相川と結城と村上
「俺に譲ってくれるようにその子に頼んでくれないか」
と清雅は真っ直ぐに相川を見て言ったが
「…」
相川は返答に困り結城の顔を見ると結城も相川同様に困った顔をして相川を見ていた。
「なに?もう売り出す企画あるの?」
と清雅が聞くと
「いや、それは無いんだけど…」
と相川は結城を見た。
「じゃ、なに?その子がもうライブとかでやってるとかSNSに載せちゃってとか?」
と清雅が聞くと
「俺も関わってるし公表するのはダメだって言い聞かせたから、それも無いとは思うけど」
と相川が言うと
「俺からも著作権の問題があるからとは言ってあるし大丈夫だけど…」
と結城も言った。
「じゃ、何が問題?」
と清雅が聞くと
「まだ、契約してない子だし」
と相川は言った。
「じゃ、早く契約交わせばいいじゃん。向こうだってうちと契約するつもりで相川のところで曲作ったんだろ?」
と清雅が聞くと
「それがさ…。本人は趣味で音楽やってる奴でプロとか意識してなくて」
と相川は言った。
「だったら意識させればいいじゃん。慎二得意だろ?」
と清雅が笑うと
「それに清雅が歌うってなると知名度も何もない無名の…高校生だし」
と相川は言った。
「えっ、あの曲高校生が作ったの?嘘だろ…。高校生であれだけ作れるなんて天才じゃないか。それに歌だって高校生にしては上手いし、うかうかしてたら他の事務所に取られるよ。高校生であれだけ作れるなら、将来的には綾子レベル…それ以上も作れるようになるかもしれないよ。早く契約しなよ」
と清雅が言うと
「そうだよな…。けど、清雅に歌わせるのは」
と相川が言うと
「あのさ、無名とか高校生とか関係ないんだよ。知名度がある奴が作ったって気に入らなかったら俺は歌わないの知ってるだろ?あの曲が欲しい、歌いたいって思ったから頼んでんの。何で、そんなにもったいぶるんだよ」
と清雅は聞いた。
「それは…」
と相川が結城を見ると
「本人をその気にさせるのも大変かも知れないけど、それよりも両親の方が…。息子の作った曲を清雅が歌うって聞いたら何て言うか…」
と結城は言った。
「なにそれ?芸能界に偏見ある親なの?それとも厳しい親なの?」
と清雅が聞くと
「偏見がある訳じゃないと思うし、両親とも将来は子どものやりたいことをやらせてやりたいって考えみたいだけど…。けど、清雅みたいな大物が歌うってなると何て言うか…」
と結城は言った。
「なにそれ。騙されてるとかって疑うってこと?じゃ、俺が直々にその子と両親に合って説得するよ。それなら向こうも信用するでしょ」
と清雅が言うと
「清雅にそこまでしてもらう必要はないよ。…とりあえず、この話は1ヶ月待ってくれないか?俺がアメリカ行くまでには清雅に良い返事出来るように努力するから」
と結城は言った。
「はい。楽しみにしてますね」
と言ったあと清雅は
「で、その子はどんな子なんですか?」
と聞いた。
「だよな。俺も気になるんだよな。どこで見つけてきたんですか?」
と村上も聞くと
「それはまだ秘密だな」
と結城は言った。
「えー、知りたいな」
と清雅が言うと
「もし、彼がうちと契約して清雅が彼の歌を歌うって決まった時に紹介するから。楽しみにしてて」
と結城は笑った。
「もったいぶらなくても」
と清雅が言うと
「楽しみは後に取っ手おいた方が良いだろ?」
と結城は言った。
清雅が去ったあと、会議室に残った相川は
「どうするんですか?清雅がその気になってますよ」
と結城に言った。
「どうしたものかな…。どうする?」
と結城が相川に聞くと
「どうするじゃないですよ。…俺、悪者になるの嫌ですよ。もう、こそこそ動くのも騙してるみたいで嫌ですし。なんで清雅まで交えたんですか」
と相川は言った。
「まさか、あそこまでキチンとした曲を作れるとは思ってなかったんだよ。想像してた何倍も良い曲で俺だって驚いてるし、…恐ろしい子だなって思ってるぐらいだよ」
と結城が言うと
「だから前もって売り物になる曲だって言ってたじゃないですか」
と相川はため息をついたあと
「でも、俺としてはやっぱり本人がその気になるまで待った方が良いと思うんですよね。俺が曲を持ってることも知らないのに、突然清雅が歌うなんて言ったら絶対に嫌がりますよ」
と言ったが
「そりゃそうだけど…。それに俺だって、契約の話を持っていったら二人に嫌な顔されるだろうってことは想定してたけど、清雅が欲しいって言ってることまで伝えないとって考えるとコソコソ動いてると思われて二人に睨まれるような気がして嫌だよ。このことが仕事に影響しないか心配だし…」
と結城は言った。
相川と結城の様子を見ていた村上が
「清雅には秘密だって言ってましたけど、その子ってどんな子なんですか?」
と二人に聞いた。
「…」
「…」
相川と結城がどう伝えようか迷ってると
「自分の興味だけじゃなくてマネジメント事業部の立場からも聞いてるんです。これから、本格的にスカウト、契約となると相手が納得する条件を出さなくてはいけないですし、その子がどうゆう子なのか知らなくてはスカウトするにも契約するにも俺たちは動けませんよ」
と村上は言った。
「…だよな」
と結城が相川を見て呟くと相川は話を始めた。
「その子は都立の進学校に通う高校2年生で、俺はもともと知り合いだったんだ。その子が曲を作ってるとかバンドやってるって言うのは聞いてたんだけど、聞かせれる曲じゃないからって言うから今まで聞いたことがなくて。ちょっとしたきっかけで曲を聞いて感想を言うって約束をして聞いてみたら、結構良い曲作る子で…。感想を求められた時に自分ではどう思うって聞いたら、キチンと曲の悪いところを自分でもわかってて…けど、それをどう修正したら良くなるかわからないでいるみたいで…。あとは、高校生の持ってる機材じゃ限界があるみたいで頭の中にある曲が今の自分には表現出来ないって言うから俺のスタジオ貸して曲を作らせたら、充実してるスタジオで作るのが面白かったみたいで次々と曲を作って…それを今日持ってきたんですけど。とても素直な子で覚えも早くて教えがいのある子で…。あれだけの曲を作っても、自分はまだまだダメだって思い込んでて…」
と相川が言うと
「前に本人と話した時に聞いたけど、あの子の目指すところのレベルが普通の高校生とは違うんだよ。あの子は自分と比べてる対象が両親なんだよ。両親みたいな曲を作って歌えて初めて一人前と思ってるから」
と結城は言った。
「両親…。それはちょっと…。まだ経験も知識も少ないし」
と相川が呟くと
「ちょ…ちょっと待って下さい。その子の両親もミュージシャンなんですか?」
と村上は聞いた。
「…まあ」
と相川が曖昧にこたえると
「声が似てるなとは思ったけど…もしかして…奏君?」
と村上が聞くと結城は頷いた。
「…マジっすか?」
と村上が驚いた顔をしてると
「音楽的な才能も遺伝するのかな?スゴいよな…」
と結城は言った。
「ですね。確か奏君は中学卒業するまでピアノ習ってたはずですよね?それも関係してるのかしっかりとした曲を作りますし…。でも、最後のあの曲…あれは清雅じゃなくても欲しがると思いますよ。まあ、歌いこなせるかどうかの問題はありますけど」
と村上が言うと
「多分、曲に負けないで歌えるのは清雅と…ナゴミぐらいじゃないか?」
と結城は相川に聞いた。
「そうですね。…奏もこの曲はナゴミをイメージして作ったと言ってますし」
と言って相川はため息をつき頭を抱えると
「奏は自分がナゴミのことをこうゆう風に見てるって知られたくないから、この曲は絶対に誰にも聴かせないって言ってたんです。ナゴミをイメージした曲を清雅が欲しがってるって奏に伝えるのも奏を裏切って清雅に聴かせたってことだから嫌だし…。それよりも自分をイメージして作った息子の曲を他人が歌うってことになったら和はどう思うかと考えたら…」
と言った。
「…」
「…」
結城と村上が黙ってそれぞれ相川を見ていたが
「相川さん、気持ちはわかるよ。俺だって和の気持ちを考えたら…。綾子が作った曲を歌いたいのずっと我慢してきたのを間近で見てたし…。綾子がSperanza以外で初めて曲を提供したのが清雅だったんだ。それも自分のことを想って書いた曲。それが、今度は息子だ。息子が書いた曲を初めて歌うのが清雅で…今度は自分をイメージして書いた曲…。和の気持ちを考えるとこの曲は清雅に歌わせるのは可哀想だと思うし、出来ることなら和に歌わせてやりたいよ」
と村上は言った。
「和は喜ぶと思うけど、奏君はナゴミが歌うことを了承するかな?曲を聞かせるのも恥ずかしがってるんだろ?それがナゴミが歌うって言うのも同じスタジオで作業するって言うのも出来るかな?」
と結城が相川に聞くと
「それはまだ無理だと思います。照れや恥ずかしさもあるけど親子ってことで甘えも出てくると思います。もっと大人になって仕事とプライベートの切り替えが出来るようにならないと難しいと思います。…と言うか、俺としては奏が宝物にするって言った曲だし清雅にも和にもあの曲は歌わせない方が」
と相川は言った。
「じゃ、清雅が納得する曲を相川が書くんだよな?」
と結城が聞くと
「俺がですか?」
と相川は言った。
「そうだよ。お前がどうしてもダメだって言うなら、清雅に諦めさせるんじゃなくて清雅がこっちの曲の方が歌いたいって思う曲を提示しなきゃならないだろ?1ヶ月で作れるよな?」
と結城が言うと
「1ヶ月…それは無理です。明日からはSperanzaの仕事再開するし、そのあとはすぐにアクセルのレコーディング始まるので曲を作ってる暇はありません。せめてアクセルが終わったあとの11月くらいからだと予定入ってないので…」
と相川は言った。
「それじゃダメだよ。俺は清雅に1ヶ月でこたえを出すって言っちゃったし…」
と結城は言ったあと
「ところでさ、村上は奏君のことどう思う?相川と同じで本人がやる気になるまで待った方が良いと思う?」
と聞いた。
「個人的な意見としては奏君の意志を尊重したいと思いますし、和や綾子のことを考えると奏君はまだ高校生だし親としては心配すると思うので契約って言うのはまだ早いと思います。けど、個人的な考えを除いて意見を言うと、奏君は歌も上手いし曲も良いもの作れるし…ルックスだって良いですからね。他の事務所に見つけられる前に契約だけでも結んでおいて損はないと思います。本人がその気になるのを待ってたらあっという間に他の事務所に持っていかれてしまうような気がします」
と村上が言うと
「だよな。俺もそう思うよ」
と結城は言ったあと
「村上、ここから先は俺とお前で動くことになるから。とりあえず、契約結ぶまで極秘で話を進めるぞ」
と言った。
「えっ。俺は?」
と相川が聞くと
「ここから先は俺たちの仕事だから。お前は自分の仕事に集中して。…大丈夫、Speranzaのレコーディング終わるまで綾子や和に話は持ってくつもりないし、奏君と接触するつもりもない。とりあえず、こっちで3人が納得するような条件を練って契約書作る準備するだけだ。和も綾子も時間がないし短期決戦になると思うから…その時は相川にも協力してもらうと思うけど」
と結城は言った。
 




