結城と村上の訪問
綾子が結城と村上をリビングに通すと
「あれ?村上さんも来たんですか?」
と和は笑いながら言った。
「休みの日には見たくない顔か?」
と村上が笑うと
「そうですね」
と和は笑った。
「そういうこと言ったらダメでしょ?村上さんごめんなさいね」
と綾子がお茶を出しながら言うと
「いいんだよ。憎まれ口叩くってことは機嫌が良いってことだし。…な?」
と村上は笑い
「まるで母親に叱られる子どもみたいだな」
と結城も笑うと持ってきたアタッシュケースから4枚のディスクをテーブルの上に置いた。
「文化祭のディスクですか?」
と和が聞くと
「そうだよ。こっちは奏君に渡してあげて」
と結城は『文化祭 』と書かれた2枚のディスクのうち1枚を綾子に渡した。
「ありがとうございます」
と綾子はディスクを受け取ったが、テーブルの上に『文化祭』と書かれたディスクと一緒に置いてある『Spiral、Premonition』と書かれたディスクとタイトルのついていない真っ白なディスクを見て
「あの、このディスクは?」
と結城に聞いた。
「実は…和にお願いがあって」
と結城が申し訳なさそうにタイトルの書いてないディスクを和の前に差し出し
「この曲に歌詞をつけて欲しいんだ」
と言った。
「歌詞?」
と和が聞くと
「そう歌詞。曲は出来てるんだけど歌詞が出来てなくて…。和の好きなように作っていいから頼むよ」
と結城は言った。
「曲を聞いてみないと何とも言えないですけど、誰が歌うんですか?」
と和が聞くと
「…まだ正式に決定はしてないんだけど…清雅が」
と結城は言った。
「清雅さん?…清雅さん、自分で歌詞作らないんですか?」
と和が聞くと
「そうなんだけどさ。曲のイメージを壊さずに歌詞をつけるとしたら和の方が上手く作れるんじゃないかって話になって…」
と結城は言った。
「…俺は自分が歌う曲以外では曲も歌詞も提供しないの知ってますよね?」
と和が言うと結城と村上は困った顔をしてお互いに顔を合わせた。
すると和はディスクを手に取り
「清雅さんの30周年締めくくりの曲になるかもしれない曲なんですよね?」
と言うと一度ため息をついて
「今回だけですよ」
と言った。
「そうか…やってくれるか?ありがとう」
と結城と村上が嬉しそうな顔をすると
「でも、曲を聴いてみてからですよ。無理だと思ったら断りますからね」
と和は言ったあと
「で?もう一枚のディスクは何が入ってるんですか?」
と聞いた。
「これは、俺のPCに入ってるのと同じ音源。聴いて感想を聞かせてもらいたいんだけど」
と村上が言うと
「さっきから何なんですか?今日は休みでしょ。仕事の話ばかり…」
と和は嫌な顔をした。
「まあ、そう言わずにさ」
と村上が言うと
「そうだよ。感想言うだけでしょ?文句言わないの」
と綾子は少し怒ったような顔で和に言った。
「でもさ…」
と和が言うと
「でもじゃないの。村上さんが聴いてもらいたいって言うんだから聴いてあげなよ。どうせ暇なんだし」
と綾子は言った。
「暇って…」
と和が拗ねた顔をしたので村上はどうしようかと結城の様子をうかがってると
「じゃ、綾子だけでも」
と結城は言った。
「ですね。なっちゃん部屋に戻ってたら?」
と綾子が言うと
「わかったよ。聴くよ。聴いて感想言えばいいんでしょ?このディスクですよね?」
と和はブツブツ言いながらもオーディオにディスクをセットして綾子の隣に座った。
「なっちゃん、ありがとう」
と綾子がニコッと笑うと
「どういたしまして。じゃ、再生するよ」
と言ってリモコンの再生ボタンを押した。
重低音の響く骨太ハードロックの曲が流れ始めると
「ハードロック?」
と和は呟き、歌が始まると綾子は目を丸くして和を見て
「これ…」
と呟いた。
綾子の驚いた顔にさすがに親子だけあって自分の子どもの歌声にはすぐに気付くんだなと結城と村上が思いながら和を見ると、和は綾子とは対照的に目を閉じてじっくりと曲を聴いていた。
1曲目が終わり、ポップな2曲目が始まると今度は綾子が真剣な顔をして曲に耳をかたむけ、和は時折ニヤッと笑ったりもしながら聴いていた。
「…」
いったい二人はどんな感想を言うだろう?と結城と村上がドキドキしながら二人の様子を見てるうちに2曲とも演奏が終わり村上は恐る恐る
「どう…だろう」
と和と綾子に聞いた。
すると二人は顔を見合わせていたが
「どう?って言われても…。何についてこたえていいのか…」
と和は言い、
「これって奏が歌ってますよね?なぜ事務所が持ってるんですか?」
と綾子は驚いた顔をして聞いた。
「これ、夏休みに相川のところで作った曲で…相川に頼んでコピーしてもらったんだよ」
と結城が少し困った顔をしながら言うと
「綾子、とりあえず感想を言った方がいいんじゃないかな?二人はこの曲の感想を聞かせて欲しいって言ってたんだし」
と和と言った。
和の表情から何かを感じた綾子が
「…そうだね。なっちゃんはどう思う?」
と聞くと
「歌は強弱の付け方や表現力は上手いと思うけど…。もう少し腹から声が出せれば音程がもっと安定するような気がしますね。あと、2曲目はとてもポップで可愛い曲なのに実は失恋を歌ってるって言うギャップが面白くて好きですね」
と和は言った。
すると綾子も
「私は1曲目はずいぶんと背伸びした曲だなって思いました。2曲目はとてもポップだけど間奏とエンディングが良いアクセントになってますね。そこに歌詞の主人公の悲しみや不安が見えるって言うか…親バカかもしれませんけど曲の構成が上手いと思いますし、私もこの曲好きですね」
と言った。
「そっか…良かった」
と結城と村上が嬉しそうな顔をすると
「で?どうして事務所が持ってるんですか?」
と和は聞いた。
「…相川に頼んで譲ってもらったんだ」
と結城が言うと
「…相川さん。そっか、相川さんは音源持ってますもんね」
と和はいい、
「奏は私たちがこれを聴くこと知ってるんですよね?」
と綾子は聞いた。
「まぁ、相川が話をしてるだろうから大丈夫だよ」
と村上は言うと
「ついでだし、清雅さんの歌も聴いてみようか?」
と機嫌の治った和は綾子に聞いた。
「えっ?清雅の曲?」
と村上が驚いた顔をすると
「はい。綾子が忙しくて作れないって断ったから違う人に曲頼んだんですよね?綾子はどんな曲か聴いてみたくない?」
と和は聞いた。
「…そうだね。清雅さんには申し訳ないことしたなって気になってたし。30周年の締めくくりの曲ってどんな曲か気になるね」
と綾子が言うと
「じゃ、聴いてみようか」
と言って和はオーディオの中にあるディスクを交換しようとしてると、突然インターホンが鳴った。
「あっ、奏帰ってきたのかな??なっちゃんちょっと待ってて」
と言って綾子がインターホンに出ると
『相川さんも一緒に来たんだけど』
と言う奏の声が聞こえてきた。
「今、開けるからちょっと待ってて」
と綾子はインターホンを切ると
「相川さんも来たんだって」
と玄関の方へ歩いていった。
「相川さんも?奏のこと、わざわざ送ってかれたのか?」
と和が呟くと
「…相川さんも来たんだ」
と村上は笑っていたが、これから起きるかも知れないことを思うと背中に汗が流れた。
相川と奏がリビングに入ってきて綾子が二人にもお茶を出すと
「和、実は話があるんだけど」
と相川は言った。
「話ですか?」
と和がオーディオにディスクをセットしながら聞くと
「うん…まあ…」
と相川は結城の顔をチラッと見てから和に
「曲聴いてたのか?」
と聞き返した。
「いえ、これから聴くところです。結城さんに歌詞を書いて欲しいって頼まれた曲があって」
と和がソファーに座り言うと
「歌詞?」
と相川は聞いた。
「はい。清雅さんが歌うかも知れない曲に歌詞がついてないらしくて…。俺に書けって言うから。綾子もどんな曲か聴いてみたいって言うんで今聴いてみようって話になって」
と和が言うと
「清雅?歌詞?」
と相川は驚いた顔をして結城と村上を見た。
「そうだよ。和に歌詞をつけてもらおうと思ってさ」
と結城が言うと
「ちょ…ちょっと待って下さいよ。和が忙しいの知ってるでしょ?それなのに歌詞だなんて…それに清雅だってまだ…」
と相川が困った顔をしてると
「相川さん、俺もまだ受けるって決めた訳じゃないですから。とりあえず、聴いてみないと話が始まらないんで」
と和は言った。
相川の様子から自分はこの場にいない方が良いのかと感じた奏が
「俺、部屋に戻ってた方がいいですか?」
と聞くと
「いや、奏君も一緒に聴いてみたらいいよ。清雅が30周年の締めくくりに歌うかもしれない特別な曲なんだから」
と結城は笑うと
「和、お前の言う通りだ。まず、聴いてみてこの仕事を受けるか受けないか決めてくれていいから」
と言った。
「はい」
と言って和がリモコンの再生ボタンを押すとオーケストラを思わせるようなストリングスの演奏がスピーカーから聴こえてきたと同時に
「えっ!ちょっと、やめて下さい!どうして!」
と奏は大きな声を上げた。




