綾子の荷物
『帰らない』
と送られてきたlineを見て和は
「どうゆう事だ?」
と呟いた。
ミュージカルのチケットを購入するために行列をつくる人々の間を抜け和は地下鉄の駅に向かって歩いていたが、綾子から送られてきたlineがどうしても気になった。
『帰れない』じゃなくて『帰らない』。
ホテルに戻った和は部屋に入るとコートを脱いでクローゼットにしまおうとしたが扉を開けると驚きのあまり絶句した。
…綾子の服が無い。
クローゼットの引き出しを開けたが、そこにも服は入ってない。
慌てて部屋の中を隅々まで探したが……ギターもリュックもスーツケースも歯ブラシもと何もかもが消えていた。
「泥棒入ったのか?」
と和は自分の荷物を調べたが和の荷物は何1つとして無くなってるものはなく、綾子の荷物だけ無くなってる。
「どうゆう事だ?」
と呟き和は綾子に連絡しようとしたが、まだ撮影中だろうし仕事の邪魔になるような余計なことは言わない方がいいと思い直して佐伯に連絡した。
「佐伯、今ホテルにいるんだけど綾子の荷物が無くなってるんだけど俺の荷物はあるんだけど…」
と和が慌てて話すと
「和さん、落ち着いて下さい。落ち着いてゆっくり話して下さい」
と佐伯は言った。
「あ…」
と言って和は一度深呼吸をして
「綾子の荷物が無くなってるんだ。ギターもスーツケースも全部。でも、俺の荷物はそのまま残ってて…」
と言うと
「落ち着いて下さい。今、結城さんと山下さんも一緒にいるんで一緒に和さんの部屋に行きますから。少し落ち着いて待ってて下さい」
と佐伯は言った。
それから30分ぐらい時間が過ぎただろうか?
和は落ち着かない様子でソファーに座り佐伯たちが来るのを待っていた。
なぜ綾子の荷物だけが盗まれた?
女性物だけを狙った泥棒なのか?
でも置いてあったPCも綾子のだけを盗まれた。
さすがにPCや歯ブラシまでも女性物だとわかるか?
もし、根こそぎ盗むなら自分のも持っていくはずじゃないのか?
和があれこれと考えているとインターホンが鳴ったので和は慌ててドアを開けた。
「佐伯、遅い!何やってるんだよ」
と和は言うと、佐伯と一緒に来ている結城と山下と北原…そして隼人と誠を見て
「ど…どうしたんだよ。撮影長引いてるんじゃないのか?…綾子は一緒じゃないのか?」
と聞いた。
「なにが綾子だよ…」
「調子良すぎだろ」
と誠たちが小声で呟いていたがそれを無視して
「和、とりあえず部屋に入れてもらえないか?」
と結城は言った。
結城たちを部屋に招き入れると和は
「綾子の荷物が全部無くなってるんだよ。でも、俺の荷物は何1つとして盗まれてなくて…。こんなことある?おかしいですよね?」
と結城に聞いた。
「和、盗まれたって考える以外に荷物がなくなる理由って考えなかったか?」
と結城が聞くと
「他の理由ですか?」
と和は言った。
「例えば、荷物を運び出したとか。…綾子がこの部屋を出て行ったとか」
と結城が言うと
「えっ…綾子が出て行った?」
と和は驚いた顔をした。
「思い当たるふしは無いか?」
と結城が聞くと
「思い当たるふし?」
と和は考えたがすぐにはこたえが出なかった。
「夫婦の問題だから口出しはやめておこうと思ったけど目に余る部分があるな…。海外にきて開放的な気持ちになってるのか焼けぼっくりに火がついたのか知らんけど浮かれ過ぎてるのもどうかと思うぞ」
と結城が言うと
「…意味がわかんないですけど。だいたい、どうして綾子は部屋を出て行くんですか?」
と和は聞いた。
「まだしらばっくれるのかよ…」
と隼人が呟くと
「…和さん。今日の午後は何をしてました?」
と北原は聞いた。
「午後?街中ブラブラして綾子の仕事が終わるまでって時間潰してたけど」
と和が言うと
「…カフェでお茶してませんでしたか?」
と北原は聞いた。
「カフェ…?」
と言ったあと和はハッとした顔をしたので
「テラス席に座ってましたよね」
と北原は言った。
「今日、俺たちがどこでロケするか綾子に聞いてなかったんですか?」
と隼人が言うと
「本当ですよ。普通、嫁さんが仕事してるすぐ近くで他の女と会ったりしますか?ツメが甘いにもほどがありますよ」
と山下も言った。
「…」
和が呆然としていると
「撮影終わってたからいいけど、まだ残ってたらどう責任取ってくれるつもりだったんですか?夫婦の問題で片付けられる事じゃないですよ」
と北原は言った。
「綾子、ヨーロッパでも自分用の部屋を取って欲しいって言ってきました。和さんと一緒の部屋には泊まりたくないらしいです」
と山下が言うと
「違うんだ…」
と和は呟いた。
「違うって何が違うんですか?」
と誠は聞くと
「カンナは…」
と言って和が言葉に困ってると隼人のスマホが鳴った。
「すみません…」
と言って隼人がスマホを見ると渉からの着信だったので
「すみません、渉からなので…」
と言って部屋の隅へ生き
「もしもし?」
とスマホを耳にあてた。
「…えっ、カンナ?」
と隼人が大きな声をあげると誠たちは隼人の方を一斉に見た。
隼人が
「…うん。で、綾子は?……うん。……大丈夫なのか?………うん、うん?……渉も?……まあ、渉も一緒なら………わかった」
と話をしてスマホを切ると
「なに?綾子、なんかあったの?」
と誠は聞いた。
「伊藤さんも交えて飯食ってホテルに戻ろうとしたらカンナさんに会ったらしくて、カンナさんの家に行こうって強引に誘われたから伊藤さんだけ帰して渉も一緒に行くことになったって…」
と隼人が言うと
「渉、何してるんだよ」
と北原はため息をついた。
「どこまで綾子を振り回したら気がすむんだよ。本当、どいつもこいつも綾子のことをバカにして…浮かれるのも大概にしろよ」
と誠が和を見てイヤミっぽく言ってると
「いくらなんでも先輩にその口の聞き方は無いだろ?」
と結城は言ったが
「申し訳ないですけど、今は綾子の仲間として話をしてるんです。大事な仲間を傷つけられて黙ってられないですよ」
と誠は言った。
「昔の女に再会して気持ちが盛り上がっちゃって浮気するのは勝手だけどやるならバレないようにして下さいよ。和さんもわかってるでしょうけど、まだツアーは続きますからね。それでなくても綾子は疲れてるのに余計疲れるような原因作らないで下さい」
と山下が言うと
「浮気なんてするわけないだろ…」
と和は言った。
「じゃあ、何なんですか?浮気じゃなくて本気だって言いたいんですか?」
と誠が言うと
「違う。俺はただカンナに綾子には関わらないでくれって…言うために会いに行っただけで…」
と和は言った。
「そんなの信じられるわけ無いでしょ?たとえそうだったとしても和さんとあの女は過去にそうゆう関係にあったんだし、そう思われても仕方ないってことぐらいわかりますよね?」
と誠が言うと
「過去だって何もない。カンナとは寝たことは一度もない。カンナと俺はそうゆうのじゃないんだ」
と和は言った。
「和、あのな。和とカンナさんの間に何があるのかわからないけど、キチンと話をしてくれないと俺たちは綾子と仲直りさせる手助けは出来ないし、仲直りしたとしてもそれは表面上だけだろ?それで良いのか?日本に帰れば奏君だっている。子どもは親の変化に敏感だ。二人の様子がおかしいと奏君も悩むんじゃないか?奏君はまだ経験不足だし仕事とプライベートの切り替えが和たちほど上手く出来るとは思わない。おまえはその責任をどう取ってくれるんだ?」
と結城が言うと和は少し考えてからスマホを手に取った。
誠たちが今なぜ誰に連絡してるんだろうとイライラしながら和を見てると和は
「カンナ?…ごめん。やっぱりカンナと昔あったこと話させてもらうよ。…ごめんな。それからもう会うことないと思うから連絡先は消してくれ。俺も消すから」
と言って和はスマホを切った。
「…そんなにカンナさんが大事ですか?」
と山下が言うと
「そうだよ。仲間だったからな」
と和は言って
「だけど、一番大事なのは綾子だよ。だから、カンナだって近付けたくなかったんだ」
と和は言った。
「ここが私の部屋なの」
とカンナはアパートの鍵を開けると
「一緒に住んでる人が掃除とかしてくれるんだけど仕事でロスに行っててね。汚いけど入って」
と綾子と渉を部屋の中に入れて照明をつけた。
甘い香水の香りがするアンティーク家具に囲まれたカンナの部屋に入ると
「今、お茶用意するから座ってて」
とカンナはキッチンに立って言った。
「…」
「…」
綾子と渉はソファーに座り部屋の中をグルッと見渡した。
「あっ…これ…」
とサイドボードの中を見て綾子が言うと
「気付いた?SperanzaのCD。全部持ってるんだよ」
とカンナはコーヒーを持ってきながら嬉しそうに笑った。
「…ボレロのは無いんですか?」
と綾子が聞くと
「ボレロ?…ボレロは無いな。でも、fateのは日本に帰った時に買ってきたけどね。久しぶりに和の歌聴いたけど上手くなったね」
とカンナは言ったあと
「素人の私が言うのも図々しいけどね」
と笑った。
「…」
綾子が正面に置いてある小さなテーブルの上にところ狭しと乗ってる写真立てを見て
「一緒に写ってるのはお友だちですか?楽しそうですね」
と聞くと
「彼女は私のパートナー。一緒に住んでるの」
とカンナは言った。
「パートナー?」
と綾子が聞くと
「うん」
と頷くとカンナはベッドルームから大きなフレームに入った写真を持ってきて綾子と渉に見せた。
「これ…」
と綾子と渉が驚いた顔をすると
「フランスで挙げた結婚式の写真。参列者は誰も居なかったけどね」
とカンナは笑った。
「カンナさん…」
と綾子が言うと
「私ね、綾子ちゃんのことデビューするずっと前から知ってたんだ」
とカンナは言った。




