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お隣のふにゃふにゃ王子様  作者: まあちゃん
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罪悪感と不安と期待

次の日、相川が事務所に行くと結城と村上は清雅と話をしていた。

「おはようございます」

と相川が言うと

「久しぶり。慎二も事務所で仕事?」

と清雅は聞いた。

事務所でも知ってる人がほとんどいないが、相川と清雅は幼なじみで一時は同じバンドをやすって同じ夢を追いかけてきたこともあるので、お互いに昔から下の名前で呼び合う仲だった。

「結城さんに呼ばれてさ…。清雅さ、たまには連絡よこせよ。綾子が忙しいとさっぱり連絡してこないもんな」

と相川が言うと

「そりゃね。綾子忙しくて曲作れる時間ないのわかってるからさ。慎二に連絡する用事もないし」

と清雅は言ったあと

「そうだ。慎二さ、久しぶりに俺に曲書いてみない?」

と聞いた。

「曲?」

と相川が聞き返すと

「そう。30周年の締めくくりってことで年末にシングル出そうって企画あるんだよ。本当は綾子に頼みたいところだけど忙しいからさ。昔みたいに慎二が曲書いて俺が詞つけて…。楽しそうじゃん」

と清雅は笑ったが

「…面倒くさ」

と相川は呟いた。

「ちょっと、結城さん聞いた?今、面倒くさって言いましたよ。慎二、俺に曲書くの面倒くさって…。何なのこのプロデューサー…。天狗になってるんじゃないんですか」

と清雅が言うと

「久しぶりに会ったんならケンカするなよ。相川も、清雅に曲頼まれて面倒くさってないだろ?」

と結城は言ったあと椅子から立ち上がり

「とりあえず、相川の宿題を見ようか」

と言った。

「もしかして、売り物になるかならないか判断してほしいって言ってた結城さんがイチオシの新人の曲ですか?」

と清雅が言うと

「それだよ。その子の情報一切なしで聴いてみて判断して欲しいんだよね」

と結城は言った。


会議室に入ると相川は持ってきたノートPCとスピーカーを接続させたが、いろんな思いが頭によぎり再生ボタンをクリック出来ずにいた。

奏が宝物にするって言っていた曲…。

隠れてコソコソ自分のPCに転送した時に罪悪感があったけど、今ほどではない。

奏の宝物だって言ってた曲を奏に無断で他人に…それも結城だけでなく村上や清雅にまで聞かせることになってしまった。

「相川、どうした?」

と結城が聞くと

「…はい。今、流します」

と言ったものの相川はマウスを動かしたがクリック出来ずにいた。

「どうした?PC調子悪いのか?」

と清雅が心配そうにしていたが結城は

「相川、これは仕事だ。私情を挟まず流せ」

と言った。

「はい…」

と相川は返事をすると心の中で

『奏、ごめん』

と言って再生ボタンをクリックした。

スピーカーから流れてきた曲は奏がもともと作っていたが、自分の頭にある曲を形に出来ないと言っていた曲だった。

重低音の響くハードロックの曲に相川と相談して作った歌詞を力強く歌う奏の声が重なっていた。

相川がチラッと結城を見ると、結城は目を丸くして曲を聴いていた。

その隣の村上もまた結城と同じような顔をしていたが、清雅は目を閉じてじっくりと曲を聴いていた。

表情の読み取れない清雅は奏の曲をどう判断するだろうと考えると相川は不安と期待で心臓が痛くなった。曲が終わると

「相川…」

と清雅は相川を見て

「もう一度、聴かせてくれる?」

と聞いた。

「ああ、いいよ」

と相川が震える手で再生ボタンをクリックすると清雅は先ほどと同じように目を閉じ、腕組みをした指でリズムを取りながら曲を聴いていた。

曲が終わると

「3曲って言ってたけど…。次の曲聞いても大丈夫ですか?」

と清雅は結城に聞いた。

「もちろん。相川、次の曲」

と結城に言われ次に流した曲はノリの良いJ-Rock寄りの曲だった。

この曲は奏が機材の使い方を覚えた時に面白がって打ち込みを使って作った曲だったが、あまりにもごちゃごちゃし過ぎていたので相川に言われ打ち込みのほとんどを消し、かわりにギターを強調したノリの良いロックの明るい曲に仕上がった。

曲が終わると清雅は先ほど同様にもう一度聴きたいと相川に言った。

2曲目が終わると相川は

「最後の曲は…歌が無いんですけど」

と言った。

「オケだけ?」

と清雅が聞くと

「時間がなくて歌入れれなくて」

と相川は言った。

「そっか…。じゃ、歌詞は?見せて」

と清雅が聞くと

「この曲は俺は口出しほとんどしないで作らせたんだけど、歌詞まで作る時間がなくて」

と相川は言った。

「ふーん。じゃ、その子が作ったまんまの曲ってことだな どんな感じか聴かせて」

と言った。

相川がボタンをクリックすると打ち込みサウンドの機械的なイントロが流れて始めた…と思った次の瞬間には力強くも美しくもある凛としたドラムとベースとギターとストリングスの演奏が加わった。

イントロが終わると今度は儚さを感じる曲調に変わりサビではイントロ同様の凛とした強さのある曲調に変わった。

相川はこの曲を奏が作ってるときも完成したときも正直驚いた。

奏の今まで作ってきたと言う曲との違いにも驚いたし、曲の強弱の付け方がとても独特で面白いとも思った。

先の2曲は中学まで習ったピアノで音楽理論を学んできたことが活かされてる曲だったが、この曲は独特のタイミングで転調する音楽理論を無視した曲だけど、その独特の転調が気持ち悪いと感じるどころか、この曲の持つ優しさと凛とした強さを上手く表現していてるように感じた。

相川はこの曲が一番気に入っていて、この曲ならこのまま売り物に使えるだけの仕上がりだとも思っていた。

…果たして、清雅たちはこの曲を聴いて何を感じるのだろうか。

曲が終わると清雅は何も言わず何か考えてる様子だった。

「…」

目を開けた清雅は険しい顔をして何か考えて様子だったので、相川だけでなく結城たちも息をのんで様子を伺っていた。

奏の曲はダメだったのだろうか…。

奏が可愛いあまりに、欲目で見てしまい冷静な判断が出来なくなっていたのだろうか。

相川がため息をついてると

「相川…。最後の曲…」

と清雅は話を始めた。

「えっ、もう一度聴く?」

と相川が聞くと

「いや聴かなくても大丈夫だ」

と清雅はこたえた。

「…で、率直な感想を聴きたいんだけど。村上はどうだった?」

と結城が聞くと

「はい。相川さんと一緒に作ったからか上手いですね。あと、歌い方と言うか表現方法は違うけど声はナゴミに似てますね。音程もしっかりしてるし…表現力もあると思いますけど声量が…」

と村上は言った。

「確かに声量は足りないな」

と結城が言うと

「キチンとした発声法を知らないので少し教えたのですが、どうしても喉で歌ってしまうみたいで…。腹も使うようにすると声量も表現力も伸びるとは教えたのですが、まだ上手く使えないみたいで」

と相川は言った。

「言われてすぐに出来るやつなんていないからな。発声法も訓練していかないと無理だろ」

と清雅が言うと

「他に感想ある?」

と結城は聞いた。

「感想の前にちょっと聞きたいんだけど、相川はどこら辺まで口出ししたの?」

と清雅が聞くと

「まだ、素人だし楽しんで曲を作ってる様子だったから伸び伸びと作らせようと思ったんで、俺はそんなに口出しはしてなくて彼が作ってる曲をチェックして、ここは盛り上がった方がいいとか…2曲目のことを言うといろいろ重ねて過ぎてごちゃごちゃしてたからそれを減らせと言っただけで…。こうゆう音色使えとかこうゆうフレーズを入れろとかって言うのは一切言ってないよ。ただ、歌に関してはこうゆう感じで歌えって言うのは言ったけど」

と相川は言った。

「そっか…。じゃ、この3曲がその子の持ってる才能ってことで判断していいんだな」

と清雅が言うと

「そうだな。今時点の才能だと思うよ」

と相川は緊張した顔で言った。

「そっか…。じゃ、まず」

と言うと清雅は話を始めた。

「まず、歌についてだけど発声法が出来てない状態でこれだけ歌えたらスゴいんじゃないか?声はまだ細いけど、若い子なんだろうしこれから成長するでしょ。曲に関しては1曲目と2曲目は構成が上手いね。多分、音楽理論をしっかり理解して作ってるんだろうな。1曲目はハードロックだけどメロディーがキレイだから聴いてて心地よいし、2曲目はパンクっぽい要素が入ってるのにとてもノリがとても良くて明るくて聴いてて楽しくなってくる。3曲通して言えることだけど、この子はロックな子なんだなって感じたし、売れるんじゃないかって思ったよ」

と清雅が言うと

「さ…最後の曲の感想は?」

と相川は聞いた。

「最後の曲?」

と清雅が聞き返すと

「ああ、あの曲に関しては俺は一切何も言わなかったんだ。だから1人でスゴい考えながら作った曲で…。普通では考えられないようなところで転調したりしてて独特な曲なんだけど…俺はそれが面白くて気に入ってるんだけど、清雅から見たらどう思うかな…って」

と相川は言った。

「3曲目は確かに独特だけど…」

と言ったあと清雅は相川をじっと見て

「正直な話、俺はこの曲欲しい」

と言った。

「えっ!」

と相川が驚いた顔をすると

「歌詞は俺が書く。だから、この曲を俺に譲ってくれるようにその子に頼んでくれないか」

と清雅は言った。

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