白になった。
「ごめんなさい」
と綾子が和の手を離し頭を下げると
「何?そんな冗談笑えないよ。本当、綾子も意地悪だな」
と和は笑ったが、頭を下げてる綾子が震えてるのに気付いて
「綾子、頭をあげなよ」
と言った。
「ごめんなさい…」
と頭を上げない綾子を見て
「頭を上げろよ!」
と和は怒鳴った。
ビクッとして頭を上げた綾子の目には涙が流れていた。
「綾子、どうして突然そんな事になるの?おかしいだろ?」
と和は言ったが綾子は何もこたえなかった。
「俺、何かした?それともボレロのナゴミと違い本当は頼りない俺に愛想尽かせた?」
と和が言うと綾子は頭を横にふった。
「じゃ何で?理由は?俺のどこがダメなの?」
と和が聞くと
「なっちゃんのせいじゃない。私が悪いの。私が…なっちゃんよりも大切にしたい人が出来たから」
と綾子は泣きながら言った。
「大切にしたい人?なんだよそれ?俺は納得しないよ。…俺は綾子の言うことならなんでも聞くって思ってるかもしれないけど、別れる事だけはしないよ。綾子に俺よりも大切にしたい奴が出来るなんて信じられないよ。って言うか綾子に大切にしてもらわなくていいよ。俺が綾子を大切にして絶対幸せにするから別れるなんて言うなよ」
と和は綾子の腕を掴んだが、綾子は何も言わす俯いて泣いていた。
「…本当はサプライズにするつもりだったけど、部屋に向日葵をいっぱい用意したんだ。綾子がそれを見たら驚くかな?喜ぶかな?って思いながらたくさん用意したんだ。…それから綾子が眠ったら綾子の薬指に指輪をはめようって…。朝、驚いてる綾子に結婚しよう家族になろうって言ったらどんな顔するかな?って…考えてたら、スゴく楽しみで…。なぁ、綾子が言ったこと忘れるからさ。これから俺の部屋に行こう。そして、ずっと一緒に暮らそう。綾子がSperanzaで俺たちみたいにアジアや世界目指したいなら子ども欲しいなんて言わない。俺が忙しくて寂しいなら仕事も減らしてもらえなるように頼んでみるよ。料理も洗濯も掃除も手伝うよ。綾子に甘えるばかりじゃなくて、綾子が頼れる男になるれるように頑張るよ。寂しい思いも悲しい思いも絶対させないよ。だから…別れたいなんて言わないで」
と和は震える声で言った。
綾子は和の気持ちがとても嬉しかった。
こんなに自分の事を思ってくれる人には生涯と出会えないと思った。
この人と一緒に生きていけたら世界一幸せになれると思った。
けど、やっぱり足手まといにはなりたくない。
お腹の中で少しずつ成長している和の子どもを失うこともしたくない。
「…ごめんなさい」
綾子はそれしか言えなかった。
長い沈黙の後
「もう本当にダメなんだね」
と和は弱々しい声で言った。
「ごめんなさい…」
綾子が言うと
「…やっぱり俺は綾子のお願いは絶対に聞いちゃうんだな」
と和は言った。
「…」
何も言わない綾子に
「分かったよ。綾子が別れたいなら仕方ないよ。だから、もう泣くな」
と和は優しく綾子の涙を拭った。
「ここで別れよう。じゃないと、また未練がましく綾子と別れたくないって言ってしまいそうだからさ」
と和は言った。
「…ごめんなさい」
と綾子が言うと
「ごめんなさいは聞き飽きたよ。これからだって仕事で会うこともあるだろうし」
と和は手を差し出し
「とりあえず、同じ事務所の仲間、先輩後輩としてこれからもよろしくな」
と言った。
「ありがとう」
と言って綾子は和の手を握ったが、二人はすぐに手を離した。
「綾子、先に行って」
と和が言うと綾子は一度頭を下げてから、歩き出した。
綾子は、自分から言い出したとはいえ本当に和と終わったんだと思うと悲しくて寂しくて涙が次々溢れてきて止まらなくなった。
もしも今、和が追いかけてきてやっぱり別れたくないって言ったら、妊娠してることを伝えて結婚して欲しい和の赤ちゃんを産みたいと正直に言おうと思った。
また、和は自分のもとを去って行く綾子の後ろ姿を眺めながら、もしも一度だけでも綾子が振り返ったら立ち止まったら、どうしても別れたくないって綾子を抱き締めて最後の悪い足掻きをしようと思っていた。
けど、綾子が振り返ることも和が綾子を追いかけることもなく二人の距離はどんどん離れていった。




