武道館で見えた景色
開演まであと10分となった時、会場にどよめきが起こった。
「ボレロじゃない?」
「うそ、清雅もいる!」
会場の一角に用意された関係者席にボレロが来ると、その前から座っていた清雅にも観客が気付いた。
和は綾子の両親に挨拶したあと清雅の近くに行った。
「清雅さんお久しぶりです」
と和が深々と頭を下げると
「久しぶり。なんだ今日はいつもよりマシな格好してるな。あのメットヘアやめたの?」
と清雅は笑って隣に座るように促した。
「いや、今日は仕事の一環ですから」
と和が言うと
「そんな事言って、本当は愛しの綾子の晴れ姿見たくて来たんだろ?」
と清雅は言った。
「いや、まぁ…」
と和が恥ずかしそうにしてると
「何照れてんだよ。こっちが恥ずかしくなるわ」
と清雅は和の頭を叩いた。
「でもさ、Speranzaはスゴいよな。初めは綾子の楽曲頼りだったのに今じゃどいつも曲作れるようになってさ。お前も安心してんじゃない?」
と清雅が言うと、和は意味が分からないような顔をした。
「大学卒業するまであと一年か…。そしたら、結婚するんだろ?」
と清雅が言うと
「え?何で知ってるんですか?」
と和が驚いた顔をした。
「結構前に社長に聞いたよ。だから綾子には絶対手を出すなってさ」
と清雅は笑ったあと
「で、結婚したら引退させるの?」
と清雅が聞くと
「いや、前は思ってたけど今はやっぱりあの才能を自分のせいで埋もれさせるのはどうかと…。出来る限りの協力はしていくつもりですけど」
と和は言った。
「そっか。まぁ、Speranzaは綾子が抜けても大丈夫だろからこだわる必要ないだろうし、綾子は綾子でソロで活動することも作曲家とかアレンジャーとして活躍することも出来る才能持ってるからな」
と清雅は言った。
その頃、Speranzaのメンバーは楽屋を出てステージに続く廊下を歩いていた。
「なぁ、今さらだけど客いるんだよな」
と珍しく誠が不安そうな事を言うと
「大丈夫!観客の声、ここでも聞こえてるだろ?」
と篠田が言った。
「これ、ドッキリとかでステージ照明が着いたら誰もいないとか…」
と隼人が言うと
「そんな大掛かりなドッキリ誰がするんだよ!」
と篠田は笑った。
廊下を抜けても薄暗いステージ裏に入ったSperanzaのメンバーは見えないながらも会場の熱気を感じていた。
スタッフにイヤモニを付けてもらった。
会場の電気が全部落とされた瞬間今まで聞いた事のないぐらい大きな歓声が会場に響いていた。
舞台袖でいつものように円陣を組んだ4人は
「最高のステージにするぞ!」
と言う隼人の声に合わせて気合いを入れた。
「皆さん、ステージに出てください」
とスタッフに言われ、いつものように隼人と誠はステージに向かった。
「渉、あれやって」
と綾子が言うと
「これは高校の頃から変わらないな」
と渉は笑ってから
「思いっきりやるからな」
と言って、綾子の両肩を叩いて
「よし、俺たちも行こう」
と言って、綾子と渉は足元だけが微かに照らされてるステージに上がると、綾子はスタッフからギターを肩にかけてもらった。
真っ暗で何も見えないけど、すごい熱気を感じる。
イヤモニから聞こえるスタッフの指示に綾子は目を閉じて深呼吸をした。
次の瞬間、真っ暗な会場中に綾子のギターの音色が響いた。
とても優しく柔らかく心が温かくなるような音色…。
会場が静かにギターの音色に聞き入っていると、一瞬で世界が変わったかのように激しいドラムの音を合図にステージの照明がついて、Speranzaのライブが始まった。
満員の観客は総立ちで揺れている。
初めの2曲が終わったところで、この日初めての渉のMCで
「ようこそ。今日は俺たちもいつも以上に気合い入ってるから、飛ばし過ぎるかもしれません。でも、俺たちに置いてきぼり喰らわないように最後まで気合い入れて着いてきてくれよ!」
と渉は言った。
その後、5曲続けて演奏したあと
「結構飛ばしてやってるけど、みんなついてこれてる?大丈夫?」
と渉が言うと観客からは
「大丈夫」
と言うと声が聞こえてきた。
「そっか。安心した。で、今日は俺たちがずっと目標にしてきた武道館ライブってことでステージも衣装も気合い入れてみたんだけどどうかな?」
と渉が言うと
「カッコいい!」
「最高!」
と言う声が返ってきた。
「良かった。俺が思うにスタッフは綾子に一番気合い入れたみたいで。本当に綾子?って思った人いるんじゃない?」
と渉が聞くと
「綾子、カッコいい!」
「惚れ直した」
「私も惚れた!」
と言うと返事がたくさん返ってきて綾子は恥ずかしそうな顔をして
「私の話はいいから」
と言ったが、それがまた観客にうけて
「可愛い!」
「綾子最高!」
と言う歓声が返ってきた。
「でも、綾子ばかりモテるのも男として俺たちメンバーは全然面白く無いので、後半戦は俺たちにも惚れたと言わせる演奏するから覚悟してくれよ」
と渉が言うと同時にSperanzaが世間に知られるきっかけになった『daybreak』の演奏が始まった。
激しいロックの曲が続いたあとバラードでクールダウンしてロック、ポップス、ロックと演奏して観客のボルテージが最高潮になったところで、ラストの曲を演奏してSperanzaは舞台を降りた。
舞台袖に来たメンバーはスタッフからタオルを受けとると汗を拭き、アンコールの声が響く会場を出て、一度着替えをした。
着替えわ終えたメンバーは
「ラスト4曲、悔いの残らないようにやってこい!」
と言う相川に送られてステージに戻り、今の自分たちが出来る精一杯のステージをして最後のMCが始まった。
「ちょっと話が長くなっても大丈夫かな?」
と渉は言うと話を始めた。
「今日、最後の曲は新曲なんだけど…。綾子が高校生の頃から大切に身に付けてるネックレスをモチーフに作った曲で、このネックレスを綾子は大切なラッキーチャームと言ってて、でも俺は綾子だけじゃ無くて俺たちSperanzaのラッキーチャームだと思ってます。綾子がそのネックレスを身に付けてから僕たちの世界は変わってきて、動画を注目され事務所に声をかけてもらい、レコード会社にも声をかけてもらい、ラジオ局で俺たちの曲が毎日流してもらえるようになって、それがきっかけでたくさんの人が俺たちの音楽を聞いてくれるようになり…。ただのどこにでもいる普通の音楽好きの高校生だった俺たちをスタッフ、家族、友人、そしてここに来てくれた人も来れなかった人も…たくさんのファンが支えてくれて…今このステージに立っててる。感謝しかないね。悔し涙を何度も堪えた事も、もうダメだって落ち込んだ事も、きっとこの瞬間のために必要だったと今は分かる。俺たちは世界一幸せだね。
…それじゃ、今日ラストの曲。『Angle's feather』」
と渉が言うと綾子の優しいギターの音色が会場に響いた。
『嵐の夜も 凍える吹雪の日も
あなたが隣で微笑んるだけで
僕の心は暖かさに満たされた
泣きたい夜も 不安に支配される日も
あなたの言葉を思い出すだけで
僕は愛される喜びに救われた
あなたの存在
それが生きる糧
あなたを守ること
それが生きる使命
Angle's feather
暖かな羽根で二人を守って
Angle's feather
柔らかな羽根で二人を包んで
この愛が永遠に続くように』
綾子が作詞作曲した壮大なバラードが会場に流れるなか、天井からは無数の白い羽根がチラチラと舞い降りてきて、とても幻想的な世界になるなかSperanzaのステージは終えた。
綾子と誠はスタッフに楽器を渡し、隼人がドラムセットから立ち上がってメンバー全員がセンターに集まると同時に客席の照明が全てついた。
Speranzaのメンバーは明るくなった客席を端から端まで見渡した。
客席は満席総立ち。
みんな幸せそうな笑顔でSperanzaの事を見ている。
綾子は客席を見渡しながら、相川に声をかけられた時からの事を走馬灯のように思い出した。
最後尾の席でボレロを見たこと。
反対すると思っていた両親が快く契約書にサインしてくれたこと。
挨拶まわりで悔しい思いをしたこと。
ライブハウスの半分も客が入らなかったこと。
初めてライブハウスを満杯にしたこと。
メンバーと一緒に篠田の運転する車で全国を移動したこと。
メンバー同士でケンカして、最後は渉と隼人と誠が殴りあいをしてもうSperanzaはダメかって思うくらいボロボロになったこと。
そして武道館でライブをしようと、いつもメンバー同士励ましあったこと。
いろんな事を思い出し、いろんな思いが込み上げてきて綾子の目には涙が浮かんできた。
そんな綾子の肩を叩いて微笑む誠と渉の目にも涙が滲んでいた。
そんな4人の姿がスクリーンに写されるなか、Speranzaは客席に深々と頭を下げてステージを降りた。
舞台袖でメンバーの帰りを待っていた篠田は既に号泣していた。
「お疲れ。お疲れ。良かったよ。本当に良かったよ」
と篠田は綾子たち1人1人の手を強く握った。
Speranzaのメンバーが篠田と泣いていると
「お前ら最高だよ!やっぱり化け物だ!」
と相川も涙を浮かべながら笑った。




