家族で 6
ホテルに戻ってきた奏たちはエレベーターが来るのを待っていた。
「奏、これ…」
と和は幼い子が喜びそうなキャラクター付きのポチ袋を奏に差し出した。
「なにこれ…お正月じゃないよ」
と奏が言うと
「お正月じゃないけどさ。ほら、ばあちゃん家とか友達にお土産代」
と和は奏にポチ袋を渡した。
奏はポチ袋の中を覗いて
「えっ、千円札じゃなくて一万円札?何枚入ってるの?こんなに要らないよ」
と驚いた顔をすると
「いいから。残りは俺たちが留守してる時の飯代とかに使えばいいだろ」
と和は言った。
「でも、それは別にもらってるし…こんなにもらえないよ」
と奏が言うと
「あとは、また仕事場見たいなって思ったときの交通費にでもすればいいよ」
と和は言ったあと
「福岡までは無理かもしれないけどな」
と笑った。
「…うん。わかった。ありがとう」
と奏が言うと
「そっか、名古屋と大阪は奏君がまた来てくれるのか。嬉しいな」
と結城は言った。
「えっ、まだ行くとは言ってないですけど」
と奏は言ったが話を聞いてない結城は
「俺が出してあげるから福岡にもぜひ来てよ。何なら、バイト代出してあげてもいいぐらいだよ」
と言った。
「バイト代って、俺何も出来ないですけど」
と奏が言うと
「何度も言ってるけど、奏君は存在自体に価値があるんだよ」
と結城は笑ったあと
「明日は何時に出発するの?」
と聞いた。
「8時にはチェックアウトするとか…」
と奏が言うと
「8時?ずいぶん早いな」
と和は驚いた顔をして
「相川さん、また無謀なことするわね。そんな早くから何するの?」
と綾子は呆れた顔をした。
「朝市に行って朝ごはんとお土産買いたいんだって」
と奏が言うと
「お土産?そんなのあげる人いるの?」
と和は笑った。
「帰ったらまこちゃんと由岐ちゃんと鍋する約束してるから蟹買って帰るらしいよ」
と奏が言うと
「このクソ暑いのに鍋?…エアコンガンガン効いた部屋でやるのか?本当、金の有り余ってるセレブの考えることはわからん」
と和は呆れた顔をした。
奏の降りる階でエレベーターが止まると
「じゃ、またね」
と奏はエレベーターを降りた。
「またねって、4日後には俺たちも帰るんだけどな」
と和が笑うと
「そうたけどさ」
と奏も笑った。
「今日は一緒に出掛けれて楽しかったよ。相川さんにもよろしく言っておいてね」
と綾子が言うと
「うん。言っておく」
と奏は言った。
「そうだ。さっき買ったグラスだけど、事務所に送って後から渡すから待っててね」
と結城は言ったあと
「また会えるの楽しみにしてるよ」
と言った。
「はい、名古屋か大阪どちらかには行きたいって思うので、その時はよろしくお願いします」
と奏が言うと
「大阪は地元だし俺が案内してあげるから楽しみにしててよ」
と山下は笑った。
「よろしくお願いします」
と奏は頭を下げて
「じゃ、失礼します」
と言って笑った。
和たちが滞在先してる部屋の階にエレベーターが止まると4人はエレベーターを降りた。
「奏君帰っちゃって寂しいかもしれないけど、あと2日頑張れよ」
と結城が言うと
「寂しくないって言ったら嘘になるけど、今日1日一緒に過ごさせてもらえて嬉しかったです。本当にありがとうございました」
と言うと綾子は
「あと2日頑張ります」
と笑った。
「だな。まさか本当に家族で出掛けれるなんて無理だと思ってたから俺も嬉しいです。あと2日頑張りますから、また家族でお出掛けできるように休み下さいね」
と和が笑うと
「うーん、それは難しいかな…」
と結城は笑った。
部屋に入った和と綾子はソファーに座った。
「はぁ…、あっという間の1日だったな」
と和が言うと
「そうだね。楽しかったね」
と綾子は笑うと
「さ、お風呂にお湯はってこようかな?」
と立ち上がった。
「えっ?今日はシャワーじゃないの?」
と和が聞くと
「んー、歩き回って汗かいたしお風呂入りたいかな。…なっちゃん、シャワーだけで良いなら先に行ってきていいよ」
と綾子は言った。
「いや、俺もこっち来てからシャワーばっかだし入る」
と和は言ったあと綾子をジッと見て
「…一緒に入りたい?」
と綾子に聞いた。
『入ろうか?』じゃなくて『入りたい?』と聞かれたことに綾子が驚いてると
「ドキッとした?」
と和は笑った。
「ほら、こう言うセリフも言わないとさ。大きな子どもって言われちゃうから」
と和が笑ってると
「もう。本当になっちゃんったら」
と言って綾子はシャワールームへ行った。
「本当、いつまでたっても綾子は反応が面白いな」
と和は笑いながら目を閉じた。
美味しそうにピザを頬張る綾子と、文句を言いながらも美味しそうに苺パフェを食べる奏。
ロックグラスを結城さんに買ってもらった時の奏の嬉しそうな顔。
自分の曲のオルゴールを買えばと言われてふて腐れる綾子の顔。
昔、食べたあのソフトクリームを美味しいと目を丸くしていた綾子と奏。
運河で結城さんに家族写真を撮ってもらったこと。
運河を散策してる途中で綾子と一緒に写真撮ったこと。
多分、普通の家族なら何気ないことばかりなんだろうけど自分には最高に幸せな時間だった。
子どもの頃に憧れていた家族旅行。
子どもが産まれたら毎年必ず行こうと決めてたのに、忙しさを理由に5年間一度も出来なかった。
本来なら奏ぐらいの歳になったら親と一緒に出掛けるなんて嫌がるはずなのに、あんなに楽しそうに笑って喜んで…。
本当に幸せで贅沢な時間だった。
和が今日の出来事を思い出して笑っていたが
「なっちゃん、お風呂入らないの?」
と綾子に言われてパチッと目を開けた。
「風呂?あー、どうしよう」
と和が言うと
「入らないなら私先に行ってもいい?」
と綾子は言った。
「うん。良いけど…綾子は俺と一緒に入りたい?」
と和が笑いながらまた聞くと綾子は笑って
「別にどっちでも良いけど…。なっちゃんは入りたいの?」
と聞き返した。
綾子が反撃してくると思ってなかった和が
「俺もどっちでも良いよ。綾子が決めてよ」
と更に言い返したので綾子はニコッと笑って
「じゃ、1人でゆっくり入らせてもらうね」
と言ってシャワールームへ行った。
「あー、余計なこと言わなきゃ良かった…」
明日はライブだし昨日したし今日はしなくてもいいんだけど…。
でもな…綾子に触れたい。
食べ過ぎてポコッと出てしまったあのお腹をさわりたい…いやいや、それすると機嫌悪くなるな。
「…」
和は立ち上がると鼻唄を歌いながらシャワールームに向かって歩き出した。
服を脱ぎ、シャワールームのドアを開けると
「えっ!」
と背中を向けてシャワーを浴びていた綾子が驚いた顔で振り向いた。
「綾子待ってたらお湯がぬるくなるだろ?」
と言いながら和はシャワールームに入ってきて
「洗い終わったの?」
と聞いた。
「あ…うん」
と綾子が言うと
「じゃ、早くお風呂に入っちゃって。邪魔邪魔」
と和は綾子を急かせた。
和の態度に何が何だか理解出来ない綾子が
「ごめんね。今、よけるから」
と言って湯船に入ると和は頭からシャワーを浴びた始めると、綾子は髪をクルクルと巻いて頭の上で束ねると湯船に浸かると綾子は湯船に浸かった気持ちよさで目を閉じた。
「♪~♪♪」
シャワーの流れる音が響く中で目を閉じた綾子は鼻唄を歌った。
適当に歌ってるとは思うけど、とても可愛いと感じるそのメロディーに耳を傾けながら身体を洗い終わった和が
「俺も入りたいんだけど」
と言うと綾子はパッと目を開けて
「あ…ごめん」
と立ち上がろうとしたが和に肩を押さえられて立ち上がれなかった。
「…」
和が何も言わず綾子の後ろから湯船に入るとたっぷり入っていた湯船のお湯が溢れた。
「あー、やっぱり風呂に入るの気持ちいいな」
と和が呟くと
「だね。疲れが取れる感じがするよね」
と和に背中を向けてる綾子が言ったので和はクスッと笑って
「オッサンかよ…」
と言った。
その後、何も話さず二人は湯船に浸かっていたが綾子がまたさっきの鼻歌を歌い出したので
「それ、曲にするの?」
と和は聞いた。
「うん。良いの浮かんできたから簡単に仕上げて今度の会議に持っていこうかな?って思ってるんだ」
と綾子が言うと
「会議?そんなのあった?」
と和は聞いた。
「あー、Speranzaのね。…みんな自分の仕事で手一杯だからカップリングは誰が作ろうかって話になってて。せっかく浮かんだんだし採用されなくていいから持ってこうかなって」
と綾子が言うと
「ふーん。大変だね」
と言って和は綾子のうなじにチュッとキスをした。
「何?突然」
と綾子が言うと
「何となく?」
と言って和はうなじをペロッと舐めながら綾子のお腹をさわった。
「ちょっと、やめてよ」
と綾子が言うと
「嫌?」
と言ってうなじから唇を離したが綾子のお腹はまださわっていた。
「ちょっと、本当にやめてよ」
と綾子が恥ずかしそうに和の手を退けようとしたので
「何で?いいじゃん」
と和が笑ってお腹をつまむと
「本当嫌だって…」
と綾子はムッとした声で言った。
「何でそんなに嫌なの?」
と和が手を離して聞くと
「じゃ、逆に何で嫌だって言うのにさわるの?」
と綾子は聞き返した。
「そうだな…癒しみたいなもんかな?何かさ、さわり心地が良いんだよね」
と和がポコッと出たお腹をポンポンと叩くと
「本当、嫌だ。デリカシー無さすぎ」
と言って綾子はシャワールームから出ていってしまった。
「あー、やり過ぎた…」
と和はため息をついたあと
「怒らせるつもり無かったんだけどな…」
と呟いた。




