初めてつく嘘
小樽に向かう電車に乗ったナナが
『今から帰宅。電車で寝ちゃいそう』
と奏にlineを送ったのと同時にシャワーを浴びて少し眠ろうとしていた奏はベッドに横になり
『おはよ。まだ遊んでるの?』
とナナにlineを送った。
「えっ!返事はやっ」
と送ったと同時に返事が来たので奏が驚いた顔をしてると
『遊んでないよ。今、帰りの電車』
とナナからlineが送られてきた。
『電車混んでる?』
と奏が送るとナナは嬉しそうな顔をして
『札幌行きは混んでるみたいだけど小樽方面は空いてて座れるよ』
と返事をしたので奏は
『こっちはスゲェ混んでた』
と送った。
『初日の出見にどこに行ったの?』
『羽田空港近くの公園。そっちは?』
『奏君と泊まったホテルの展望室。ユイナと二人で見に行ったよ』
『ユイナさん、彼氏と行かなかったの?』
『彼氏は東京の実家に帰省中。ユイナの彼氏って勇次郎君の従兄弟って知ってた?』
とナナが送ってきたのを見て
「マジ?」
と奏は驚いた顔をして
『知らなかった』
と送った。
『彼氏が実家帰ってからわかったみたいだよ』
『勇次郎、何も言ってなかった。今度聞いてみる』
『ユイナ、彼氏から勇次郎君のこといろいろ聞いたみたいだよ』
『いろいろ?』
『有名な進学校通ってるとか。T大目指してるとか』
とナナが送ってくると奏は少し考えてから
『勇次郎、夢あるから勉強頑張ってるし行けるんじゃない?』
と送った。
『行けるんじゃない?って簡単に言うけど、私なら100年かかっても行けないような大学だよ』
『10年あれば行けるんじゃない?』
『無理だよ。ちなみに奏君の目指してる大学は?』
とナナは送ったが返事がなかなか来なかったので
『受かったら教えてくれるんだっけ?』
と送った。
奏はそのメッセージを見て琳たちの言う通り自分のことを知られたくないと隠すんじゃなくて少しずつでも自分のことを知ってもらった上で付き合った方がいいのだろうか?と思い
『志望校はK大』
と送った。
「K大…。スゴい…」
とナナは呟くと
『学部は?』
と送った。
『法学部』
と奏が送ると
「K大法学部…。確かユキもK大法学部出身だし奏君の中では普通のことなのかな…」
とナナは呟きながら返信を送った。
『将来は法曹目指してるの?』
と言うナナからのlineを見て
「あれ?意外とあっさりしてる?」
と呟いた奏は
『うん。ナナさんの学部は?』
と送った。
『人文学部だよ』
とナナが送ると
『文系は一緒だ』
と奏がかえしてきたのでナナは、K大狙いと言うことはもしかしたら北海道のH大も奏の頭の中に少しはあるのかもと期待して
『他の大学は考えてないの?』
と送った。
「…他の大学」
と呟いた奏はナナの様子からT大が本命だと言っても距離を感じないでくれるかもしれないと思い
『本命はT大』
と送ったがすぐに
『って言えればいいんだけど』
と送ってしまった。
『でも、お父さんもT大出身だしあと1年あれば奏君ならねらえるんじゃない?』
と送られてきたlineを見た奏は胸をチクッと痛くして
『無理。K大でも難しいって言われてるし。だから言いたくなかった』
と送った。
「それでも私なんかよりずっとスゴいのに…」
と呟いたナナは話題を変えようと思い
『お正月は何して過ごすの?』
と送った。
『今夜は、ばあちゃん家に行く』
『おばあちゃんの家?』
『新年会。そっちは?』
『うちも親戚くるみたい』
『お正月は着物着たりするの?』
『しないよ。成人式には着るけど』
『今年成人なの?』
『そうだよ。大人の仲間入りだよ』
『大人ね…』
『なに?』
『大人の仲間入りって何するんだろ?』
『お酒飲んだり?』
『この前も飲んでたじゃん』
『選挙権?』
『法律変わって18才からになるよ』
『あんまり変わらないね』
『変わらない方がいいよ』
『そう?』
『でも着物姿は見たい』
『写真送るよ』
ナナのlineを見た奏は次の言葉を書くか書くまいか迷ってから
『実物見たい。会いたい』
と送った。
「…」
ナナは涙がこみあげてきて何も言えなくなった。
…自分も会いたいとナナが思ってると
『あと、29日たったら会えるけどね』
と奏からlineがきたのでナナは一度深呼吸をして心を落ち着かせると
『そうだね。みんなでパフェ食べようね』
と送った。
『楽しみにしてる。ナナさん、いつからバイト?』
『明日から。奏君は?』
『4日から』
『また遅くまで?』
『学校始まったらそんなに働けなくなるから今のうちに働くしかないしね』
『学校って許可してくれてるの?』
『もちろん』
『そんな遅くまで?高校生なのに?』
『もちろん』
『本当?』
『成績落とさない範囲なら良いって』
『それって本当に高校生のバイト?』
とナナが送ると奏は少し考えてから
『仕事だよ』
と送ったがナナは奏が何かを隠してるような気がして
『相川さんのところで仕事してるって本当なの?』
と送った。
『もちろんだよ。信じられない?』
と返事がきたのでナナは
『そうじゃないけど』
と返したが、本当に家政婦のバイトをしているのだろうか?という疑問が心の中に浮かんだ。
奏は布団に入り目を閉じたがナナに嘘をついてしまったことを考えていた。
『お父さんもT大出身だし1年あれば奏君もねらえるんじゃない?』
きっと何気なく言った一言だと思うし励ますつもりで言ってくれたと思うけど…嘘をついてしまった。
本当に相川のところで仕事をしているのかと聞くナナに相川と一緒に仕事をしているとは言えなかった。
親や環境や仕事や勉強…そんなものは関係なく一人の男として自分を見て欲しいし好きになって欲しい。
…琳が言っていたことも勇次郎が言っていたこともわかる。
琳が言うように秘密を持つことが不信感に繋がることも勇次郎たちが何も変わらずいてくれてることもわかってる。
…けど、ナナが琳たちと同じように変わらずにいてくれる保証なんて1つもない。
それが怖くて嘘をついてしまったし相川のところで働いているとしか言えなかった。
「どうしよう…」
自分を見て欲しいと言いながら嘘をつき自分を隠すことへの後ろめたさと、一度ついてしまった嘘をいつどうやって話せばいいのか、嘘をついたことをナナはどう思うだろうか言う不安が奏にのし掛かってきていた。
家に着いたナナはサイドボードに飾ってある奏にもらったクリスマスオブジェを眺めてながら奏のことを考えていた。
K大を目指すだけでもスゴいことなのに落ちたら恥ずかしいから言えなかったと言う奏は、自分が過ごしてきた高校生活とはまるで違う日々を過ごしているのだろうか?
有名な進学校へ通い勉強が好きだと言っていたけど、本当は自分も両親やおじさんと同じように有名大学に入らないといけないと言うプレッシャーを感じながら頑張っているのかもしれない。
奏が今まで誰とも付き合わなかったのは恋愛に興味が無かったのではなく興味を持つ余裕が無かったのかもしれない。
「なんか…可哀想だな」
とナナは呟きスマホを開き、奏と一緒に撮ったクリスマスの写真を見た。
ツリーの前で…イルミネーションの前で…お互いにプレゼントしあったピアスを着けて…。
もしも自分が付き合うフリをして欲しいと頼む前に奏が恋愛に興味を持つようになっていたら、奏の隣に写る女性は自分じゃなかったのかもしれない。
そう考えると奏のことが可哀想だと思うのと同時に興味を持たないでくれて良かったと喜んでしまう自分もいる。
「でもなぁ…」
受験生になって今よりも忙しくなったら勉強の邪魔だからと距離を置かれ別れを切り出されてしまったりするのではないだろうか?
「まさかね…。奏君に限ってね…」
とナナは小さく笑いInstagramを開いた。
清雅が天才と言うほどの曲を作り、エンドレスの主題歌まで作ってしまう新人。
今まで全然興味は無かったけど、奏と同じ名前だと思うと興味を持ったり応援したくなるのは単純なのだろうか?
カナデのページをタップしナナは写真を1つ1つ見た。
同じ名前、同じ時に同じように札幌にいたこと、同じ場所で初日の出を見ていたこと…あまりにも偶然が重なるような気がする。
「あっ…」
ナナはカナデが載せたアクセルの小太郎にもらったというピアスの写真を見て驚いた顔をして奏と一緒に撮った写真を見た。
「これ、同じだ」
同じデザインのピアスぐらいどこにでも売っているとは思うけど、奏があの日着けていたピアスとカナデが小太郎にもらったピアスが同じなんて偶然まであるのだろうか?
「でも、奏君は相川さんのことろで家政婦のバイトしてるって言ってるし、勉強忙しくてミュージシャンなんて出来ないだろうし…それに高校生だし…それに…それに自分も今度聴いてみようかなって言ってたし…でもこんな偶然ばかり…」
ナナは頭が混乱して何が何なのかよくわからなくなってきたが
「きっと寝てないからだ。寝てないから頭がまわらないんだ」
と自分に言い聞かせてベッドに横になった。




