ナナの心
部屋を出たナナはエレベーターの前で肩を落としてため息をついた。
奏に会いたくて会いたくて、今日が来るのがずっと楽しみで、1秒でも早く奏に会いたくて駅で待ち合わせって言ってたのを無視して空港まで迎えに行って…。
ドアが開くとナナはエレベーターに乗り22階に降りた。
庶民の自分にとって最初で最後になるかもしれないような夜景を一望出来る高層階の部屋に泊まって、最初で最後になるかもしれないようなイケメンの年下高校生とのデートして、普段なら来れそうもないようなスパに入って…夢見て憧れていたクリスマスの何倍もスゴいクリスマスイブを過ごしているのに今は孤独を感じて寂しい気持ちになる。
「なんで奏君なのかな…」
とナナは呟いた。
一目惚れと言ったら奏は嫌がるだろうけど、函館山で声を駆けられた瞬間から奏のことを気になった。
ナゴミに似てるからなのか?あんな見た目してるのに緊張した様子で声をかけてきたことのギャップに惹かれたのかわからないけど、札幌に戻る時には頭の中は奏のことでいっぱいだった。
だから、小樽で再会したときはもしかしたら運命なんじゃないかと想ったし、東京に行くときは運命を引き寄せないといけないと強く思った。
会えば会うほど話せば話すほど奏に惹かれていく。
どこがどう好きなのかと聞かれたらこたえられないけど、今までこんなに好きになった人はいないと…今まで自分は本当に好きだと思える人と出会ってなかったんだと思えるほど奏が好きだ。
…好きが大き過ぎてどうしていいのかわからなくなる。
付き合い始めたばかりの頃に電話でクリスマスデートに憧れてるって話をしたことがあった。
『クリスマスって友だちや家族で過ごすもんだと思ってたら琳がクリスマスは恋人同士にあるもんだって言って彼女作らなきゃって頑張ってるんだよ』
と奏が笑うと
「でも、恋人と過ごすクリスマスって憧れるじゃない。…私は経験ないけど」
とナナは言った。
『そうなの?でもさ、それって普通のデートと何が違うの?プレゼントとケーキ食ってのが増えるだけじゃん』
と奏が言うと
「それ言っちゃうと何も言えなくなるけど…。でも、クリスマスは特別だよ」
とナナは言った。
『ふーん。じゃあさ、ナナさんの理想って言うか憧れてって言うか…妄想のなかのクリスマスってどんな感じ?』
と奏が聞くと
「私?私はね、まずは彼氏と二人で一緒にプレゼント選びに行くの」
とナナは言った。
『プレゼント?一緒に?』
と奏が聞くと
「うん。どうせなら相手の人が欲しいものをあげたいから一緒に買い物行ってお互いにプレゼント買うの。あとは買い物してちょっと疲れたらカフェでお茶して、そのあとまた買い物して…」
とナナは言った。
『買い物ばっかりだね』
と奏が笑うと
「いいの。あとは二人で夕食食べて大通公園のイルミネーション見に行って…クリスマス市見たりして…」
とナナは言った。
『クリスマス市?』
と奏が聞くと
「うん。いろんな雑貨屋さんとか食べ物とかドリンクのお店が出てるの。でね、イルミネーション見てちょっと寒くなっちゃったら二人で暖かい飲み物飲んだり雑貨屋さん巡りして買い物したり…」
とナナは言った。
『また買い物?ナナさんと一緒だといくらお金有っても足りなさそう』
と奏が笑うと
「いいのよ。クリスマスぐらいは奮発しないと。…イルミネーション見たあとは二人でお泊まりかなぁ』
とナナは言った。
『お泊まりって…。お子さまみたいなくせにそんなとこだけ大人びてエロいな』
と奏が言うと
「別にエロくないよ。ただ、クリスマスイブはずっと一緒にいたいってだけ。何もしなくてもいいもん。女の子は好きな人と一緒にいるだけで幸せって感じるんだよ」
とナナは言った。
『ふーん。勉強になるな…』
と奏が言うと
「勉強になるなんて全然思ってない言い方して…」
とナナは言った。
『そんなことないって。将来のために参考にさせてもらうよ』
と奏が笑うと
「絶対思ってないでしょ。いいわよ。どうせ私はクリスマスには無縁の人間です。妄想ぐらいいいじゃない」
とナナは言った。
それから2週間後、奏から突然クリスマスイブに札幌に来るという話を聞いた。
どうして突然来るなんて言い出したのかわからず聞いたら、相川が仕事頑張ってるご褒美にクリスマスイブは彼女と過ごせと飛行機のチケットとホテルを用意してくれたと奏は言った。
その時、相川は神様じゃないかと思うぐらい感謝した。
相川が用意してくれなかったら奏は札幌になんて絶対来てくれないどころか来ようなんてことは1秒すら考えなかっただろうから。
…本当を言うとクリスマスイブなんてことはどうでもよかった。
奏に会えるならクリスマスじゃなくてもよかった。
ただ、奏に会えるってことが嬉しかった。
札幌にきた時は美味しいもの食べさせるって約束したからすぐにネットで調べたり友だちに聞いたりして店を予約した。
奏にピアスをプレゼントするって約束したからいろんな店にピアスを見に行った。
少しでも可愛いと思われたくてダイエットもしたし服だって自分にしては奮発して買った。
奏のために…奏に少しでも女の子として意識してもらえるようにって努力してきた。
…なのに、こんなことになるなんて。
奏と一緒にいることが出来るならそれだけで充分だと思っていたのに…。
奏は自分が話したクリスマスデートに付き合ってくれたのに…。
スゴい優しくしてくれるのに…。
…優しくされればされるほど距離を感じる。
前に男に騙されたことを話したから奏は自分に気を使って優しくしてくれてる。
気を使って自分の喜ぶようなことを完璧にしてくれる。
いつもみたいな意地悪言わないし、エスコートしてくれて二人で写真も撮ってくれるし、お茶してるときにケーキ食べさせてくれたし、手も繋いでくれたし、お揃いのネックレスまで買ってくれた。
…まるで本当の恋人同士みたいなことを完璧にしてくれる。
…恋人のフリをしてくれてるってことさえも忘れてしまいそうになるぐらい優しくしてくれる。
違う…恋人のフリを演じてくれてる。
「そうゆう男が好きだって言われても演じるの嫌だし付き合えない」
遠回しだけど、完璧な彼氏を演じてるんだって言われた。
その事を忘れるなって…勘違いするなって釘を刺されたような気もした。
「…」
お湯に浸かりながらナナは泣きそうになった。
勘違いするなって言われてもしてしまいそうなことを奏は言う。
好きなのかな?なんて聞かれたってなんてこたえればいいのかわからない。
もし好きだって言ったら嬉しいなんて言わないで欲しい。
本気で付き合いたいって言ったらどうする?って聞いた時に何も変わらないなんて言わないで欲しい。
変わらないなんて…今と同じように完璧な彼氏を演じてくれてるなんて言われたくない。
キスしてって言ったらナナさんがいいならするなんて言わないで。
キスしたいバグしたいなんて本気で思ってないくせに簡単に言わないで欲しい。
心のないキスもバグも欲しくない。
「欲張りだな…」
とナナは小さく笑った。
声が聞きたい、会いたい、一緒にいたい、ゆっくりでも自分のことを好きになってもらえればいいなんて思ってたはずなのに…。
声が聞ければ会いたくなる。
会うことが出来たらもっと一緒にいたいと思う。
一緒にいると自分が奏を想ってるのと同じように奏にも想ってもらいたいと願ってしまう。
欲求はどんどん大きくなって…奏を困らせてしまうことばかりしてしまう。
大丈夫…。
今までだって気持ち隠してきた。
落ち込んでいたら奏を困らせてしまう。
困らせてしまうことはしたくない。
今の関係を壊すことは絶対にしたくない。
「大丈夫…。笑え…笑え…」
とナナは自分に言い聞かせた。
スパを出て部屋に戻るエレベーターのなか、ナナは奏のために買ったピアスのことを考えていた。
クロスの中央にブラックダイヤの埋め込まれているシルバーのスタッグピアス。
同じようなデザインのピアスは他にもたくさん見たけど、奏のためにあるんじゃないかというようなデザインに惹かれて取り置きまでしてもらった。
このピアスを見たとき奏はどんな顔をするだろうか?と考えるだけでもナナは楽しい気分になれた。
…エレベーターが止まりドアが開くとナナはとてつもない不安に襲われ始めた。
ホテルまでの帰り道のように、宙を舞うような一方通行の会話しか出来なかったらどうしよう。
もう、付き合ってるフリをするのをやめようと言われたらどうしよう。
もう、連絡とるのもやめようと言われたら…。
不安に震える指先でインターホンを鳴らすとナナは
「大丈夫…大丈夫…笑顔…笑顔」
と自分に暗示をかけ笑顔を作った。




