展望台で
展望台に着くと時間が遅いこともあり予想していたよりは混雑していなかった。
「綺麗…」
と綾子が夜景を見て呟くと和も隣に立ち
「うん。綺麗だね…」
と呟いたがすぐにまた無視されるのに余計なことを言ってしまったと思い綾子から少し離れた。
一緒のものを見て同じことを感じてるのにそれを共有出来ない寂しさに和がため息をついていると、一組のカップルが和に話しかけてきた。
「あ…あの。もしかしたら、ナゴミさんですか?」
と 少し緊張した様子で20代後半ぐらいに見える男性が声をかけてくると
「あっ…はい」
と和はこたえた。
「やっぱり?あの…僕たちナゴミさんのファンで…。今、新婚旅行でニューヨーク来てるんですけど、まさかニューヨークでナゴミさんに会えるなんて…」
と男性が更に緊張した様子で言うと
「スゴい嬉しい。あの…握手してもらえますか」
と一緒にいたこちらもやっぱり20代後半ぐらいの女性が震えながら手を差し出した。
「本当はしないんだけど、新婚旅行のお祝いに代わりに…」
と和が笑顔でそれぞれと握手すると
「ありがとうございます。…あの、図々しいお願いなんですけど夜景をバックに写真お願いしたいんですけど…」
と男性が言ったので
「写真?いいけど、上手く撮れるかわからないよ」
と和は言ったが
「いや、ナゴミさんと一緒に…」
と男性は言った。
すると和は少し困った顔をして
「プライベートでは写真撮らないことにしてるから…」
と言った。
「そうですよね?調子に乗ってすみません…」
と男性が言うと
「そうだよ。握手しもらっただけでも充分じゃない」
と女性は男性の背中を叩いた。
「だって…。一生に一度の新婚旅行でナゴミさんに会えたんだよ。こんなスゴい偶然無いって思ったから…」
と男性が言うと和は二人の微笑ましい姿に
「本当は撮らないんだけど、新婚旅行の思い出に特別にいいよ」
と言ったので、少し離れたところで様子をうかがっていた綾子は驚いた顔をしたが、それに気付かない和は一緒に写真を撮ることを喜んでるカップルと写真を撮ってくれる人を探していたが綾子と目が合ったので
「写真撮ってもらえます?」
と綾子に聞いた。
写真を撮ることを断る訳にもいかないし、このまま黙ってると自分のこともバレるのは時間の問題かもしれないと思った綾子が
「いいですよ」
と笑うと男性は嬉しそうに綾子にカメラを渡した。
「撮りますよ…はい、チーズ。もう1枚…はい、チーズ」
と綾子が写真を撮ると男性は
「ありがとうございます」
と言って綾子からカメラを受け取り和と女性と一緒に写真を確認して
「とても上手く撮れてます。本当にありがとうございます。一生の宝物にします」
と和に言ったので
「こちらこそ。幸せをお裾分けしてもらったみたいで嬉しいよ」
と和は笑った。
そのあとも和とカップルは話を続けていたので綾子がその場から離れたところに移動して一人で夜景を見てると
「写真撮ってくれたのって…綾子さんですよね?」
と女性は和に聞いた。
「えっ!嘘っ!ナゴミさんと写真撮ってもらうことに夢中になっちゃって気付かなかった。俺、失礼なことにしゃったよ」
と男性が慌てると
「大丈夫だよ。彼女はそんなことで怒らないから…」
と和は言った。
「でも…本当にすみません。せっかく二人でいたのを邪魔するみたいなことしちゃって」
と男性が言うと
「大丈夫だから。本当に気にしないで」
と和は言った。
「…綾子さんだって有名人なのに嫌な顔しないで写真撮ってくれて。スゴい優しい人なんですね」
と女性が言うと
「それを聞いたから喜ぶよ」
と和は言ったあと
「じゃ、新婚旅行楽しんで。末長くお幸せに」
と笑って二人と別れて綾子の隣に歩いて行った。
綾子が夜景を見ていると
「 あの二人、新婚旅行で来てるんだって。俺たちも新婚旅行したかったね。…ってか、二人だけで海外に来たのも初めてだけど」
と和は言ったが綾子が何も言わないので
「まぁ、いいや。どうせ、独り言だし」
と和は言った。
「…」
綾子がほんの一瞬だけチラッと和を見てすぐに展望台の外に視線を戻したのに気付いた和が
「…なに?」
と聞いたが綾子は返事をしなかったので
「はいはい。独り言です」
と言って綾子と同じように外を見てると綾子は観光客にぶつかってしまい5番街で買ったものが入ってる紙袋を床に落としてしまった。
「あっ…」
と綾子が紙袋を拾おうとすると先に和がかがんで紙袋を拾い上げ
「はい…」
と渡そうとした。
「…」
綾子が黙って紙袋を見つめていると和はとても不機嫌そうな顔になり
「あっそ。俺からは受け取りたくないか。…もういいや。勝手にしろ」
と和が言うと綾子は
「それ、なっちゃんのも入ってるから持ってて」
と言った。
「俺の…?」
と和が紙袋の中身を見ると先ほど買ったニット帽とマフラーと一緒にメッセージガードが入っていたので和はガードを取り出して見た。
「Please love only me』
と書かれたガードを見た和が嬉しそうに綾子を見ると綾子は固く口を閉じて夜景を眺めていたが、その口元は小刻みに震え瞳には今にも溢れてきそうなぐらい涙を浮かべていた。
「…もちろんだよ。今も昔もこれからもずっと綾子だけ愛してるよ」
と和が言うと綾子はゆっくりと目を閉じたかと思うと身体を震わせポロポロと涙を流しはじめたので、和が綾子の涙を指で拭いながら
「綾子も俺だけ愛してくれる?」
と聞くと綾子はうんうんと小さく頷いた。
「ギュッてしていい?」
と和が聞くと綾子は今度は首を横に振ったので
「キスは…していい?」
と聞くと綾子はまた首を横に振った。
「じゃあ…、手は握っていい?」
と和が聞くと綾子はまた首を横に振ったので
「イヤイヤばかりだな…」
と苦笑いすると和は綾子に顔を近付けてチュッとキスをして
「あっ、勝手にしちゃった。また怒らせちゃう」
と言ったあと
「どっちにしても怒ってるんだし…いいか…」
ともう一度キスをして綾子を抱き締めた。
「離して…」
と綾子が和から離れようとしたが和は強く抱き締めて綾子が動けないようにして
「ダメ。絶対離さない」
と言った。
「…」
綾子が抵抗する力を抜いて和の胸で泣いてると
「ごめんね。いっぱいごめんね。でも、ごめん…愛してるよ」
と綾子の髪にキスをした。
少し離れたところで夜景を見ていた先ほどの新婚カップルの女性が和と綾子に気付いて
「ねぇねぇ、ナゴミと綾子が抱きあってるよ」
と男性に小声で言った。
「二人に会っただけでもスゴい事なのに、あんなレアな場面見れるなんて…」
と男性がカメラを向けようとすると
「やめなよ」
と女性は言った。
「でも、こんな場面なんて一生見れないよ」
と男性が言うと
「でも、やめた方が良いって。ナゴミも綾子も私たちと同じ普通の人なんだよ。勝手に抱き合ってる写真なんて撮られたら嫌だと思うよ」
と女性は言ったあと
「一緒に写真撮ってもらったんだしいいじゃない」
と言った。
「まあね…」
と男性がカメラをおろすと
「ちょ…今度はキスしてるよ」
と女性は言ったあとため息をついて
「絵になるねぇ…。まるで撮影か何かみたい」
と羨ましそうに言った。
「そりゃ、ナゴミと綾子だもん。いるだけで絵になるでしょ」
と男性が言うと
「でも、二人ってテレビとかで見てると夫婦だってこと忘れちゃうけどスゴく仲の良い夫婦なんだね」
と女性は言った。
「だな。俺たちも何年経ってもあんな風に仲の良い夫婦でいたいな」
と男性が言うと
「そうだね。仲良しでいようね」
と女性も言った。
閉館ぎりぎりまで夜景を見ていた和と綾子はタクシーに乗ったが綾子が自分の泊まってるホテルに行くように頼んだので
「ねぇ。荷物、明日取りに行けばいいんじゃない?せっかく仲直りしたんだし一緒に泊まって仲良くしようよ」
と和は言った。
「…仲良くしたくないし仲直りしたつもりもないです」
と綾子が言うと
「仲直りしてないの?…まだ、怒ってる?」
と和は聞いた。
「怒ってないし、もともとケンカしてないし」
と綾子が言うと
「そりゃケンカはしてないけど…怒ってるだろ?」
と和は聞いた。
「怒ってるんじゃなくて私は許さないって言ったのよ」
と綾子が言うと
「それは違うの?」
と和は更に聞いた。
「違うでしょ。怒りって言うのは時間が経てば収まるけど許す許さないは時間は関係ないでしょ?自分の中で許そうって気持ちにならないと許すことは出来ないし…」
と綾子が言うと
「許してくれる気持ちになったんだよね?」
と和は言った。
「許してないし許さないよ。どんな理由でもなっちゃんは約束破ったんだし私は許せない」
と綾子が言うと和は
「そっか…。そうだよな」
と言った。
「もしもだけど許せる日がくるとしたら、それはなっちゃんのことを好きじゃなくなった時だと思う。その時にはきっとあんな約束1つに振り回された自分がバカだったなって思うような気がするけど、今はまだなっちゃんのことが好きだから許せない」
と綾子は言ったあと
「許して欲しかったらまた約束破ればいいのよ。2度も同じことされてまで一緒にいれるほど心強くないし、今度は本当になっちゃんと別れて別の人生楽しむから」
と言った。
「でも好きなんだよね。だったら一生許してくれなくてもいいや」
と和が笑うと
「でも、今度は桃や向日葵持ってきても無理だからね」
と綾子は釘をさすように言った。
「大丈夫。今回で懲りたから絶対に約束破んないよ。だからさ…ねぇ、一緒に帰ろうよ。なんなら俺が綾子のところに行ってもいいけど」
と和は言ったが
「無理。調子に乗らないで。一人で帰って下さい」
と綾子は言った。
「仲良くしなくてもいいから、せめて膝枕だけでも」
と和は言ったが
「無理です。明日まで我慢して下さい」
綾子は言った。




