二年後
Speranzaがデビューして2年が過ぎた。
デビュー当時、全国のラジオ局やテレビ局や出版社などいろんな所に挨拶回りしたが、どこも知名度も無く名前も聞いた事のないSperanzaを相手してくれる所はほとんど無かった。
「清雅やボレロを育てたジェネシスもゾロレコードも無謀な賭けをするようになった」
「そんな聞いたこともない新人アーティストの話を聞く時間なんて無い」
いろんな所で言われた。
デモCDを受け取ってすぐデスクに放投げた人もいた。
綾子たちは悔しい思いを何度もした。
篠田の運転する車の中で綾子は何度も泣きそうになったし、渉も誠も隼人も悔しさを顔に出して
「いつか見返してやろう」
と言う篠田の言葉を信じて、車を降りる時は何も無かったように笑顔で挨拶回りをした。
でも、札幌のラジオ局に挨拶に行ったとき、風向きが変わった。
綾子たちの高校時代の動画を何度も見てくれていたディレクターが、ラジオ局の月間メガプレーナンバーの曲にSperanzaのデビューアルバムの中から綾子の作った『daybreak』を採用してくれた。
軽快なロックの『daybreak』がその局のリクエストランキング1位を獲得したのと同時に北海道でSperanzaがライブをやると、他では半分も客が入らないのにチケットは売り切れ、追加ライブもやったがそちらも即売り切れになった。
Speranzaは北海道で火がついた。
それをきっかけに地方局が次々とSperanzaの曲を流すようになり着々と知名度が上がり、ライブはチケット発売と同時に売り切れ、さまざまなサマーフェスに参加しながら製作した2ndアルバムを発売した頃にはあんなに悔しい思いをさせられた出版社やラジオ局やテレビ局から手のひらを返したように仕事のオファーが次々と入るようになった。
「全国まわるホールツアーが決まったぞ!」
と篠田が言った時、メンバーは抱き合って泣いた。
2年間、どんな事があっても前を向いてがむしゃらに頑張ってきた事が報われた気がした。
ホールツアーも中盤を越えた時、武道館ライブが決まった。
一方、ボレロも活躍の場を日本だけじゃ無くて、アジアにも進めていた。
台湾でのライブから始まり、韓国、シンガポール、インドネシアと活躍の場を着々と広げ日本のトップアーティストとしてだけでは無くてアジアでも絶大な人気を誇るアーティストになった。
それぞれ多忙な日々を過ごしてる綾子と和はなかなかスケジュールが合わなくて、二人で過ごす時間も限られていた。
けど、会えない時はお互いに連絡を取り合い、少しでも時間を見つけては二人は会うようにしてきた。
ずっと綾子の存在自体が和の心の支えてだったように今では綾子にとっても和が心の支えになっていたし、綾子にとって和は相談相手であり、目標とする人物となっていた。
「武道館決まったんだって」
と和は綾子に膝枕してもらいながら言った。
「うん。やっとなっちゃんが見た景色が見れるよ」
と綾子が言うと
「その日は社長がスケジュール明けるように言ってくれたから、俺たちも見に行くからね。清雅さんも行くらしいよ」
と和は言った。
「そんな事言ってスケジュール大丈夫なのかな?ボレロも清雅さんもなんて…」
と綾子が言うと
「俺たちの武道館も初めてのドームも清雅さん来てくれたからね。うちの事務所はそうゆう特別なステージは先輩も見に行って祝うって方針だから」
と和は言った。
綾子は和の髪を触りながら
「Speranzaは恵まれてるって最近スゴく思うんだよね」
と言った。
「どんなところが?」
と和が聞くと
「高校卒業したばかりの私たちが相川さんに見つけてもらえ、なんだかわからないうちに苦労なくデビューさせてもらい、名前も聞いた事のない私たちの曲を北海道で毎日流してもらったのをきっかけに私たちの音楽を好きだって言う人もたくさん出来て、私たちを日々支えてくれるスタッフがいて…」
と綾子は言ったあと
「どんなにまわりの環境が変わっても、いつも側になっちゃんがいてくれる。これは夢でいつか覚めてしまうんじゃないかってぐらい幸せ」
と言った。
「俺は、こうやってミュージシャンとして活動してるのは航海に似てる気がするんだよね」
と和が言うと
「航海?」
と綾子は聞き返した。
「そう、初め相川さんを含めたった5人乗りの手こぎボートで海に出て大波や嵐に巻き込まれて何度も転覆しかけてきたけど、少しずつ大きな船になって船に乗ってる人数も多くなってきて、今は自分たちだけでは動かす事が出来ないボレロと言う巨大な船に乗ってるって感じかな?」
と和は言った。
「私たちはその巨大な船を常に追いかける船に乗ってるような気がする」
と綾子が言うと
「まぁ、Speranzaが後ろからついてくるのが分かるから、俺たちが先に走って道標を作って…。でも、決して追い付かれて追い越されないようにって俺たちも含めてクルー全員が頑張って船を動かしてるって言うのもあるかな」
と和は言ったあと
「それに、俺自身は綾子にとって恥ずかしい男にだけはなりたくないから仕事を頑張ってるのもあるかな?まぁ、プライベートは今も昔も変わらずこんな綾子に甘えたダメな男たがら仕事ぐらいはね」
と笑った。
「私はプライベートのなっちゃんが好きだけど、仕事のなっちゃんは尊敬してるし目標とする人だよ」
と綾子が言うと和は起き上がって
「そっか。俺は綾子の方が良い曲を作るし羨ましい才能持ってると思ってたから尊敬してるとか目標だって言われたら嬉しいな」
と言ったあと
「でも残念。綾子は俺の事が好きだって言ったけど、俺は好きだけじゃ足りないんだよね」
と顔を近付けて
「俺は綾子だけ愛してる」
と綾子にキスをして
「綾子は?俺の事やっぱり好き?それとも愛してる?」
と和は言った。
「そんなの言わなくても…」
と綾子が言葉にするのを恥ずかしがっていると
「ダメ。綾子の口から聞きたい」
と和はじっと綾子を見つめて言った。
「…あ、愛し…て……る」
と綾子が恥ずかしそうに言うと、和は嬉しそうに微笑んでから、もう一度キスをした。
次の日、和が事務所に行くと村上が話しかけてきた。
「よう、楽しい休み過ごしたか?」
と村上が聞くと
「はい。綾子と休みを合わせてもらったおかげで楽しい休みになりました」
と和は言った。
「まぁ、二人ともリフレッシュは大事だからな。でも、綾子はまだ大学生なんだからまだ子ども作ったりしないように気を付けろよ」
と村上が言うと
「分かってますよ。その辺は気を付けてるんで大丈夫です」
と和は笑ったが、和の隣に座ってる和の個人マネージャーの吉川は面白くない顔をしていたのに気付いた村上が
「吉川どうした?」
と聞いた。
「はい。 僕は出来ることならナゴミと綾子は少し距離を置い方が良いと思います。今のようにいつでも綾子の話をするのはどうなのかと思いますし、二人ともライベートの方もキチンとしてもらわないと…いつマスコミにバレてしまうかと心配で」
と吉川が言うと
「まあな。ファンの間でも相手は特定出来てないけどナゴミも綾子も長年付き合いのある恋人がいるって言うのはインタビューで公言してるから知られてるし、業界では二人が付き合ってるのは有名だ。マスコミもナゴミと綾子の関係は気づいてるけど、絶対的な証拠写真をまだどこも撮れてないから、表に出て来ないだけだしな」
と村上は言った。
「だからこそ、二人は距離を置いた方が良いと思うんです。僕が何度もナゴミに言っても話を聞かないので、村上さんから言って下さいよ」
と吉川が熱弁してる隣で和はまるで話が聞こえてないかのように知らん顔をしてコーヒーを飲んでいた。
「吉川はナゴミに付いて何ヵ月たった?」
と村上が言うと
「半年です」
と吉川は答えた。
「半年か。お前さ、半年間ナゴミの何を見てきた?キチンと見てきたら綾子がどんなに必要か分かるはずだぞ」
と村上がため息をつくと
「でも…綾子だって武道館のライブ決まってSperanzaもこれからって時期ですし…」
と吉川は言った。
「あのな…。綾子は社長が自分から出向いて事務所にスカウトした人間なんだよ。その時にはナゴミと綾子は既に付き合っていたし、もし二人が付き合うのが何か支障が出るって言うならその時に別れさせてたんじゃないか?」
とと村上が言うと吉川は黙って和を見た。
「心配な気持ちは分かるけど、うちの事務所は恋愛も結婚も反対しない主義だし、もっとナゴミや綾子を信用してもいいんじゃないか?」
と村上は言ったあと
「この話はこのくらいにして、これからのスケジュールの確認なんだけど…」
と話を始めた。




