アメリカ縦断ツアー
fateのアメリカ縦断ツアーが始まって約3週間。
ライブして移動してまたライブして移動して移動して…と言うハードな毎日を送ってきたアメリカも残すところはボストンとニューヨークだけになった。
この3週間は日々試行錯誤の繰り返しだった。
無名の日本のロックバンド…それもサポートアクトでのライブツアーは想像していたよりも苛酷だった。
誰1人としてfateの曲に耳を傾けてもらえないというようなライブを何度も経験したし、バスのトラブルや渋滞に巻き込まれてギリギリになって会場入りしリハーサル無しで本番を迎えたこともあった。
曲目を変更したり、どうゆう曲なら受け入れてもらえるかとの話し合いは何度も何度もした。
昨日のライブで手応えを感じたからといって今日のライブが成功するわけでもない。
日本でツアーをまわってる時とは全然違う環境にメンバーもスタッフも慌てることは何度もあったが、それをツラい大変だと思わずにハプニングを楽しむ姿勢で乗り越えてきたのは、チームを引っ張る和と綾子の存在が大きいと言っても過言ではなかった。
時に厳しく時に笑いを提供してチームにメリハリをつける和と、何事にも前向きに取り組む綾子。
特に女の綾子が弱音を吐かないのに男の自分たちが弱音を吐くわけにいかないと言う思いも口には出さなかったがそれぞれの心の中には少なからずあった。
そして、このツアーでは今までのツアーと全く違うこともあった。
それは綾子が和のことを『なっちゃん』と呼ばす常にナゴミさんと呼んでいること。
そして、和もまた綾子に甘えたり膝枕をして欲しいと言ったりも決して言わなかった。
渡米前二人で話し合い今回のツアーはホテルに宿泊する際などに部屋で二人きりになる時以外は、一切プライベートを持ち込まないことを決めたからだ。
だから、ライブ後や食事で訪れた店でにナゴミや綾子がそれぞれ囲まれ写真撮影したりサインしていたり…時には腕を組んだり肩を組んで写真を撮影したりもするが、それさえもプロモーション活動と割りきってお互いに何も言わなかった。
ボストンでのライブ前、綾子はクリスに食事に誘われた。
「アメリカも最後なんだし今夜ぐらいは一緒にディナー行こうよ」
とクリスが言うと
「ごめんなさい。私だけ特別に美味しいもの食べたりはできないわ。他のメンバーも一緒にならいいけど」
と綾子は笑った。
「それはちょっと…。でもね、僕は綾子が心配なんだよ。綾子、なんでもかんでも頑張りすぎ。君は女の子なんだからもう少しワガママになったっていいんだよ。チームのみんなに言えないなら僕が聞いてあげるよ」
とクリスが言うと
「ありがとう。でも大丈夫よ」
と綾子は笑った。
「でもね、無理ばかりすると突然崩れちゃうこともあるんだよ。前にも言ったけど時々ガス抜きしないと…。とりあえず美味しいディナー食べて僕に愚痴って気分転換でもしないとヨーロッパまで持たないよ」
とクリスが言うと
「わかったわ。考えてみるから」
と綾子が笑いながら言ったので
「綾子はいつもそう言っても断るんだから」
とクリスも笑った。
二人が楽しそうに話してるのを少し離れたところで見ていた直則が
「和、綾子がまた誘われてるよ。いいのか?」
と言ったが
「いいよ。どうせ誘われても断るでしょ」
と和はギターを弾きながら言った。
「あのさ…。プライベートは持ち込まないって言ってたけど、そこまで無理する必要ある?」
と直則が聞くと
「別に無理はしてないよ。クリスが綾子を誘うのは挨拶みたいなものだしさ。それに今はツアーに集中しないとなんないからね」
と和は言った。
「けどさ…」
と直則は言ったあと
「俺たちに気を使ってくれてるのはわかるけど、そこまで徹底してプライベートを持ち込まない姿勢っていうのもさ。さすがにバスの中でセックスされたりしたらこっちもどうしていいか困るけど、もっと普段通りでいいんだぞ。お前らがイチャつくのなんて俺たちは見慣れてる風景だし」
と言った。
「気を使ってる訳じゃなくてさ。こうやってずっと集団行動してると、どこで区切りをつけるか難しいじゃん。でもさ、疲れ溜まると無性にヤりたくなるよな?」
と和が笑うと
「そりゃ、溜まるもんは溜まってるけど…。いいじゃん、今夜はホテル泊だし明日は移動だけだし朝までヤりまくりだろ?羨ましいな…」
と直則は笑った。
「いやいや、明日もプロモーション活動もあるし朝までとか無理でしょ」
と和が笑うと
「だよな。綾子、疲れてるみたいだしおとなしく寝かせてやれよ」
と直則は言った。
その夜のライブはボストンと言うこともあり日本人の観客も入りfateにとってはとても手応えのあるライブになった。
ライブ終了後、メンバーとマネージャーとコーディネーターでご飯を食べに行こうとしていると、楽屋入口前にはfateのファンもいたので、メンバーはそれぞれ一緒に写真を撮ったりサインを書いたりとファンとのふれあいの時間を過ごしていたが、突然一人の日本人がナゴミに抱きついて
「久しぶり!元気だった?」
と日本語で言った。
「えっ!」
とメンバーやマネージャーがびっくりしてると、和はその日本人の顔を見て
「カンナ!おまえ、どうしているんだよ」
と大きな声をあげた。
すると、その日本人…カンナは和から離れて
「20年以上ぶりに会った一言目がどうしているんだよなんて失礼ね。そうゆうところ、全然変わってない」
と和の頬をつねって言った。
「痛いって…やめろよ。おまえこそ、そうゆうとこ全然変わんないな」
と和がカンナの手を離すとカンナは一瞬ムッとしたあと直則と和樹に気付いて
「のり君!かず君!久しぶりだね」
と笑った。
「久しぶり。カンナちゃん全然変わんないな」
と直則が笑うと
「だよな。あの頃もナゴミ見つけるとすぐ抱きついてきて」
と和樹は言ったあと、しまったと言うような顔をして綾子をチラッと見たが綾子は和たちの様子に気付いてないのかファンの人と写真を撮っていた。
「カンナちゃん、ボストンに住んでるの?」
と直則が聞くと
「住んでるのはニューヨークよ。今日は仕事でたまたま来てたから来ちゃった」
とカンナは言ったあと
「もちろん、ニューヨークも行くからね」
と笑った。
「おい、そろそろ行くぞ」
と結城が言うと
「まだ仕事なの?」
とカンナは聞いた。
「いや、これからみんなで飯行くとこ」
と直則が言うと
「ご飯?私も行きたいな」
とカンナは言った。
「無理」
と和が言うとカンナは和の腕を持って
「そんな意地悪言わないでよ。一人でご飯食べたくないよ。ねぇ、いいでしょ?」
と聞いたが和はもう一度
「無理だって」
と言った。
「和のケチ…」
と言ったあとそばにきた綾子に気付いて
「あっ!綾子ちゃんでしょ!」
と言った。
「はい。まぁ…」
と綾子が驚いた顔をするとカンナは和と組んでいた腕を離して綾子の手を握り
「私ね、Speranzaのファンなの。ニューヨーク公演は毎回行ってるのよ。今日もね、綾子ちゃんのギター聴きたくて来たのよ。うわぁ嬉しいな。和、綾子ちゃんと握手しちゃったよ。どうしよう」
とニコニコ笑って言った。
「どうしようって知らないよ。ほら、さっさと帰れよ」
と和が言うと
「和、冷たいね。昔はもっと優しかったのに」
とカンナは言った。
「昔…?」
と綾子が聞くと
「昔カンナって名前でモデルやってたんだけど知ってる?」
とカンナは言った。
「カンナ…」
と綾子が呟くと
「そう。でね、モデル時代に和とは友だちだったのよ。20年ぶりに会ったのに和ったら冷たいのよ。一緒にご飯行きたいって言ったら無理って言うし…。ひどいと思わない?」
とカンナは聞いた。
「そう…です…ね」
と綾子が困惑した顔で言うと
「でしょう。綾子ちゃんだって毎日毎日男とばかり食べるよりたまには女の人と食べたいよね?」
とカンナは聞いた。
「…あっ。…はい」
と綾子が苦笑いして言うと
「じゃあ、決まり」
と言ってカンナは綾子の手を引っ張り
「意地悪な和なんて放っておいて行こう」
と言った。
「ちょっ…待てって」
と和が言うと
「ほら、早く行くよ」
とカンナは笑った。
カンナに手を握られながらストリートを歩いている綾子を後ろから見ながら歩いてる直則は
「おい。カンナちゃん一緒で大丈夫なの?」
と和に聞いた。
「…仕方ないだろ」
と和が言うと
「仕方ないって…。どう考えてもヤバいだろ?」
と直則は言った。
「だよな。でもさ、もし綾子が何も知らなかったらここで何か言うと墓穴掘ることにもなりそうだし」
と和樹が言うと
「掘られて困る墓穴なんてないけど…けどさ」
と和はため息をついた。
前を歩いてる綾子はカンナと話をしていたが、心の中にはとても古い記憶が甦ってきていた。
渉たちと寄り道した日、偶然会った和の様子が気になりファミレスの駐車場に様子を見に行った時に和が自分と村上を間違えて言った言葉…。
「家に帰って着替えてくるからカンナの所に送ってよ」
きっと今、自分と手を繋ぎ話をしているカンナがあの時のカンナなのだと思うと綾子の心の中は複雑だった。




