綾子の場合
奏と席を交換した綾子は
「なっちゃん、大丈夫?」
と聞いた。
「うん…」
と和が眠たそうな演技をしていると
「帰るときには起こすから我慢しないで寝ちゃいな」
と言って綾子は和の頭を自分の膝に乗せた。
和の微妙な演技と、酔いのせいかそれにまんまと騙されてる綾子を見て直則たちは必死で笑いを堪えていた。
「今日の和はスゴい機嫌がよくてはしゃぎ過ぎて疲れたみたいだよ」
と結城が言うと
「最近、イライラしてることが多かったから良かったです」
と綾子は和の髪を撫でながら言った。
「その…髪を撫でるのって何で?」
と直則が聞くと
「何でって…。昔からしてるから癖みたいな感じだけど」
と綾子は言った。
「昔からしてるの?」
と直則が驚いたふりをすると
「うん。私が小学生の頃からかな?なっちゃんの髪がサラサラで触り心地が良くて…」
と綾子は笑った。
「そういえば、綾子が和に膝枕をするきっかけを聞いたんだけど綾子はスゴいよな。何で和が我慢してるってわかってたの?」
と直則が聞くと
「それはね、いつもなっちゃんを見てたからかな?」
と綾子は笑ったあと
「なっちゃんは何でもスゴい頑張る人でその上優しくて完璧な人だったんだけど、時々笑ってるんだけど寂しそうな顔をするときがあったの。それが何でかな?って当時は考えてて、そう言えばなっちゃんのお父さんやお母さんに褒められた時にいつもスゴい嬉しそうな顔してたけど、お父さんたちが留守するときは笑っていたけど寂しそうな顔してたなって思い出して…。もしかしたら、お父さんたちに褒められたくて無理して完璧になろうと頑張ってるのかな?って思ったのよ」
と言った。
「スゴいね…」
と直則が言うと
「でも、そう考えるとなっちゃんが可哀想になってきちゃって…。お兄ちゃんがうちの親にワガママ言って甘えてるって私は思ってたから、だったらなっちゃんは私が甘えさせてあげれば寂しくなくなるんじゃないかなって思ったよ。中学生が小学生に甘えるとか普通恥ずかしくて出来ないことなのに…子どもの発想って意味がわかんないよね」
と綾子は笑った。
「でも、和はそれに救われたしスゴい嬉しかったって言ってたよ」
と結城が言うと
「そうなんだ。でも頂いたものは私の方がずっと多かったですよ」
と綾子は笑った。
「頂いたもの?」
と結城が言うと
「私はお兄ちゃんの後ろをついて歩くのが大好きだったけど、いつもダメだって怒られて泣いてばかりいる子だったんです。そんな私の手を引いてくれたのはいつもなっちゃんだったし、勉強教えてくれるのもピアノ教えてくれるのも全部なっちゃんで私の世界の中心に常になっちゃんがいて、なっちゃんの背中を追いながら私は育ってきましたから」
と綾子は笑うと
「多分、なっちゃんがいなかったらミュージシャンになんてならなかったと思うし、それよりも以前にギターもやってなかったと思います」
と言った。
「そうなの?」
と結城が聞くと
「はい、ギター始めたきっかけはなっちゃんみたいにギターを弾いてみたいって思った事だし、ミュージシャンになったきっかけもなっちゃんが見てる景色がみたいって思ったのだし…。今でも常になっちゃんを追いかけながらミュージシャンを続けてますね」
と綾子は言った。
「あのさ…。こんなことを聞いていいのかどうかわかんないけど、和って昔かなり遊んでたでしょ?それって実際にどうゆう気持ちだったの?もう、和のことは諦めようって思わなかったの?」
と直則が聞くと
「あー、諦めようって言うか諦めたいって言うのは付き合い始めるまでずっと思ってたよ」
と綾子は言った。
綾子の意外な言葉に和がドキドキしてると
「中学生の時だったかな?初めてなっちゃんが女の人と腕組んで歩いてるのを見て、やっぱりなっちゃんは大人だし私の事なんて好きになってくれないんだ、なっちゃんにはあーゆー綺麗で大人の女の人の方がお似合いなんだってその時思ってね。それからもなっちゃんが綺麗な人と一緒のところを街とかで見ることもあったし、有名になってからは女優さんとかモデルさんとかと噂になってたし。どんなに頑張っても私の事は絶対に好きになってくれないから諦めようってずっと努力もしてたよ。でもね、私がいなくなったらなっちゃんは甘える場所がなくなってまた昔みたいに我慢ばっかりして暮らすのかな?って思ったら、なっちゃんとは離れられなかったんだよね…」
と綾子は言った。
「自分に甘えるのが特別な事だと思わなかったの?」
と直則が聞くと
「特別な事だと思って嬉しかったけど、それは妹みたいな存在で気を使わなくていいから甘えてるんだろうなって思いもあったから嬉しいようで悲しいような複雑な気持ちだったよ。それに、いつかは私以外にも甘えることができる人が見つかるんだろうな…そしたら私の役目は終わるんだなって考えてた。そうゆう人に今出会っていたらどうしようって考えるのが怖くて、それを考えたくないから毎日夢中でギター弾いてた」
と綾子は笑った。
和は初めて聞くその頃の綾子の心境に泣きそうになった。
「綾子みたいな子は和には勿体ないな」
と結城が言うと
「綾子さんが健気過ぎて可哀想ですよ。俺、泣きそうです」
と佐伯も言った。
「俺、当時にこの話を聞いてたら和のことを殴ってたかも」
と直則が言うと
「でも、それは私が勝手に思ってただけだから。なっちゃんは関係ないよ」
と綾子は笑った。
「でもさ、実際には綾子と付き合いたいって言ってくる人はたくさんいただろ?そのなかで付き合ってみようかな?って思った奴とかはいなかったの?」
と直則が聞くと
「大半の人はゲーム感覚で付き合いたいって言ってくる人ばっかりだったよ。誰とも付き合わない女を落としてみたいってだけ。全然話したこともない知らない人に突然付き合いたいって言われても信じられないじゃない。多分、本気で私と付き合いたいって言ってくれた人なんてほとんどいなかったと思うよ」
と綾子は笑った。
「じゃ、付き合った男って言うのは後にも先にも和だけなの?」
と直則が言うと
「そうだね。友達はたくさんいたけど彼氏はいなかったよ」
と綾子は言ったあと
「音楽やってるのが一番だったし、別に好きでもない人と無理して付き合ってまで彼氏作りたいとか思わなかったからね」
と言った。
綾子の膝で和がホッとしていると
「本当にどこかの誰かとは正反対だな。だんだん、アイツの事がムカついてきた」
と結城が言うと
「ハハッ。ムカつきますよね。私も当時を思い出すとムカつきますもん」
と綾子は笑ったあと
「でも、私も誰かに似たことをしようって考えてましたよ」
と言った。
「似たこと?」
と結城が聞くと
「大学に入ったら彼氏作ろうって思ってましたから」
と綾子は笑った。
「えっ?そうなの?」
と結城が聞くと
「はい。高校まではバンドばっかりやってたから大学入ったらバイトしてお洒落してサークルとか入ってそれにバンドも続けて…そうやって忙しく過ごしてたらきっとなっちゃんのことを忘れられるような気がしてたし、大学っていろんな人が集まってくるところだから好きな人もできるって思ってました」
と綾子は笑っていたが、和は更に初めて聞く話に驚いていた。
「そうなんだ…。もし、由岐との約束を守って綾子が20歳になるまで和が待ってたら和はフラれてたのかな。アイツ、もしそうなったらどうしてたんだろう?」
と結城が言うと
「キレて相手の男を殺してたかもしれないよ」
と直則は笑った。
「それ、冗談に聞こえないから」
と結城も笑うと
「でも、やり方は間違っていたと思うけど一人の女をずっと好きだって言う和のことをスゴいなって思ってたけど、それよりも綾子の方が何倍もスゴいな。ずっとツラかったと思うのによく頑張ったよ」
と直則は言った。
「本当ですね。この話を和さんに聞かせてやりたいですね」
と佐伯が綾子の膝で目を閉じてる和を見て言ってると
「そうだな。この話を利いたら和はまた一生綾子に頭が上がらないな…」
と結城も言った。
綾子の膝で目を閉じてる和は、今まで知らなかった話をいろいろ聞いて自分のしてきたことの愚かさを改めて知ったと同時に、今まで以上に綾子を大切にして生きていこうと自分に誓った。




