相川の気持ち
夏休みもあと6日となった日、奏はいつものように相川の家にいた。
相川と一緒に完成させようと言った曲が完成しても奏は毎日家に通いスタジオに籠り曲を作った。
相川のアドバイスはとても的確で聞いててなるほどと思うことばかりで自分が想像してた以上の曲に仕上がっていくのがとても楽しくも嬉しくもあった。
すると、次々と頭に曲が浮かんできて寝る間を惜しんでまで作るようになり部活と相川の家で曲作りを繰り返す日々になってしまいここ1週間は相川の家で寝泊まりまでしていた。
「1ヶ月で3曲も完成させるなんてスゴいな…」
と相川が感心すると
「相川さんのおかげです。曲の作り方だけじゃなくて歌詞の作り方のコツまで教えてもらっちゃって…、これからも相川さんに教えてもらったことを活かして作ります」
と奏は言った。
「そっか…。頑張れよ」
と相川は少し寂しそうな顔で言ったので
「相川さん?」
と奏は聞いた。
「いや、今日からまた独り暮らしに戻ると思うとさ…。家に帰ってきて灯りがついてる生活って言うのがこんなに幸せだって思わなかったからさ」
と相川がしみじみ言うと
「今日から…ですか?」
と奏は聞いた。
「うん。実はこれ…」
と相川はカバンの中から封筒を取りだし奏の前に置いたので、奏は封を開いて中身を見た。
「これ…新幹線のチケット?」
と奏が驚いた顔をすると
「事務所の人から頼まれてさ。結城さんが奏にって取ったみたいだよ。和たち福岡から直接大阪入りで帰ってきてないだろ?和が奏に会いたいってうるさいから明日来て欲しいって…」
と相川は笑った。
「父さん…。子どもじゃないんだから」
と奏が言うと
「まぁ、それは口実で奏も学校始まると社会見学出来なくなるし最後にもう一度おいでって事だよ」
と相川は笑った。
「最後って…」
と奏が笑うと
「実際、東京は無理だし、そのあとは海外で無理だろ?来年もツアーまわるだろうけどさすがに受験生の奏に社会見学はね…。だから、これを逃したらしばらくチャンスは無いってことで用意してくれたんだよ」
と相川は言った。
「何か、申し訳ないです…」
と奏が呟くと
「あと、結城さんは奏がお気に入りだから会いたいんじゃないの?申し訳ないなんて思わないで俺の分も楽しんでこいよ」
と相川は笑った。
奏が大阪に行く準備をするために家に帰ると相川はスタジオに入り
「急に静かになったな」
と呟いた。
結城との約束で奏に曲の作り方を教えるのは夏休み限りと決まっていたので、奏にもスタジオを使うのは夏休み限りだと伝えてあったし今日鍵も返してもらった。
とても素直に自分の話を聞く奏は、若くて頭が柔軟だからか?それとも頭の回転が早いからなのか?飲み込みも早くスタジオの機材をあっという間に使いこなしたし、作ってる曲に関しても一言言えばそれが自分の想像してた2倍3倍の出来にして返してきた。
教えてて教えがいがあったし、奏の楽しそうな…嬉しそうな顔を見てるともっともっといろんなことを教えてやりたいと言う欲も出てきた。
夏休みが終わらなければ良いのに…なんて思ったのは学生の時以来で、まさかこの歳でそんなことを思うなんてと自分で自分に笑ってしまった時もあった。
相川はPCをクリックして奏の作った曲を流した。
奏が寝てる間に自分のノートPCに転送させた奏の曲。
…奏は相川が奏の曲を持っていることを知らない。
「この曲、俺のパソコンにも入れておけよ 」
と相川が言ったとき
「嫌ですよ…。相川さんが曲持ってるとそのうち父さんや母さんに聞かせるでしょ」
と奏は言った。
「聞かせないとは思うけど…別に聞かせてもいいじゃん。こんなに良い曲なんだし」
と相川が言うと
「嫌ですよ。父さんや母さんに聞かれるなんて考えただけで恥ずかしいです。それにこの曲は相川さんと一緒に作った宝物ですから誰にも聞かせたくないんです。俺が大事に保管しておきます」
と奏は言った。
そこまで言われると何も言えなくなり相川は奏から直接データをもらうことを諦めて、奏には申し訳ないと思いながらもコソコソとまるで泥棒のように転送した。
本当はこんなことはしたくないのだけど、夏休みあけ完成した曲を結城に聞かせることも奏に教える条件に入っていたので仕方がなかった。
和や綾子の作る曲と少し違い独特の作り方をしてる曲もあるけどそれはそれでとても新鮮で面白いし、これを聞いたら結城は驚くだろうな。
持って産まれた才能か?
それとも育った環境か?
どちらにしてもこのまま奏を埋もれさせてしまうのはもったいない。
「…」
相川は自分で自分に笑ってしまった。
今まで奏の気持ちを尊重したいなんて言ってたくせに、最後に出てくる言葉はこれだ。
結局、自分の考えてることも結城とたいして変わらないと相川は思い笑ってしまった。
奏がいる間に飲んで無かったビールを数日ぶりに飲み、ほろ酔いの相川はスマホを手に取り結城に電話をかけた。
『もしもし?』
結城が電話に出ると
「もしもし結城さん?俺です。俺…」
と相川は言った。
『相川、どうしたこんな時間に』
と結城が聞くと
「こんな時間ってまだ12時ですよ。12時」
と相川は笑った。
声の様子から相川が酔っているとわかった結城が
『なんだ、酔ってるのか?ずいぶん機嫌いいな』
と言うと
「酔ってませんよ。機嫌も…良くないですよ。最悪ですよ」
と相川は笑った。
『…何かあったのか?』
と結城が聞くと
「何か…。あぁ、奏が明日大阪行くって言ってましたよ。駅まで迎えに行ってやって下さいね。アイツ、方向音痴だからジップまでたどり着けないと思いますで」
と相川が笑うと
『わかったよ。佐伯に行かせるよ。相川は本当に奏君のことを何でも知ってるんだな』
と結城も笑った。
「まぁ、そうかも知れませんね。夏休み入ってからほとんど一緒にいたし、和たちが福岡行ってからは家に寝泊まりしてたし…」
と相川が言うと
『寝泊まり?じゃ、曲は完成したのか?』
と結城は聞いた。
「完成しましたよ。前に見てやるって言った曲の他に新曲2曲も。奏、曲作りに夢中になって寝る間を惜しんで作ってましたよ。ちょっと教えてやればドンドン良いもの作るし教えがいもありましたよ。それに、曲作るのが本当に楽しそうで見ててこっちも楽しくなりましたよ」
と相川が言うと
『そうか。さすがだな』
と結城は言った。
「さすがですよ。その上、タダで寝泊まりするのは申し訳ないって掃除や飯の支度もしてくれて…。俺が遅くに帰ってきても起きて待っててくれて…」
と言うと相川は瞳に涙を浮かべて
「何で奏のことを大阪に呼んだんですか?夏休みはあと5日しかないのに…和たち帰ってくるまで4日しかないのに…」
と相川は声を震わせて言った。
『相川?』
と結城が言うと
「夏休み限りって言ったからギリギリまで奏に教えてやろうと思ってたんですよ。本当はもっともっと教えたいことあるけど結城さんが夏休み限りって言うから出来るだけ多くのことを教えてやろうと思ってたのに…何で大阪になるんて呼んだんですか?」
と相川は言ったあと
「俺、教えてやりたいことの10分の1も教えてないのに奏は俺に教えてもらったことを活かしてこれからも曲作るって…俺と作った曲は宝物だって…。全然何も教えてやれてないのにスゴい喜んでくれて…。だから、もっといろんなことを教えてやりたいのに…。それなのに…」
と言った。
『相川、すまんな。本当にすまない。けど…』
と結城が話をしてるのを相川は遮って
「良いんです。仕方ないですよね…。すみません、奏が家に戻って急に部屋の中が静かになって一人でいるのが寂しくなって…結城さんに八つ当たりしました。本当にすみません」
と言った。
『謝る必要ないよ…。相川が奏君のことが可愛くて仕方ないの知ってて中途半端なことをさせた俺が悪いんだから』
と結城が言うと
「確かに…奏は可愛いですよ。でも、それだけじゃ無いんです。結城さんのことをあんなに否定したのに…今さら…自分の欲ばかり出てきて…奏の気持ちを優先させたいのに、あの才能を埋もれさせてしまうのはもったいないって思って」
と相川は言った。
『…相川、明日も仕事あるんだろ?今度ゆっくり話聞くから、今日はとりあえず寝ろ』
と結城が言うと
「結城さん…。俺、どうしたら良いんですか?…ねぇ、どうしたら良いんですかねぇ?」
と何度も呟く相川に
『奏君が来たら、これからどうしたいかそれとなく俺も聞いてみるからさ。…とりあえず寝ろ。そんなに思い詰めて解決する話じゃないんだし、ゆっくり寝てそれからまた考えれば良いだろ?』
と結城は言った。




