奏のバンドと曲
夕食を食べて売店でアルコールやジュースや食べ物をか買って部屋に戻ってきた奏は
「せっかく飲み放題だったのにアルコールはビール一杯しか飲みませんでしたね」
と相川に言った。
「まぁ、このあと仕事が待ってるからな」
と相川が言うと
「仕事あるんですか?俺、邪魔ですか?」
と奏は言った。
「何言ってんだよ。奏がいなきゃ仕事にならないだろ?」
と相川が言うと奏は不思議そうな顔をしたので
「お前の作った曲を聞くって約束してただろ?」
と相川は笑った。
「あっ、そうでした」
と奏が言うと
「なんだ、忘れてたのか?」
と相川は笑ったあと
「いくら奏の作った曲を聞くとはいえ、音楽を聞くのは俺にとっては仕事同然だからな。酔っぱらってたら良いも悪いも判断出来ないだろ?」
と言った。
「あの…やっぱり今日でなくても」
と奏が言うと
「ダメ。今日聞かなかったらこの先も絶対聞かせないだろ?ほら、早くプレイヤー持ってこい」
と相川は言った。
奏がバックにしまってあった音楽プレイヤーを持ってきて相川に渡すと、相川はイヤホンを耳に着けて
「どの曲?」
と奏に聞いた。
「えっと…。一曲目が俺たちが演奏してる曲で、その後に入ってるのが自分で作った曲です。でも、本当に下手くそですから」
と奏は相川の隣に正座するとプレイヤーをいじり
「やっぱりやめませんか?」
と緊張した顔で言った。
「やめないよ。これタップすれば始まるの?」
と相川が言うと
「はい。…あの、途中で聞いてられないって思ったらやめてもらっていいですからね」
と奏は緊張で身体をガチガチにして言った。
「何も下手くそとかって怒ったりしないから、そんな緊張しなくて良いって」
と相川は笑いながら再生をタップし目を閉じた。
ドラムのスティックの合図で始まった曲はお世辞にも上手い演奏とは言えなかった。
プロを目指してる訳でもない高校生の演奏と言えばそれまでだけど、和と綾子の子どもがこんなバンドでやってるなんて相川にはショックだった。
ドラムとベースの息が合ってないのでリズムが不安定。
ギターはツインだがリードギターはテクニックが低すぎる。
これは練習どうのこうのの前に才能の問題なんだろうか?
それとも、演奏のテクニックを教えれば少しはマシになるのだろうか?
このバンドの中で唯一マシなのはサイドギターだけだ。
キチンとしたテクニックを持ってるし、まわりに合わせようとしている姿勢が見える。
なぜ、リードギターとサイドギターをチェンジしないのか不思議だが、こんな演奏を聞いたところで曲の良し悪しなんて判断出来やしないし、それ以前の問題が山積みだと相川は思った。
曲が終わると相川は停止をタップしてイヤホンを外し目を開けた。
「奏、これお前がやってるバンド?」
と相川が言うと
「はい。そうです」
と奏は不安そうな顔でこたえた。
「これさ…曲がどうのこうの言う前に演奏が酷すぎ」
と相川が言うと奏はやっぱりと言う落ち込んだ顔をしたので
「まずさ、文化祭に出るならこの曲はやめて慣れてる曲にした方がいいよ。Speranzaのコピーしてて慣れてるならそっちの方がいいよ」
と言った。
「はい…」
と奏が言うと
「まずはリズムが安定してないから、ドラムとベースはメトロノーム使って二人で練習させてテンポを身体に染み込ませないとダメだな。それからリードギターとサイドギターはチェンジした方がいいと思う。サイドギターはそれなりに弾けるけどリードギターが…」
と相川は言った。
「でも、俺は歌も歌うからメインギターまでは…」
と奏が言うと
「そうか。奏がサイドギターだったのか。…じゃあリードギターの奴はテクニックも何も知らないで弾いてるみたいだし俺が本買ってやるからそれを見てお前が弾き方を教えてやれ」
と相川は言った。
「そんなに酷いですか?」
と奏が聞くと
「高校生バンドだし仕方ないのかな?とも思うけど、どうせならカッコいい演奏したいだろ?」
と相川は聞いた。
「そりゃそうですけど…」
と奏が困った顔をしてるのを見てもしかして友だち同士でやってるしこう言う事は言いづらいのだろかと思った相川は
「今度集まって練習するのはいつ?」
と聞いた。
「明後日ですけど」
と奏が言うと
「じゃあ、その時に俺も見に行ってお前たちの演奏聞いてみて、改善しなきゃなんないところと今話したみたいな練習方法を教えてやるよ。それなら、同じ仲間同士で言うより角が立たないだろ?」
と相川は言った。
「でも、相川さんにそこまでしてもらうのは…」
と奏が言うと
「どうせ明後日まで休みだし大丈夫だって。俺も久しぶりにこんな酷いの聞いて驚いたし、せっかく好きでやってるならどうにかしてやりたいって思うんだよ」
と相川は笑ったあと
「じゃあ、次は奏の作った曲を聞かせてもらおうかな?まぁ、今ので免疫出来たから並大抵のことじゃ驚かないから安心しろ」
と言ってイヤホンを耳に着けて再生をタップした。
曲が始まると相川は驚いた顔をした。
ギター以外は打ち込みでつくったんだろうとは思うけど、さっきの演奏とは比べるのが申し訳ないような曲。
どちらかと言うとJーロック寄りのギターの音色が気持ちいい爽快感のある曲だ…。
曲がサビに入ると相川は驚いた顔をしてイヤホンを取り奏を見たので、奏は何を言われるのかとビクッとした。
「これ、もしかしてお前たちが演奏してたさっきのと同じ曲?」
と相川が聞くと
「えっ!あっ…はい」
と奏は緊張した顔でこたえた。
「マジかよ…。なんでこれがあれになっちゃうんだよ」
と呟いて相川はイヤホンを着けると目を閉じて始めから曲を聞き直した。
子どもの頃にピアノをやっていたおかげなのか基礎が出来てるので曲にキチンと強弱があり転調のバランスも上手い。
次の曲はピアノソロで始まるバラードだった。
哀愁の漂うピアノソロにギター、ベース、ドラムと重なり曲が進むと胸が締め付けられるような切なさを感じるサビへと進んでいく。
想像していた以上の曲に相川が驚いている間に始まった次の曲はハードロックだった。
重低音の骨太のリズムに合わせて身体が勝手に動いてしまいそうな曲で、和や綾子の遺伝子を受け継いでいるのが感じられる曲。
これをイヤホンではなくスピーカーから音を出したら地響きのように床も身体も震えるだろう。
3曲を聞き終えると相川はイヤホンを外した。
あと少しいじれば売り物としても使えるかもしれない曲ばかりだ。
きっと今の時点でここまで曲が作れるなら、自分の下につかせて育ててやれば充分プロデューサーとしてやっていけるだろう。
…けど、それを奏に伝えて良いのだろうか?
まだ、高校2年生で自分の進むと道に迷ってる奏にプロデューサーを目指せと言って良いのだろうか?
自分の将来は自分で決めた方が良いんじゃないだろうか?
もし、誰かに決められた道を進んであの時違う道を進めば良かったと後悔する日が来たら…俺は責任なんて取れない。
「相川さん?」
奏の呼び掛けに我に戻った相川は
「あっ…ごめん。そうだ、感想な」
と言った。
「やっぱりダメでしたか?」
と奏が緊張しながら聞くと
「そうだな。手直しした方が良いようなところがあるな」
と相川は言った。
「ですよね」
と奏が言うと
「ちなみに奏はどこを直した方が良いと思う?」
と相川は聞いた。
「一曲目はサビだと思います。あれこれやってみたけどどれもイマイチで…」
と奏が言うと
「俺もサビだと思うよ。もう少し盛り上がっても良いんじゃないかな?ギターをもっと前に出したりしてさ」
と相川は言った。
「ギターを前にですか。俺、サビの転調がダメだと思って何パターンも作ってました」
と奏が言うと
「まぁ、作り変えるのも有りだとは思うけど、どちらにしてももう少し盛り上がりを出すのにギターだけ直した方がいいかもしれない」
と相川は言ったあと
「2曲目は何だと思う?」
と聞いた。
「あの曲は…ベースとドラムどっちを先にしようか迷った曲で…」
と奏が言うと
「あれはベース、ドラムの順で正解だと思うよ。他には気になる部分ある?」
と相川は聞いた。
「そうですね…。大間奏だと思います。大サビよりも目立ってしまってる感じが…。でも、間奏を変えると暗いだけの曲になってしまったのでそのままにしてしまいました」
と奏が言うと
「俺なら大サビを変えるかな?間奏の勢いそのままで大サビに入る感じにするとフィナーレって感じでもっと良くなるような気がするけど」
と相川は言った。
すると奏は目を丸くさせて
「そうか…そうすれば良いんですね。なんで気付かなかったかな。やっぱり相川さんスゴいですね」
と感心したように言うと相川は笑いながら
「何年この仕事やってると思うんだ?これで飯食ってるんだしそうゆうのに気付くのは当たり前だ」
と言ったあと
「俺は3曲目が面白いって思ったんだけど、奏はどう思う?」
と聞いた。
「3曲目は直すところを上げたらキリがないんですけど…」
と奏が言うと
「じゃあ、逆に気に入ってる部分はある?」
と相川は聞いた。
「気に入ってるのはイントロだけ…です」
と奏が言うと
「イントロだけ?あとは気に入らないの?」
と相川は笑った。
「はい」
と奏が言うと確かにイントロのインパクトは大きいけど他にだって良い部分はあるのにと相川は思った。
「間奏のギターもカッコいいと思うけど」
と相川が言うと
「あの曲ってfateのライブ見たあとに自分でもfateみたいな曲を作ってみたいと思って作ったんです。けど自分の技術が足りなくて頭ん中にあるのを弾けなくて妥協しちゃったんです。だから気に入らないって言うか…もっとギター上手くなったら頭の中にある物に作り直そうと思ってる曲なんです」
と奏は言った。
「じゃあ、ギターも打ち込みでやってみたら良いんじゃない?」
と相川が言うと
「それはちょっと…。父さんや母さんが持ってるような機材なら打ち込みでも自分が弾いてるのと変わらないような細かい調整も出来るかもしれないですけど俺はそんなの持ってないし無理です」
と奏は言った。
「…だったら今度俺ん家に来てみるか?」
と相川が言うと奏は驚いた顔をした。
「俺ん家なら機材も揃ってるし、もし何だったらお前の頭の中にあるのを俺が弾いてやってもいいよ。…ベースも弾いてやっても良いし弾き方を教えるからお前が弾いても良いし」
と相川が言うと
「でも、俺みたいなド素人が相川さんのところに行くなんて…」
と奏は言った。
「何言ってるんだよ。せっかく曲のイメージが完成してるのに自分で弾けないからって妥協して諦めるの嫌じゃん。それに俺はあの曲が一番良いって思ったし奏の頭の中にある曲があれよりどれぐらい良い曲か聞いてみたいんだよね。別に売り物にする訳でも無いんだから軽い気持ちで来いよ」
と相川が言うと奏はまだ困った顔をしていたので
「俺が嫌なら和か綾子のスタジオ使って完成させてから俺に聞かせる?」
と聞いた。
「それはちょっと…。スタジオには入らない約束してるし」
と奏が言うと
「だろ?それにスタジオ貸してくれなんて言ったら、二人とも絶対ついてきて口出しするよ。アイツら曲作りには本当うるさいからさ。隣であーだこーだと言われたりダメ出しされながら作るのって嫌じゃない?特に身内に言われるのって他の人から言われるのと違って素直に聞けないし」
と相川は言った。
「確かに…」
と奏が言うと
「だろ?じゃ夏休みの間、俺と奏の空いてる時間を合わせて一緒に完成させてみよう。何なら泊まり込みでも良いぞ。一緒に飯作ったりとかして合宿みたいにさ」
と相川は笑ったあと
「さっ、そろそろお腹も落ち着いてきたし美味いビール飲むために温泉で汗流してくるか。コーヒー牛乳買ってやるから奏も行こう」
と言った。




