有田の呼び出し
火曜日の放課後、奏がいつものよう琳たちと軽音部の部室に向かって歩いていると
「若狭」
と後ろから声をかけられた。
奏たちが振り向くと、いつになく真面目な顔をしている有田が奏のたちの方へ歩いてきたので
「先生、なに真面目な顔してんの?」
と琳が笑ったが有田は琳を無視して奏を真っ直ぐ見て
「若狭、話あるから楽器置いた数学準備室まで来いよ」
と言った。
「あ…はい」
と奏がいつもと違う有田に少し戸惑いながらこたえると
「お前らは若狭の話が終わるまで3人で練習な」
と言って有田が歩いて行こうとしたので
「ちょっと、先生。本当どうしたの?」
と琳は聞いたが
「いいから、練習してろ」
と言って有田は奏たちの前を去って行った。
「…奏、何かあったのか?」
とさっちゃんが心配そうに聞くと
「さぁ?俺もわかんないけど…」
と奏はこたえた。
「あんな真面目な顔で呼び出しって、お前さ数学のテスト悪かったのか?」
と勇次郎も聞いたが
「いや…。いつもと同じぐらいは取ったけど」
と奏は不安そうにこたえた。
数学準備室のドアの前に立った奏が不安そうにドアをノックすると
「はい」
とドアの向こう側から有田の声が聞こえた。
「若狭ですけど…」
と奏がドアを開けると有田は自分の席から立ち上がると
「他の先生には時間もらってるから…」
と言って自分のデスクの隣の席に座るように奏を促した。
「はい…」
と奏は緊張した顔で有田の隣の席に座ると
「あの…俺、何かしましたか?」
と聞いた。
「いやな…。実は昨日の夜、綾…若狭のお母さんから連絡が来たんだけど」
と有田が言うと
「母さんですか?」
と奏は聞いた。
「ああ。それで…うちの高校は生徒の就労を認めてるのかって聞かれたんだけど」
と有田が言うと
「就労…」
と奏は呟いた。
「前に相川さんや若狭のお母さんの…って面倒だから綾子って呼び捨てさせてもらうけど、相川さんや綾子の事務所の人にも就労を認めてるのかって聞かれたことがあってな」
と有田が言うと
「相川さんたちにも聞かれたんですか?」
と奏は驚いた顔をした。
「まあな。その時は深い意味はないと思ってたんだけど、若狭は相川さんところで作った曲を他人に聞かせれないって話をしてただろ?」
と有田が聞くと奏は顔を少し曇らせて
「はい…」
と奏はこたえた。
「いや、そんな顔するなよ。別にお前を責めてる訳じゃないんだからさ。ただ…」
と有田は言ったあと次の言葉を言おうか言うまいか迷った。
母親と友だちで部活の顧問だからって理由だけで担任でもない自分が一人の生徒にここまで踏み込んで良いのかと迷った有田は
「ただ、綾子が若狭のことを心配してる様子だったから…。あんまり親に心配かけるなよ」
と言った。
すると奏は有田をじっと見て
「先生って耳に穴開いてますよね?」
と聞いた。
「えっ…あ…。普段はピアスつけないようにしてるんだけど…目立つか?」
と有田が左耳を触って言うと
「うちの学校って進学校なのに服装も自由だし髪染めるのもピアスも自由ですよね」
と奏は笑った。
「まぁ、生徒の自主性に任せるって教育方針だしな。…突然どうしたんだ?」
と有田が聞くと
「ピアス開けると何か変わったって友だちが言ってたんですけど、俺も穴開けたら変わりますかね」
と奏は聞き返した。
「若狭…」
と有田が心配そうに言うと
「先生、母さんたちに事務所の話を聞いたんですよね?」
と奏は聞いた。
すると有田はやっぱりと言うような顔をして
「…就労のことを聞かれたり奏が作った曲を他人に聞かせれないって話を聞いたりして、もしかしたらって思って綾子に聞いたんだ…。すまんな」
と有田が言うと
「先生は俺のことが心配で聞いてくれたんですよね?だったら謝るのおかしいですよ。…だいたい曲を他人に聞かせれないってよくよく考えてみたらおかしいですよね?なんで気付かなかったんだろう」
と奏は笑った。
「…で、綾子は若狭に任せるって言ってたけど自分ではどうしようと思ってるんだ?」
と有田が聞くと奏は
「事務所に入りたいです」
とこたえた。
「そっか…」
と有田が言うと奏は有田から視線を外し
「けど、琳たちにどう話していいか…」
と言った。
「話すって何を?」
と有田が聞くと
「事務所に入ると俺の作った曲は勝手に他の人に聞かせることが出来なくなるし例えば…この前の文化祭みたいにライブやるってなっても事務所許可がおりないと出来なくなるって言われて…。みんな、俺が曲作ってくるのをスゴい楽しみにしてくれるし今度のライブは俺の曲でやりたいなって言ってて俺の作った曲を演奏出来るように練習頑張るみたいなことも言ってたし…」
と奏は言った。
「そうか…」
と言って有田はため息をついたあと
「確かに言い出しづらいよな…。ところで、事務所に入るって言ったけど大学はどうするんだ?仕事も勉強もって大変だろる志望校を落とすのか?」
と有田は聞いた。
「いえ、志望校を変えるつもりはありません」
と奏が言うと有田はもう一度、今度は深くため息をいつて
「あのな…今の成績なら志望校変える必要ないかもしれないけど仕事もするとなると今までみたいに勉強は出来なくなるんじゃないか?多分、お前が考えてるほど仕事って甘いもんじゃないぞ」
と言った。
「それはわかってます。けど、T大は子どもの時から夢だったし法学も中学の時から決めてたことだから…」
と奏が言うと
「だったら勉強に専念したらどうだ?」
と有田は言った。
「えっ?」
と奏が有田の言葉に驚くと
「前にも言ったけど音楽は趣味でもやっていけるんだ。けど、弁護士になるのは簡単な事じゃないんじゃないか?それに長い将来を考えたら俺は弁護士目指して頑張った方が絶対にいいと思うけど」
と有田は言った。
「…」
奏が何も言えなくなり黙ってると
「と、言うのは教師としての意見だけど」
と言って有田は話を続けた。
「俺個人としては、若狭がやりたいと思うならやってみるべきだと思うよ。弁護士になるのって簡単な事じゃないけどプロのミュージシャンになるのだって簡単な事じゃないだろ。ここで話を断って勉強に専念して将来弁護士になったとしても、いつかあの時プロになれば良かったなと後悔しないように頑張ってみたら良いんじゃないかと思うよ」
と有田が笑うと
「先生…」
と奏は嬉しそうな顔をした。
「ただ、綾子も言ってたけどプロになったからと言って音楽に夢中になって勉強を疎かにするならやめた方がいいな」
と有田が言うと
「…はい」
と奏は返事をした。
「実際に両立は大変だと思うからキチンと両立するんだって覚悟を決めた方がいい」
と言ったあと有田は
「でも、お前の両親もキチンと両立してきたしおじさんだって法学部を4年で卒業しただろ。だから、大丈夫。若狭だって両立出来るよ」
と笑った。
「ありがとうございます」
と奏が頭を下げると
「それから、あいつらのことだけど、そんなに心配する必要はないんじゃないか?」
と有田は言った。
「えっ?」
と奏が驚いて頭を上げると
「俺は一緒にプロにはなれなかったけど、誠が契約したって聞いた時に嬉しかったからさ」
と有田は笑った。
「えっ?先生ってまこちゃんと一緒にやってたんですか?」
と奏が驚くと
「そうだよ。綾子から聞いてない?」
と有田は笑った。
「いっちゃんって呼ばれてた事しか聞いてませんでした」
と奏が驚くと
「いっちゃんって…。余計なことを教えて」
と有田は笑ったあと
「俺たちさ、高校生の時にジェネシスのオーディション受けたんだけど落ちたんだよ。俺は初めから受からないと思ってたけど、誠は当時からベース上手かったしプロになりたいって思ってるのもわかってたから一緒にやってるのが自分たちで申し訳ないなって気持ちがあったんだ」
と言った。
「申し訳ない気持ちってなんですか?」
と奏が聞くと
「自分たちの実力の無さに申し訳ないって思ったんだよ。もしも誠が綾子たちみたいな奴らと一緒にやっててオーディション受けたなら受かったんじゃないかってね」
と有田は言った。
「…」
奏が黙って聞いてると
「だから、誠からジェネシスと契約したって聞いた時は嬉しかったって言うか…安心したって言うか…」
と有田は笑った。
「そうなんですか」
と奏が言うと
「その時に誠が申し訳なさそうにこれからは自分が作った曲をやるのもライブやるのも許可がないと出来いんだって言ってさ…」
と有田は言った。
「それ聞いて先生はどう思いました?」
と奏が聞くと
「仕方ないなって思ったよ」
と有田は笑った。
「仕方ないって…それだけですか?」
と奏が聞くと
「他に何かあるか?」
と有田は聞き返した。
「いえ…ただ」
と奏が言うと
「仕方ないって言い方は良くないかもしれないな。そうだよなって今までと同じは無理だよなってすんなり納得したって言うか…。多分、誠は俺たちに気を使って話を切り出すまで時間がかかったんだと思うけど、俺らからしたら何でそんなビッグニュースを早く言わないんだよって思ったよ」
と有田は笑った。
「そうなんですか…」
と奏が呟くと
「若狭はあの頃の誠と同じように仲間に気を使ってるあれこれ考えてるかもしれないけど考え過ぎるのもどうなのかと思うぞ。若狭にとってあいつらが大切な友だちであるようにあいつらにとっても若狭は大事な友だちなんだ。金曜日だって3人とも若狭の様子がおかしいって心配してたんだぞ。キチンと話して安心させてやれよ」
と有田は言った。
「はい…」
と奏が返事をすると
「大丈夫。あいつらは信用出来る奴らだってお前が一番よく知ってるだろ?俺たちと誠の関係が今でも続いてのと同じようにお前たちの関係も変わらないさ。今までみたいにSperanzaやボレロのコピーやって、昔の誠みたいに事務所に許可もらって文化祭とかで演奏すればいいだしな」
と有田は言った。
「そうですね」
た奏が嬉しそうに微笑むと
「でも、勉強は疎かにするんじゃないぞ。成績が下がるようならすぐに連絡して仕事は辞めさせてもらうからな。学生は勉強が第一だってことを忘れるなよ。あと、ピアスはよく考えてから開けろよ。俺が言っても説得力ないけど、せっかく親からもらった身体に傷を付けるってことだからな」
と有田も笑った。




