家族で 4
「奏君?」
と呼ばれる声に振り向くと、そこには函館で会ったナナが立っていた。
「あっ…」
と奏は気まずそうな顔をした。
昨日、ジップに入るときにナナたちに声をかけられたのに気付いていたが相川さんに言われて無視したこと…そして今、和と綾子と一緒にいることで奏はナナに何と反応していいのか困っていたが、ナナはそんな奏に全く気付いてないのか
「やっぱり奏君だ」
と嬉しそうに笑って
「あれ?相川さんはどうしたの」
と聞いた。
「相川さんは…」
と奏が困っている横で、結城と山下がナナのことを誰だろうと言う顔で見ていたが、和と綾子は顔を反らして運河を見ていた。
「今日は相川さんとは別行動で…」
と奏がしどろもどろに話していると
「奏君?彼女は知り合いなの?」
と結城は聞いた。
「あ、はい。あの…函館で相川さんとの写真を撮ってくれた」
と奏が話してると
「田口ナナです。函館で相川さんに美味しいお寿司をご馳走して頂いたんです。その時、また会えたらいいねって言ってたら、まさか小樽で会えるなんてね」
とナナは笑った。
ナナの話を聞いていた和と綾子が奏を使って相川がナンパした女の子だと思いハッとしてナナの方を見るとナナは
「えっ…あの…」
と驚いた顔をしたので結城は慌てて山下の肩を叩いて
「あー、私と彼は相川と同じ会社に勤めてて出張で北海道に来ててね。相川は用事あるから代わりに5人で小樽観光に一緒に来たんだよ」
と話をずらした。
「あ…そう…なんですか」
とナナは何か言いたそうな顔をしたが、すぐに笑顔に戻り
「相川さん、忙しいんですね。と言うか相川さんと同じ会社に勤めてる人に見えませんね」
とナナは言った。
「そうですか?」
と結城が言うと
「相川さんは人懐っこいと言うか…あんな感じなのに公務員とか言って面白い人だったけど、お二人はスゴい真面目な感じがしますね」
とナナは笑った。
「相川は、わが社の異端児ですからね」
と結城が笑うと
「結城さん、そろそろ移動しませんか?」
と山下は言った。
すると、結城は和と綾子をチラッと見てから
「えーっと…田口さん。もし、このあと時間があるなら奏君の相手をお願いしたいのですが」
と言った。
「えっ?結城さん、突然何言ってるんですか?」
と奏が慌てると
「せっかくのロケーションなのに俺たちと一緒より、女の子と一緒に歩いた方が楽しいよ」
と結城は言ったあと
「最後ぐらいはさ、二人で…ね」
とチラッと和と綾子の後ろ姿を見て言った。
「あ…。でも」
と奏が困った顔をしてると
「どうせ家に帰るだけだったしいいですよ。奏君、私じゃ役不足かもしれないけど、一緒に散歩しよう」
とナナは言ったあと
「はい、こうゆう時は男の子が自転車押して歩くんだよ」
とナナは自転車を差し出した。
「じゃ、1時間後にここに集合ってことで、俺と山下はちょっと飲んでくるから」
と言うと結城と山下はナナに教えられた店に行くために倉庫群の方へ向けて歩いて行った。
また、和と綾子は結城たちとは逆側の歩道の方へ向かって歩いて行った。
「あっ…」
と奏が和と綾子に話かけようとすると奏のスマホに和から
『二人で散歩してくるね( 〃▽〃)
旅先だからって羽目を外さないように( ̄^ ̄)』
とlineが入った。
「何この絵文字…」
と奏が呟くとナナは
「どうしたの?」
と奏に聞いた。
「いや、これ…」
と奏はスマホをナナに見せると
「えっ?お父さんから?羽目を外さないようにだて」
と笑ってから
「あれ?お父さんいたの?」
と奏に聞いた。
奏はしまったと思ったが、ナナが和と綾子に気付いてない様子なので
「あのさ、ほら」
と少し先を歩いてる二人を指差して
「あの人たち、両親なんだ」
と恥ずかしそうに言った。
「えっ?そうなの?顔見えなかったけど、スゴい若い感じしたよ」
とナナは驚いた顔をした。
その後、奏とナナは和たちから少し離れた後ろの運河沿いの歩道を歩いていた。
「奏君の両親、仲いいんだね。ほら、手繋いで歩いてる」
とナナが言うと
「仲良すぎるのも見てる方は嫌だよ」
と奏は笑った。
「でも女の子はさ、結婚して何年たってもあんな風に仲良く手繋いで歩いたりするのって憧れるんだよ」
とナナが言うと
「そうなの?」
と奏は驚いた顔をした。
「そうだよ。私も奏君の両親みたいな夫婦になりたいなって思うもん」
とナナは笑ったあと
「昨日fateのライブだったんだけど…」
と言い出したので、奏はドキッとした。
もしかしたら、昨日無視したことを聞かれるのだろうか?
と奏がドキドキしてると
「ナゴミもなまらカッコ良かったんだけど、綾子のMCがスゴい良かったんだよ。札幌のおかげで今までやってこれたって言っててさ。最後には札幌ありがとう大好きって言ってくれて…。なんまら嬉しかった」
とナナは瞳をキラキラさせて言ったあと話を続けた。
「本当、あの二人カッコ良すぎ」
「ナナさんは本当にナゴミと綾子が大好きなんだね」
「うん。昨日のライブ見てまた好きになったよ」
「へぇ、スゴいね」
「奏君はあまり興味無いんだっけ?」
「俺?俺は…どうだろ?友達がファンだからたまに聴いたりもするけど」
「そうなんだ。…あのさ、今さらこんな事を聞いていいのかわかんないけど、何で奏君は相川さんと旅行してるの?」
「エッ?何でって…」
「だってさ、今日は相川さんがいないから両親と一緒に小樽来たんでしょ?だったら、初めから両親と一緒に北海道旅行してもいいんじゃない?」
「まあ、そうだよね」
「そうだよ。さっきのline見て思ったけど両親と仲良いんでしょ?なのにどうして別々に行動してるの?」
「そうだよね。…何て言っていいのかわかんないけど、うちの両親って忙しい人で今も仕事で札幌来てるんだよ。で、たまたま今日仕事が休みになったら一緒に小樽に来たんだ」
「そうなんだ」
「実は俺、両親と一緒に旅行…って言うかどこかに出掛けたりしたのって5年ぶりなんだよね」
「そうなの?」
「うん。最後に旅行したのって春休みに行ったスノボ…。そう言えば、ニセコだ。最後に旅行したのも北海道だった」
「そうなんだ。奏君と北海道も縁があるんだね」
「うん。そうだね」
と奏が笑ってると突然ナナが奏の服を引っ張って
「ねぇねぇ、奏君の両親二人で寄り添って自撮りしてるよ」
と言った。
「あー。本当に場所考えて欲しい…」
と奏がため息つくと
「そう?いいじゃない。本当に仲良いね」
とナナは言った。
「でもね…」
と奏が言うと
「でも忙しい人たちなんでしょ?なかなか一緒に休みって無いんじゃない?だから、こうゆう時に仲良くしてるんじゃない?」
とナナは言った。
「まあね。東京にいたら父さん家に帰って来てるんだろうけど帰りが遅くて一週間ぐらい顔見ない時とかもあるし…家族揃ってご飯とかも1ヶ月に一度あるかなって感じだけど…。最近は二人で仕事してることが多いからずっと一緒にいるのに」
と話してる途中で余計ことまで言ってしまったと奏が思ってると
「でもさ、仕事と普段じゃ違うんじゃない?仕事してるときもあんなラブラブだったらまわりがびっくりするでしょ?」
とナナは笑った。
「いいや、仕事してるときもきっとあんな感じなんだよ」
と奏が言うと
「それは無いでしょ?だって、あんな姿見たこと無いよ」
とナナは笑った。
「えっ?二人のこと知ってるの?」
と奏がドキドキしながら聞くと
「えっ?うちの両親自営業だから一緒に仕事してるけど奏君の両親みたいな姿見たこと無いって意味だよ」
とナナは言ってから
「うちなんて、お父さんがお母さんの尻に敷かれっぱなしでさ。本当に、あんな情けない人とだけは結婚したくないね」
と笑った。
「うちは尻に敷かれてはいないけど、父さんは母さんがいないと生きていけないって真顔で言って暇さえあれば母さんにベタベタくっついてるバカだよ。俺はあんな男にだけはなりなくないね」
と奏が言うと
「どこもここも、ダメな父親ばかりだね」
とナナは笑った。
「本当だね」
と奏も笑ってると引き返してきた和と綾子が帽子を被って前から歩いてきた。
「楽しそうだけど、そろそろ時間になるからな」
と和が奏に言うと
「じゃ、私はここで。また、どこかで会えるといいね」
と言ってナナは奏から自転車を受け取ろうとした。
「そうだね。相川さんにもナナさんに会ったこと伝えておくよ」
と奏が言うと
「ナナさん、函館では相川さんに付き合わされて大変だったんでしょ?ごめんなさいね」
と綾子が言った。
「いいえ、こちらこそ美味しいお寿司食べさせてもらいましたし楽しかったです」
とナナは言うと
「突然こんな事を言うと変な子って思われるかもしれないんですけど、奏君のお父さんとお母さんってとても仲が良いんですね。私、今までナゴミと綾子の夫婦がスゴい絵になる二人でカッコよくて理想の夫婦だって憧れてたんですけど、今日からは奏君のお父さんとお母さんが私の理想の夫婦です。いつか、私もお二人みたいになりたいです」
と言った。
和と綾子は驚いた顔をしてから優しく微笑み
「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいよ」
と和が言うと
「でもね、こうゆう旦那さん持つと大変なのよ」
と綾子は言った。
「何が大変なの?」
と和が綾子に聞くと
「いろいろ大変なのよ」
と綾子は笑った。
「何それ…具体的にこたえてないだろ。それじゃ、直そうと思っても直せないじゃん」
と和が困った顔をすると
「母さんは理想とか言われて恥ずかしいから言っただけで本当は大変だって思ってないから」
と奏は言った。
すると和は
「そうだよな」
と安心した顔をすると
「そうだよ。じゃなかったら、父さんみたいに面倒くさい人なんてとっくに捨てられてるよ」
と奏は笑った。
ナナは奏たちのやり取りを見て笑ってたが
「じゃ、そろそろ私帰ります。奏君、またね」
と言ったあと和と綾子を見て
「昨日のライブ、スゴい良かったです。明後日のライブも楽しみにしています」
と笑った。
「えっ…」
「えっ…」
と和と綾子は驚いた顔をしたが奏は
「気付いていたの?」
とナナに聞いた。
「うん。初めは似てるなって思っただけだけど、声を聞いたらやっぱりそうなんだってわかっちゃった」
とナナは言ったあと和と綾子を見て
「でも、安心してください。小樽にいたことも奏君のことも誰にも言いませんから」
と笑った。
「ありがとう。そうしてもらえると助かるよ」
と和が言うと
「ナナさんがスゴいファンだって知ってて黙っててごめんなさい」
と奏はナナに謝った。
「別に謝ることじゃないじゃない。私だって自分の両親の話なんてしたくないし…。ちなみになんだけど、相川さんて何の仕事してる人なの?」
とナナが笑いながら聞くと
「相川さんは音楽プロデューサーなんだ」
と奏は言った。
「音楽プロデューサー?」
とナナが聞くと
「俺や綾子を見つけてくれて、ここまで育ててくれた恩師だよ」
と和は言った。
「そんなにスゴい人だったんですね」
とナナが驚いた顔をしていると綾子はナナの前に手を差し出して
「奏と相川さんが出会った子があなたみたいに素敵な人で本当に良かったわ。ナナさん、ありがとう」
と言った。
ナナは震える手で綾子の手を握り握手すると
「ごめんね、プライベートでは写真やサインはしないことになってるから」
と和も手を差し出したので和とも握手をした。
「奏君ごめん。カッコいいこと言ったけど、二人と話をしたり握手したり…今までの人生で一番贅沢な時間を過ごしてるかも」
とナナは身体を震わせ泣きそうになりながら言った。




