和の恋心 3
「その日の夜に初めてしてもらったんだよ」
と和が話を始めようとしてるとビアホールの前で車が止まりスライドドアが開いた。
「あ、着いちゃったね。じゃ、続きはまた今度ってことで」
と和が言うと
「マジ?これからが本題なのに…」
と直則は残念そうな顔をしてから
「よし、続きは飲みながら聞こうか?」
と言った。
「えっ?飲みながらって…」
と和が言うと
「このままだと話の続きが気になって今夜寝れねぇよ。佐伯君だって聞きたいよな?」
と直則は言った。
「はい。聞きたいです」
と佐伯が目をキラキラ輝かせて言うと
「でもさ、綾子もいるし恥ずかしいじゃん」
と和は言った。
「綾子に聞かれなければいいんだろ?ちょっと離れて話せば大丈夫だって。そこんとこは結城さんが何か理由つけてちゃんとやってくれるから」
と直則が言うと
「公私混同はダメなんだけど」
と結城は言った。
ビアホールを貸し切り行う打ち上げ、和が綾子の隣に座ろうとすると少し離れた席に座ってる直則が
「和、こっちこっち」
と呼んだ。
「えっ?」
と和が言うと
「結城さんがこっちに座れって言ってるから」
と直則は言った。
「…わかったよ」
と和が渋々綾子の隣を離れようとしていると
「私もそっちに座ろうかな?」
と綾子も立ち上がったが
「綾子は相川さんの相手してて」
と和に言われてまた椅子に腰かけた。
「なんなんだよ…」
と文句を言いながら和が奏たちが座ってる席に座ると
「だってさ。綾子の隣になんて座ったら二度と動かなくなるだろ?だから、初めからこっちに座って飯食いながらいろいろ聞かせてもらおうと思って」
と直則は笑った。
「そんな、面白い話なんてないのに」
と和が言うと
「でもさ、長年ずっと謎だった事がやっと明らかになるんだよ。多分、今日を逃すと二度と聞けないよな?」
と直則は奏を見て言った。
奏はうんうんと頷くと
「俺も聞けないと思う」
と言った。
その後、メンバーとスタッフ全員がテーブルに着き打ち上げが始まると、結城たちマネージャーはスタッフの席をまわりお酌して歩き、和たちの所には逆に次々とスタッフがお酌をしにきた。
「俺、飲めないし、そんな気を使わないでいいから。腹減ってるでしょ?席に戻って食べなよ」
と和が言うとスタッフは困った顔をしたので
「本当、大丈夫だから。って言うか俺が肉食いたいんだよね。だからさ、わざわざ来なくていいから」
と和は言った。
スタッフが自分の席に戻っていくと
「わざわざ来てくれたのにあんな言い方しなくても…」
と奏が和に言うと一通りスタッフにお酌して戻ってきた結城が
「和はね、打ち上げでまでスタッフに気を使って欲しくないんだよ。仕事の時間は終わったんだから自分達に気なんか使わないで楽しく食べて飲んでってして欲しいから言ったんだよ」
と言った。
「そうなの?」
と奏が聞くと
「肉が焦げるのが嫌だったんだよ。あー、もうこっちの肉これ以上焼いたら固くなっちゃうよ」
と文句を言いながら、肉を結城と佐伯の皿に入れて
「ほら、早く食べてよ」
と和は言った。
「父さんって、ワガママだけどワガママじゃない時もあるんだね」
と奏が言うと
「はぁ?なにそれ?」
と和は焼けた肉を今度は奏の皿に入れながら
「ワガママじゃない時もあるって、じゃいつもはワガママって事か?」
と笑った。
「いつもワガママ大王じゃん」
と直則が笑いながら
「さ、結城さんたちも戻ってきたし話の続き始めようぜ」
と言うと
「まぁ、いいけど。どこまで話したんだけっけ?」
と和は言った。
和はいつものように由岐とタケとカンジと一緒に学校から帰っていた。
タケとカンジとは出身小学校が別々だったが、同じ生徒会執行部になってから帰り道は途中まで一緒に帰ることが多くなった。
とても明るいタケとカンジとは好きな音楽などが似てることからとても気の合う友人になった。
帰り道、学校近くに住んでるタケと別れて次に帰り道の方向が変わるところでカンジと別れて、いつものように和と由岐二人だけになった。
「由岐の家に行きたくないな…。どうやって断ろうかな」
由岐と笑いながら話していながらも和は由岐の家に行くのを断る言い訳を考えていた。
由岐も和が自分の家に寄りたくないと思っているのに気付いていたが、和が何も言わないのに自分から言うのもおかしいよな…と考えていた。
いつもの交差点を曲がり、和と由岐の家が近付いてきた時に前から綾子が歩いてきた。
「あっ!なっちゃん!」
と綾子は手提げかばんを持って二人のところに向かって走ってきた。
「なっちゃん、おかえりなさい」
と綾子は満面の笑みで和に言ったが、和は自分におかえりなさいと言ってくれない綾子を見て驚いてる由岐の方が気になった。
「ただいま。…綾子、由岐におかえりなさい言わないの?」
と和が言うと
「あっ!」
と綾子は朝、由岐にひどい事を言ったのを思いだし
「…お兄ちゃん、おかえりなさい」
と気まずそうな顔で言った。
「ただいま」
と由岐が綾子の頭を撫でると綾子は由岐が怒ってないとわかり嬉しそうに笑った。
「綾子、嬉しそうな顔してるけど何かあったの?」
と和が聞くと
「うん!ピアノに行ってきたんだけど先生に新しい本もらったんだ」
と言って綾子は手提げかばんの中から青い本を取り出した。
「ソナチネ?」
と和が聞くと
「うん!これ、なっちゃんも持ってる本だよね?」
と綾子は嬉しそうに言った。
「持ってるよ。ソナチネやるんだ。スゴいね、綾子」
と和が綾子の頭を撫でると綾子は更に嬉しそうな顔で笑ったあと
「ねぇ、宿題終わったらなっちゃん弾いてみて」
と言った。
「えっ…」
と和が困った顔をしたが
「ねぇいいでしょ?早く帰ろう」
と綾子は和の腕を引っ張った。
「あっ…でも」
と和が言うと
「また綾子の機嫌悪くなったら困るから、寄っててくれよ」
と由岐は和の耳元で言った。
「でも…」
と和が言うと
「綾子、そんなに引っ張ったら和の腕が痛くなるだろ?そんなに引っ張らなくても大丈夫だから」
と由岐は言った。
「だってなっちゃん動かないんだもん。ねぇ、早く早く!」
と綾子が更に腕を引っ張ると
「わかったよ。早く帰って宿題しような。今日は自分で出来るかな?」
と和は笑った。
和の不安をよそに由岐の家族は昨日の事が嘘のようにいつもと変わらない様子だったが一応謝っておいた方がいいと思った和は夕食のあと綾子が自分の部屋に戻り、由岐がお風呂に入りに行ったの見計らい
「昨日はごめんなさい」
と由岐の父親に謝った。
「別に謝る必要無いだろ?逆になっちゃんも普通の子なんだなって安心したよ。綾子じゃないけど、なっちゃんは頑張り過ぎなんだよ。俺もお母さんもなっちゃんの事を由岐や綾子と同じように自分の子どもって思ってるんだから、もっと甘えてもらった方が嬉しいんだよ。それに、なっちゃんのお父さんお母さんだって、なっちゃんが無理してるんじゃないかって心配してるんだよ」
と父親が言うと和はまた泣きそうになった。
「急に甘えろって言っても恥ずかしさもあるし難しいかも知れないけど、これからは少しずつでもいいから言いたいことは言って泣きたい時は泣いて笑いたい時は思いっきり笑いなさい。そうやって生きる方がずっと人間らしいし楽しいんだよ」
と由岐の父親は和の頭を撫でて
「そろそろ、綾子が宿題わからないって言ってくる頃だな。なっちゃん、様子見てきて」
と笑った。
溢れそうな涙をグッと堪えて和は階段を上がり綾子の部屋をノックした。
「綾子?入っていい?」
と和が聞くとすぐにドアが開き
「なっちゃん、何?」
と綾子は言った。
「ん?宿題終わったかなと思って」
と和が言うと
「終わったよ」
と綾子は笑った。
「本当?どれ、間違いないか見てあげるよ」
と和が笑うと綾子は和を部屋に招き入れて
「ほら、漢字も算数も日記も終わってるよ」
と言った。
「どれどれ…」
と和は綾子の漢字ノートと算数プリントを見て
「本当だ、全部正解だよ。綾子、スゴいな」
と言った。
「でしょ?なのにお兄ちゃんはいっつも私の事をバカにして」
と綾子がムッとして言うと
「それは綾子が可愛いから意地悪言いたくなるんだよ。ほら、クラスでも自分の好きな子をいじめちゃうような男子いない?」
と和は笑った。
「好きな子をいじめちゃう男子?いるかな?だいたい、男子に好きな子なんているのかな?」
と綾子が言うと
「いないかな?…綾子は好きな子いないの?」
と和は笑った。
「私?私はいないよ。だって男子なんていっつもバカな事ばっかりしてるくせに女子のことバカにしてくるから大嫌い」
と綾子が言うと和は笑った。
「なっちゃんは好きな子っているの?」
と綾子が興味津々な様子で聞いてくると
「俺?俺もいないな…。綾子と同じだね」
と和は笑ったあと綾子のベッドに座り自分の膝をポンポンと叩き
「綾子、久しぶりに膝枕してあげようか?」
と言った。
「えっ!何で?」
と綾子が驚くと
「んー、宿題自分で頑張ったご褒美かな?綾子、膝枕大好きだけど最近おじさんやおばさんに恥ずかしくて言えないでしょ?ほら、綾子の部屋なら誰も見てないし大丈夫だからおいで」
と和は優しく微笑んだ。
「…いいの?」
と綾子が言うと
「いいよ、ほらおいで」
と和はまた自分の膝をポンポン叩いた。




