見える景色
会場に入った綾子たちは会場に入ると驚いた。
客席の多さ、巨大な2台のモニター、ステージの大きさ…そしてまだライブが始まっていないのに感じる異常な熱気…。
綾子は最上階の一番後ろの席に座ると
「スゴいね…」
と呟いた。
「だよな。やっぱりボレロ最高だよ」
と興奮気味に渉が言うと
「お前、始めからそんなテンション高くしてたら最後まで持たないぞ。落ち着けよ」
と隼人は言った。
「やぁ、もう来てたか?」
と相川が綾子たちのところに来ると、綾子が渉と誠の間に座ってるのを見て
「綾子ちゃんと誠、席チェンジして」
と言った。
「え?何でですか?」
と言いながら誠が綾子と席を代わろうとしてると
「隣の席が野郎とか俺が嫌なの。それに同い年ぐらいの野郎二人に挟まれて座ってるって彼氏が知ったら怒るだろ?」
と相川は言った。
「あ…相川さん!何で、」
と綾子が慌てると
「あー、昨日聞いちゃった。なっちゃんとね…。良かった良かった」
と言ったあと
「恋愛するといい曲作れるからね。お互い頑張んなよ」
と相川は笑った。
「…」
綾子が恥ずかしそうにしてると
「この席、会場全部見渡せるでしょ?」
と相川は会場を見渡した。
「はい」
と綾子がこたえると
「ここでこうやってライブするのが、ずっとアイツらの夢でさ。そのために、俺がキツい事言っても仲間でケンカしてもずっと頑張ってきたんだよね。アイツら今日、あのステージからどんな景色見るんだろうな…」
と相川は言った。
「そうですね…」
と綾子が言うと
「夢を叶えたアイツらは、これからもっともっと大きな夢を叶えるために頑張るんだと思うと嬉しくなるんだけど、いつまでもアイツらばかり見てるんじゃなくて、新しいものに目を向けて育てたいって欲も出てくるんだ…」
と相川は言った。
「相川さん…私」
と綾子が話をしようとしたときに会場のブザーが鳴り照明が落ちたと同時に、客席の歓声で綾子の声はかき消された。
相川は綾子の耳に顔を寄せて
「今日、アイツらは夢見てた景色をやっと見ることができるけど、ここから見た世界はこれから君たちが目指すものになるんだよ」
と言った。
「ユキさん、タケさん、カンジさん。ステージ入って下さい」
と舞台袖にいるスタッフはボレロのメンバーに声をかけた。
「よし!行くぞ!」
と由岐が叫ぶと
3人はステージに向かった。
巨大な演幕の内側にあるステージに上がると、由岐は使いなれたドラムセットの前、タケとカンジは自分の楽器を持ってそれぞれの立ち位置に立って、会場に流れるライブの始まりを知らせる優しい音楽を目を閉じて聴いていた。
一方、1人舞台袖に残ってる和は綾子とペアのネックレスを握りしめギュッと目を閉じて深呼吸をしていた。
「ナゴミさん、入って下さい」
とのスタッフの声に目を開いた和は、いつもの和とは違い、絶大的なカリスマ性を身体中から放っているボレロのナゴミの顔をしてステージに上がった。
会場に流れる音楽をかき消すようなユキのドラムから、まるで地響きのようなタケのベースへと音は重なら、軽快なカンジのギターが重なると同時に演幕が降り瞬間、会場はボレロの演奏が聞こえないほどの歓声で包まれた。
「来たぜ!武道館!」
とナゴミは叫ぶと、オープニングの曲を歌いだした。
会場は総立ち。
音楽に合わせて客席が揺れている。
「ナゴミー!」
渉が叫んでる。
隼人も誠も拳を振り上げてジャンプしてる。
綾子はこれがボレロが夢みたい景色なんだと思った。
途中で2回ほどのMCを挟みあっという間に時間は夢の時間は過ぎてステージからボレロが去ったが、客席のボルテージは下がる事が無かった。
「アンコール」
「アンコール」
「アンコール」
会場のボレロを呼ぶ声はいつの間にか1つになっていた。
「アンコール!アンコール!」
舞台袖で衣装を着替えてる和も会場の声に合わせて楽しそうに呟いている。
「入って下さい」
と言うスタッフの声で和たちは薄暗いステージに向かった。
ギターソロが始まるとカンジにスポットライトが当たった。
優しく心地よいギターソロが終わると、ユキのドラムを合図にステージは明るくなりアンコールの演奏が始まった。
とても楽しそうにステージを右往左往と走り回るナゴミとカンジとタケに客席からは歓声が上がった。
観客のボルテージが最高潮になったアンコール3曲目が終わったあと、ナゴミのMCが始まった。
「えー、みんなお疲れ」
と先ほどまでのMCとは違いとても優しい口調で話すナゴミ。
「申し訳ないけど、会場の照明付けてもらえるかな?」
とナゴミはスタッフに頼んだ。
少しして会場の照明が全てつくとナゴミは会場を見渡した。
「スゴいね…。こんなにたくさんの人が来てくれたんだ…」
と感慨深い表情で言った。
「俺たちは5年前にインディーズでデビューしたんだけど、その時にいつか武道館を満員にするライブをしようって誓ったんだ。ここまでの道のりは楽しい事ばかりじゃなくて、山あり谷あり谷あり…。ケンカしたこともあったし、もう解散しようかと思ったことも何度もあったんだよね。けど5年前に夢みたこの舞台に立てたのは、スタッフ、家族、友人、それぞれの大切な人…そして愛するファン…たくさんの人が俺たちのことを支えてくれたからだと思う。俺たちがずっと憧れて夢見てた景色を見せてくれてありがとう」
と言うとナゴミの目には涙が浮かんだ。
「あー、去年抱かれたい男No.1に選ばれた男が泣くとかダサいなぁ…」
と涙を拭うと
「じゃ、今日ラストの曲。インディーズの頃に作った思い出の曲…lover」
と言った。
「最後にこの曲持ってくるとか、アイツらやってくれるね」
と言う相川の横で綾子はじっとステージを見ていた。
明るくなって観客もまばらになった客席に綾子たちは座っていた。
「この前の話だけど、考えてくれたかな?」
と相川は綾子たちに聞いた。
「俺はやってみたいって思いました」
と隼人が言うと
「俺もやりたいです」
と渉も言った。
「綾子ちゃんは?」
と相川が聞くと
「…相川さん、あのステージから見えた景色ってどんな景色ですか?」
と綾子は相川に聞き返した。
「うーん。難しい質問だな。俺は見たこと無いからな…。…多分、あのステージに立ったヤツだけが見える景色なんじゃないかな?」
と相川が言うと
「立った人だけ…ですか」
と綾子はステージをじっと見つめていた。
「そう。あのステージから見える景色を知りたいなら自分であのステージに立たないと絶対に見えないよ」
と相川は言った。
「私、あのステージに立ってみたいです。でも、家族の事を考えると…あんなにガッカリした姿見たくないんです」
と綾子が言うと
「そうか…。でも、両親は今でもそうなのかな?」
と相川は言った。
「もし、今でも失望してたら今日だってここには来ないだろ?自分の子どもがやりたい事をやってたくさんの人に愛されて幸せな顔をしてる。これって親としては嬉しい事だと俺は思うよ。…子どもいないから想像だけど」
と相川は笑って、
「さ、行くぞ」
と席を立った。
「どこに行くんですか?」
と渉が聞くと
「先輩に挨拶だよ。お前たちはこれから俺のところでやっていくんだろ?だったら先輩にキチンと紹介しなきゃならんからな」
と相川は言った。




