文化祭ライブ
奏たちがそれぞれの立ち位置に立つと歓声は更に大きくなった。
「パワーありますね。元気過ぎません?」
とステージ脇にいる相川が笑うと
「うちの学校は都内でも有数の進学校ですけど、昔から行事になるとおもいっきり楽しむって言うのも風習ですからね」
と有田は笑った。
ステージの上で楽器を構えて奏が目を閉じると、琳とさっちゃんが人差し指を唇にあてて『シーッ』と言うポーズをした。
すると、徐々に歓声が消え最後にはグランドでステージを見てる200人ほどの生徒や教師…一般の客も皆静まりかえりステージを見た。
歓声が消えると奏はゆっくりと目を開けてギターを弾き始めた。
「星屑…?」
と結城はとても小さな声で呟くと目を丸くして奏を見た。
ギターを弾く堂々とした姿は綾子に似ているようにも感じるが、纏っているオーラみたいなものの色気はナゴミに通じるものがある。
奏のギターに琳のギター…と次々と音が重なり歌が始まると、奏はとても甘く切ない声で星屑と言う名のSperanzaのバラードを歌い始めた。
…渉とは全く違う歌い方をしているのに聞いてて不快に感じない。
…Speranzaの曲なのに、まるで奏のためにある曲のように奏はこの曲を自分のものにしている。
それに相川に聞かせてもらったデモの何倍も歌が上手くなってる。
声量も強弱も感情のいれ方も何もかもが全く違う。
…この子も綾子と同じようにスイッチが入ると全く別人のように化ける子なんだろうか?
結城が奏を見ながら考えていると一曲目の演奏が終わった。
「…」
「…」
曲が終わっても観客からは一切拍手が起きず奏たちが失敗したのだろうか?と不安になった次の瞬間
「ブラボー!」
と言う校長の大きな声を合図に大きな拍手と歓声が起きた。
「…」
その歓声と拍手の大きさに奏たちは驚いた顔をしてお互いの顔を見たあと演奏を始めた。
一曲目のバラードとはうってかわりSperanzaらしいノリのいいロックの曲を次々と演奏していると、グランドには次々と人が集まりだした。
休憩を入れることなく5曲演奏し終えると
「ありがとうございました」
と頭を下げてると司会係りの生徒と先に演奏して終えていた3年生がステージに上がり
「2組のバンドの皆さんありがとうございました」
と司会は言ったが観客がざわざわと騒いでいて司会の声はほとんど聞こえなくなっていた。
「アンコール!アンコール!」
と一人の生徒が手拍子を始めると、それに賛同するように次々とアンコールの声が上がり いつの間にかアンコールの大合唱になった。
司会の生徒が困った顔をしてステージ袖にいる先生と話をしていると3年生バンドのリーダーが
「アンコールさ、どうせなら有田に入ってもらってloverやらない?」
と奏たちに言った。
「いいっすね。…じゃ、あとのパートはどうします?」
とさっちゃんが言うと
「ギターは俺たちから出すよ。お前はベース弾ける?」
とボーカルが聞くと
「はい、最近先生と練習してたからある程度は…」
とさっちゃんは言った。
「じゃ、それで決まりってことで」
とボーカルが笑うと
「ちょっと待って!お前には悪いけどボーカルは若狭の方がいいよ」
とリーダーが言うと
「いいすっよ。先輩歌って下さい」
と奏は言った。
「はあ?何言ってるんだよ。観客はお前を待ってるんだろ?俺が代わりに歌ったりしたらブーイングの嵐だよ」
とボーカルは笑うと
「俺さ、ジェネシスの相川ってプロデューサーにスカウトされていい気なってたけど、上には上がいるんだなって思ったよ」
と恥ずかしそうに言った。
「相川さんにスカウトされたんですか?」
と勇次郎が驚いた顔をすると
「相川プロデューサー知ってるの?」
とボーカルが言うと
「はい。まぁ…」
と奏たちは顔を合わせて言ってると司会がステージに戻ってきて
「皆さん!落ち着いて下さい!落ち着いて!」
と観客をなだめた。
「皆さん、時間の関係上一曲だけですがアンコールの許可を取ってきました!」
と司会が言うと観客からは歓声が上がった。
「では、2組合同と言うことでいいでしょうか?」
と司会が言ってると3年生バンドのボーカルが司会からマイクを奪い
「アンコールはスペシャル企画でやりまーす!」
と言って
「えー、軽音顧問の有田先生、有田先生。至急ステージの上までお越し下さい」
と言った。
有田が驚いた顔をしてると
「先生呼ばれてますよ」
と相川は有田の背中を押した。
「えっ…じゃ…。すみません」
と言って有田が恥ずかしそうにステージの方へ歩いていくと、相川は人混みを掻き分けて結城と村上が座ってるベンチの方へ歩いていきベンチの隅に座ってる村上と結城の隣に立った。
「では、アンコールです!先生、ドラム準備して下さい」
とボーカルが言うと勇次郎は有田にドラムスティックを渡した。
「俺?やんないよ…」
と有田が慌ててるの無視してボーカルは
「アンコールのスペシャル企画はボレロの名曲、loverを2バンド&教師選抜メンバーで演奏します!…先生、早く準備しないと時間なくなるからね」
とボーカルに言われて有田がドラムセットの前に座ると今度は
「若狭、ギターはうちのメンバーが弾くからギター置いて」
とボーカルは言った。
「えっ?あっ…はい」
と奏がアンプからシードルを抜いてギターを肩からおろすと勇次郎がそれを受け取り
「ケースに入れておくから」
と言った。
その後、選抜メンバー(?)がドラムセットのところに集まり打ち合わせをしている間に琳たちはステージ脇に移動した。
「若狭ってスゲェな。あんなのが同じ学校に入るなんて驚いたよ」
とボーカルが言うと
「lover聴いたらもっと驚きますよ。ナゴミには負けちゃうかもしれないけど、男でも惚れそうになっちゃいますよ」
と勇次郎は言った。
「…お前たちSperanzaのコピーしてるけどオリジナルとか興味ないの?」
とリーダーが聞くと
「奏が作ったオリジナルもあるんですけど、奏の作る曲はレベルが高過ぎて俺たちじゃまだ演奏出来ないから文化祭では慣れてるSperanzaの曲をやれって相川さんに言われて…」
と琳は恥ずかしそうに言った。
「相川さん?」
とボーカルが聞くと
「はい。ほら…先輩がスカウトされ…」
と琳が話してる途中でloverの演奏が始まった。
切なく時に優しく歌う奏に村上が驚いた顔をしてると、隣に座ってる結城は身体を乗り出して演奏を聞いていた。
ステージ脇で見てる琳たちはいつもとは違う奏とさっちゃんの姿に息をするのも忘れそうになった。
二人が自分たちより上手いのはわかっていたけど、いつも一緒にいる仲間だけど、バカみたいに遊ぶ友だちだけど、今まで一度も女と付き合ったことがない男だけど…カッコいい。
さっちゃんのベースはとてもクールだし、奏は奏でとても切ない片思いの歌を聴いてるこっちが泣きそうになるような切ない歌声で歌い上げてる。
それに、奏はこんな男だっただろうか?
口は悪いときあるけど、いつもまわりのことを良く見て謙虚で目立つことが何よりも嫌いだったはずの奏がステージに立つ姿は堂々としてて自信に溢れてるように見えるし、表情や仕草…纏ってるオーラむたいなものからは色気を感じて自分と同じ男なのに目が合うと照れくさくなってしまう。
切なく、優しく、時として力強く奏がloverを歌い上げると大歓声が上がった。
琳たちは奏とさっちゃんが同じメンバーだと言うことも忘れて拍手した。
ビデオカメラの録画ボタンを停止させると村上も拍手した。
結城も相川も大きな拍手をした。
「なんか、文化祭って言うより1つのライブって感じでしたね。それに奏君の歌声…。本当に高校生なのかって思っちゃいますね」
とビデオを見終えた佐伯が呟くと
「本当スゴかったよ。いち観客として楽しめるライブだったし…」
と結城は言った。
「俺は、ギター弾きながら歌ってるときはやっぱり親子だけあって自信に溢れて堂々としてる姿や持ってるオーラみたいなのはスイッチ入った時の和と綾子に似てるなって思いましたけど、lover歌ってる時の仕草や表情は若い頃のナゴミにそっくりだなって思いました」
と村上が言うと
「確かに…。でも、奏君の何が一番スゴいかって言うと曲を自分の物にしてるところだな」
と結城は言った。
「そうですね。Speranzaの曲にしてもloverにしても奏君なりの歌い方をしてるのに、それがしっくりきてるって言うか…聞いてて嫌みにならないと言うか…この曲ってもともとこうゆう曲だったかも?と錯覚してしまうほど自分の物にしてますね。これは才能なんでしょうね」
と村上が言うと
「…これ見たら和さん驚くでしょうね」
と佐伯は言った。
「だろうな。綾子の時みたいに才能に嫉妬するかもな」
と相川が笑ってると
「そう言えば、和さん最近スゴい機嫌良かったのって奏君が関係してたみたいですよ」
と佐伯は思い出したかのように言った。
「奏君?」
と結城が聞くと
「はい。綾子さんには言わないで欲しいって言われたんですけど、和さんと奏君で秘密の約束したらしいんですよ」
と佐伯は嬉しそうに言った。
「約束?」
と結城が聞くと
「はい。奏君の目標が和さんに自分の作った曲に歌詞をつけてもらって歌ってもらうことらしいんですよ。だから、奏君が作った曲に和さんが歌詞をつけて歌うって約束したらしくて…。ついでに綾子さんの時には叶わなかった他の人に曲を提供する時は一番初めに和さんに曲を提供するってことも二人で約束もしたみたいで…。それがものすごい嬉しかったみた最近スゴい機嫌いいんですよ」
と佐伯は嬉しそうに笑った。
「そっ…か…」
と作り笑いをしながら村上が結城を見ると結城の顔には困惑の表情が出てた。
「結城さん?」
と佐伯が不安そうに聞くと
「えっ…?いや…。そっか。だから和の機嫌が良かったのか」
と結城は村上同様に作り笑いをしたが、一緒にいた相川の顔には落胆の表情が浮かんでいた。




