夜の始まり
次の日、アメリカ最後のベニューに入った綾子はいつものようにクリスに誘われていた。
「綾子、今日で本当にアメリカ最後だよ。ディナー行こうよ」
とクリスが言うと
「今日は無理なのよ」
と綾子は言った。。
「なんで?お気に入りのレストランに連れて行こうと思ってたのに…」
とクリスが言うと
「今夜はSperanzaのメンバーも一緒だから無理なのよ」
と綾子は笑った。
「Speranza?渉たちニューヨーク来てるの?」
とクリスが聞くと
「そうなの。今日、ニューヨークに着くからfateのメンバーと一緒にご飯食べる約束してるの」
と綾子は嬉しそうに言った。
するとクリスは優しく笑い
「そっか。だから、今日の綾子はいつもと違うんだね」
と言った。
「いつもと違う?」
と綾子が聞くと
「うん。綾子はツアーまわるうちにどんどん痩せて疲れた顔をしてきてた。綾子は頑張り過ぎる女の子だから、自分の中にいろんなものを溜め込んでるんだろうなって心配だったんだよ。だから、少しでも溜め込んでるものを吐き出せたらとしつこくディナーに誘ったけど…。渉たちが来るなら安心だね」
とクリスは笑った。
「クリス、ありがとう」
と綾子が嬉しそうに笑うと
「今夜でアメリカも終わりだからね。最高にクールなショーにしようね」
とクリスも笑った。
「なぁ、また誘われてるよ。あれってさ、断られるのわかってて誘ってるんだろ?あれが、クリスのスキンシップの取り方なのかな」
と直則が言うと
「さあ?」
と和は言った。
「さあって…。なに、機嫌悪いの?」
と直則が聞くと
「別に」
と和は言った。
「別にっておかしいだろ。…昨日、綾子となにかあったの?」
と直則が聞くと
「別に。いや、久しぶりにデートして…って言っても街中歩いたぐらいだけど、ホテル帰ってきて一緒に風呂入ったりヤッたりしたけど」
と和は言った。
「おい。そこまで詳しく教えてくれなくてもいいよ」
と言ったあと
「じゃ、不満なんてないじゃん。のろけたくての前ふり?」
と聞いた。
「そうゆう訳じゃ無いけどさ…」
と和が言うと
「なに?」
と直則は聞いた。
「たいしたことじゃないんだけど。綾子さ、俺の名前呼ばないんだよ」
と和が言うと
「呼ばない?そうか?さっきギター見て欲しいって呼ばれてたじゃん」
と直則が言うと
「それはそうなんだけどさ…。まぁ、いいや。気にしすぎかもしれないし」
と和は言った。
「そうだよ。気にしすぎだって」
と直則が言ってると
「ナゴミさん、のりちゃんリハ始まるって」
と綾子が伝えにきた。
「わかった。今、行く」
と和が言うと
「ほら、気にしすぎだって。普通に呼ばれてるじゃん」
と直則は笑った。
ニューヨークでのライブ後、綾子は今まで溜まった疲労感も重なりフラフラとよろけながら通路を歩いていた。
「綾子、大丈夫か?」
と和が綾子を支えようとすると
「大丈夫。ナゴミさんも疲れてるんだから気にしないで」
と綾子は和の手を離して笑ったあと
「山下君、肩貸して」
と言って山下と結城に支えられながら楽屋に戻った。
和がシャワーを浴びて楽屋に戻ると、綾子は鏡の前に座りメイクを落としていた。
「綾子、大丈夫か?」
と和が心配そうに聞くと
「さっきはごめんなさい。少し休んだら良くなったみたい」
と綾子はメイク落としのシートをゴミ箱に捨てて
「私もシャワー行ってくるね」
と椅子から立ち上がり楽屋を出ていった。
「山下、綾子は本当に大丈夫なのか?」
と和が聞くと
「はい。マッサージしながら休ませたら顔色も良くなってきましたし。Speranzaのメンバーと会えるのをスゴい楽しみにしてる様子だから大丈夫だとは思うんですけどね…」
と山下は少し不安そうな顔をした。
「思うんですけどってどうゆうこと?」
と和が聞くと
「俺の気にし過ぎならいいんですけど、昨日今日と食事の量が少ないんで…。いや、気にし過ぎかもしれないですけどね」
と山下は言った。
「そっか…」
と和が呟くと
「和さん、こんなこと聞くのあれですけどあの女の人って何物なんですか?」
と山下は聞いた。
「あの女…。カンナのこと?カンナは昔の友だちだよ」
と和が言うと
「友だちにも種類ありますからね」
と山下は言った。
「はぁ?何が言いたいの?」
と和が言うと
「別に種類があるって言っただけで他意はありません。とりあえず、fateは一段落するし久しぶりにSperanzaのメンバーにも会うし綾子が元気になってくれればいいんですけど」
と山下は言った。
打ち上げの店に移動するためにベニュー脇に横付けされたマイクロバスにfateのスタッフと一緒にSperanzaのメンバーとマネージャーは待機していたが
「なぁ、なんでこんな早くから待機してなきゃなんないんだよ」
と渉はマネージャーに文句を言った。
「サプライズだよ。俺たちが乗っての知らないでバスに乗り込んできたら綾子ビックリし過ぎて目が飛び出るかもよ」
と北原が笑うと
「くだらないサプライズだな。だいたい、あとどれぐらいしたら出て来るの?俺たちなんて30分は待ってるんだけど。なぁ、あとどれぐらいかかりそう?」
と隼人はスタッフに聞いた。
「機材も楽屋の荷物も積み込み終わってるからもうすぐだと思いますけど…」
とスタッフが言うと
「楽屋前に集まってるファンと交流とったりしてるみたいだから、時間通りには来れないんじゃないかな」
と北原も言った。
それから少しすると外が騒がしくなりfateのメンバーがバスに乗り込んできた。
「えっ!なに、お前ら先に乗ってるんだよ!」
と一番最初に乗り込んできた直則が大きな声で驚くと
「うわっ、スタッフに紛れて不振人物が!」
と和樹は笑った。
「かずさん、それは無いですよ」
と隼人が笑うと
「どうしたの?楽屋に来れば良かったのに」
と奏太は嬉しそうに言った。
「綾子のことを驚かそうって北原さんが言うから」
と隼人が笑うと
「じゃあ俺たちも隼人たちがいるの気付かれないようにおとなしく待ってるか。みんな、普通にして。普通にな」
と直則はまるでイタズラを仕掛けた子どものような顔をして笑った。
直則たちがおとなしくしていながらも、綾子が来るのを今か今かとワクワクして待ってると、最初に結城が乗り込んできて、次に綾子が乗り込んできた。
「…」
少しやつれた顔をしてバスに乗り込んできた綾子はSperanzaのメンバーが乗ってるのに気付くと途端に笑顔になり
「ちょっと!なんでいるのよ!」
と言った。
「綾子、お疲れ!」
と渉が言うと綾子はメンバーの方へ歩いていきながら
「お疲れじゃないよ。来てるなら教えてよ。ビックリしたじゃない」
と笑った。
久しぶりの再開に綾子が満面の笑みで喜んでる姿をメンバーやスタッフが嬉しそうに見てるとカンナ、山下、和、佐伯と次々にバスに乗り込んできた。
カンナはSperanzaのメンバーを見るなり
「うわぁ!Speranzaだぁ。ねぇ、Speranzaが4人揃ってるよ」
と歓喜にも似た声をあげると
「うるせぇよ」
と和は呟いたが和の言葉が聞こえてないカンナは綾子が椅子に座ろうとしていたので
「ねぇねぇ、綾子ちゃん一緒に座っていい?」
と聞いた。
「えっ?」
と綾子が驚いた顔をすると
「カンナ、他にも席あるんだから一人で座れよ」
と和は言った。
「なんで?いいじゃない。ねぇ?」
とカンナが言うと
「…はい。一緒に座りましょう」
と綾子は笑った。
するとカンナは嬉しそうに笑い
「だって。綾子ちゃん良いって言ってくれててるんだしいいでしょ。和は勝手に一人で座れば?」
と綾子の隣に座った。
「…」
和がムッとした顔で斜め前の席に座ると渉は自分の前に座ってる奏太に
「ねぇ、あの美人誰?」
と小声で聞いた。
「和さんたちの昔の知り合いみたいだけど」
と奏太が言うと
「昔の知り合い?綾子も?」
と渉は聞いた。
「綾子は違うみたいだよ」
と奏太が言ったので
「そうなの?でも、親しそうじゃん」
と渉は聞いたが
「そう?でも、俺はあの女嫌だな」
と奏太は言った。
「なに?何かあったの?」
と渉が聞くと
「あの女、何を考えてるか全然わかんないから嫌い」
と奏太は言った。
「なにそれ?」
と渉が聞くと
「打ち上げ行ったらわかるよ」
と奏太はため息をついた。




