奏と綾子 2
「そっか…」
と綾子が呟くと
「他の曲はまだ我慢出来るけど、あの曲だけはどうしても聴かれたくなくて」
と奏は言った。
「そっか。奏がどうゆう風にパパのことを見てるか知られるのが恥ずかしいんだね」
と綾子が言うと
「うん。聴かれるだけでも嫌なのに、父さんのことを書いた曲なのに清雅さんが歌うとか、父さんが歌詞作るとか…我慢出来なくて」
とは言った。
「そうなんだ」
と綾子が言うと
「あと、父さんと約束したから」
と奏は呟いた。
「約束?」
と綾子が聞くと
「うん」
と言ったあと奏がうつむいて黙ってしまったので綾子はあえてそれ以上追及はせず
「私もね、昔パパに曲作ったことがあったんだよ」
と言った。
「母さんも?」
と奏が今まで聞いたことのない話に驚いた顔をすると
「もしかしたらパパは知らないのかもしれないけど、私がSperanza以外で初めて作った曲はパパのことを書いた曲なの」
と綾子は笑った。
「愛の歌じゃなくて?」
と奏が聞くと
「うん。あれはパパに書いた後に作った曲。一番初めはパパ。でもね、一応どんなもんか相川さんに聴かせたら愛の歌と一緒に清雅に聴かせたらどうだって言われたんだけど、絶対にダメだって断ったのよ」
と綾子は笑った。
「そうなの?」
と奏が聞くと
「うん。だってその曲はパパのために作った曲なんだもん。いくら清雅さんとはいえ、絶対に歌って欲しくないって思ったんだ」
と綾子は言ったあと
「だから、奏の気持ちはなんとなくわかるような気がする」
と笑った。
「…」
奏が黙ってると綾子は
「でも正直な話、清雅さんが気に入るなんてスゴいことだと思うけどね。相川さんたち、奏が作ったってことは一切清雅さんに話してないらしくて、逆に無名の高校生が作った歌をこんな節目のシングルにするのか?って清雅さんに聞いたらしいのよ」
と言った。
「無名の…そうだよね」
と奏が言うと
「そしたら清雅さん、無名とか高校生とか関係ないって言ったんだって。それ聞いていかにも清雅さんらしいなって思っちゃった」
と綾子は笑った。
「清雅さんらしい?」
と奏が聞くと
「うん。さっきも話したけど清雅さんて本当に難しい人なのよ。私にも曲の依頼って来るけど、信じられないぐらい何度も修正させられたり作り直しさせられたりして挙げ句に採用されなかったり…。かと思えば、とりあえずで持って行った曲がそのまま採用される時もあるし…本当難しいのよ」
と綾子は苦笑いした。
「そうなんだ」
と奏が言うと
「曲を渡すにしろ断るにしろ清雅さんに歌いたいって言われたってことは本当にスゴいことだし、奏は自分に自信を持っていいんだよ」
と綾子は言った。
「…でも、それはたまたまで。俺は、母さんたちみたいな曲は作れないし父さんみたいに歌えないし…」
と奏が言うと
「何言ってるのよ。そんなのは経験の差だもん、仕方ないよ。何年やってると思ってるの?ここまで来るのにどんだけ相川さんやスタッフに怒られてきたか…」
と綾子は笑った。
「でも…相川さんは母さんたちを初めて見た時に化け物だと思ったって…」
と奏が言うと
「それは大袈裟なんだよ。相川さんが初めて見た時って卒業ライブのトリで観客の人もテンションが異常なほど上がってたからまわりの雰囲気に流されてそう見えただけ」
と綾子は笑った。
「そうかな…」
と奏が呟くと
「そうよ。私たちやってたバンドの名前がalienだったから化け物なんて相川さんは昔からオヤジくさいことを」
と綾子は笑った。
「alien…あっ、宇宙人だから化け物?」
と奏が言うと
「多分ね。alienなんて渉が好きな映画のタイトルから勝手につけただけなんだけどね」
と綾子は笑った。
「そうなんだ。じゃ、Speranzaは?」
と奏が聞くと
「Speranzaはイタリア語で希望って意味よ。これは誠たちが考えた名前。私が入った時には決まってたから」
と綾子はこたえた。
「へぇ。じゃ、ボレロな何でボレロなんだろう?」
と奏が聞くと
「さあ?何か略したんじゃない?」
と綾子は言った。
「ふーん…。何を略したらボレロになるのかな…」
と奏が考えてると
「奏は、事務所と契約しないかって言われた時にどう思った?」
と綾子は聞いた。
「どうって…」
と奏が困った顔をしてると
「清雅さんのことは別にして、嬉しかった?それとも嫌だなって思った?」
と綾子は聞いた。
「嬉しかったよ。だって、俺なんかがミュージシャンになんてなれるわけないと思ってたから、スゴい…嬉しかった」
と奏が言葉を噛みしめるように言うと
「そっか…。じゃ、清雅さんのことが無かったらすぐにでも契約したいって思う?」
と綾子は聞いた。
「それは…。相川さんのところで曲作りのことをもっと勉強したいって思うけど、でも俺なんかが本当になって良いのかな?って言うのもあるし、高校卒業するまでは顔出さないみたいなこと言われたけど、結局CD出したりしたら顔が出るわけだしそうしたら母さんたちの子どもってことがバレて…」
と奏が言うと
「そんなに私たちの息子ってこと嫌?」
と綾子は聞いた。
「嫌って言うか…比べられたり息子だからって言われたら嫌だなって思う。…ごめん、生意気で」
と奏が言うと
「別にいいわよ。私もお兄ちゃんの妹って言われるの嫌だったし、今でもお兄ちゃんと兄妹ってことは聞かれなきゃ言わないし事務所入る時には公表しないで欲しいって頼んでたし」
と綾子は言った。
「その話って本当なの?」
と奏が聞くと
「うん。実はね、ジェネシスに入る前に他の事務所からもスカウトされてたんだけど、お兄ちゃんの妹ってことを調べてきてたところもあってユキの妹なら知名度あるしすぐに売れるって言われたりしたのよ」
と綾子は言った。
「そうなんだ」
と奏が言うと
「うん。確かにボレロはその頃から人気あったしパパが抱かれたい男ならお兄ちゃんは彼氏にしたい男って言うので雑誌にランクインしてたからね。その妹って言ったら売れるだろうなって思ったけど、私は自分の力でやってみたかったのよ。ユキの妹じゃなくて綾子って一人の人間として」
と綾子が言うと
「それ、わかる。俺も母さんたちの息子じゃなくて一人の人間として見てもらいたい」
と奏は言ったあと
「でも、俺の場合は顔が似てるから…バレるよ」
と言った。
「私が言うのもなんだけど、小さい時はパパにそっくりだなって思ってたけど今はそんなに似てないよ。パーツの1つ1つ見ると似てるところもあるけど…もしかしたら親子かも?ってぐらいにしか思われないよ。ほら、一緒に買い物行った時もバレなかったんでしょ?」
と綾子が言うと
「うん。確かに…」
と奏は言った。
「似てるって言われるのはライブに来たりした時でしょ?それはさ、はっきり言ってその場のノリで言ってる人がほとんどよ。奏の他にも似てる人がいたら、その人も同じように言われたりするんじゃない?」
と綾子が言うと
「そうかな…」
と奏は呟いた。
「そうよ。機にする必要ないよ」
と綾子が言うと
「そっか…」
と奏は納得したような安心したような笑みを浮かべた。
「村上さん、奏が事務所に入る気なら全力でバックアップするって言ってたし、相川さんも自分の後継者を育てるつもりで奏を育てるって言ってたよ。だから、奏も自分がどうしたいのかキチンと考えてこたえを出しなさいね」
と綾子が言うと
「うん」
と奏は呟いたあと
「ねぇ、もし契約しても3年後に辞めたいって思ったら本当に辞めれるの?」
と聞いた。
「それは契約しだいなのよ。契約するってなると、多分だけど事務所の他にレコード会社や音楽出版社とも契約結ぶことになるのよ。その契約ごとに微妙に内容も違ってきたりするから、キチンと書類は読んで疑問に思ったことはどんどん質問して、言いたいことはキチンと言って奏も相手も納得出来る内容じゃないと判子は押しちゃダメよ。…まぁ、奏は未成年だし私たちも契約書には目を通すから意見も言うけどね」
と言うと綾子はポケットから3枚の名刺を取りだし
「結城さんたちの話だと、奏はこれから他からもスカウト受けることが多くなるみたいなんだって。なかにはしつこい所や悪徳な事務所もいるから、そんな時にはジェネシスと話を進めてるって言いなさいって」
と奏に名刺を渡した。
「これ…どうするの?」
と奏が聞くと
「ジェネシスと話を進めてるって言ってもしつこい人には、この名刺を見せなさいって言ってたよ。うちの社長って業界だけじゃなくて政界や経済界でも顔が広いので有名だから事務所の名刺を見せたらだいたいの事務所は引き下がるからって」
と綾子は言った。
「…でも、ジェネシスの名前を出すってことは契約しなきゃなんなくなるじゃないの?」
奏が言うと
「奏、これを受け取ったからって絶対に契約しなきゃダメって意味じゃないのよ。契約は断ってもいいんだし、これは結城さんたちが事務所の人間としてじゃなくて奏の知り合いとして心配してお守り代わりにくれたものだから大丈夫よ」
と綾子は笑った。
綾子が部屋を出ていったあと、奏は名刺を眺めながら
「結城さんは一朗て名前なんだ。村上さんは武志か…」
と呟いたあとベッドに横たわった。
清雅にあの曲を歌わせるのはやっぱりやめて欲しいって素直に話をするのは決めたけど、契約の話は…。
正直、契約しないかって言われたのは嬉しかったけど3年後どうするかわかんないような自分が安易な気持ちで契約していいのかとも思う。
他の人たちは人生かけて音楽やってるのに高校生で来年になったら受験勉強に専念したいなんて甘い考えでやっていいものなのだろうか?
それに、自分は和や綾子ほど才能は持ってないし結局使い物にならなかったと失望されたら…。
でも、相川の下で勉強してナゴミに歌ってもらえるような…和や綾子が作るような曲を自分でも作れるようになりたい。
「どうしよう…」
奏は名刺を眺めながら呟いた。




