17歳の誕生日 5
和と渉がほろ酔いの結城に呼ばれて話しを始めると奏たちは少し離れたところにいる勇次郎のところにきて座った。
「北原さんて、酒飲むとからんで泣くんだな…」
と琳が言うと
「さっきから綾子さんに謝ってばっかりだよね。綾子さんも困った顔してるし…。あんな大人になりたくないな」
と勇次郎は笑った。
「でもさ、ミュージシャンて見た目より大変そうだよな」
とさっちゃんが言うと
「だよな。さっきも綾子さんが休みなしで働いてたって言ってたし…。なあ、本当にそんな忙しかったの?」
と琳は奏に聞いた。
「父さんは何回か休みあったけど、母さんは全然家にいなかったし忙しそうだったよ」
と奏が言うと
「点滴してまで仕事するとかさ。普通、あり得ないよな」
と琳は言った。
「なんで、そんなに休めないんだろう?」
とさっちゃんが言う
「タイアップがどうのって言ってなかった?奏、なんのタイアップか知ってる?」
と琳は奏に聞いた。
「さあ?父さんも母さんも俺に何も教えてくれないから…。昔から情報解禁になるまで絶対に教えてくれないんだよ」
と奏が言うと
「やっぱり家族にも言っちゃダメなのかな?」
と琳が言ってると相川が側に来て
「何がダメだって?」
と聞いて奏の隣に座った。
「うわ、相川さん酔ってます?顔赤いですよ」
と奏が聞くと
「これぐらいで酔ったりしないよ。で、何の話してたの?」
と相川は聞いた。
「父さんも母さんも仕事のことを情報解禁になるまで何も教えてくれないのは家族にも言っちゃダメだからなのかな?って話をしてたんです」
と奏が言うと
「ふーん。それはさ、家に帰ってきてまで仕事の話をしたくないからじゃない?…だって、一年以上先の予定が埋まってるんだよ。そんなの考えたくないじゃん」
と相川は笑った。
「一年以上先…」
と勇次郎が驚いた顔をすると
「それに目の前にある仕事をまずは頑張らないとならないから、一年後のことまで考えてられないでしょ?」
と相川は言ったあと
「で、目の前のことと言えばバンドの方はどうなの?練習してる?」
と聞いた。
「はい。相川さんに言われた通り練習してます」
とさっちゃんが言うと
「先生にもリズムが安定してきて聞いてて安心するって誉められました」
と勇次郎も言った。
「琳は?」
と相川が聞くと
「教則本買って基礎から練習したり、わからないところは奏に教えてもらったりして…。家でもずっと練習してます。あと、落ち着いてドラムとベースの音をキチンと聞いてやると1人だけ外れたりしなくなって、やってて楽しいです」
と琳は嬉しそうに言った。
「そうか。じゃ、学祭の時は期待して良いんだな?」
と相川が言うと
「相川さん、来るんですか?」
と奏たちは驚いた顔をした。
「もちろん行くよ。あと、結城さんもビデオカメラ持って行くって張り切ってるよ」
と相川が言うと
「うわ…。どうしよう、ヤバいよ」
と奏たちは呟いた。
「何がヤバいんだ?キチンと練習してたら何もヤバいことないだろ?」
と相川が笑うと
「だって人前でやるのも初めてなのに、相川さんと結城さんが来るなんて…。考えただけで緊張する」
とさっちゃんが言ってると村上がやってきて
「何が緊張するんだ?」
と聞いた。
「いやね。今月の21日に文化祭があるらしくて、それに奏たちのバンドが出るらしいんですよ」
と相川が言うと
「本当?そりゃ楽しみだな」
と村上は言った。
「俺と結城さんは見に行くんですけど一緒に行きます?」
と相川が聞くと
「二人で行くの?」
と村上は聞き返した。
「はい。和と綾子は騒ぎになったら困るから行けないんで、代わりに見に行こうって話をしてて。結城さんはビデオカメラ持参してくらしいんですよ」
と相川が笑うと
「じゃ、俺もカメラ持って行こうかな?」
と村上も笑った。
「fateとボレロのマネージャーにプロデューサー…。マジ怖いよ」
と琳が言うと
「fateのマネージャー…結城さんのことか。けど、結城さんはマネージャーだけどマネージャーじゃないだろ」
と村上は笑った。
「マネージャーじゃないってどうゆうことですか?」
と琳が聞くと
「あれ、知らないの?結城さんは事務所の副社長なんだよ。あんな風に優しそうに見えるけど重役。相川も部長だし、人は見かけによらないよな」
と村上は笑ったが
「何言ってるんですか。村上さんだってマネージメント事業部の部長じゃないですか。そのうえ、今は結城さんの仕事のフォローしてるんでしょ?」
と相川は言った。
「俺の場合は結城さんが戻ってきてボレロが活動し始めたら、ただのマネージャーに成り下がるんだよ」
と村上が笑うと
「ボレロ活動再開するんですか?」
とさっちゃんは身を乗り出して聞いた。
「そのうちって言う話で、今のところいつ再開するとか言えないんだよ」
と村上が言うと
「情報解禁を待てってことだよ」
と相川は笑った。
「情報解禁?何も決まってないのに情報も何もないだろ?」
と村上が言うと
「何も決まってないんですか…」
とさっちゃんは残念そうな顔をした。
「まあ、今はそれぞれの活動が忙しいから…。悟志みたいに待ってくれてるファンもいるし来年中には何か動きがあれば良いんだけど…難しいかな」
と村上が言うと
「もし、活動再開するとしたらどんなことしますか?」
と琳は聞いた。
「うーん…。俺は何とも言えないけど…。来年の年末にはボレロもメジャーデビュー25周年だし。何かアニバーサリー的なことをやれたら嬉しいよな」
と村上が言うと
「事務所も大忙しですよね?去年は事務所の30周年とSperanzaの20周年、今年は清雅の30周年、来年はボレロの25周年…。毎年アニバーサリー続き」
と相川は笑った。
「だよな?それが終わったらまたSperanzaの25周年がやってきて…。キリがないって言うかアニバーサリーをウリにしてる事務所だと思われるよ」
と村上も笑うと
「ですね」
と相川も笑ってると琳が壁に掛けてある時計を見て
「なあ、そろそろ帰んないと終電になんない?」
と言った。
勇次郎とさっちゃんも時計を見て
「本当だ」
と言うと村上が
「どれ、俺も明日仕事だし帰るかな」
と言って立ち上がったので
「俺も明日事務所行かなきゃなんないし帰るか」
と相川も言った。
琳たちが帰る準備をしてると
「帰るの?」
とタケは聞いた。
「はい、明日学校なんで…」
と勇次郎が言うと結城は立ち上がり
「俺たちも一緒に帰るか?」
と北原に言った。
最寄り駅まで琳たちと一緒に歩いた相川たちは改札の前で
「じゃ、文化祭楽しみにしてるから」
と琳たちに言った。
「はい…。練習頑張ります」
と勇次郎が言うと
「練習ばかり頑張り過ぎないで勉強も頑張るんだよ」
と結城は笑った。
「結城さん、固いですよ」
と村上が笑うと
「でも、学生は第一に勉強だからさ」
と結城は言った。
「それじゃ、また」
と路線が同じ北原と琳たちが改札をくぐり相川たちに頭を下げてホームに向かって歩いて行くと
「さ、これからどうする?」
と結城は村上と相川に聞いた。
「どうするって…帰りたいんですけど」
と相川が言うと
「帰るの?今日は綾子のことで相川とは本題の話を全然してないかったんだけど」
と結城は言った。
「それは明日、事務所に言って話しますから」
と相川が言うと
「本題ってなんですか?」
と村上は聞いた。
「ん?ほら、前に話したうちの事務所に入れたいって思ってる子の話。俺が留守中に相川がいろいろ動いてくれたみたいだから、どんな様子か聞きたくてさ」
と結城が笑うと
「いろいろ動いたって…。あれは完全プライベートですから」
と相川は言った。
「…」
結城と相川の温度差の違いに村上が戸惑っていると
「けど、お前にしては珍しくスゴい誉めてたし才能を埋もれさせたくないって言ってたじゃないか。それに曲をお前が持ってるって言うのは、俺に聞かせるつもりがあるからだろ?」
と結城は言った。
「それは、俺が曲作りを見てやる条件に結城さんが聞かせろって言ったから…。本当なら、コソコソとそんなことしたくなかったんですよ」
と相川が言うと
「でも、お前だってこのまま才能を埋もれさせたくないって思ったんだろ?自分の持ってる全てを教えてやりたいと思ったんだろ?」
と結城は言った。
「…」
相川が何も言えず黙ってると
「まぁ、お互い酒も入ってるしこの話は明日にしよう。そうだ、明日は清雅が事務所に来るって言ってたしついでに清雅と村上にも聴いてもらって率直な感想を言ってもらおう。お前だけじゃなく俺も私情が入ってしまうかもしれないからな」
と結城は言うとタクシー乗り場の方へ歩きだし
「じゃ、俺は一度事務所戻るから。二人とも飲みすぎないでさっさと家に帰れよ」
と言った。
結城が乗ったタクシーを見送った相川と村上は駅前の小さな居酒屋に入った。
冷たいビールをグッと飲み渇いた喉を潤した村上が
「結城さん、その子が歌ってるのも作った曲も聴いたこと無いんだって?それでもとても魅力的な目をしてる子だから絶対売れるって言ったけど、そんなに魅力的な子なの?」
と聞くと
「どうですかね…」
と相川はお通しの枝豆を食べながらこたえた。
「どうですかねって。その子のこと知ってるんだろ?」
と村上が聞くと
「知ってますよ。夏休み中、うちで曲作ってましたから」
と相川はこたえた。
「曲作ってたって…相川さんのスタジオ使って?…スゴいな」
と村上は感心すると
「で?どうなの?」
と聞いた。
「どうなのってそれは人柄ですか?それとも作る曲ですか?」
と相川が聞くと
「もちろん両方だよ」
と村上は笑った。
「人柄は…俺の話を素直に聞くし泊まり込んで曲作ってた時は頼んでもないのに飯作ったり掃除してくれたりしたし…。結城さんの言う魅力的な目って言うのを俺は見たことないからなんとも言えないけどとても素直で可愛い子ですよ」
と相川が無意識に笑顔を浮かべて言うと
「そっか。良い子なんだ。で、曲は?」
と村上は聞いた。
「曲は…明日実際に聴いてみて判断してみて下さい」
と相川が言うと
「かなり自信あるんだな」
と村上は笑った。
「そうですね…。彼はとても頭の良い子なので機材の使い方もすぐに覚えたので、あまり口出しはしないで自由に作らせたんですけど、ちょっとアドバイスするとこっちが考えていた何倍も良いものを作るんです。明日事務所3曲持ってくんですけど、3曲ともほとんど彼が1人で作った曲で聴いたら驚くと思いますよ。3曲中2曲は歌も入ってるんですけど音程がしっかりしてるし感情の表現も上手いんですよ。あれで、腹筋も使って歌うことが上手くなったら楽しみですね」
と相川が笑うと
「じゃ、相川さんが直々に1から育てるの?楽しみだね」
と村上は笑ったが相川の顔から突然笑みが消えて
「それなんですよね…」
と呟いた。
「俺はまだ高校生だし自分の将来について今いろいろ考えてる途中みたいだから事務所と契約するのは早いと思うんですよ。せめて大学生になって本人がやりたいって言ったらで良いと思うんですよ。俺はビジネスじゃなくて…売り物にするためじゃなくて純粋に音楽が好きな彼に少しずつでも曲の作り方やアレンジの仕方を教えてやりたいなって思ってるんですけど…。でも、才能を埋もれさせたままにしておくのもったいないって気持ちも出てきて…。それに結城さんが言うように、もしかしたら他の事務所に取られる可能性もあるし…」
と相川が言うと
「その子は高校生か…。早いって言えば早いかな?でもさ、ボレロもSperanzaも先のことなんて靄に隠れて見えないまま走り始めたじゃん。誰も先のことなんてわかんないんだよ。って言っても本人にやる気がないなら無理だけど。そこが一番の問題だな」
と村上は言った。
相川がジョッキのビールをゴクゴクッと飲み干すと
「問題はそれだけじゃないような気がするんですよね…」
と苦笑いすると
「それだけじゃない?」
と村上は聞いた。
「はい…。まぁ、それはおいおいの話ってことで…。明日もありますし、そろそろ帰りませんか?」
と相川が言うと村上は腕時計を見て
「おい、もう日付変わってるじゃないか。明日、9時出勤だし早く帰って寝ないと」
と言った。




